アストルチアの謎

ドラクエ10の設定、物語について語る、予定

宴の終わりに猫は来る(ドラクエ10短編SS)


宴の終わりに猫は来る

■概要
ドラゴンクエスト10 v5.5途中を舞台とした短編の二次創作小説です。
V5.5までのネタバレがあります。物量は1万字ほど。
そもそもは、5.5でエテーネ村の皆さんでユシュカを歓待するシーンがありますが、そこに(v5は猫屋敷にも再び来るようになった)メレアーデも実は居たんじゃない?と思って書きはじめました。
メレアーデは戦闘キャラでもなく、v5ではゲーム的に活躍をせず、セリフも変わりません。しかし、キャラもそれぞれ変化や思いが実際はあると思います(全部のセリフを毎回変えていくのは、リソースが足りませんよね)。実は内心こういうことを考えて動いていたら面白いかなと。

■おもな登場人物

f:id:kianos:20211023041742p:plain ユシュカ:魔族。魔界の新興国ファラザードの魔王。
 大魔王とともに世界の破滅をくいとめるべく奔走している。


f:id:kianos:20211023041748p:plain メレアーデ:人間。エテーネ王国の王族、政治家。
 猫マニアでエテーネ村にある別荘(猫屋敷)にも暇を見つけてはやって来る。



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 ユシュカたちは異界滅神ジャゴヌバへの対抗策を得るべく、急ぎツスクルに向かっていた。しかし、シンイにツスクルの村の事情を聞き、エテーネの村に一泊せざるを得なくなっていた。
 世界の危機など知らないエテーネの村人たちは、せっかくだからという事で村長の友人ユシュカのために宴を開き、皆でもてなすことにしたのだった。
 ユシュカは、魔族の自分にもおそれげなく人懐こっこく話しかけてくれる村人たちと、おおいに語り、郷土料理のエテーネルスープを堪能し、ここで村人として生きている魔族シュキエルの存在に驚いた。そして『村長』の語る、過去の大冒険について聞き入ったのだった。ユシュカは、かつては魔界で相棒として旅をし、のちには大魔王になり自らが仕える事にもなる、この若者の長い数奇な旅路のこれまでを、ここで初めて知ることになった。
 人びとが家に戻った後もユシュカは焚き火の前で長く楽しかった宴の余韻を堪能し、そのうち心地よくなり、うとうととしていた。

「あら、もう終わっちゃったかしら?」

 突然かけられた、聞き覚えのないその声にユシュカはハッと振りむく。魔剣アストロンに手をのばし、すでに魔王ユシュカの顔になっていた。のどかすぎるエテーネ村の雰囲気に、油断しすぎていたのかもしれない。
 声の主は、子猫を抱いた旅装の娘だ。薄紫色の髪を後ろで結いあげている。ユシュカは無害そうな娘の様子に少し安心して、剣を置いて座り直す。そして、笑いながら軽口をたたいた。
「……この村の連中はいろんなタイプのやつがそろっているが、貴族のご令嬢もスカウトされているのかい?」
 娘も軽く笑いながら、近づいてくる。
「ふふ、私がそんなお嬢様に見えるのかしら?これでも結構、旅慣れてるつもりなのだけど」
 彼女は、よいしょ、と焚き火をはさんでユシュカの向かいに座った。

「旅装をしていても、わかるもんさ。俺は商人なんでね。そういうのを見る目はあるのさ。……ただどうも、それだけじゃないとも俺の勘は言っているんだが」
 さあ、どうかしら?と言いながら、娘は名乗る。
「私の名前はメレアーデ。ここの『村長』さんの、そうね、親戚よ。私は今日はたまたまネコちゃん達に会いにきたのだけれど、村に着いたらあなたを囲んで盛りあがっているじゃない?
少し、聞いていたわ。あの人にしては珍しく、自分のことを饒舌に語っていたわね。私も『村長』さんに救われたたくさんの人間のうちの、ひとりよ」

 急いで家に荷物を置いて、宴に参加するべくお酒を探してる間にお開きになってしまったようだけれど、とメレアーデは肩をすくめる。 メレアーデは小瓶に入った琥珀色の酒を、小ぶりなロックグラスにつぎはじめる。ちらりとユシュカの方を見る。
「あなたもいるかしら?」
 それにユシュカは手を振ってこたえる。
「いや、せっかくだが、いい。明日は早々にツスクルに行き、ヒメアに会わないといけないからな」
「そう、じゃあ悪いわね。私だけ」
 メレアーデはちびちびと、持参の酒をなめるようにのみはじめ、連れてきた子猫にも餌を与えながら愛でている。風に乗って運ばれてきた香りは、ユシュカの知らない芳醇なものだった。
 マイペースにくつろいでいるメレアーデにユシュカは話しかける。
「……あんたがメレアーデという事は、もしかしてエテーネ王国の女王か?
あいつの冒険譚の中で、まだ俺が会っていなかった登場人物に早くも出会えるとは嬉しいもんだな」

 つい先ほど聞いた長い物語の、終盤の話を思い起こす。物語は大きく4つの話からなっているように、ユシュカには思えた。シンイやアンルシア、ルシェンダ、エステラといったすでに知っている人びとが、その話の中で活躍しているのを聞いていたが、最後の章にあたる時空をまたぐ大冒険の登場人物とは、まだ会っていなかった。
 メレアーデは苦笑する。
「私は、女王じゃないわ。『村長』さんの話でおおよそ聞いたかもしれないけれど、私たちエテーネ王家は、時見の箱をつかって国益のために未来をねじまげ、時神キュロノスを呼びおこして世界を滅ぼしかけたの。人びとを導くには、罪をかさねねすぎたわ」
 ユシュカはそれを聞いて、そんな事はないだろうと、かぶりをふる。
「あいつの話を聞いた限りじゃ、あんたは違うだろう。それに未来に来たばかりの、右も左もわからぬ民衆に指導者は必要なはずだ」
 メレアーデはうなずく。
「そうね、私がその損な役回り……といったら怒られるかしらね。それを当面は担う事になるわ。この時代に皆を連れてきた責任というものね……。でも5年後や10年後になってこの世界にも慣れてきたら、皆で決めた指導者にその座をゆずるつもりよ」
 ユシュカはメレアーデの決意を聞いておどろき、また疑問にも思った。『村長』から聞いた物語は、多くの大事な人をうしないつつも、強大なチカラをもつ時元神キュロノスを打ち倒し、滅ぶさだめだった国を時渡りさせて救った。大団円だったはずだ。
 この娘はやり遂げた。その全てではないにせよ、重要な役割を担ったのだ。ユシュカは当然メレアーデが栄光とともに女王となり、新時代のエテーネ王国を治め、導くものと思っていた。

「……あんたは、王が嫌なのか?」

 初対面の相手に少々ぶしつけとは思いつつも、できるだけ何気ない風に、ユシュカは問う。自分が偉くなった分だけ民が救われると思い、懸命に人のために皆のために成り上がり、ついには魔王にまでのぼりつめたユシュカには不思議だ。王家に生まれついた人間の悪癖だろうか。友人のアスバルにも昔はそういう、権力から逃げるところがあった。
 もちろん、資質がないなら逃げるのも致し方ない。能力や責任感が備わっていない王など害にしかならぬ。だが先程の『村長』の話からも、眼の前にしてのユシュカの直感にしても、この娘はやわらかな印象の中にもつよい意志を秘めているように思える。

 その、少々とがめるようにも思えるユシュカの言葉にも、のほほんと、あるいは泰然と、笑みを浮かべてメレアーデはこたえる。
「ちょっと、誤解されたかしら。元々は、弟が……『村長』さんの話に出てきたかしらね?クオードっていうの。弟のクオードが、なんでも指示して導いてくれる時の指針書にたよらず、みんなが自分の考えをもって動いた方が良い国が出来る、という話を昔にしてくれた事があるの。私の考えはそれを一歩すすめたものよ。みんなの様々な考えを実現するには、それをくみとる指導者も、何年かに一度交代して皆で選んだ方が良いという事よ」
 ユシュカは、ふうむ……と少し考えていたが、そのうち頭をかきながら、首をふった。
「あまり、俺にはピンとこないな。いろいろな事を考えているやつが多い方が、良い事はわかる。その方がおもわぬ発展がありそうだ。みんなが同じことを考えていると、そういう事は起こらないからな。そこはわかる。だが、トップは協調を重んじつつも、強く一貫していたほうが良いだろうと思うがな」
 もちろん、ユシュカは自らの国ファラザードの事を考えていた。もともと『協調』を第一に考え、異色の魔王として台頭してきたユシュカには、彼女のいうことは腑に落ちる部分もある。しかし、あくまで先進的な考え持ちながらも、強さや意志力も兼ね備えた自分が王だからこそ、意味があるようにも思う。
 かつて、その傲慢さを魔仙卿に指摘され、大魔王の傘下として動いている今も、省みるところはありつつも、魔界で生き抜いてきたユシュカは正直、そのように思ってしまう。
 メレアーデは、それに対してこたえる。
「いろんな時代や国を旅して思ったのは、賢明な王様が長く治めても、わかることや、導ける方向性は実は限られると思ったの。……あなた達魔族は長命だと聞くわ。何百年の寿命に、数千年の王朝。それに比べて、私たちの寿命はその十分の一にも満たない。
 それなのにあなたは、アストルティアの文明に、魔界にはない何かを求めてやって来た。それは、私たちの短いサイクルが生み出しているとは考えられないかしら?
 ……それと同じようなことよ」

 ほう、とユシュカは感心し、メレアーデの言葉を反芻するように少しの間だまり、考えていた。
「ふむ、あんたは、なかなか面白い事を考えるな。平和な時代、国ならそれも良いかもしれない。だがやはり俺は、弱肉強食の魔界育ちだからな。俺はどんな時でも、良い判断のできる強き王をめざ……しているヤツが王の方が良いと思うがな」
 なにやら言い直しているユシュカを見て、メレアーデはフフフッと微笑む。
「……少し、ちょっとだけ、クオードにあなたは似ているかもしれないわね。
無理をして、全部を背負いこんじゃいそうなところとかね。
ファラザードの魔王ユシュカさん」

(……おやおや)
 随分と見透かしたことを言う女だなとは思っていたが、素性を知られていたらしい。ユシュカはフッとわずかに笑う。
「なんだ、知っていたのか。俺のことは、あいつから聞いたのか?」
 メレアーデは首をふる。
「違うわ。あの人は、あまり語らないひとじゃない?……だから今日はびっくりしたわ。
あなたや魔界の事、そして世界の危機についてはアンちゃんやルシェンダ様から説明を受けたの」

「……あんちゃん?」
 謎のワードに思わず口を挟むユシュカ。あらいけない、とメレアーデは説明をくわえる。
「勇者姫アンルシアのことよ。今のエテーネ王国はグランゼドーラ王国と強固な同盟関係にあるわ。あなたがアンちゃんと神殺しの心気を習得するために、一緒に修行していたことも知ってるのよ」
 アン・メレの仲なのよ、とメレアーデは嬉しそうに語るが、ユシュカにはあのお堅いアンルシアが「メレちゃん」と呼びかける様を思い描けなかった。苦笑して、それにはノーコメントをつらぬく。
 そして、すこし改まった面持ちで、ユシュカは言う。
「なるほどな。……それで、俺や魔界の事を知りつつ、あんたは俺に、……魔王ユシュカに話しかけてきたわけだ。エテーネ王国も暇ではなかろうに、わざわざここまで来てな。猫好きなのは、嘘じゃなさそうだが……」
 ちらりと見ると、メレアーデの可愛がっている猫がいつの間にか二匹に増えていた。
「なにか目的があるのかい?エテーネ王国の指導者、メレアーデどの」
 魔王ユシュカとして、魔界三大国の一角の為政者として、メレアーデを見据えて問うた。
 メレアーデもトレードマークのような、ゆるい微笑みをひっこめて口を真一文字に結び、汚れるのも構わず、土の上にエルトナ風に正座して座り直した。
 そして背筋をのばして、ユシュカの視線にまっすぐに見返してこたえる。

「そうね……私たちエテーネ王国は、魔界、……まずはあなたの国ファラザードに、交易を申し込みたいと思います」

 その申し出を聞き、しばしの沈黙の後に、ユシュカは「交…易?」とクスクスと含み笑いをし始め、しまいにはハハハハ、と笑いはじめた。
 メレアーデも、ゆるい笑みを復活させニコニコと笑い、それを見守る。ユシュカは笑いがおさまったあと、軽く水を飲んでから話しはじめる。
「くく……すまんな。しかし、おもしろい。神話の時代から、この世界をむしばむ異界滅神ジャゴヌバがとうとう復活し、光の神々の盟主たるルティアナも斃れ、魔界からは魔瘴があふれアストルティアをも覆い尽くさんとする、まごうことなき世界滅亡の危機だっていうのに、それを知った上で、いま交易の話とはな!」
「緊張感のない申し出だったかしら?」
 メレアーデは気分を害することもなく、元のようにマイペースに語る。
「いーや、願ったりだ。俺が商人だったのは嘘じゃない。商売だって人の生き死にを左右する重要な話さ。
 いいだろう。さすがにジャゴヌバとの事にケリがついてからになると思うが、アストルティアと交易面で繋がりができるのは、俺としても望むところだ。ジャゴヌバを倒しても俺たち『人』の世界は続く。
 ……いいぜ、首尾よくいったときの、戦後の話をしようじゃないか」


 ユシュカはメレアーデを、ある人物に重ね合わせていた。
(ジルガモットだ)
 そとづらの雰囲気はかなり違うが、メレアーデはジルガモットに似ているとユシュカは直感した。かつての賢女の都レジャンナの女魔王にして、今はファラザードの内政の要(と大魔王城の金庫番)。
 ユシュカが彼女を傘下に加わるよう誘った際にも最初は、ユシュカをどのような者か、みずからの、そしてレジャンナの運命を託すに足る人物なのかどうか、じっくりと見定めていた。また仲間になったあとも、時には心を見透かしたような助言をくれることがあった。
 今日は、自分はメレアーデから観察されていたのだろう。
 申し出があったということは、結ぶに値すると思われたのだろうか。
 このような人物に突然出会えるのだから、人は、世界は面白い。先程のユシュカの大笑いは、そういった感慨もあった。

 そして、ユシュカはメレアーデの酒を見やり、
「一杯だけ、もらおうか」
 と言い、ちょいちょい、と指でくれとアピールした。
「あら、大丈夫なの?」
「まだ時間はある。朝までには抜けてるさ。それに、商売相手とは杯をかわすのが礼儀ってもんだ」
 メレアーデは小ビンからグラスに琥珀色のお酒を軽めに注いで、渡した。メレアーデとグラスを合わせた後にユシュカは、その未知の酒を、ためつすがめつ眺め、その香木とも果物ともつかぬ不思議な香りを堪能したあとに、ひと口味わった。
「うまいな。香りもそうだが、味わった事のないものだ。……これ、けっこう強いな」
 ユシュカは、若干むせそうになる。
「うふ、うちの国の錬金術師特製の蒸留酒よ。飲み慣れない人は、水で割るといいかもね」
 メレアーデも自分のグラスに残っていた酒をクイッと飲み干す。
 自由人の集落に住む、かつて王立アルケミア所長であったワグミカからメレアーデ宛に『献上』という名目のもと、ワグミカブランドの宣伝でもらった酒だ。まんまと乗せられて、メレアーデもお気に入りの酒となっている。ワグミカブランドの成功で、いまや自由人の集落は一大酒造工場と化しているとの噂もある。
「これは、是非くれ」
「……あげないわ、売るだけよ」

 その後、しばらくユシュカとメレアーデは、ジャゴヌバを倒した後に両国間でどのような交易をおこなうか、自国のほしいもの、得意なものを語り合った。
 時渡りで海外領土をすべて失ったエテーネ王国、大魔瘴期を迎えているファラザード。ともに急を要するのは食料資源の確保だったが、そこは折り合わず、まずはエテーネ側は高度な錬金術を利用した薬や工芸品、魔法生物の作成技術、それに先程の蒸留酒を。ファラザード側からは魔界特有の、質の高い大きな宝石を。宝石魔術という強力な魔術の媒体としても使われるそれがアストルティアにも流入すると、もっと宝石魔術も一般化し需要が高まるかもしれないと、メレアーデは見込んだ。
 ここで、面白いことがわかった。両国とも記憶の結晶という高度な錬金術を利用した、同じ様な映像の記憶媒体を多用しており、意外と過去にも交流した時代があったのではと、ふたりは推測した。
 最終的には自由に交易をすることが望ましいが、まずはお互いに使節団を派遣する取り決めをした。魔界側にはつよい魔瘴は残っているから、アストルティアから魔界にむかう隊商には屈強な冒険者たちが活躍することになるかもしれない、とメレアーデは言った。

 実務的な話がひと通り終わったとき、ユシュカは聞いた。
「なあ、なんであんたは、今回のことを考えたんだ?俺はうれしいが、人間の立場からすると少し冒険のしすぎじゃないか」
 メレアーデは、そうね、と少し考えたのちにこたえる。
「私は、悔しいことだけれど、アンちゃんや皆みたいに戦えない。そんな私にもできることがないか、今何が必要なのか、自分なりに考えたの。
 ……その答えはね、アストルティアのみんなが、魔族たちと和解したことを知ること。そして私たち六種族と同じように、泣いたり笑ったりする理解できる種族であり、交渉もできる新たな友だと知ることだと思うのよ。
 でもグランゼドーラの人びとは、先の戦いで魔族を恨んでいると聞いたわ。すんなりとは受け入れられないかもしれない。
 そこで、激しい戦いのなかった5000年前からやってきた私たちなら、率先して魔族と交易できると思ったの。それが成功して、エテーネ王国が富むようになれば、自然と他の国ぐにもついてくる。
 ……私はね、国とともにこの時代にやって来た時に誓ったわ。せめてエテーネ王国がこの時代のためになるように、そして受け入れてもらえるように尽くすって。
今が、その時だと思うの」

 ユシュカは、メレアーデの想いをえがたいものだとは思いつつも、少しあやぶむ。
「……しかし、やはり危険な賭けなようにも思えるな。考えたくはないが、なにかの拍子にアストルティアと魔界がふたたび対立することになったら、受け入れられるどころか、あんたたちは裏切り者呼ばわりされ、迫害されるようになるかもしれん」
「そうね、もしかしたらそうかもしれない。あなたも言ったように、ジャゴヌバが滅べば、かぼそく続いていた神さま達の時代が終わって、真に『人』の世になるかもしれない。でも、それで平和が訪れるとは限らない。むしろ『人』こそがおそろしい事もある。
 過去のエテーネ王国は人間の時代だったけれど、時見の箱キュロノスは『人』の際限のない欲望をかなえ続けた末に、『人』に愛想を尽かした」

 メレアーデは続ける。
「……それでも、いま必要なことだと思うの。私たちだけができることよ」
 メレアーデは真剣な表情でそう言った。その後、すぐに照れ臭げに少し表情をゆるめ、
「それにね……」と眉尻をさげて苦笑いしながら、メレアーデはつけ加える。
「正直うちの国、火の車なの。海外領土がなくなったのに、皆の生活レベルが変わらないものだから……。
 グランゼドーラの食料支援でなんとかもっているけれど、そろそろエテーネ王国も自立しないとね」

 ユシュカはやるせない現実に、同じ為政者として(笑えねぇ……)と思いつつも、つられて苦笑するしかなかった。
 高邁な想いと、生々しい現実への対策。その両方ともが本心なのだろう。ユシュカは、大魔王城の歴史家ガルダモが「名君は、一つの行動で二つ以上の目的を持ち、達成するものです」と言っていたのを、不意に思い出した。

「……あんたは、王だよ。間違いなくな。猫かぶりの王様だ」

「ネコちゃん好きとしては、褒め言葉だと受け取っておくわ。
 ……そうそう、私は猫になることもできるのよ」

 プッっとユシュカは吹き出す。メレアーデが本気で言っているのか、なにかの冗談なのかもわからない。
「なんの宴会芸だよ、それは」
 フフッと笑い、メレアーデは立ち上がって伸びをする。
「……さて、今日はもう空がしらみ始めてきたし、この辺かしらね。そうね、ファラザードか大魔王城で会うことができれば、見せてあげるわ」
 メレアーデは「じゃあ、いずれまた会いましょう」と言い、手を振って猫屋敷の方に去っていった。
 ユシュカにとってみれば、村人の歓迎からはじまり、夢うつつのような、長い長い夜がようやっと終わったのだった。

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■後日譚■

 大魔王城、玉座の間。
 苦難の果てに、異界滅神ジャゴヌバを討滅した後、関係者一同による大宴会が催されていた。メレアーデは、この中にはいない。

「……って話をしてたのによ?カーロウ、なんで呼んでないんだよ?」
 赤い顔のユシュカが、侍従カーロウに絡んでいる。すでにユシュカは上半身裸だ。
 メレアーデの宴会芸が見れねえじゃねえか、などと喚きながら、カーロウにヘッドロックをかけている。完全にして無敵の酔っ払いであった。
 大宴会の開始からすでに三時間ほどたち、他の皆も酔いが回り、弛緩した雰囲気が流れていた。
「ユ、ユシュカどのッ苦しいですぞ、それにその話は聞いておりませぬゆえ……」
 ぺしぺしと、参ったというようにカーロウはユシュカの体をたたくが、離す気配はない。

 話を聞いていたアストルティア組の3人は、口ぐちに感想をのべる。
「そんな事があったのね、ならメレアーデも連れてくれば良かったわね……。それにエテーネ王国による交易は良い考えね。確かにグランゼドーラではまだ無理かもしれない。……私は戦いのことばかりで、考えもしなかったわ」
 感心するアンルシア。
「しかし、メレアーデ姫は魔界の魔瘴に耐えられるかはわからないからな。万が一に備え、結界で守りながら慎重に来る必要があるだろう。今回は難しかったかもしれんな」
 思案顔のルシェンダ。
「……やっぱり、メレちゃんとは呼んでないんですか?」
 ぶっ込んでくるシンイ。

「珍しいね、ユシュカがここまで酔っ払うなんて、久しぶりに見たよ。
それにしても、そのメレアーデという女性はなかなかに面白いね。とても開明的な人のようだ。是非、いろいろ話を聞いてみたいよ」

 アスバルが目を輝かせて言う。そのとなりでリンベリィがにやにやと、
「ユシュカ、そのメレアーデって娘に恋しちゃってるんじゃないの~?」
 と言い、手でハートの形をつくってからかう。
「……いや、それはないかな、ユシュカってそういうの、ああ見えてきっちり分けるから」
 アスバルは、真顔で言下に否定する。
(……なんでコイツってば、他人の事にばっかりするどいのよ!)
 と心の中でリンベリィは毒づく。

「おい、酔っぱらい同士気があうだろう、そろそろ止めてこい」
 ヴァレリアが、ベルトロに顎でくいっと指示を出す。
「オレ、あんなにひどくないでしょ?」
 ベルトロは楽しそうに暴れているユシュカを止められる気がせず、イヤそうな顔をする。
 ヴァレリアは目を伏せて言う。
「おまえのひどい時は、あんなもんじゃない」
「……マジっすか?」

「あちぃ」
深酒すると脱衣癖のあるユシュカが、いよいよ下も脱ぎだそうとしていた。
「まままま、旦那、おさえておさえて。ちょっと、トイレに行きましょ?」
「ユシュカどの~、淑女の方々もおられるのですぞ!」
ベルトロとカーロウがおさえ込んでいるが、時間の問題のように思えた。

 テーブルに立てかけられていた魔剣アストロン、すなわちナジーンは嘆息する。
「このような前代未聞の快挙の宴ゆえ、多少は羽目をはずすのも仕方ないとおもっていたが、さすがにか。
 私は主のあられもない姿を見るために、このような姿になってまで、この世に顕現したのでは無いぞ。
 シシカバブ、すまないがわが主を止めにいってくれないか」

「……いやだ。オデ、ひづようとされでない……。ナジーンにはオデのきもちわからないど。
やっばり、あだまのいいやづが、いるんだ」

ユシュカのメレアーデ談義をもれ伝え聞き、シシカバブは落ち込みながら酒をがぶ飲みしている。
「オロローン!オロローン!」
テーブルに突っ伏しながら、大泣きし始めるシシカバブ。
「しまった、シシカバブは泣き上戸だったな。あとユシュカをとめられそうな者といえば……大魔王殿はどこだ?」
「さっき、西翼に行ってくるといって出ていかれましたよ~」
 モモモが聞きつけて、伝えてくれる。
「これは参った。肉体がないことの不便をこのような形で思い知らされるとは……」
 そこに、巨体がのっしのっしとナジーンに近寄ってきた。
「お困りかァい?」
「おお、レディウルフ!これは心強い」

くんずほぐれつしているユシュカ、ベルトロ、カーロウのもとにマリーンがのっしのっしと現れる。
「楽しそうだねェ!ユシュカ」
いつもの不敵な笑みを浮かべ、腕組みをしながら立ちはだかるマリーン。
「はれ、師匠?どうしてここに……」
ろれつもまわっておらず、記憶もあやういユシュカ。
「やれやれ!図体は大きくなって、魔王だ大魔王だと言っても、まだまだ子供だねえ!」
すばやくユシュカから酒瓶をとりあげ近くのテーブルに置き、直後にぺしーんとマリーンの張り手が炸裂した。
ユシュカ、カーロウ、ベルトロの3人がもろとも吹き飛ばされて壁に激突した。
「へぶっ」
叩きつけられ、くずれ落ちるユシュカ。
マリーンがのぞきこんで見ると、しかし、それは幸せそうな寝顔であった。

「これは、出番かのう……」
ドクター・ムーが後ろの方で、もぞもぞと動きはじめていた。

(あらあら、本当、珍しいわね。魔王になってからは酒量も割とわきまえていたのに)
 ジルガモットは、すみの方で酒を飲みながら聞いていた。
 シシカバブのようながぶ飲みではなかったが、くいくいと早いペースで飲んでおり、かなりの酒量だった。しかし顔色ひとつかわるところがない。
(……エテーネ王国のメレアーデ、か)
 ユシュカは、メレアーデとジルガモットを重ねていたことは言ってはいない。
しかし大まかな話を聞いて、感じるところがあったのか
(どんな人なのかしら。アスバルじゃないけど、会ってみたいわね)
 などと、まだ見ぬメレアーデについて考えていた。
 ふと、ユシュカが飲んでいたほとんど空の酒瓶を見て、手に取ってながめる。
「……」
 嫌な予感がして、手近なグラスに注いで、ひと口のんでみる。
「……ちょっと、これ、ユシュカ。まさかストレートでひと瓶あけちゃったの!?
私ならともかく、そりゃあこうなるわよ……」

 そして、各所からの贈り物が山と積まれているテーブルの、琥珀色の酒瓶が並んでいる前に、カードが置かれていたのを見た。

「まずは御祝いに。エテーネ王国より」


FIN



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