アストルチアの謎

ドラクエ10の設定、物語について語る、予定

【小説】奇跡の代償は 最終章『ふたりのチェス、そして。』


奇跡の代償は 17章『ふたりのチェス、そして。』

■概要
Version4のアフターストーリー、第17話。
舞台はV6.1終頃、クエスト『約束の帰郷』後の新エテーネ村。
異界滅神ジャゴヌバを斃し、平和が戻ってきた


■17章『ふたりのチェス、そして。』の登場人物
メレアーデ:エテーネ王国王族。王国代表。
少女:『盟友』の姉。新エテーネの村に帰還する。
ビャン・ダオ:ドルワーム王国研究員。

 メレアーデは、ひさしぶりに新エテーネの村にやってきていた。いそいそと、みずからの猫屋敷にむかう。いまは、平穏な時代であった。
 数万年来の女神や六種族の宿敵ともいうべき闇の根源、異界滅神ジャゴヌバも、『盟友』とその仲間たち、そして魔界をもふくめたアストルティアすべての人々の想いをあつめたミナデインの前についには討伐され、人々は魔の者におびやかされない真の平和というものをアストルティアの有史以来はじめて手に入れたのだった。
 メレアーデのエテーネにおける政務も一段落し、ようやくつかの間のバカンスというわけであった。
 猫屋敷の方にすすむと、なにやらおむかいの家がさわがしかった。トンカン、トンカンと簡単な増築工事をしているようだ。メレアーデの家の近くで牧畜をいとなんでいるソップに聞くと、ソップはうれしげに言った。
「ながらくこの村を離れていた『村長』のおねえさんが帰ってきたんだべさ!」
 そういって、祝いの『エテーネルスープ』をおすそ分けしてくれた。
『盟友』のおねえさん……。どんなひとか楽しみだわ)
 メレアーデはそのように思いつつ、ひさかたぶりにエテーネの別荘にはいった。留守をあずかっていたメイドのミュゼルが出迎えてくれ、メレアーデはねぎらいの言葉を彼女にかける。ミュゼルは心得たもので、ひととおりの挨拶をすませると、
「どうぞ、ごゆるりとおくつろぎくださいませ」
 といって、彼女はグランゼドーラ人であるにもかかわらず、完全無欠な『エテーネのあいさつ』を披露して外へ出ていった。
 そうしてメレアーデは久しぶりの猫たちとの逢瀬を楽しみつつ、おもった。
(……『おねえさん』にご挨拶へいった方がいいわよね。ご近所づきあい、だいじだものね)
 そうおもって、ワグミカから以前贈られたウィスキーの瓶をさがした。
 そこに、入り口の方からノックがあった。メレアーデは気軽にこたえる。
「はぁ~い、どうぞ~」
 ガチャリ、と。
 その少女は入ってきた。彼女は、南国風の露出度が高く、かつ錬金術師であることを思わせるような衣装をまとっていた。
「やあ、『はじめまして』。メレアーデさん」
 その少女はほがらかにあいさつした。
「は、じめまして……?」
 あれっと思って、メレアーデは少しいぶかしげに挨拶をかえした。
 すると奔流のように、かつてのふしぎな空間での記憶がよみがえってきた。
 一瞬頭をおさえたあと、少女をみなおす。
「あ、あなたは……」
 メレアーデは片手で口をおさえておどろく。
「……あら、思いだしてくれたかしら?メレアーデさん。よかったわ。また会うことができて」
 そういって、メレアーデと少女は再会の握手をかわした。
 奥の客間に、ふたりは腰かけて話した。おもに少女が『魔界』であったいろいろな出来事をかたった。『魔仙卿』としてながく魔界の権威として据わり、弱者たちの楽園『ジャディンの園』をまもってきたこと、ながい雌伏の末にやっと『きょうだい』との念願の再会をはたし『大魔王』に導いたこと、『大魔王』の人徳で仲間となった頼もしき『魔王』たち。アンルシアやルシェンダたち、さらには賢者マリーンたちとの邂逅。魔瘴におかされたあとの『大魔王城』での療養生活。そしてついには『闇の根源』との契約を破棄し、魔瘴の海を『海魔獣ブルラトス』でよびよせ、みなに最終決戦をたくしたこと。
「あとは、あなたと一緒ね。みんなでミナデインをささえて、とうとうあのジャゴヌバをやっつけた」
 そのような自分の長い戦いをかたりきった。んー、と少女は何かを思いだしたようにいう。
「そういえば、メレアーデさん。『大魔王城』での大宴会にいなかったわね。てっきり呼ばれてるかと思ってた」
「あ、はは、もちろん呼ばれれば行きたかったけど……、ただの人間には厳しい土地のようだしね」
 メレアーデはそういって苦笑する。魔瘴におおわれた彼の地に簡単にいける六種族などは勇者一行くらいだろう。
「……でも本当に、おつかれさま」
 この少女はようやく、自分の想像すらできない何千年もの放浪の末に、ようやくこの村にもどってこれた。とうとう報われたのだ。
「うん、……ありがとう、メレアーデさん」
 少女もそういってそのねぎらいの言葉をよろこんだ。

 その後、二人でチェスをしよう、という事になった。少女はウルベア帝国時代にクオードの手ほどきを受けていたというのだ。ちょうど、メレアーデがこの住まい用に用意していたチェスセットがあった。チェス盤を設置しながら、少女はメレアーデに当時のクオードのことを話す。
「あいつはさ、チェスやってるときは難しい顔をしながら『姉さんなら、こう考えるだろう』っていっつも言っててうるさかったわよ、本当に」
 目の前の人間のこと全然みてなかったわ、といって少女はケラケラと笑いながら駒を並べる。知らない時代の元気なクオードの話に顔をほころばせる。
 そのものいいは、親友というべきもので少女とクオードの親密さをうかがわせた。
(ウルベア帝国時代は十年を超えると聞いたわ。恋人……って感じでもないけど。どうだったのかしらね)
 とクオードの姉として少々勘ぐってしまう。
 ポーンをならべ終わり、試合が始まった。

 三時間の激闘のすえ勝ったのは、なんと少女であった。まじめにやった時にはクオードに一度もまけたことはなく、キィンベルのプロ棋士たちとも互角のたたかいをすると言われるメレアーデをくだしたのだ。
 そして、その打ち筋はクオードであった。クオードが何百年という研鑽を積んで、メレアーデのもとにあらわれた存在が、まさに目の前の少女であった。
(あ、あれっ……)
 涙。
 メレアーデのほおを、意図せず涙がつたっていった。
 いつもはにこやかに微笑みをたやさないメレアーデ。
 慰霊碑完成のとき、クオードの死を公表したときすらも流れなかった涙が。
 この現代におりたった時に涙をながして以来ひさしぶりに、なつかしきクオードを感じてついに涙を流したのだった。

 少女は、その様子をやさしく眺めていたが、ふとチェスの駒の違和感に気づいた。
(……え?これ、オリハルコンだ!)
 錬金術師なら一度は夢見る、賢者の石とならぶ到達点。
 そして長い時の放浪の旅で少女は知っていた。このチェスの駒は、禁呪法により血を捧げれば主人をまもる強力なオリハルコン製のゴーレムにへんげする。それは、ポーンやナイト、クイーンといった各駒の性能を模した超級のマジックアイテム。それがメレアーデの所有するチェスセットに入っていたのだ。
(リーネが見たら卒倒するわね。偶然?いやいや、そんなことはないわよね。……これは、あんたの仕業なの?)
 そう言ってメレアーデが持ってきている、机の片隅に置かれている試作型エテーネルキューブをみやる。エテーネルキューブは黙して語らない。
(いずれ、何かあるっていうのかしら。まあ、いまのところは黙っておこうじゃないの)

「……今日は、ありがとう」
 少女は、そう別れのあいさつをのべたあと、帰り際の玄関口であらたまってカバンから封筒をとりだしてきた。
「これを。渡しておかなければと思って。会ってきたの……」
 そういって、メレアーデにわたす。
 メレアーデはその封筒を手にとり、裏返して差出人をみる。
 そして固まった。
 そこには『ビャン・ダオ』と書かれていた。
 少女は「ひとりで読むものだと、思うから」と、そのようにいって去っていった。
(……)
 無言でペーパーナイフをつかって、その封をきってあける。
 メレアーデは、緊張しながらおそるおそる、その手紙を読みはじめた。

『メレアーデ殿。
 キィンベル、パドレア邸以来であるな。
 余をたずね、過去の謝罪を申し出てきた少女……ウルベア帝国筆頭研究員であったという、その少女にこの文をたくす。読んでたもれ。
 余は、あの後ガラクタ城にてめざめ、すべてを忘れてダストン殿の養子として、ポツコン一号とともに洞窟や遺跡にかよい、他愛もないガラクタをひろっては持ってかえり、地下室につみあげる毎日であった。それはおだやかでかわらぬ、なんにもならぬが、なんとも心地よい日々であった。余はこのまま、かわることなく一生を終えるのだろうと、そう思っていたのじゃ。
 しかし、そのような生活を何か月もしていたある日、そこにやってきたのは見もしらぬ少年王子であった。彼は余のことを皇子とよんだ。そして、帰ろうと。おかしなことをいうやつだと思った。余は皇子などではない。そして帰る場所こそがここではないか。たのもしき変人、父ダストンの家、ガラクタ城こそが余の唯一のいこいの我が家のはずだろう。変なやつだと余はうろんに思い、余は王子を拒絶した。ダストン殿……父も王子を追い返した。てひどく追い返しつづけた。
 そんなある日、余はガラクタ城の屋根の上にのぼって、ぼーっと星をながめておった。星も、余とおなじく意味のないことを日々続ける仲間じゃと思っておったので、晴れた夜の日には何時間もその星々をながめるのが余の趣味であった。父ダストンは『星はきれいだからダメですッ』といって星をガラクタの仲間だとはみとめておらなんだが……。そのように眺めていたところ、王子が反重力飛行装置にのって、上空から屋根の上にやってきたのじゃ。空から王子はいった。
「いこうよ、ビャン君。君には待っている人もたくさんいる。みんな、君のチカラを必要としているんだ」
 そういって、彼は手を差しのべてきた。
 余はそんなの嘘っぱちだというた。父ダストンこそが唯一余を必要としている者だというた。父は余を愛してくれている。それ以上に必要なものなどないと。そういうたのじゃ。
 王子は続けていうた。
「……君には、やろうとしていた事もあったはずだよ」
 そう言って、彼は優しい笑みを浮かべながら、球形の魔神機を取り出してきて余にわたしてきたのじゃ。
 その動かない球形の魔神機を余は胸にかかえ、その何も映さない黒い電光部をながめておった。
 確かに余はこれを大事に思っておったような気がした。しかし、どうしても思い出せなんだのじゃ。
 すると、あろうことか、その時黒い電光部にわずかに光がともり、その魔神機はゆっくりと余のことを呼んだのじゃ。
『ビ、ャ、ン、皇、子』
 と、そう呼んだ。その瞬間、余はすべてを思いだした。そしてさまざまな感情がうずまき、それに翻弄されるように泣いた。
 その魔神機……〇八号は再び沈黙した。余はなんどもさけんで呼びさまそうとしたが、二度と〇八号の目は光をともすことはなかった。
 あとで聞いたことじゃが、王子の学友のプクリポがこの〇八号を調べたところ、ガラクタ城の地下に眠っていた巨大飛行装置とつかっているエネルギー燃料が同じであることをつきとめたという。そして、その燃料はすでにほとんどゼロじゃったが、タンクにへばりついているような最後の燃料を採取して、〇八号にいれたというのじゃ。ともかくも、全てをおもいだした余は、王子……ラミザとともにドルワームに帰ることにしたのじゃ。〇八号を再びよびもどすために、そのエネルギーを探しに、余は各地の遺跡をまわらねばならぬ。ダストン殿は事情を知るや、顔もみずに『そうですか……、どこへでも行きやがれですッ!』といいすてて地下室に入っていった。余は不器用な、やさしき、まやかしの父をおもい、泣きながら旅立った。
 余はこのようにして、ドルワームに帰還したのじゃ。
 さて、私事がすぎたの。だが、なぜだかそちには余自身のそういった経緯を知っておいてほしいように思うたのじゃ。
 余はすべてを知ってしまった。そちの弟が仇敵グルヤンラシュであることを。
 しかし、あのときのようなはげしき憤怒は、今は余の体の中にはない。おそらくはダストン殿の不器用な愛がそれをあらいながしてくださったのじゃのう。
 ただし、余は金輪際エテーネ王国の敷居はまたがんじゃろう。そしてそちに会うことも決してない。これはけじめじゃ。すなわち余の意思がそちにとどくのもこの文が最後ということになろう。しかし、現代のドワーフたちとは関係なきこと。エテーネ王国は平和な、素晴らしい錬金技術を誇る国じゃ。ぜひドルワーム王国とは懇意にしてもらいたいと思うておる。
 そち達エテーネ王国人はかつての五〇〇〇年前の数々の惨禍からのがれ、この現代にやってきたときに、無念ながらも死してこの地を踏めなかったものたちのために立派な慰霊碑をたてたという。ねがわくば、そちや今回の件で事情をしるものたちだけでも、その慰霊碑にたいして、三〇〇〇年前にあわれにもほろびたドワーフの人々に対しても、自国民に対するものと同じ祈りをささげてやってたもれ。今の余の、それが唯一ののぞみじゃ。

 ドルワーム王国 王立研究院 調査研究員 ビャン・ダオ』


 その晩、メレアーデはただ泣いた。罪を犯した弟と、残されたドワーフのために。

【小説】奇跡の代償は 16章『後始末』


奇跡の代償は 16章『後始末』

■概要
Version4のアフターストーリー、第16話。
舞台はV5.0終頃のエテーネ王都キィンベル。
主人公は魔界で行方不明扱い。


■16章『後始末』の登場人物
メレアーデ:エテーネ王国王女。王国代表。
少女:『盟友』の姉。時渡りの呪いでさまよう。
リーネ:ヴェリナードの合成屋。
ルシェンダ:賢者集団『叡智の冠』を率いるリーダー。

(……ここは)
 気がつくと、メレアーデは知らぬ、うすぐらい場所に迷いこんでいた。
 いや、正確にいうと知ってはいるが実際にはありうべからざる空間。
『ドミネウス邸』
 すでにないはずの場所であった。しかも、巨大な家具や、見たこともないメレアーデ自身の肖像画、塗料をぶちまけたような廊下などがあり、メレアーデ自身が知る『ドミネウス邸』とはそこかしこが違っていた。
(とんでもない、一日ね……)
 そう思いつつも、謎めいた異空間をすすんでいくと、食堂にたどりついた。
 ここは、メレアーデの知るドミネウス邸の食堂と変わりないようであった。
 そこには、二人の女性が待ちかまえていた。
「ようこそ、メレアーデ姫」
 緑赤のめずらしい服を着た人間の少女がにこやかに笑っている。メレアーデには見覚えのない人物だ。隣には腕を組んでムスッとした表情のウェディの女性。こちらは招待客のひとりで、メレアーデもおぼえている。確かヴェリナードの大富豪、合成屋リーネ……。
 そして、その緑赤の少女の手に持つアイテムには見覚えがあった。
(あれは、『幻灯機』……異界を創り出せるエテーネ王国の秘宝のひとつ。今はディアンジの家に保管されていたはず)
「少し、ゆっくりとお話がしたくてお呼びしたの。ごめんなさい、この『幻灯機』はお借りしました。あとでメレアーデさんにお返しするので、今の所持者のかたへ返却しておいてください。……あら、もうひとり来ているわね」
「……」
 食堂の、もう一方の扉からは杖を構えて臨戦態勢の賢者ルシェンダがあらわれた。ルシェンダは少女をにらみつけて問う。
「お前は何者だ。招待客に邪法で記憶の書き換えをおこなっただろう。あの魔術は『叡智の冠』のいにしえの記録にもある、魔王が使う邪法だ」
 少女は首をふっていう。
「そんなに怖い魔法じゃないわ。優しい術よ。あそこにいた全員にかけたのは、この島で起こったことを一時的に話しにくくするだけのもの。いずれ時がきたら解除されるわ。……ルシェンダさん、レジストできたのね。しかも呼んでもいないのに、この空間にまで入りこめるとは、さすが『叡智の冠』のリーダーといったところね。でも悪くないかしらね。世界の安寧をつかさどる、あなたにすべてを知っておいてもらうのも」
 ルシェンダは少女の服装をみていう。
「……その格好、『六種族の祭典』でアンルシアをさらった少女だな。あとの報告で『盟友』の姉だと聞いた。その後は『時渡りの呪い』によって各時代をさまよっているのだとも。なぜこんなことをする」
「……信じてもらえるかわからないけど、できる限りは今からそれを説明しようと思って」
 そういって皆に席をすすめ、ルシェンダ、リーネ、メレアーデの三人はおずおずと着席した。
「ちょっと暗いかしらね、この部屋」
 そういって『幻灯機』を少女が掲げて念じると部屋はウルベアの帝国技術庁、筆頭研究員の金属的な部屋にかわり、さらにはラゼアの風穴の古臭い研究室へと姿をかえた。
「便利ね、これ。履歴機能でさっきの部屋になってたけど、術者の思いえがいた空間が再現できるのね。あたしにとってはこちらの方がホームって気分ね」
 そういって少女もすわる。リーネも懐かしげにその古めかしい研究室を見渡しながら、木の椅子にすわった。
「メレアーデさん、エテーネルキューブを見せてもらっていいかしら」
(……)
 メレアーデは無言でポーチをひらいて、いつも忍ばしているエテーネルキューブをテーブルの上に置いた。
「……出てきても、いいわよ」
 少女は、そういってエテーネルキューブに呼びかける。
 すると、すうーっと霊体のようなものがエテーネルキューブの上に浮かび上がった。
 その姿は、少女とうりふたつであったが、大きさはキューブの上にのる程度の大きさしかなかった。
「……!」
 メレアーデ、ルシェンダ、リーネの三人はおどろく。
「あたしのきょうだいのエテーネルキューブ完成品には、キュルルが入っていたでしょ?試作型のこちらには、こいつがいたってわけ」
「こいつ呼ばわりは、ちょっと……」
 キューブの少女がむくれていう。ははっと少女は笑う。
「第一声がそれ?まあいいわ。で、どうなったのよ?」
「見届けたわ。……すべて問題ないわ。エテーネ王国も救われるし、アストルティアも滅びない」
「そう、良かった!」
 そういって少女はほっと安堵の笑顔をみせた。ルシェンダが頭をかかえていう。
「まったくわけがわからんぞ。どういうことなのか、説明してくれ」
 少女と、キューブの小さな少女は顔を見合わせる。
「どこから説明したものか……。たしかに複雑怪奇な話よ。あたしがわかるところから説明してもいいけど、どうする?」
「……まずは、あたしが話す。最初は、あたしの身の上話を聞いてもらいましょうか」
 そう言って、キューブの少女は語りはじめる。
「まず、あたし。メレアーデの持っていたこのエテーネルキューブは『試作型』。そこの、あたしの『本体』が元々持っていて、ナドラガンドであたしのきょうだい――『盟友』のことね――の手に渡っていったものが『完成品』のエテーネルキューブなの。エテーネルキューブの素材には入手難易度がとんでもない、いくつもの素材が使われていたけど、その中でも最上級のものが『時の球根』だった。これは後になってわかることだけれど、キュルルたちの種族『時の妖精』そのものだったわ。結局これは『盟友』が時渡りしてエテーネ王国時代の王家の温室から持ってきてもらって出来たものが『完成品』というわけよ。しかし、最初に『試作品』をつくっていた時にはそれはなかった。しょうがなく時の球根の『代用品』を利用したの。『代用品』の材料のひとつめはあたしが品種改良した『テンスの花』の球根よ。これで時渡りの力をエテーネルキューブに定着させることに成功したの。でもこれだけでは『時の球根』のように使用者の思い描いた時代に移動させるための『演算装置』がなかったのよ」
 少女が説明を引きつぐ。
「もう、なんとなくわかったと思うけど、その『演算装置』のためのもうひとつの素材があたしの『魂』よ。……十分の一くらいかな。あたし自身もテンスの花の影響で不老になっていたから、その切り分けた『魂』は時の球根とよく馴染んだ」
 リーネがそれを聞いて憤慨する。
「外法中の外法じゃない!よくもそんな……」
「まあ、あんたはそういうと思ったわ」
 少女が肩をすくめ、続けてキューブの少女が口を開く。
「あたしは、そうやって作られ、ずっとただの装置として動いていたわ。その時は、植物状態の人間のような、わずかな意識がのこっていて、周りでおこっていることはおぼろげには入ってきていた。だから、キュルルのことや、時見の箱との戦いのこともなんとなくだけどわかってはいるわ。メレアーデと一緒に長い旅をしたこともね。旅の途中、あたしによく話しかけてきたわね、あなたは」
 メレアーデは実はひとりだと思っていた長き旅路に、このようなかわいい連れがいたことにおどろいたが、悪い気分ではなかった。笑顔でそのちいさな少女に語りかける。
「……結構、さみしがりやなの。猫ちゃんにも話しちゃうのよね。ほんとうは、ひとりぼっちじゃなかったのね。私は」
 そういってメレアーデとキューブの少女は顔をみあわせて少しわらった。キューブの少女はつづける。
「そして、あの日。因果律操作が行なわれたあの日に、あたしは目覚めた。あたしはそこに至るまでの経緯は直接はしらない。あとから皆の会話でキュルルが永久時環の最大パワーをつかってキュロノスのおこなった事象を『なかったこと』にしたと聞いた。その時の事象改変してなお、余っていた時渡りの力が世界中に降り注いだことだけはわかった。それは基本的にはすぐに霧散するはずのもの。しかしこのエテーネルキューブには、これまでにない量の時渡りの力が充填され、あたしは時の生命体としての意識を宿したの。そして、その時に最初に見たものは現代で破滅するエテーネ王国の未来だったわ……。さらには最終決戦に敗れて異界滅神に滅ぼされるアストルティアの姿も……」
「我々は異界滅神との戦いに敗れるというのか?!」
 ルシェンダが驚いて叫ぶ。
「いまは、おそらくは大丈夫よ。異界滅神ジャゴヌバとの戦いは、『盟友』に依存する定まりきってはない未来ではあるけれど……確定で敗北する未来は今日まぬかれた」
 キューブの少女はそういってつづける。
「順をおって説明するわ。まずはエテーネ王国の方から。時の生命体として意識を宿した時に、その『本能』として『歴史の修正力』なるものが歴史の改変には立ちはだかることが感じられたの。……エテーネ王国は過去、滅びる運命だった。メレアーデも、キュレクスからある程度の知識を転送してもらっているわね。五〇〇〇年の時を超えればほとんど『歴史の修正力』はなくなると思って、現代に飛んだ……」
 メレアーデは驚いて聞く。
「そうよ。……まさか、五〇〇〇年の時を経てもまだ『歴史の修正力』のためにエテーネ王国は滅亡するというの!?」
 キューブの少女はうなずく。
「ただし、メレアーデが思っていたとおり五〇〇〇年の跳躍で『歴史の修正力』はほとんど切れかかっていたの。『時見』で予見して歴史改変しても反動がない程度にはね。私は自分のエテーネルキューブにたまった『時渡りのチカラ』をつかって時見をおこない、いろんな人の夢の中に入ってお告げのようなフリをして歴史に介入したわ」
 リーネは得心していう。
「ふーん、なるほどねぇ。それでダストン氏をあんたのチカラで呼び出して、ビャン皇子が強大な魔物になって暴れるのを防ぎ、エテーネを惨禍から救ったっていうわけね?」
「いえ、ちがうわ」
 キューブの少女はおだやかに首をふっていった。四人は顔を見合わせる。『本体』である少女すらも驚いて聞く。
「え……、そうじゃないの?」
 それに対し、キューブの少女はたんたんと告げる。
「かなめの人物は、ジャベリ参謀だったわ」
「え?」
「ええ?」
「えええー!?」
「ていうか、誰よ?」
 四者四様におどろく。キューブの少女は頭をかきながら説明する。
「えーとね……まずジャベリ参謀は、エテーネ王国軍幹部の地位にいる人物よ。そのジャベリ参謀は対人の政争・戦争能力がめっぽう高くてね……大抵のパターンで反乱を起こした上、五年ほどでレンダーシア大陸を統一するのよ……。でもその後、魔界を完全に掌握して魔族を完全に滅ぼした上で、満を持して攻め入ってきた異界滅神の軍勢にはボロ負けして世界は滅ぶ」
「……」
 皆、予想外の展開におどろく。ルシェンダが気をとりなおして質問する。
「……では、なぜ今回はジャベリが反乱を起こさず、おとなしくなるというのだ」
「ジャベリは相手が人なら強いけど、ああいう強大な魔の者の搦め手には、てんで弱い上に臆病なのよ。まず、あのように魔物化したビャン皇子におどろいて、自分の論理が通じない相手が潜んでいることを知った。ジャベリはかしこいから、見たままじゃなくてピュージュみたいな狂言回しがいるのだろうことはすぐに考える。そういったものに対しておおいに警戒することになり、自身の計画をすすめるのをやめ、魔の者の動きもふくめて大局的にものごとを見るようになるわ。それに、今回メレアーデがセオドルトをかばって立ちふさがったでしょ。あそこで自分がおびえてしまうような魔の者に対しても、一歩もひかないメレアーデに感嘆し、主君として忠誠を誓うようになったわ」
「そ、そんなことで……?」
 メレアーデは不思議がる。たいしたことをやったような覚えはないのだ。
「自分のできないことをやれる人は、尊敬するものなのよ」
 少女が納得できない、とばかりにくってかかる。
「いやでもさ、夢の世界であたしが介入したときに、ダストンさんを翻意できなくて、あんたすごくあせっていたじゃない?あれはなによ」
 キューブの少女は肩をすくめていう。
「そりゃあ……だって、ダストンさんが来ないと怪物化したビャン皇子が、あつまった人たち……勇者や、神の器や、凄腕冒険者一行や、賢者の冠たちに殺されちゃうからね。そんなの、かわいそうじゃない」
「そこは歴史の趨勢には関係ないってこと!?じゃ、じゃあ、あたしがピュージュを倒したのは?」
「べつにピュージュはビャン皇子が倒されちゃったら、『あ~あ』っていって退くだけよ。歴史はかわらない。……あんた、やっぱり何でも知ってるような顔して、なんにもわかってないわね」
 キューブの少女は、少女をみてニマニマとわらう。
 少女はふてくされて、そっぽを向いていう。
「そりゃ、あたしはメレアーデさんや『盟友』と一緒で、『時獄の迷宮』でこうやればいいんだろう、っていう映像を覗いただけだからね……。そうか。ということは、あたしが過去に『時獄の迷宮』で見た内容……あんたの世界に入ってダストンさんの説得をしたり、ピュージュを倒したりしたのは、べつに世界を救うためのものじゃなくってビャン皇子をすくうためのものだったって事か……」
(あたしの、ウルベア時代の償い……か)
 そういう思いがよぎりつつも、キューブの少女につっこむ。
「……その割には、あんた、あたしが夢の世界に割り込んでいった時に、だいぶ泡食ってたじゃないのよ」
「そりゃ……、あんたみたいな『時の異分子』の動きは読めないのよ」
 キューブの少女は首をふってそのように弁解し、それを聞いてメレアーデがフフッとわらった。
「その言葉って、みんな使うのね」

 ルシェンダが腕組みをしてウーム、と考えをまとめている。
「……エテーネ王国のことはわかった。ではアストルティアの滅亡について聞こうか。『盟友』に依存するといっていたな。確定的な敗北からは脱したとも」
 キューブの少女はうなずいて説明しはじめる。
「こちらは、じつは極めて単純明快なことなの。『盟友』のたどる道筋というのは本当に多いし、その途中で敗北するような流れもなくはなく、不確定な状態だといえるの。でも実は最終決戦へたどりつく流れというものは決まっていて、『盟友』は最後に異界……いえ、絶対滅神ジャゴヌバに戦い、そこでミナデインを放って勝利をおさめる。そのミナデインは『盟友』の知己……アストルティアの人々からもチカラを集めつくして最後のトドメの一撃として放つというもの。しかし、その時にもしエテーネの政変等でメレアーデやマローネが死んでいると、ミナデインのチカラが足りずに倒しきれず、逆にジャゴヌバが勝ってしまうの。そうなってしまうと、そのまま雲霞のごとく、魔瘴や闇の軍勢とともに押しよせてきてアストルティアは滅亡するというわけよ。……エテーネ王国の話がアストルティア全体にも関わるというのはそういう理屈」
「なるほど、単純明快だな……」
 そこで、キューブの少女の姿が最初よりかなり薄くなっていることに、ルシェンダは気がついた。
「そなた、その姿は……」
「時間切れね。……あたしは元々、かりそめの存在よ。一時的に奇跡のような『時渡りのチカラ』で満たされて出てこれただけ。今日でたぶんあたしは消える……元に戻るだけのことよ」
 
 リーネが手をあげる。
「あたしもいいかしら?」
「もちろん、どうぞ」
「……あたしの役目ってなに?」
「あー、リーネにはお開きの音頭をとってもらおうとおもって呼んだの。そろそろ、そうね。大体話したし、お開きの時間かもしれないわね」
 少女はそういって『イーヴのスクロール』を数枚置く。
「これは?」
 リーネはいぶかしげに問う。
「記憶消去の準備」
 そう言って少女は、キューブの少女の方を向きながらいった。
「……あんたなら、わかるでしょ?今ここで知ったことはすべて忘れて、未来にのぞんだほうがいいって」
 キューブの少女はうなずく。
「間違いないわ。『そうなる』と知っている未来ほどあやういものはない」
「そういうことよ。だから、この場でのことはすべて忘れることにする。あたしはピュージュ戦のときも含めて二枚。このスクロール、自分自身には使えないのよね。だから、リーネがつかってちょうだい。『魔王イーヴ』にも、アストルティアに来れなかった奥さんと子供のつらさをいっとき忘れるために、あたしがつかってあげたの」
「……じゃあ、ここで話したことに何の意味があるっていうのよ」
 リーネは当然の疑問を口にする。
「いずれ、時がきたら勝手に思いだすようになってるわ。たとえばさっきビャン皇子にかけた、ダストンさんの『養子』だという思い込みの魔術も、いまは心を休めるために必要だけれども、いずれ必要がなくなればとける。いい友達がいるみたいだから、それは意外とすぐかもしれない。最初に言ったでしょ、優しい術だって」
 少女は、ルシェンダにもいう。
「ルシェンダさん、ここでの事を思いだすときは無事ジャゴヌバを倒したあとになるでしょう。その時には……残せる部分は歴史にのこしておいてください。あっ、レジストしないでくださいね」
 ルシェンダは目をつむり、重々しくいう。
「わかった。時渡りの箇所は複雑怪奇にすぎるが、後進の者のために善処してみよう」
 そして少女はついに、終会のあいさつを告げた。
「では、みなさん、いったんさようなら。次に会う時は、ルシェンダさん、メレアーデさんは『はじめまして』になると思うわ。じゃあリーネ、使って」
「はいな」
 リーネは言われるがまま、スクロールを次々かかげ発動する。少女、ルシェンダ、メレアーデが淡い光につつまれていく。
 光がおさまると、三人はすでにおらず、いつのまにか幻灯機の術もとけ、パドレア邸の招待客たちのなかにリーネはひとり立っていた。
(……あたしは覚えていてもいいっていうのかしら。まあ、表舞台にはたたないけどさ)
 そのようなことを思いつつ、リーネは踵をかえしてパドレア邸を後にしたのだった。

【小説】奇跡の代償は 15章『大錬金術師からは逃げられない』


奇跡の代償は 15章『大錬金術師からは逃げられない』

■概要

Version4のアフターストーリー、第15話。
舞台はV5.0終頃のエテーネ王都キィンベル。
主人公は魔界で行方不明扱い。

■15章『大錬金術師からは逃げられない』の登場人物
ピュージュ:旅芸人。邪神ピュージュの一部。
少女:『盟友』の姉

 キィンベルの高い城壁の上から、その様子を眺めていた道化師が身をよじらせて笑っていた。
「ひゃっはっはっは!なかなか傑作な展開じゃないか。ビャン皇子、なかなか素晴らしい踊りっぷりだよ、君は!あ~楽しい!!」
 旅芸人ピュージュ。その正体は嘲弄の邪神ピュージュとして異界滅神ジャゴヌバの意をくみ、アストルティア全土で六種族にわざわいをなしている。
 おもてだっては人類圏でもガミルゴの盾島、邪神の宮殿、摩天の聖廟、冥王の心臓などといった魔の者にとって重要な拠点が点在するオーグリード大陸を中心として活動をしていたが、他にも多くの陰謀にかかわってきた諸悪の根源ともいうべき存在。
「そしてメレアーデ姫。なんでもかんでも猫ちゃんにお話する癖は、おやめになられた方がよろしいですよぉ……。アハッ、おかげでエテーネの村であなたの猫屋敷に忍び込んで、グルヤンラシュとガテリアの因縁を知ることができた」
 ピュージュにとって、人びとがみずからの虚言によっておどらされて、あらそいに発展していくのを見るのはたならなく楽しかった。ピュージュは虚実まぜた噂を市井にばらまく。それが人びとの悪意となって育っていき、高潔な王は狂い、うつろいやすい民衆は怒り、堅牢だった国家がついには滅んでいく。本当でない吹聴する事だけで、人びとが自滅していき、それを安全な立場から眺める。
 その様はピュージュにとって滑稽であり、この上ない娯楽であった。
「ぶひゃひゃひゃひゃ!」
 ぶざまに巨大な怪物へ変貌を遂げたビャン皇子をみてさらにケタケタと笑う。しかし、ひとしきり笑ったあとに、むっつりと押し黙った。ピュージュにとってはひとつ不満があったのだ。
(……本当のこと、なんだよなあ)
 ビャン皇子の怒りはある種正当なものであった。グルヤンラシュがかつてのウルベア帝国の宰相として、ビャンの故国ガテリア皇国を完膚なきまでにほろぼした。いとしき家族、尊敬すべき師、護るべき国民を奪われた。そのグルヤンラシュが、エテーネ王国の先王クオードであるという真実をただ知ったにすぎない。ピュージュはその怒りを利用して、ちょっと手を加えただけである。
 根も葉もない噂話を、さも本当のようにみせかけて、その虚言にまどわされて狂態を演じる人間どものおろかさを眺めることこそを至高の楽しみとしているピュージュにとってそれは、画竜点睛をかいているように思えた。
「……どうしたの、旅芸人さん。急に笑いやんでさあ」
 そんなピュージュに、不意に声がかけられた。声の方を見やると、見も知らぬ少女が城壁の上を歩いてきてピュージュに近づいてくる。めずらしい、緑赤の服を身にまとった少女が。
「……?なんだよ、お前……」
 このような高い城壁の上に来る人間などただもののはずがない。いつもは仮面をかぶるように陽気な声で話すピュージュだったが、知られざる自分の遊び場に闖入してきたその謎の少女にはむっつりと、警戒心をもって問いかけた。それに対して少女はいう。
「あれって『進化の秘法』よね。『黄金の腕輪』がなくてもあんなことができるというの?」
 ピュージュはフン、とつまらなさそうに鼻を鳴らしてこたえる。
「質問に質問で返すなよな……。キミ、錬金術師か。まあいい、今は機嫌がいいからおしえてあげるよ。……もともと『進化の秘法』は魔族のあいだで発展してきたもので、魔界の方が水準が高いんだ。かつてはアストルティアの帝王を『災厄の王』として堕落させるために使われたりもしたようにね。そりゃ『黄金の腕輪』があればもちろん完璧だったけどね。もったいないことにアーヴって人間の錬金術師が最近カルサドラ火山に捨てちゃったらしいんだよねぇ。まあ、あれは基本的に増幅装置。……かわりの媒体として『戦禍のタネ』を使えばあれくらいのことはできるよ。もし『黄金の腕輪』があったらさ、本当はあそこからさらに頭が生えてきて顔がふたつになるんだけどね。でも胸に顔があるだけの今の姿の方がずんぐりしててドワーフっぽくて似合ってると思わないかい」
 そういってピュージュはアヒャヒャヒャと笑う。
 少女は、それを聞いて感慨深く思った。
(そうか、おとうさん……バルザックとの因縁に決着をつけたのか)
「はい、教えてあげたよ。それでキミは一体何者なんだい?」
 ピュージュは交換条件だよ、と言わんばかりに少女の方を向く。
「……しがない、時の放浪者よ。旅芸人ピュージュさん。いや『邪神ピュージュ』のかけらと言った方がいいかしら」
 そうやって、少女はやにわに闇の呪文の奥義ともいうべきドルマドンを唱え始める。
「!……お~いおいおいおい、最近の錬金術師ってのは辻斬り?も仕事なのかい」
「あんたの悪だくみはここまでよ。そしてあんたを本体のもとに返すわけにはいかない!」
 呪文が完成し、強大な闇の呪文が解き放たれる。
「 ド ル マ ド ン !」
 その闇の衝撃波がしたたかにピュージュを打ちつけた。
「ぶへぇ」
 ピュージュは吹っ飛ばされるが、足の下にサーカスで使うような玉を浮き上がらせて、それに乗ってそそくさと空を逃げていこうとする。
「バッハハ~イ、事情通の錬金術師さん。君のことは覚えておくよ。ビャン皇子とメレアーデ姫の舞台も最終章をむかえそうだし、最後まで観劇したかったけどねぇ」
 ピュージュは少女に対して、馬鹿にするように玉の上で両手をふる。

 それを見て、少女は印を切る。
「ハァッ」
 たちまちピュージュの周りが氷塊で固められ動けなくなった。そうして少女の方にぐいっと引き寄せされ、その氷塊はどんどんと小さくなっていく。
(な、なんだこれ?)
 少女の掌におさまるほどになった時に、ピュージュはようやくその檻を打破する。
「へぶしっ」
 しかし、そこに少女のブーツで顔を踏まれた。
「へぇ、やるじゃない。これ、六種族の祭典で勇者姫アンルシアをも捕らえた氷の呪法なのに。でもここまで吸い寄せられたら意味ないね」
 ぐにぐにと踏みつけてくるブーツから逃れようと、じたばたとピュージュは暴れる。
「ねぇ、あたしちょっと推測したんだけど、ちょっと聞いてもらえるかな?……あんたってさ、もしかして『レンダーシア内海担当』のピュージュだったりしない?……そうだとして、もう少し聞きたいだけどさ」
 少女は威圧的に目を細め、声を低めていう。
「たくさん質問して悪いけどさぁ、いったい誰が、時渡りをする一族がレンダーシアの忘れられた小島にひっそりと生き続けているという事実を知り、最初に危険視したのかしら?……魔導鬼どもの、本当の親玉はだれかしら?いったい誰が、大魔王マデサゴーラや冥王ネルゲルに注進したというのかしら?それは、あなた……?それとも、他の邪神さん?魔祖の誰か?それとも……、異界滅神ジャゴヌバその人だというのかしら」
 そういって、さぐるように道化師の白い顔をみつめる。
「……」
 ピュージュはだまる。少女はその威圧的なまなざしをおさめ、首をふって続ける。
「いけないわ、あたしもビャン皇子と同じ。故郷のこととなると、つい熱くなっちゃう。……あの脳天気な、あたしの愛すべききょうだいは、もうそういう、復讐のくびきからのがれたというのかしら?」
 ピュージュ無言でじたばたとする。
(いわないか、しらないか……。どちらにせよ、まあ無理か)
 逆にピュージュの方が、ニタニタと笑いだして少女に話しかける。
「わかったぞ……この魔力、お前『魔仙卿』だな?」
「?……なんのことよ」
「とぼけるか。ボクたちはジャゴヌバ様と魔族どもをつなぐ『魔仙卿』が代替わりしたらしいことには気づいているんだぞ。あの被りものなどで巧妙に魔力を同一に見せかけているようだが、たんねんに調べれば魔力の波長が違うことはわかる。魔界において最重要人物ともいえる『魔仙卿』がまさかこんな人間の小娘になっていようとはね……」
 それを聞いて、少女はいくぶんか黙る。
(…………)
 そして、やにわに哄笑しはじめた。
「あっはっはっはっは!はっはっは!なるほどねぇ、魔界の重要人物『魔仙卿』。それがあたしであると、ピュージュさんは看破したわけだ。邪神のおすみつきとあらば、それは間違いないことだわね。あっはっはっは!」
「な、なにが、おかしい……、なにを、笑っている?」
 ピュージュは不快げに問う。笑うのはボクの専売特許だぞといっているかのように。
「これは笑わずにはいられないわね。ついに間近にせまっていると思っていた、あたしの時渡りの旅の終わり、あたしの命の最期がどうやらまだこなさそうだなんてね。ありがとう、あたしの命がまだ続くことを教えてくれて」
(そうだ。あたしはこの前の時渡りで『魔王イーヴ』に出会った。細切れになりいよいよ終わりをむかえようとあたしと、家族に見捨てられた彼とで、彼の理想郷であり、あたしが長く旅したこのアストルティアの思い出の地をまわるという、最期の傷心旅行めいたものをした。あたしの時渡りの呪いは常に出会った『人物』に影響される。時渡りが発動して、大海の上などに落ちたりはしない。今まであたしは魔界に飛ばされた事はなかったが、おそらく彼と出会ったことで魔界への門戸が開いたのか。そして、その時渡りのターンは多分、この次が、その次か、といったところかしら。そこで何かが起こる……)
 呼吸をととのえて、少女は続ける。
「……あたしはね、永久とも思える時獄の迷宮をさまよい歩くなかで、様々な時の転換点をみた。ふしぎなことに時獄の迷宮が見せる、時の転換点は強固な歴史の修正力に守られていないようなのよね。あたしごときでも歴史に介入できる。そして、ここにきた時渡りこそが、いよいよあたしに残された最後の大仕事だと思っていた。でも、どうやら楽にはまだなれそうもないらしいわね。まぁ、やるべきことがあるっていうのは良いことよね」
「なにを、訳のわからないことを……!」
「あんたにもわかるように言ってあげようか。あんたには絶対にここで滅んでもらわなくちゃいけなくなった、ということよ。どうやら魔界にいるらしい、もう一人のあたしのためにも」
「……」
 すこしの沈黙のあと、ピュージュが不意にメラゾーマを放ってその拘束からのがれ、逃げようとこころみる。
「ハナちゃんッ!」
 少女はさけぶ。後方から、ごきげんな帽子を被ったトンブレロがあらわれる。
「 イ オ マ ー タ ッ!」
 そして、そのトンブレロは強力な光の呪文が連弾ではなった。
「 ド ル マ ド ン ! 」
 追撃で、少女もふたたび闇魔法の奥義をはなってとどめをさす。
「あびゃあッ!」
 光と闇の魔力があわさり、ピュージュを完膚なきまでに吹き飛ばす。
 そして、ピュージュの体が、魔の者の最期である黒い霧となって霧散するところをしっかりと確認する。
「……よし。間違いなく滅ぼした。さて、ダストンさんはうまくやったかしら……」
 そういって、少女はパドレア邸の方をみやった。

【小説】奇跡の代償は 14章『憤怒と、贖罪と、神の愛』


奇跡の代償は 14章『憤怒と、贖罪と、神の愛』

■概要
Version4のアフターストーリー、第14話。
舞台はV5.0終頃のエテーネ王都キィンベル。
主人公は魔界で行方不明扱い。


■14章『憤怒と、贖罪と、神の愛』の登場人物
メレアーデ:エテーネ王国の王族。王国代表。
ポーラ:パドレア邸のメイド。
ビャン・ダオ:大昔のガテリア皇国の皇子。ドルワーム研究員。
リーネ:ヴェリナードの合成屋。
セオドルト:エテーネ王国軍団長。
JB:「JB一味」のリーダー。レンジャー。
ダストン:ガタラのガラクタ城城主。
ワギ:ドワーフの種族神。
少女:『盟友』の姉。
ジャベリ参謀:エテーネ王国軍参謀。
ラミザ:ドルワーム王国王子。
チリ:ドルワーム王国王女。

「はっ……!」
 メレアーデは飛び起きた。
(ゆ……め?)
 頭をふった後、周囲を見渡して状況を確認する。
「ここは……」
 パドレア邸の『クオードの部屋』のベッドの上であった。屋外からは、招待客の話し声がわずかに聞こえる。メレアーデは深いため息をついた。
(夢じゃない……か。式典後の立食パーティの途中で、私は気を失ったのね……)
 そこに、メイドのポーラが入ってきて声をあげる。
「あっ、メレアーデ様!気づかれたのですね、よかった」
「……私は、どれくらい気を失っていたの?」
「十分程度です。ご気分はいかがですか」
「……普通よ」
 メレアーデはそう言うが、最後にビャン・ダオと会話したところを思い出して目を伏せる。
(ガテリアの皇子。あの子が無惨に滅ぼしたという国の……)
 彼が偽物であるとか、そういうことは思わなかった。あの憎しみに満ちた表情と、その物いい。確かに彼のいうとおりガテリアの力で現代まで眠っていたのだろう。そうして紆余曲折をへてこの場にたどりついた。なるほど、あまりにも奇遇すぎることについては、何者かの意思が介在している可能性はあるとは思わないでもなかった。彼もいっていたではないか。神のはからいかと。
(あるいは、邪神の……。魔と対峙しているこの現代では、さまざまな搦め手で心から籠絡するような敵も多いというわ)
 とはいえ、それ自体はまごうことなき事実であった。弟は三〇〇〇年前の過去において、彼の国を滅ぼしつくしたのだ。そして自分はクオードのその罪を知りながらも、エテーネ王国を救済することと引き換えに弟を赦したのだ。これは、欺瞞であった。クオードはもともとエテーネ王国の救済に全人生をささげていた。それがゆえにクオードにとって、なんの罰もない裁定であった。ではこの裁定に何の意味があったのか。それは、弟の心の中にあったその罪を、赦すことによってメレアーデもいくぶんかを引き受けるということであった。そうして姉弟一丸となってエテーネ王国を救うのだ、という決意のあらわれだったかもしれぬ。
(クオードがこの場いたら、いったいクオードはどうしたかしら。……多分、私の決断は弟のそれとは違うでしょうね)
 ポーラは沈思黙考しているメレアーデを見守っていたが、ついに話しかけた。
「……どうなさいますか、急な事態に少々みなさまも動揺もしておられますが、いらっしゃる評議員の方々は催しを解散する方向で動いています。大事をとって今日のところは、メレアーデ様はこのまま出ないまま終わりになさいますか?」
 メレアーデはすぐにいった。
「いえ、でるわ。大事な式典だもの。でも、三〇分ほどこの部屋で支度するから少しみなさんには待ってもらってて」
「では、私もお手伝いします」
 そのようにポーラは申し出るが、メレアーデは申し訳無さそうに断る。
「ごめんなさい、少しひとりで準備したいの。皆につたえて」
 そういってポーラに部屋の外に出ていってもらう。
 ポーラは部屋の外で眼鏡をなおしつつ、おもった。
(メレアーデさま、なんだかわからないけど、ひどく落ち込んでた。それもなにか、いけないことがばれたみたいな。そう、なんだか、盗みがばれた私みたいなようにも思えた……。私のことはメレアーデ様がやさしく叱ってくださったけど、いったい今のメレアーデ様はだれが支えてあげられるんだろう)

 メレアーデはその部屋の衣装タンスを開けた。エテーネ王であったクオードが着るべき衣装だったものが並んでいる。そのなかからエテーネ王国の紋章がうしろに大きくあしらわれたショートマントを選んで、みずから羽織った。
(これなら、私にも丁度いいわね)
 そして、鍵のかかった書類箱を開けて、一通の書類をとりだす。
 クオードへの供養のようにここに置いてあったその書類。
 それは、小評議会による女王即位の嘆願書であった。
(形式だけのことだけれど……)
 それに承認のサインをする。
 そして、一枚の白紙につらつらと書き始める。
『私、メレアーデが何らかの事情で死去した場合、後継者はさだめず、王権は消滅することとする。国を統治する実権は小評議会にゆだね、『エテーネ共和国』……王なき国として新たに生まれ変わることを望む エテーネ王国第五一代女王 メレアーデ』
(これも、時渡りをつかっての、エテーネ王室の罪……。であれば、このようにするのが正しいことでしょう)
 このような準備は、メレアーデにとって予感めいたものであっただろうか。
 その紙片を即位嘆願書と並べるようにおいて、最後に先々代の父ドミネウスが持っていたような、王であることをしめす錫杖を手にとってその部屋を出ていった。

 パドレア邸の庭園では、招待客同士でざわざわと話がされていた。
 メレアーデが倒れたことの原因、いまのメレアーデの容態や、今日の催しの進行がどうなるのか、などについてなどについてとりとめもなく語られていた。
「……ねえ、いったい何があったの」
 ラミザはビャン・ダオに問いただす。ビャン・ダオはメレアーデが倒れてからひとことも口をきかなかった。
「……」
「何も言わなかったら、わからないよ!」
 そう声を大きくして言うが、ビャン・ダオはぴくりとも動かない。
 そこにパドレア邸の正面玄関があいて、メレアーデがやってきた。おお、と客たちの安堵の声がひびく。
「……来たか」
 そういってビャン・ダオはすっくと立ち上がる。

 メレアーデに人々が「もうお加減はよろしいのですか」と問いかけるが、メレアーデはそれにはこたえず、まっすぐにすすむ。
 いでたちも変わり、王が持つような立派な錫杖をもったメレアーデに、いいしれぬ近寄りがたさを感じて人々は道をあけた。
 その先には腕組みをするビャン・ダオが待ち構えていた。
 招待客が二人を遠巻きにとりかこむような形となった。なにごとか、と再びざわめきはじめる。

(……)
 メレアーデとビャン・ダオはまっすぐに対峙する。ビャン・ダオが先に口を開いた。
「ふたたび問おうではないか。メレアーデ姫よ。……『グルヤンラシュ』。この名について知っておられるか?」
 メレアーデは目を伏せてこたえる。
「……おこたえいたしましょう。ガテリア第一皇子ビャン・ダオ殿。『グルヤンラシュ』とは私の弟クオードのことです」
 そのように端的にこたえた。
 ビャン・ダオはため息をつく。
「そうか。大事なことゆえ、しっかりと確認しておく。メレアーデ姫よ。あなたの弟御が、かの『グルヤンラシュ』であると。……弟御のクオード殿といえば、五〇〇〇年前のエテーネにおける災禍で、あなたのおられぬキィンベルを守りきり、現代にやって来られた立役者のひとりだと聞いておる。余の聞き違いではなかろうな?あるいは、あなたは冗談ごとだと思っておられるかもしれないが、余にとってはそうではないのじゃ」
 そこでビャンは声のトーンをあげて、さけぶように問う。
「ガテリア皇国が第一皇子ビャン・ダオとして、みたび問おう、メレアーデ殿!
 あなたの弟、エテーネ先王クオードは!
 ウルベア帝国とガテリア皇国をあい争わせ!我が祖国ガテリア皇国を滅ぼし!
 あまつさえウルベア大魔神をもって無辜の民を鏖殺し!
 栄華を極めたドワーフ文明衰退の引き金となったウルベア帝国宰相『グルヤンラシュ』その人だと言うのか!?」

 ビャン・ダオはさけび声が響き渡って、その後は沈黙がおりた。

(……)

「こたえよ!!メレアーデ!」

「……相違、ございません」
 そういって、メレアーデはこうべをたれた。なにやらわからぬ客たちも、弾劾の雰囲気を感じ取ってどよめく。
 メレアーデは、顔をあげて周囲をみわたし、続ける。
「……ご説明いたしましょう。ここに集まっているみなさまも、なんの事やらわからぬことでしょうから。まず、『叡智の冠』からの報告書によって、知っておられる方も、そうでない方もここにはおられるとは思いますが、わが国は時見の扱いに関して大いなる過ちを犯しました。その結果が『終末の繭』と、そこから起こりえた世界の破滅でした。これについてはありがたいことに、現代世界の諸王にはご寛恕いただくことになったのです。そうしてこたびの盟約を結ぶ運びとなってここにつどった。しかし、そこには記載されていない大罪もあったのです。それがガテリア皇国の滅亡。わが弟にして先王クオードが三〇〇〇年前のドワチャッカで勢威を誇っていたウルベア帝国の宰相『グルヤンラシュ』となり、みずからがエテーネ王国の時代に帰還するために、研究や素材収集にその権力を使い、ついには覇を競っていたガテリア皇国に戦争をしかけ、最終的にはガテリアを滅亡にいたらしめてしまったのです。そして今日。時を超えてこの場に当時のガテリアの皇子ビャン・ダオ殿下があらわれた。殿下は私に真偽をとうたのです」
 どよどよと、周囲のざわめきが大きくなっていく。荒唐無稽なこの話に(メレアーデ姫はご乱心されてしまったのではないか)などと思った招待客もいたようだが、諸国家の代表たち、そして賢者ルシェンダは真剣な表情で二人を見つめていた。
 その様子をみていた軍団長セオドルトは、頭を抱える。
(なんということだ!誰がこんな事態を予測できるというのか。メレアーデ様は真実は明らかになるべきとの思想のもと、現実とおりあいをつけて、その事実は五〇年程度後に発表するとのお考えであった。それが、こんな形で公表されてしまうとは。メレアーデ様の心痛はいかばかりか……)

 ビャン・ダオは、おもしろくもない、と言わんばかりにフン、と鼻を鳴らす。
「……認めるというのじゃな、その罪を。メレアーデ姫……いやそのいでたち、女王陛下と呼ぶべきじゃろうかな。その格好は、エテーネ王室の罪ゆえに、民草にはなんの罪もないという表明なのかの?わが民は無惨にもほとんどが殺されてしまったというのにのう」
 メレアーデはこたえる。
「……その通りです。私はクオードにそのことを問いただしました。そして私は最終的には弟の罪を赦した。ゆえに私もその弟の罪をせおっています」
「なるほど、弟の罪は自分の罪でもあると。殊勝なことじゃな。しかし、そち達はわがガテリアを滅ぼしたかわりに、滅びるべきであったエテーネ王国をのうのうとこの現代で生き延びさせることに成功したわけじゃな。……それで?メレアーデ女王陛下は、その罪の代償として余になにをつぐなってくれるというのじゃ」
「私の、命までならば」
 大きなどよめきが起こった。
 メレアーデは島ごと時渡りを終えた時点で、みずからの本質的な役目は終わったと考えていた。過去世界で無惨に破滅するはずだった人々がこの現代世界で生きていければそれでよい。ただ、そのまま放置するとあまりにも混乱を招くので、政治的なリーダーを一時的にやっていただけだ。
 エテーネ王室はすでに人々を導く資格はないと思い、人々の多種多様な考えによって国を動かしていけば良いと考え、その仕組みを暫定的ながらもつくりあげた。すでに自身にとっては今は余生、老後のようなものであった。弟の罪を償うために死ねと言われるのなら、それもやむをえないことだと。いや、不遇なあの子の罪を引き受けられるのならば、それはむしろ本望だとメレアーデは本気で思っていた。
 セオドルトは、たまらずに前にでてメレアーデを後ろにやる。
「メレアーデさま、おさがりください。そして、あなたを慕い、想う者が大勢いるなか、ご自身のおいのちをそのようにあつかうことはおやめくださいませ」
 そこにビャン・ダオは哄笑がひびきわたる。
「はっはっはっは!そうじゃな。このような場でそのようなことを申したとして、どうなる。実際にそれがおこなわれるわけもあるまい。それ、そのようにかばうものも出てくる。できもせぬ反省の意をのべただけではないか。姉弟そろって狡猾なことよなぁ。それとも、余とそちとで決闘裁判でもしてくれるというのかの、は、は、は、は、は」
 そのビャン・ダオの笑みがついに狂気をはらみはじめる。そこにはすでに人ではなく魔の気配がただよっていた。
「……それに、そもそも、そちの命ひとつでは、ガテリア皇国の滅亡と釣り合いがとれんとは思わんかの……?」
 そういって、ビャン・ダオは一歩前に踏み出る。

(これは……?)
 その場にいた者で、最初にそれに気づいたのは、合成屋リーネであった。
 ビャン・ダオから、目に見えぬ禍々しきオーラがただよっているのを感じとったのだ。
 リーネはそのビャン・ダオを凝視して、探るように見る。
(……な、によ、これは!!)
 すると、ビャン・ダオの首筋から、黒くまがまがしい、とんでもない量の闇のチカラがあふれでているのがわかった。さらにはそれを後押しするかのように、ビャン・ダオをとりまく、死した怨念たちのかたまりのようなものが、猛々しく吹き上がっていた。
 リーネがそれを周囲に忠告するいとまもないまま、その怨念と闇のチカラにおおいつくされたビャン・ダオは、むくむくとふくれるように巨大化していった。
『ブォオオ』
 ビャン・ダオは異形のうめき声をあげる。
「ビャン君、だめだ、こらえて!」
 ラミザ王子の悲鳴がとどろく。
 その異形化に招待客の悲鳴があがり、腕に覚えのあるものは前にでる。
 強靭な手足と鉤爪をもち、巨大でいびつな顔が胴体に出現し、頭部はない。ビャン・ダオは、そういった化け物に変わり果てていった。そのビャン・ダオだった化け物の胴体部にあらわれた巨大な口から、含み笑いがもれる。
『ククク、ククク、ククク、ククク』
 聞きようのよっては、それは、哭いているようにも聞こえた。
 リーネは思わず、この場で最も信頼している者――すなわち賢者ルシェンダの方を見やって様子をうかがう。
 ルシェンダも周り客と同じように固まっているのを見て、リーネは内心悪態をつく。
(あんの、頭でっかちめ!昔っから突然のアクシデントに固まる癖、いい加減なおしなさいよね!)
 ビャン・ダオだった怪物の、胸部の大口から、人間の言葉が低くひびきもれる。
「メレアーデよ。……過去では、そちの弟御に嵌められたものだ。和平交渉に乗じて、余がウルベア皇帝ジャ・クバを殺そうとしたなどとな。あの時は根も葉もない、とんでもない言いがかりだったが、くしくもたったいま、似たような条約締結の場において余はほんとうに殺意をもって臨んでおるよ。人生とはわからんものよなあ、なあ、メレアーデ女王陛下。グルヤンラシュの、敬愛する姉君。……この異形のチカラでもって、そちを殺し、さらにはエテーネ王国を滅ぼし尽くす。これでこそ、わがガテリア滅亡の正しき代償というべきではないか?……そちの王国は、やはり滅びるべきであったのだ」
 そういって、ビャン・ダオだったものは唸り声をあげ、真正面にいたセオドルトを鉤爪でふきとばす。
「ぐああっ」
 セオドルトはもんどりをうって倒れた。
「セオドルトッ」
 メレアーデがかけよる。
「うう、メレアーデ様、お逃げください……。私などに構わずッ」
 メレアーデはセオドルトをかばうように両手をひろげて、その緑色の巨大な怪物と対峙する。
「私がグルヤンラシュの姉でしょう、狙うなら私をねらいなさい!ビャン皇子ッ!」
 そのように言って立ちふさがる。
 倒れているセオドルトの横では、ジャベリ参謀がいた。ジャベリは剣を構えつつも、ただ震えて目の前のメレアーデの背中を見つめていた。
(い、いったいなんだというのだ。ひ、人があんな巨大な怪物に……。この世界は……、世界はこんなにも、わけのわからぬ恐怖に満ちているというのか……。よ、よくメレアーデ様は物おじせず対峙できるものだ。私は、なんとこの世界を知らないことか……!)
 魔との対決が少ない時代に育ち、人との争いを中心に物事を考えていたジャベリには、このような事態は青天の霹靂であった。喉が恐怖で動かなかったときのことを思いだして、ジャベリは思わず自分の首に手をあてた。

「なんだぁ、こりゃあ」
 そこに、地下室から帰ってきたJBが、庭園の様子を見ておどろく。いったいどこからあらわれたのか、巨大な顔を胸部にもつ化け物が中央に鎮座している。
 手を広げるようにして、対峙しているのはメレアーデだ。取り巻く皆は、手を出せずにいる。JBの帰還をみて、トーラやダンもJBの周りに集結してきた。
(JB一味か)
 リーネが、しめたとばかりに足早にJBたちに近づいてJBにささやく。
「……JBッ」
「おお、リーネの姐さん。あんたもいたのか」
「手短にいうわ。あのビャ……でかいモンスターの右肩口、あそこにこの騒動の原因となる闇のチカラが埋まってる。で、あたしは飛び込んでそれを封印したいと思っている。いまなら、まだ人に戻せる可能性もあるかもしれない。あんた達にはあたしが飛び込む前に攻撃を散らしてほしいわ。頼める?」
 リーネは、早口で端的に説明する。
「……いいぜ。今日は警備員だしな、俺ら。仕事の内だろう」
 事態をのみこめていないながらも、リーネの確信めいた物言いを聞いて、熟練の冒険者であるJBの勘は彼女の案に乗ることをよしとした。
 
 だが、その作戦はおこなわれることはなかった。
 不意に、よこから飛び出してきた緑のかたまりが駆けていったのだ。
「あっ」
 最強格のバトルマスターである、かげろうの強固な羽交い締めをふりほどけたのは、彼女の物見高い性格のゆえか。それとも、実はアストルティア随一とも言われる彼の身体能力のたまものか、はたまたその両方か。とにもかくにも彼はすべるようにそのいましめを抜けて、駆けていった。その群衆をかきわけかきわけ進む。
 そうして、ゆくてに塞がるものがなくなって、その緑の影は駆ける。猛スピードで駆け抜ける。
「ポツコン3号ォォッ―――――!!!」
 そして彼は吠えた。一部の客たちがその猛烈ながなり声で彼に気づいた。彼の知己は、そちらを見やってそれぞれに呼ぶ。
「この声は……」
「ダッ……」
「ダストンッ!」
「ダストン殿!?」
「ダストンさん!!」
「お父さんっ!」
「あんたは……ッ」
「……?」
 その怪物と化したビャン・ダオすらも、その声をわかってか、そうでないのか、ダストンの方を向いた。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
 ダストンは、おたけびをあげつつ猛烈に駆けながら、心の内でよびかける。
(ビャン!アンタはいま、世界にあだなす敵になっちまったっていうんですかッ?あれほどに世界に役に立つように頑張っていたアンタがッ!そうなっちまったっていうのは、どうしようもない、よほどの訳があるんでしょうッ。ですが、わしはアンタを今ほどいとおしいと思ったことはないですよッ。役立たなくなってしまったビャン・ダオこそ、わがガラクタ城のコレクションにふさわしいですッ!アンタは、やるべきことも、やりたかったことも、なにもかも忘れ、今こそウチに来るがよいですよ、ビャン・ダオッ……)
 そして、自身の心の中に宿っているらしい種族神に問う。
(ワギよ、あんたがわしの中にいるというのなら……今ッ)
「うおおおお、ワギよ、力をかしやがれです!!」
 そう叫ぶと、体の奥底から、わきあがるような苦笑じみた声がひびいた。
『役に立っても良いというのかな?わが器よ』
 ダストンは、即座にさけびかえす。
「役立たぬもののために、役立ちやがれですッ!」
 ワギは、その絶叫に感じ入ったようにこたえる。
『……それでこそドワーフ。今こそ、ワシはそなたのチカラとなろう』
 統べるナドラガ、猛きガズバラン、賢きエルドナ、美しきマリーヌ、勇気あるグランゼニス、愛らしきピナヘト。
 兄弟神たちはみな、神らしく輝いていた。わかりやすく、人々に求められる美点をもち誇っていた。しかし、ワギだけはそうではなかった。『変』であった。そしてまた、『変なもの』を愛していた。何の役にもたたぬような『変なもの』に興味をおぼえ、熱心にそれを追求していった。それは純粋にたのしかった。しかし、そのような役に立たぬものを追求していった結果、なぜだかまったく新しき発見や発明をうむチカラとなることがあった。他の神々はそれをたたえた。なるほど、ワギの真意はそこにあったのか、と。
 だが、そのような意外な有益性すらもワギには厭わしかった。褒められたいからするんじゃない。役に立つからするんじゃない。ただただ、それが好きだからそうしたかっただけだ。そう、不要なものに対する愛こそがもっとも純粋である……。
 そして、それは物事でなく人についても同じことを考えていた。皆がしゃちほこばって、立派でありつづけるなどつまらない。
 たまには、わけのわからぬ謎の情熱で、誰にも役に立たぬことを極め、自己満足にひたるがよい……。
 また、たまには、怠惰なドワーフのごとく床にねそべるがよい……。
 そういった、ワギの神意をもっとも体現した現代のドワーフこそがまさしくダストンであった。

 ダストンはついに、そのビャン・ダオだった怪物の足元にまで到達した。
「うおおおぉ!」
 そして、鋭い鉤爪を器用にかわして、そのふくれあがった緑色の化け物をまたたく間に駆け上った。
 その神の力の宿った右手を、肩口にある黒ずみに突き刺してダストンは声高にさけんだ。

「 ガ ラ ク タ ハ ン タ ー ッ !」

 そのひかりかがやく手がくろぐろしい何かを引きずり出す。それはおぞましい、ヒマワリの種ほどの赤黒き種子。
 そして、それを掲げつつ、ダストンは高らかにいった。
「こんな、いらないものッ……。このわしがもらってやるですよッ」
 そういって、なんと、ダストンはそれをパクっと食べたのだ。
 それを見守っていた招待客たちはおどろきの声をあげる。
(のっ)
(飲みこんだーーーッ!?)
 明らかに邪悪な、呪われたその種がダストンの体内に取りこまれていく。
 これには、ワギすらもあわてた。
『なんということを。わが長兄ナドラガをもむしばんだ、その闇の種子を……』
「ほれ、なんともないですッ」
 そういってダストンはサイクロンダンスを披露して、なにもないことをアピールする。ワギはあきれつつ、
『……そなたのような、争いと無縁なやさしき男のなかで、その悪意の種を消化、いや浄化できれば、それがよいのかもしれんな。要観察ではあるが……』
 そのように半ばあきらめつつも、ワギはダストンのそのドワーフらしい奇抜な行動を見守った。
 そしてビャン・ダオは、核をうしなったかのように巨大な怪物のすがたから元のドワーフの姿へと回帰していった。崩れ落ちそうになるビャン・ダオをしっかと抱きかかえる。
 うつろなその表情だったビャン・ダオはぼやけた視界のなか、ダストンを認めた。
 ハッとして、ビャン・ダオはわずかに顔をあげる。
「ダ、ダストン殿、なのかの……?」
 ダストンは笑ってうなずく。
「ポツコン3号。立派になって世界の役に立つような、残念な男になったと思ったら、アンタはやっぱりポンコツでしたねッ」
 ビャン・ダオは思わず目の前にいるダストンにすがりついて泣きさけんだ。
「ダ、ダストン殿!余は、余は、どうすれば良かったのじゃ!過去、そちたちに支えられて、余は昔を忘れ、この時代で行きていく事をようやく誓えたのじゃ!今や地の果てと成り果ててしもうた母国の玉座で死のうとした余を、引き止めてくれたのはリウ老師の教えと、そちたちじゃ!過去を忘れ、今を生きよと言うてくれた!ようやくそのようにでき始めたところだったのじゃ!
 なんで今現れる!
 なんで今亡霊のように現れる!
 グルヤンラシュがエテーネの先王だと!
 エテーネを守った英雄だと!
 すでに死んでいるだと!
 そのようなことが、許されるのか!
 余は、父を、母を、師を、民を、国を!
 無残にも全て奪われたのじゃぞ!
 ぐおおお!これが許せるか!ぐおおおお!」

 ビャンの細い目が見開かれ、獣のような泣き声をあげ、ダストンに抱えられながら、胸をかきむしるビャン・ダオ。
 ダストンはビャン・ダオを強く強く抱きしめる。
「泣くんです、ビャン!アンタの今言ったことは全て役に立たぬ思い。そんな思いにとらわれてるアンタがわしは好きですよッ。忘れるんです!忘れるまで泣くんですッ。わしは泣き虫は好きですよッ、役立たずですからねッ、アンタがドルワームで役立つヤツになってるって聞いて、そりゃあわしは寂しかったもんですよッ!……ビャン、アンタには養子にならんかって言いましたねッ。アンタには断られましたけど……。わしはアンタのことは今でも息子の様に思ってますよッ。さあ、ウチに来て役立たずになりんさいッ。アンタがふたたび外に出たいっていう日まで……」
 そのようにいってビャン・ダオを抱え、ダストンは水際にたつ。
 招待客たちは、呆然としてその経過をみまもるしかなかった。

「……」
 合成屋リーネも、そのさまを眺めていたひとりであった。『戦禍のタネ』の封印を自分以外のものにゆだねるのは気が気ではなかったが、すでにことは終わってしまった。
 やむなしとして溜め息をつく。そのリーネの横に、ひっそりと緑赤の服をまとった少女がたっていた。そして、ささやくようにリーネに語りかける。
「やあ、久しいわね、リーネ。あんたにとっては六〇年ぶり、あたしは……何年ぶりか。数えるのも忘れたけど、千年はくだらないのかしらね」
 少女は髪をかきあげつつダストン達の方をみている。リーネは少女の方を二度見して、目をまるくしておどろく。
「あ、あ、あ……」
 少女の方を指さして、しばらく口がきけないほど、おどろいていた。
「あんたッ、一体いままでどこに……?あたしがどれだけ探したと……」
「無論、時のかなたに。……な~んてね。あちこちの時代をさまよい歩いていたわ。最近は、オーガの集落でヌーク草を作ったり、地下都市ドルワームを浮上させたり、……故郷を捨てた魔王と出会ったり」
 リーネは動転しながらも、少女に問いただす。
「……私の知る限り、あんたの目的は達成できていないようだけど?」
 エテーネの村は一度滅び、盟友の手によって再生した。六〇年前の昔に、この少女から聞いていた彼女の大目的はその滅びをなくすことであった。そのようには、歴史はかわっていない。少女は目を伏せて首をふる。
「それは、もう諦めたわ。今の私はあの子と一緒に、この世界に戻りたいだけ」
「じゃあ……、その時渡りののろ……」
 少女は、手をあげてリーネの言葉をさえぎる。
「……思い出話は、後にしましょう」
 少女はそういい、ダストンに抱きすくめられて嗚咽するビャン・ダオを見すえながら、一枚のスクロールを天にほうった。
「さあ、ビャン・ダオ皇子。あなたはダストンさんの養子です。こころゆくまで甘えるといい……」
 そのスクロールから、かすかな光があたたかくビャン・ダオにふりそそぎ、ビャン・ダオは眠るように、ダストンの腕の中でまぶたをとじた。
「なによ、今のいかにもやばそうなスクロールは……」
 リーネが少女に問う。
「あんたに言わせると、大体やばくなるからねぇ」
 少女はそのようにこたえながらも、説明する。
「あれは『魔王イーヴのスクロール』。この前の時渡りで一緒に旅をしたイーヴから謝礼としてたくさんもらったものよ。あれは魔界の大国ゼクレス魔導国の秘術のひとつが記載されているの。それは、精神の認知をゆがめていろいろなことを思い込ませることができるの。たとえば、初対面だけど昔からの友達だと思わせたり、ね」
 さらに光はこの島全体に満ち、人々を一瞬だけつつんでは消えた。
 リーネはあごに手を当てて、むずかしい顔でいう。
「……危険な禁術ね。封印しないと」
「ほ~ら、やっぱり」
 そういって、肩をすくめて少女は笑った。

 ジャベリ参謀は水際においこまれたダストンとビャン・ダオを見て、JB一味をけしかけようとする。
「なにをしているJB。はやくやつらを捕らえろ。あのビャン・ダオは間違いなくエテーネ王国にあだなすもの。それをかばうあのダストンとやらも捕まえるのだ」
「……」
 JBは面倒くさげに、
「いやだね」
 と、いいはなった。
「な、なんだと?」
 ジャベリは子飼いの部下の、思わぬサボタージュに唖然とする。
「せっかくダストン氏がちょうどいい落としどころを作ってくれたんだ。それにのっかろうぜ。それによ……」
 といってJBはダストン達の上空を指さす。
「もう、逃げてくみたいだぜ」
 ダストンの後ろには、巨大な反重力飛行装置にささえられて浮かぶガラクタ城が、ダストンたちを回収しようと轟音とともに近づいてきていた。
「浮島だとぉ!?」
 ジャベリが驚愕の声をあげる。
 空飛ぶガラクタ城から縄ばしごがおろされ、ダストンはビャン・ダオをかかえたままそれに捕まって登っていく。
 ガラクタ城の屋根の上には、数人のメカニックらしき人物が、怪盗の仮面をつけて腕組みをしながらこちらを見下ろしている。
 ラミザはそのうちのひとりに見知った顔を見つけた。ウェディのような青い肌に、ひとりだけぐるぐるメガネのプクリポ。思わず声をあげる。
「ぺ、ペリポン君……?」
 ダストンは、するすると屋根の上にまであがっていき、こちらを振り向いて大声でいう。
「わしはガタラのガラクタ城主ダストン!役に立たぬもの、役に立たぬ人物をこよなく愛するものですッ!」
 そして、眠ったままのビャン・ダオを抱きかかえて宣言する。
「この世でいらぬものとなり果てた、このビャン・ダオは、わしが頂いていくですッ。文句のあるものは、わしは逃げも隠れもしないですッ。ガタラのガラクタ城まで来やがれですよッ!」
 そうして、最後にダストンは、なにやらゴーレックの方を向いて小さくうなずいた。ゴーレックも鷹揚にうなずきかえす。
「では諸君ッ、さらばです!」
 そうやって、空飛ぶガラクタ城は轟音をたてて東のほうへ飛び立っていった。

「……」
 ラミザは自分のてのひらを見つめる。ダストンのようには友をつかみきれなかった、そのてのひらを。
「親友より、親か……」
 そう、ひとりごちる。
(ダストンさんのあれは、取り返しにいってもいいってことなのかな……)
「ねえ、チリ……」
 ラミザはチリに意見を求めようとしてふりかえると、チリはポイックリンの格好のまま倒れていた。
「お、お父さん……かっこよすぎる……しゅごいい」
 などとうわ言をはきつつ、幸せそうに失神していた。

【小説】奇跡の代償は 13章『ガタラ食い逃げ事件と空飛ぶガラクタの城』


奇跡の代償は 13章
『ガタラ食い逃げ事件と空飛ぶガラクタの城』


■概要
Version4のアフターストーリー、第13話。
舞台はV5.0終頃の岳都ガタラ。
主人公は魔界で行方不明扱い。


■13章『ガタラ食い逃げ事件と空飛ぶガラクタの城』の登場人物
少女:『盟友』の姉。時渡りの呪いで、さまざまな時代をさまよう。
ダストン:ガタラのガラクタ城城主。
デコリー:ガタラのカスタム屋。
メンメ:ガタラにいる研究員。
ペリポン:無職のプクリポ。
チュニグ:デコリーの弟。ドルワームの研究員。

(夢。かつては、人々に啓示をあたえるために使ったというわね。神も、魔も。……そのチカラをつかって人々を導いたり、操ったり、……果ては夢の中に現実さながらの別世界を構築したという、神話めいた話もきいたことがある)
 エテーネの式典がおこなわれる日の一週間前。その少女は、巨大な立方体のような昏い世界の中でひとり、あぐらをかいて瞑目し沈思黙考していた。
(あたしが、その神やら悪魔やらのマネごとをしてるなんておかしなことね)
 ふふん、と笑う。
 しかし、少女は内心ではあせっていた。
 この世界で目が覚めた時、この体は時渡りの力で満たされ、かの時獄の迷宮にいるように幾千のあるべき未来を見渡し、それをもとにどのようにすれば時を変えられるかがわかっていた。彼女はその万能感のおもむくがままに、いまだ残っていたほろびへの運命を察知して、それを修正するべく動いたのだ。
 とはいえ彼女は現実に関与できるような実体は持っていなかった。
 かわりに、彼女にはこの世界で意識をとりもどした時に特別な能力がそなわっていた。それは他人の夢への介入であった。なぜそれができるのかは自身にもわからなかった。
(時見は、予知夢の形をとることもあったといわれる。夢と時見には密接な関わりがあるのだろうか)
 そのように少女は自身を納得させていた。
 それを利用して、人々の夢の中で助言めいた事をいい、ちょっとした無意識の選択に介入して自分の望むべき未来へ、わずかずつ変えていき『歴史の修正力』との戦いを慎重に進めていった。
 入念に計画し、必要な人々を時の特異点ともいうべき式典が行われる日のパドレア邸に集めた。
 ほとんどすべては彼女の考えたとおりに進んだ。これで都の、国の、世界の、新たなほろびの運命からはのがれられる。
(これで、あいつの願いもかなえられる……)
 彼女はかつて十年をともにしてきた朋友をおもい、安堵したものであった。
 ……にも関わらず。
 この人物だけは、なぜだか変えられなかった。彼女の顔が苦悩にゆがむ。
(なぜよ?なぜ、まだ変えられていない!……まがいもののあたしでは、やはり限界があるというのか)
 諸王を含めたあらゆる重要人物が、かの地につどったというのに、彼だけは少女の思い通りにはならなかった。
 布石は打った。しかしその人物は、頑固で強固な岩盤のような強き強き意思で、彼女の作り出した流れにのることを否定するのだ。
 そうして、今日も彼女の掌握するその世界に、くだんの人物を呼びだす。
 そのずんぐりとした緑色の塊がキョロキョロとあたりを見渡す。
「ここは、……どこです!いったいなにがおこったというんです?」
 ガタラの変人、ガラクタ城のあるじ、ダストンその人であった。
「こんばんは。ダストンさん」
 少女は、すでに毎晩のように顔を合わせ、同じようなやりとりを繰り返しており、こなれた挨拶をする。しかし、向こうには夢の中で会った記憶はないようで、毎回自分を見てはおどろいている。
「……アンタは、緑赤の人じゃないですか!」
 かつてナドラガンドにて、紆余曲折をへた後に少しの期間ではあったが、ムストの町で行動をともにした仲間である少女を見て、ダストンは驚く。少女は、どうも~、と笑って気軽に返す。
(知り合いらしい、ってところもやりにくいのよね。あたしの持っているウルベア帝国時代までの記憶には、ダストンさんはいない。多分あたしを作ったあとに、本体が時渡りをしてダストンさんと会ったんだろうけど)
 最初に夢の中にてお願いした時には、空中に浮かび、高いところからダストンを見すえて大仰に手を広げて挨拶をしたり、夢の中であう神のごとき存在として上からの啓示のようにやるべきことを伝えたものだったが、ダストンにはこれが全くの逆効果であった。
 その時の事を少女はよく覚えている。
 自分がとうとうと、ダストンに対してやるべきこと語っていたところ、その途中でダストンは手のひらを突き出してさえぎったのだ。そしていった。
「……アンタ、わしの知っている緑赤の人じゃないですね」
 そういって、ダストンはさらにかぶせるように、まくしたてた。
「わしが知っている緑赤の人なら、わしがそういう事に興味がないことは知っているはずですからね。大事なこと?大切な人?……背筋が寒くなりますねッ!私が愛するのは誰も見向きもしないガラクタ、そしてポンコツな人間だけですよッ!」
 ダストンは、まいったかと言わんばかりに両手を腰にあてて胸をはったのだ。
(な……なによ、この天邪鬼な人!)
 そう思ったものであった。その時の事を思い出して、少女はこめかみをおさえる。
 さて、今日はどうやって切り出したものか……、と少女は悩んでいたが、特段に妙案もなかった。
「……ダストンさん。ビャン・ダオ皇子のピンチなんです。今日が間に合う最後の日なの。彼のためにエテーネ王都キィンベルに向かってもらえませんか?」
 今日はなにかが変わることを期待して、いつも通りに正直にいった。
「ビャン・ダオ……?」
 ダストンは、かつてウルベア魔神兵のコールドスリープから三〇〇〇年ぶりによみがえった、この世界の右も左もわからぬビャン・ダオ皇子を、ポツコン3号として連れまわしていた時のことをおもいだす。
 そして最後には、故国も仇敵もいなくなった未来の世界であることに絶望し、故国ガテリア皇国の廃墟にて命をたとうとしたビャン・ダオ。しかし育ての師ともいうべき、リウ老師の遺言めいたメッセージによって思いとどまり、ビャンはこの世界で『今』を生き抜くことを決めたのだ。そして、そのビャンに、ダストンは「自分の養子にならないか」とさそったことも。
 しかし、ビャン・ダオは感謝しつつもその申し出をことわり、ドルワーム王国で自分の過去についての知識を役立てることを選んだのであった。その彼がいま窮地にあるという。ダストンは首をふる。
「……あいつは、役に立つ人になりました。ドルワーム王国の精鋭調査隊を指揮して新しい遺跡を発見したり、そこでみつけた何に使うかわからぬモノを、腹立たしいことに、とても役に立つようにしたりしてるそうじゃないですか」
 いくぶんか、さびしそうに微笑みながらダストンはつづける。
「そんなあいつに、わしのたすけなど必要なはずがありません。諸王国のえらい、立派なひとたちが、あいつを助けてくれるでしょう」
 少女はここで退くわけにはいかないとばかりに、さけぶように説得を続ける。
「そんな生半可な事態じゃないんですよ。諸国の偉大な王様や、勇者や、賢者があつまるその宴で、ビャン皇子は……強力な怪物になって暴れまわってしまう!そうなってしまったら最後、その場にあつまった強者たちによって討伐される運命になる。それを助けられるのは、ダストンさん、あなたしかいない。あなたにはそのチカラがあるのです!」
 少女のその必死の説得も、ダストンはうろんげに見やる。
「ビャン・ダオが怪物に?うわははは!面白い冗談ですねッ。なかなかわし好みですよ、その突拍子もない感じは。たとえその話が本当だったとして、わしは役に立たねえ事には人後に落ちませんよッ!あんたは言いましたね。世界のえらい王様、勇者、賢者がそこにはいると。そんなえらい人達がそろってるってのに、わしひとりが行ってどうにかなるもんですかッ」
 辛抱強く、少女はダストンを説得する。
「あなたと、ビャン・ダオ皇子とのつながりが重要なんです。そのつながりこそがビャン・ダオ皇子を救うのです……」
 しかし、ダストンの心はかたくなであった。
 その後も少々話した後に、ダストンはもう興味をなくしたといわんばかりにうろつきながら大声でいう。
「もういいです。わしは帰るです。出口はどこですかッ!」
 ドスドスと、この異界めいた空間をこわがることもなくマイペースに進んでいく。
(ああ……。今日も変わらない。この人がいないとビャン皇子が……)
 少女はそう思って、うちひしがれて膝をつく。

 そうしたところに。

 ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ……

 突然、夢の空間が揺れはじめた。ダストンは周囲を見渡しながらさけぶ。
「じ、地震ですか?!」
 少女もおどろく。
(まさかっ!あたしがつくった夢の世界よ!でも、わからない。一体何ごと!?)
 揺れを耐えるため、ダストンは四つんばいになり、少女は空中に浮きあがる。
 そして、シュワシュワと、徐々に中央の床が裂けはじめ、光があふれでる。
 もし、ゼルメア遺跡に通う冒険者がそれを見たとしたら、まれに遭遇する次元の裂け目、だと思ったかもしれない。
 人の手が、その光り輝く裂け目から一本、ニョキっと生えたかと思うと、裂け目につかまって崖をよじ登るようにして、ひとりの人間がそこから這い出てきた。
「ふぃ~、出れた、出れた」
 その人物はパンパンと、ほこりをはらうように自分の服をはたく。そう、もの珍しいその緑赤の服をはたきながら二人に近づいてきたのだ。
「あ、あんたは……」
 少女は絶句する。
「み、緑赤の人2号!?」
 ダストンもおどろきをあらわにして言う。そう、出てきた少女は服装も含めてうりふたつだった。
「やあ、ダストンさん。おひさしぶり~。ムストの町以来だね」
 気軽に手を降ってダストンにこたえる。そして新たに出てきた緑赤の服の少女は、自分そのもののもうひとりの少女の首に、ガッと手を回して、なれなれしく顔を近づけて話す。
「あんたも久しぶり。お困りのようだね~」
「あ、あんた……あたしの、ほ、本体なの?」
 元からいた少女その1は、何がなんだかわからないとばかりに、うめくように言う。
「そうよ。あたしはほんの最近、時渡りの呪いでやってきた、あんたの本体。実はもう数日程度しか同じ時間軸にいられなくてね……。でも、あたしの世界が細切れになって終わりをむかえてしまう前に、これだけはやっておきたかった。はるか昔に時獄の迷宮で見た、最後のあたしの意味ある行為……。これは、ウルベア時代の……クオードのためでもあるし、あたし自身のつぐないでもある。……あんたがこの空間をつくってくれてよかった。夢の中だと現実の距離は関係ないからね。時間の猶予がないあたしにとっては助かったわ」
 少女その2は、この昏い、しかし母親の胎内のようなどことなく安心感のある世界を見渡す。
(そしてここは、あたしが外法でつくりだした試作型エテーネルキューブ……の中を夢で模したものか。いまならわかる。ここがキュルルの家……みたいなものね)
 少女その2は少女その1のロックしていた首を解放して、ポンポンと肩をたたく。
「あんたもここまで、本当によくやってくれたわね。あたしがいなくても、あと一歩というところまで用意を進めてくれた。でも、ダストンさんはああいうんじゃ駄目なのよ。あたしにまかせときなさい」
 そう言って少女2は、スッと前に進み出てダストンに呼びかける。
「……ダストンさん」
 ダストンは、不敵な笑みをうかべる少女2に、少したじろいで下がる。
「な、なんです」
 少女2はンンッと咳ばらいして、もったいぶってから言う。
「いますぐエテーネ王国首都キィンベルにむかってください。そうすれば……」
「そうすれば……?」
 少女1も、ダストンも、何をいいだすのかと息を呑む。
「とってもポンコツになったビャン・ダオ皇子が手に入っちゃいま~す!」
 満面の笑みで少女その2は言いはなった。
「な、なんですとー!」
 そして、パァァァと顔をかがやかせて、がぜん、やる気をみせはじめるダストン。
「そういうことなら、なんでもやるですぞ!」
 それを見て、少女1はあっけにとられる。
(いや、なんだったのよ、あたしのこれまでの苦労はさ……)
 いえーい、ポンコツー、と謎のハイタッチをしている少女2とダストンを見つつ、少女1は脱力する。
 そして少女2が戻ってきて、少女1に問う。
「そんで、ダストンさんは具体的にはどうすればいいのよ?」
(なんでも知ってるような顔して、そこはあたし任せなんだ……)
 頭をおさえつつ、少女1はパラパラと自分のメモを見ながらダストンにいう。
「えーっとですね、ダストンさん。あなたはこれから目覚めます。その後すぐに外に出たら、騒ぎを起こしているプクリポがいることでしょう。その彼を助けてあげてください。そして、その彼にガラクタ城の地下を見てもらってください。さすればあなたはエテーネ王国が開催する式典までにキィンベルに到着することができるでしょう」

 ……

 岳都ガタラの広場は今日も平和であった。そして、いつものように遠目から日がな一日ガラクタ城をながめている二人がいた。カスタム屋デコリーと研究員メンメである。
「なあ、メンメ先生よぉ。先日のあれ、どう思うよ?」
 ガタラ名物といってよい、ガラクタ城に持ち運びこまれる古代の遺物の事を思い出しながら、カスタム屋デコリーが隣に立つ研究員メンメへと語りかける。
「ウルベア帝国の巨大な反重力飛行装置……の残骸……。あれほど巨大なものは、みたことがないわ……」
 それがすっぽりおさまるだけのガラクタ城の広大な地下室に、そのバラバラになった残骸を運びいれていたのだ。
「いつものように、ポツコン氏をとおして売ってもらえないかなぁ。絶対いじると面白いと思うぜ」
 そもそも彼女らがここでいつもスタンバっているのは、城主ダストンとその部下ポツコンによる、ガラクタ城に持ち込まれる様々なウルベアの遺産目当てであった。
 ダストンとポツコンは日々、精力的にウルベア地下遺跡を中心に散策して役に立たぬものと彼らが判断したものをガラクタ城に運び込んでいる。しかしその実、熟練の発掘屋でもなかなかないような確率で、彼女ら垂涎の『役に立つ』物がまぎれていることがあった。そのため、彼女たちはいつもそのように搬入されているのを遠目でみながら、いざそういう掘り出し物を発見した時には、コミュニケーションが取りやすそうなポツコンに頼んで、ゆずってもらうのが常であった。
 なにせ交渉も楽である。「これは役に立つものなんです!」と力説すれば、あとはポツコンがダストンにうまいように言ってくれ、早晩ゆずってくれるのだ。そしてお代としていくらかのお金をポツコンに渡している。そのお金を元にポツコンは二人の生活費などを捻出しているようなのだ。そういった立ち回りからポツコンは、メンメやデコリーからは『意外と有能』と目されている。しかし、そのちょっとトロそう見た目や言動などでダストンからは不動の『ポツコン1号』として認識されていた。
 メンメは今回の巨大反重力飛行装置の件については否定的であった。
「さすがに今回のは大物すぎて、私達の手にはおえない……。動かせることを実証できなければ……、ダストンさんも役に立つものだとして私達にゆずってはくれないでしょう……」
 そう現実的な回答をする。
「やっぱ、そうなるか~」
 メンメとデコリーがそのように話していたところ、突然大きな声があがった。

「食い逃げだーッ!」

 ガタラ広場にその声が響きわたる。
 近くにいた人間はみな、なんだなんだといっせいにそちらの方をみやる。
「ひぃ~~、ご勘弁を!これは、無職ゆえのあやまち……!」
 などと、青い顔のプクリポが情けない声をあげつつ、全速力で逃げてきていた。
「天下のガタラ往来で食い逃げとは、ふてぇ野郎だ。逃がすな!」
「待てぇ!」
「無職が無銭飲食……うーっくっくっく」
 団結力の強いガタラの住人は呼びかけて、たちまち広場近くにいた人総出でつかまえる大捕物となった。

「きゅう」

 通りすがりのレンジャー協会幹部がいたこともあって、囲まれた食い逃げプクリポはすぐさまお縄となった。
 捕らえられていても、プクリポ特有の何を考えているのかわからない緊張感のない笑みの上に、ぐるぐるメガネをかけており、まったく何を考えているのかわからなかった。
 その食い逃げプクリポは縄で縛られたままドワーフたちに囲まれ、デコリーが代表してしゃがみこんで尋問する。
「……まったく、いったい、なんだって食い逃げなんかしたんだい。学もありそうだし、そんなことしたらどうなるか、わかりそうなもんだ」
 食い逃げプクリポは顔をあげて弁明する。
「ちがうんです、食い逃げするつもりはなかったんです!ちゃんと皿洗いして返すつもりだったんです……!」
(完全に故意犯だ……)
 あつまった面々はこれはアカンやつ、と顔を見合わせる。
 食い逃げされた料理店の店主が、進み出ていう。
「この野郎、料金を請求しようとすると堂々と金はないって言いやがってよ、皿洗いを食った分やるって言うんだよ。そんなん良いから代わりに金目のもんなんかないかよ、って探したらえれえ立派な本を持ってたもんで、それを置いてけば見逃してやるって言ったらよ。そしたらコイツすぐさま逃げ出しやがって……」
「なるほど」
 といってデコリーが、その食い逃げプクリポのカバンから立派な大判の書籍を探しだしてかかげる。
「……ほお、これかぁ。たしかに値うちものの気配がするね」
 食い逃げプクリポは「それを持っていくのだけはご勘弁をぉぉぉ」などとジタバタと騒いでいる。
「ちょっと……見せてもらって、いいかしら……」
 メンメが乗り出して、デコリーからその本をうけとる。
(ウルベア、式技術大系……?)
 表紙のタイトルを見てメンメはいぶかしむ。少し前に、これと対になる本を読んだような気がした。メンメが本のページをめくりだす。
 どんどんと、無言でページを読み進める。
(すごい……でも私には半分程度しかわからないわ)
「おい、メンメ先生よ……、どうなんだいその本の価値は」
 デコリーがしびれを切らして話しかける。
「これは……すごいわよ……。ウルベア関連のうしなわれた技術がこれほど体系的にまとめられてる本を、私は見たことがない……あなた、これ……どれくらいわかるの?」
 メンメは、その食い逃げプクリポに問いただす。食い逃げプクリポは、てらいもなくいった。
「まあ七、八割くらいは……?反重力飛行装置に限れば九割以上はわかります」
 メンメはそれを聞いてのけぞった。
「本当に……?あなた、一体何者……」
「私は、由緒正しき無職。ペリポンといいます」
 誇らしげに、その食い逃げ犯は言いはなった。
 
 バタン!

 と、そこにガラクタ城の扉があいた。
 城主ダストンがキョロキョロと広場の様子をうかがいつつ、騒ぎとなっているこちらを確認するや、一直線にやってきた。その後ろを何事かとポツコンもくっついてくる。
 広場に集まっていたドワーフたちは一様に、
(面倒くさい人がきたぞ)
 と思って離れていく。料理店の店主すらも「今日はついてねぇや」と言いつつ帰っていった。

 そこに残されたのはメンメ、デコリー、そしてペリポンだけになった。
「あんた、プクリポですねッ!」
 しばられたペリポンを指さして、ダストンは声をあげる。
「見ての通りですが……」
 ふーむ、といろんな角度からペリポンをみて、いい笑顔でそのしばられたプクリポの肩をたたく。
「どこからどうみても、使えなさの塊のようなプクリポですねッ!わしは大変気に入りましたですよッ。実は今日お告げがありましてね。外で騒いでいるプクリポを地下室に連れていけは良いことがあると言われましてねッ。すでに今の時点で良い感じですが、あんた、ちょっと地下室まで来てくだせえ」
 そういって、ペリポンを強引に連れて行く。
(地下室っていったらよ、)
(例の巨大飛行装置の残骸、ですね……)
 デコリーとメンメは顔をみあわせて、何気ない顔でダストン一行にくっついていった。
 ガラクタ城に入ると、ゴミの山に埋もれていて地下室の入り口などはないように思えたが、ポツコンが様々なゴミオブジェクトを脇にどけると地下室への入り口があらわれた。
 みんなでガラクタ城の地下室に入る。灯りをともすと、そこは地上部よりも広大な空間で、様々な機械群が散乱していた。そのなかでもひときわ巨大な塊にペリポンは近寄る。
「こ、これは!」
 ペリポンは驚愕して、そのバラバラになっている機械装置を見渡す。
 そして持っていた『ウルベア式技術大系』の本を開いて、見比べていった。ペリポンはたんねんに数々の装置をしらべていく。なにやら各所のボタンをあちこち押して装置がどんどんと光り輝いていくのをメンメやデコリーは信じられない思いでみまもる。
「みてください、このページを!ウルベア末期に開発された連結式超大型輸送タイプの反重力飛行装置。これは今までに見つかったことのないものですよ!しかもジョイント部などはいかれてますが、サブ・メインともに各出力機構は完全に近い形で残っています。これ、修理すれば使えますよ!」
 ペリポンはメンメやデコリーを心得者だと認識して、詳しく細部を説明しながらさししめす。細かくわかれている反重力飛行装置をつなぎ合わせ、中央部の大きなメインエンジン兼制御装置に組み込んでいけば巨大な飛行装置として運用可能だという。
 ダストンは嫌そうな顔をしていう。
「……そんな役に立ちそうな事はせんでいいですよッ。いや、でもそうしなければいけなかった何かがあったような……」
 うーん、とダストンが頭をひねっていると、思いだしてポンと手をたたいた。
「そうです!わしはエテーネ王国のキィンベルで開かれる式典とやらに行って、使えないやつを回収しにいかないといけないのです!」
 ペリポンは、それを聞いておどろく。
「なんと、私も学生時代の旧友、ラミザ王子に会いにキィンベルに行きたいと思っていたところなのです。実は、この『ウルベア式技術大系』が差出人不明でどこからか送られてきましてね……。私はこの内容に魅せられました。特に空を行きかう反重力飛行装置に。無職の私は暇にあかせてこの書物を調べつくしました。しかし、やはり古代ウルベアの技術研究の本場といったらドルワームになるでしょう。最近は新進気鋭のビャン・ダオ研究員が精力的に反重力飛行装置を発掘しているとも聞いていました。私はどうしても実物がみたい!と思い、全財産である片道だけの路銀をもってドルワームへむかったのです」
「アンタ、人生綱渡りだねぇ……」
 デコリーは腕を組んでニヤニヤと笑う。彼女はこの破天荒なプクリポを相当おもしろく思うようになっていた。
「しかし、ドルワームについたところ、ラミザ王子はすでにキィンベルに飛びたった後でした。なんと私が夢にまでみた反重力飛行装置にのって。私は彼の帰りを待とうと思いましたが当然宿代もありません。そこでラミザ王子との関係性をしめす当時の学生証をもとにドルワームの金貸し業者からいくばくかの金銭を借りようかと思ったのですが、なぜだか詐欺と疑われてしまい、ドルワームからはほうほうの体で逃げだして、いまここに至るというわけです」
「あなたほどの見識があれば……王立研究院での一時的な仕事もあったでしょうに……」
 とメンメが肩をすくめる。
「そう簡単に、わが無職の肩書きをなくすことはできません」
 と、なぜかペリポンは胸をはる。
「とにかくも、私は今お金がないので王子に会ってお金を少々工面していただきたいのです……。また、反重力飛行装置についても語り合いたい。ということでで私はぜひともラミザ王子に会いに行きたいのです。どうでしょうか、利害の一致ということで、この巨大装置を修理してキィンベルに向かいましょう」
 そのようにペリポンは提案する。
 メンメが『ウルベア式技術大系』のページをめくりつつ疑問を呈す。
「ちょっと待って……この飛行装置の燃料……、普通のドルセリンでも、航空用ドルセリンでもないわよ……。今まで発掘されたこともきいたことがないようなレアものよ……」
「そ、それは盲点でした。なんということでしょう。ここまでのお宝が埋もれたままになるとは……」
 といってペリポンは肩を落とす。
「……」
 そこで、ポツコンが何やらひらめいたらしく、巨大なツボをいくつかもってくる。
「これ、その機械を発掘したときに、横の密閉されたていた貯蔵庫に置いてあったものを詰めたものです。道具屋にみてもらったら、1Gにもならないクズ油だっていうんで喜んでもってかえってきたんですけど……もしや?」
「それです!」
 ペリポンがさっそく中央部のメインタンクを掃除したあとに、試しにその油をそそぎこみ、浮上の操作をすると、轟音とともに浮き上がっていく。メンメとデコリーからは歓声があがる。
「しかし残念なことに、ここにある燃料しかつかえないということになりますね。おそらく行って帰ってきたら、もう二度と浮上することはできないでしょう」
 しょんぼりとペリポンがいう。しかしそれを聞いて、ずっと苦々しい顔をしていたダストンが、突如ひかりかがやくような満面の笑みになった。
「なんですと!とんでもなく役に立つものなのかと思って、そんなものをひろった自分が恥ずかしかったんですが、行って帰ってきたらもう使えなくなるっていうんですかッ!そいつは最高に役に立たんやつですねッ。合格ですッ!」
 謎の採点がはいり、ご満悦で作業を進めてよいということになった。
 しかし、メンメが日にちを計算して暗澹となる。
「いったいどれくらいの期間で修理できるというの……?エテーネの式典開催日はたしか一週間後よ」
「これだけのパーツがそろっていれば、人手さえあれば三日程でいけるでしょう。そして、しっかりと速度がでれば四日もあれば十分キィンベルにはとどくでしょう」
「本気……?」
「……へっ、こいつは、おもしろい事になってきやがった!祭りだ、祭り!」
 デコリーが拳をてのひらにパンと打ちつけて立ち上がる。確かに雲をつかむような話ではあるが、なぜかこのプクリポがいうと実現できそうな気がしてきた。そも、失敗して当然の壮挙だ。デコリーは広場に戻って、早速六人ほど彼女の徒弟を引き連れて帰ってきた。さらにもうひとり、研究院の服をきた男ドワーフが最後に入ってくる。
「ちゅうす。久々の帰郷中、デコリー姉ちゃんに拉致されてきたチュニグっす。……なんだ、メンメもいるのかよ」
「……めずらしいわね、いつも研究院にこもっているのに」
「ちゃんとは覚えてないんだけどよ、こっちに来るとおもしろい事があるぞ、みたいなのを連日呼びかけられてる気がしたんだよな」
「非科学的……」
「ドルボードの声が聞こえるとかいう、メンメには言われたくねーけどな。でもまあ、こいつはマジで面白そうじゃねーか」
 チュニグはその地下室に置かれている、巨大な装置群に目をやってニヤリとわらう。
 デコリーが作業帽子をなおしながら、得意げにペリポンにいう。
「ペリポンの旦那、これで人手はたりるかい?」
 おお、とペリポンは快哉の声をあげる。
「ウルベア時代の技術エキスパートが私含め三人、デコリーさん以下エンジニアが七人、ポツコンさんも色々と雑用を手伝ってくれるようですし、これは十分といえるでしょう!」
「おーし、さあ、やるぜッ野郎どもお!」
 デコリーが鬨の声をあげ、徒弟たちが呼応する。
「うおおお!」
 そうやって、技術者たちの宴がはじまった。
 
「オーライ、オーライ」
 デコリーの徒弟たちが溶接した飛行装置群をくみあわせている。猛烈ないきおいで巨大飛行装置の修理がすすんでいた。
 一階の片隅ではダストンはあぐらをかいてポツコンといっしょに混ぜご飯をかきこみながら、ペリポンへの文句をいう。
「なんなんですか、あのプクリポはッ!とんだ見込み違いじゃねえですかッ!有能にも程があるでしょうッ!」
 ポツコン相手に激昂していた。ポツコンはポツコンで釈然としないものがあるようで、ペリポンに対して愚痴とも批判ともいいがたいコメントをする。
「いやぁ、なんなんですかねえ、ペリポンさん。あれだけすごい人なのに、まったくお金が儲からないというのは……。そもそもあの巨大装置を修理してラミザ王子にお金をせびりにいくってのが何かが間違っている……。どこででも稼げるでしょう、あの人は。あれがどこぞで流行っている縛りプレイというやつですかね……」
 自宅にもかかわらず、そのように二人は蚊帳の外でたそがれていた。
 しかし、このようなペリポン以下一丸となったエンジニアの奇跡的な活躍のおかげで、無事ダストンはビャン・ダオを救出するためにキィンベルへ飛びたつことができたのである。
 なお、地下室で連結作業をしていた結果、外に運び出せなくなってしまったため、そのままガラクタ城を乗せたまま向かうことになったのはご愛嬌であった。

【小説】奇跡の代償は 12章『宴模様』


奇跡の代償は 12章『宴模様』

■概要
Version4のアフターストーリー、第12話。
舞台はV5.0終頃のエテーネ王国。
主人公は魔界で行方不明扱い。

■12章『宴模様』の登場人物
チョトス:パドレア邸付きの料理人。
ハーミィ:パドレア邸付きのメイド。
ウリム:パドレア邸付きのメイド長。
ヒュラナ:パドレア邸付きのメイド。
ホリス:エテーネ王国の錬金術師。
モリュブ:エテーネ王国の錬金術師。
グッディ:エテーネ王国の情報屋。
コンギス:エテーネ王国の錬金術師。
オードラン:アラハギーロの武官。
ゴーレック:ラッカランの島主、メダルオーナー。
バグド:グレン王。
グロスナー:ガートラント王。
オーディス:ヴェリナード王子。
ヒューザ:凄腕の冒険者、神の器。
フウラ:風使い、神の器。
ラグアス:メギストリス王子、神の器。
マイユ:凄腕の冒険者、神の器。
アンルシア:グランゼドーラ王国の勇者姫、神の器。
シンイ:エテーネ村の村人、盟友の幼馴染。
エステラ:竜族、ナドラガ教団の神官。
JB:「JB一味」のリーダー、レンジャー。
ダン:「JB一味」のメンバー、魔法使い。
かげろう:「JB一味」のメンバー、バトルマスター。
トーラ:「JB一味」のメンバー、盗賊。
ジャベリ参謀:エテーネ王国軍参謀。
セオドルト:エテーネ王国軍軍団長。
ビャン・ダオ:大昔のガテリア皇国皇子、ドルワーム研究員。
ラミザ:ドルワーム王国の王子。
ドゥラ:ドルワーム王国王立研究院院長。
ミラン:アラハギーロ王国の王太子。
メレアーデ:エテーネ王国の王族、王国代表。

 大きな拍手がわきおこった。いならぶ世界の大国の王や王子、姫君たち。彼らがみずからのサインした書類を次々と掲げたのだ。グランゼドーラの勇者姫アンルシア、ガートラント王グロスナー、グレン王バグド、カミハルムイ王ニコロイ、ヴェリナード王子オーディス、アラハギーロ王子ミラン、ドルワーム王子ラミザ、そして最後に、主催国であるエテーネ王国代表メレアーデ王女。
 アストルティアをみちびく王侯貴族、それを護衛する兵士長たち、著名な有力者、歴戦の冒険者。そういった名だたる者たちがこのパドレア邸の優美な庭園にて一堂に会していた。その調印式がつつがなく終わり、続けてこの開放的な庭園にて立食パーティがおこなわれることとなっていた。

 裏方のメイドたち、またパドレア邸の料理人のチョトスは目の回る忙しさであった。あまり食文化が豊かとはいえないエテーネ王国だったが、王族付の料理人であるチョトスの腕は確かであり、現代のアストルティアの料理も精力的に覚え、過去でつちかったエテーネの料理と現代の料理をそれぞれにつくって好みにあわせて食べられるようにしていた。
「……バランスパスタ四皿あがったよ、ローヌ風焼き肉の大皿もテーブルに持って行ってくれ」
 そういってチョトスはホカホカと香ばしい匂いたちのぼる皿を置いていく。
「ひぃ~、超いそがしいよぉ、チャコルの手も借りたい!」
 パドレア邸のメイドハーミィが、腕に料理の皿を山盛りかかえつつ目を回している。
「ハーミィ、おちつきなさい。エテーネ王族のメイドたるもの、スマートに……」
 メイド長ウリムがおだやかにしかる。そこにハーミィの先輩、ヒュラナとサリーダが、ハーミィの両横から持っている溢れんばかりの皿をいくつか引き取る。
「ありがとぉ……」
 ハーミィは先輩メイドたちを見あげて礼をいう。
「現代世界の王様や王子様がたがお待ちかねよ」
「メレアーデ様に恥をかかせないよう、みんなで頑張りましょうね」
 そういって熟練のメイドたちは後輩をはげまして、彼女らは洗練された動作で皿を持っていった。

 会場となっているパドレア邸庭園では、そこかしこでさまざまな種類の話題で盛りあがっている。

 エテーネ王国の小評議会メンバーである、若手錬金術師のホリスとモリュブは庭園の隅っこのほうでモゾモゾとミラクルサンドをほおばっていた。
「なんだか気おくれしちゃうね、ホリス」
「私達は貴族でもない、ただの錬金術師だからな……」
 そこに情報屋グッディがなれなれしく二人の肩に手を回していう。
「若者たちよぉ、もっとアバンギャルドにいこうぜ。俺サマたちは国を代表してここにきてるんだ。ほれ、みろよ。マルフェさんは早速人脈をつくっているようだぞ」
 見ると、マルフェがグランゼドーラの金髪おかっぱ女性とたのしげに歓談していた。
「ヒストリカ博士というらしい。マルフェさんいわく尖りきった天才だとか……良いねえ、アバンギャルドだ」
「お貴族さまは、そういうのが仕事みたいなもんでしょう」
「それに、誰が誰だか……?」
「たはー、お前さんがた、俺っちの心血そそいだ資料をみてねえのかよぉ」
 グッディが首をふってなげく。
「いやあ、見ましたけどさすがに写真もないし、会ったことのあるアンルシア姫殿下しかわかりませんよ?」
「……じゃあ、俺サマが直々に説明してやるよ、耳の穴かっぽじってよく聞いとけよ。まずは……」
 そういって、グッディは若者たちに頼まれてもいない国際事情の解説をはじめた。

(なぜだか、どうにも気になってしまうな)
 錬金術師コンギスは、ひとりで酒肴を味わっていたが、ちらちらとそちらの方をみてしまう。
 それは、アラハギーロのミラン王太子のお付きである、武官のオードランという妙齢の女性であった。
(ひと目見た時から、なぜだか他人という気がしない)
 コンギスにとって、このように思う女性は初めてであった。
 オードランはコンギスの視線に気づいたようで、彼女はゆっくりとこちらへ向かってくる。
(やばっ)
 コンギスはうろたえて、そっぽをむく。しかし、オードランは構わずにコンギスの隣にまで近づいてきて話しかけてきた。
「はじめまして、エテーネ王国の小評議員コンギスさま……でしたか。私になにか御用でしたでしょうか」
「……ええと、あの、……どこかでお会いしたことがあるような気がして、ですな」
 オードランは『あら、まあ』という微苦笑を浮かべる。
(どう考えても、あさい口説き文句みたいなことを言ってしまった)
 しまった、とコンギスは後悔する。
「ふふふ。地元では、ハグニルの子孫……女だてらに猛き武門の嫡流にして、紅き竜の生まれ変わりなどといわれる私に対して、案外とそういう事をいってくる殿方はおられないんですよ?」
(紅き、竜……?)
「……不思議なこともあるものです。私もあなたとどこかで会ったような気がするのです」
 そのように、ふたりは少々の時間見つめあった。

 娯楽島ラッカランの島主ゴーレックが、はずれにあるテーブルにて数人の執事たちとエテーネ王国についてからの取得メダル枚数を確認している。
「なかなかの収穫でありますな!」
 あらたに集まった数百枚のメダルを見てゴーレックはご満悦であった。本来ならこんな式典など歯牙にもかけないゴーレックであるが、エテーネ王国が新たにできた新天地であるというので、取りつくした既存の大陸よりもちいさなメダルが多く残っているだろう、との狙いでやってきたのだ。
(しかし、やはり『アレ』はなかったでありますか……)
 さらにゴーレックにはひそかな野望もあった。信じがたいことに、このエテーネ王国は超古代から時渡りでやってきたとされる。もしその話が真実であれば、夢にまで見た『古代ちいさなメダル』……この世界にちいさなメダルをもたらしたメダル仙人つくったとされる、ちいさなメダルの原型。それの手がかりがえられるやもしれぬ、そういった目論見もあったのだがそちらの方はどうやら空振りに終わりそうであった。

 グレン王バグドは、ガートラント王グロスナーをみかけて近よる。
「これはグロスナー王。六種族の祭典以来ですな。おかわりなく」
「バグド王か。そなたもかわりないようじゃな。……今回の式典では主だった国の顔ぶれがだいぶ変わったこともあって、このような『かわりない』というなにげない挨拶も少々趣深くきこえてくるの」
 そういって、ふたりは手に持ったワイングラスで小さく乾杯をする。バグドは会場を見渡して、感慨深くいう。
「確かにそのようですな。ヴェリナードに、ドルワーム、グランゼドーラ、アラハギーロ。……それに加えてプクランドも以前から代替わりしていて、まさに若者の時代がきたと言うべきですかな。われわれのような古参には少々いづらくなりました」
 グロスナーは重々しくうなずく。
「そうじゃな。しかしそれは良きこと、自然のことでもある。若者たちに時代を引き渡すのも我々の役目じゃて」
「そういえば、今回はゼラリム姫もおいでなさっているとか。ご病気だと聞いていたのですが……」
「そうじゃ。ほれ、むこうでニコロイ王の娘御、リン姫と話しておるわ。……実はの、賢者マリーンの姿を騙った偽物――そなたも苦しめられたと聞く――がゼラリムの治療をしておったのじゃが、その術も当然一時的なまやかしであろうと思っておったのじゃ。じゃが、その偽物は真の目的以外には誠実であったようでな。わが孫は実のところかなり回復しておった。最近わが城に居着きはじめた小娘からその事で説教されてな。それできづかされた。今回のキィンベル式典へのゼラリムの参加もその流れでなったというわけじゃよ」
「グロスナー王に説教ですと!?それはまた、命知らずな娘もいたものですな……」
 バグド王は驚愕し、目を見開いていう。
「はっはっは、たしかにあの娘と話していると確かに若者の時代が来たと感じる。『これからはオーガも脳筋じゃあかん』などというて色々と小賢しいことを考えておるようじゃ。いずれそなたとも顔をあわせる機会もあるであろう」
(……のうきん?)
 その妙なワードについて、バグドはいぶかったが、それには触れずに続ける。
「なんと破天荒な……。……いずれにせよ、その者をだいぶ気に入っておられるようですな」
「そうじゃな。なかなかにおもしろいやつでのう、幼くしてパラディンの素養もあり鍛えがいもある。……そちらの、グレンの方はまだまだ代がわりの心配はなさそうじゃな。そなたもまだ比較的若いし、他の国とちがって世襲ではない、強き者から選抜するというシステムじゃからの」
 バグドはうなずく。
「さようです。しかし、我のかわりの候補となると、なかなかこれといった者がおらず、いざという時には紛糾しそうです。一応腹案はあるのですが」
「誰ぞ?……順当に行けばジダン兵士長かの」
「やつもなかなかの逸材ではありますが、我とそこまで年齢も離れているわけでもないですからな。世代交代という感じでもない……。まあ我の腹案は、今お話できるようなものではない。実現するかもわからない飛び道具のようなものです」
「……なるほど、では実現したときを楽しみにしておこう」
 そういって、グロスナーはその長い白ひげをさわりながらニヤリと笑った。
 他国のことゆえそれ以上は立ち入らなかったが、実は、グロスナーにはそのバグドの『腹案』はこうではないか、とおもっている事があった。
 以前、ガートラント王国の参謀マグナスと、そして件の小娘――ジェニャ――と三人で今後の世界について話したことがあったのだ。その時にジェニャはとても興味深いことを言った。
「グレンの次の王様には、ほんまにほんまに、もしかしたらやけど、マイユはんがなるんとちゃうかな。間違いなくめちゃくちゃ強いし、神の器ってことでカリスマもあるし、人のことを思いやれる心もあるし、グレンでの謎の人気もある。多分どのグレンの猛者よりも近い位置におると思うで。……本人の意思が向けばやけどな」
(……万万が一、それがなったとしたら彼女につけられるべき女王としての異名は、すでに決まっておるな)
 グロスナーは思う。
『クイーン・オブ・ハート』
 有名な、マイユの使う強力な必殺技。そしてそこから彼女についた冒険者としての渾名であった。
「ふっはっはっは、これはオーガもウェディのお株を奪って、女性の時代が来るのやもしれんのう」
 豪快にグロスナーは笑い、バグドがどきりとする。
(……どこまで見透かしておられるのやら、はかりしれぬお人よ)
と、そのように思った。
 その当のマイユも『盟友』の知己としてこの式典にもよばれていたのだが、そんな風に思われてるとはつゆ知らず、ごちそうをほおばっていた。そこに声がかけられる。
「あっ、マイユおねえさま!」
「あらっフウラちゃん、久しぶりね!ここのカスタードプリンおいしいよ、一緒に食べましょう」
 そのようにマイユはこの宴を楽しんでいた。

 オーディス王子は見知った顔を見つけて声をかける。
「やあ、ヒューザ君。その節は世話になった。息災のようだな」
「オーディス王子。ナドラガンドから帰還したときにヴェリナードに立ち寄って以来だな。そちらも元気そうじゃないか」
 二人は握手する。
「このたびは母上から、このような大役を任されて身が引き締まる思いだ。ヴェリナードの代表として恥じないふるまいをしたいよ」
「さっきの調印式も見ていたけどよ、十分立派に見えたぜ」
「そうか、君にそう言ってもらえるとうれしいよ」
(保護者つきのようだがな……)
 と、ヒューザはサッと後ろの方に目を走らせる。そこには太った私設兵団の長が、ガタラの怪盗と何やらにこやかに話していた。
「ほう、怪盗ポイックリンさんとおっしゃる。かっこいい仮面ですなぁ」
「ホッホ。そういうあなたの覆面もいけてましてよ。……正義の怪盗が必要なときは是非こちらまで」
 そのように名刺を交換して、謎の人脈をひろげていた。
 オーディスは気づかずに続ける。
「願わくば、母上父上にもこの私の晴れ舞台を見てほしかったところだ!」
(気づいてないのかよ……)
 やっぱり、ヴェリナードの未来が少し不安になってきたヒューザだった。

「ヒューザさん!」
 オーディスと別れたあとに声をかけられる。ヒューザが振り返ると懐かしい顔ぶれがいた。
 ラグアス王子、フウラ、マイユ。ナドラガンドでいっとき苦楽をともにした仲間たちだ。
 ヒューザも手をあげてこたえ、近づいていく。
「よお、お前ら!久しぶりだな」
 マイユがおかしそうに笑っていう。
「ヒューザさん、おもしろいんですよ。ラグアス王子が私達のことを夢に見たっていうんですよ」
「今日、俺たちがここで会う事を予知したってことか?」
 ラグアスの予知能力は有名だ。予知夢として今日のことを見たのだろうか、とヒューザは思った。
 ラグアスは恥ずかしそうにいう。
「いや……それが違うんです。実はですね、ずいぶんと過去の夢を見たのです。それは『盟友』さんが世界に登場しはじめたころ、各国の困りごとを解決してキーエンブレムを集め、最終的には『冥王ネルゲル』を倒すべく奮闘していた時代の……。そこで、なんとぼくたち……ぼくと、フウラさん、マイユさん、ダストンさん、ヒューザさん。そのみんなが『盟友』さんのかたわらで、一緒に仲間として戦っていたんです!」
「へぇ、そいつぁ……楽しい夢だな」
 ヒューザの顔もほころぶ。このみんなで『盟友』と一緒に冒険をする。それはさぞかし人生を変える旅になったことだろう。
「ぼくの、みんなと冒険したいという子供っぽい願望が夢になってあらわれてきたんでしょうか。ものすごい現実感でしたが……」
「……わかんねえけどよ、仮にもラグアス王子の夢だ。もしかしたら、その夢はあり得た過去だったんじゃないか」
 ヒューザは少し考えて、そのように言う。
「私も『盟友』さんと大冒険したかったなぁ」
 フウラが無邪気に笑う。
 それを聞いてヒューザが、からかうようにフウラとラグアスにいう。
「俺のその仮説が正しいとしたら、おまえらも俺たちや『盟友』並に強くなるポテンシャルがあるってことだよな。……いっちょ修行してみるか?」
 マイユもそれは良いですね、と手を打つ。
「よければ、体術や基礎訓練の方法なら教えられますよ」
「う、しんどそうなのは嫌です……」
 フウラは途端に逃げ腰になって、皆でひとしきりわらった。
 そこに、アンルシアもやってきた。アンルシアは懐かしい顔ぶれを見て嬉しがる。ラグアス、フウラ、ヒューザ、マイユ。浮遊大陸ナドラガンドでの仲間たち。かけよってアンルシアはみんなの顔を見渡して言う。
「ナドラガンドでの事が懐かしいわね。皆揃ってるのかしら」
「……ダストンさんが居ませんね」
 フウラが残念そうにいう。
「まあ、あの人はこういう華やかな場所には来なさそうですから……」
 と苦笑するマイユ。
「役に立つものばかりです!て言って隠れてそうですよね」
 皆、ダストンの口癖を思い出して笑う。
「そっか。たしか、お兄さんと折り合いが悪いらしいとも聞いたことがあるけれど……」
 アンルシアはちらりとラッカラン島主、メダルオーナーのゴーレックの方を見やる。
「そんな事を気にするようなタマかよ、あのおっさんがよ」
 ヒューザが笑う。マイユが少し思案顔でいう。
「……そういえば、ヒューザさんもあまりこういう場所には来られない印象ですけどね……。もしかして、なにか理由があるんじゃないですか」
 ヒューザは頭をかきながらいう。
「やっぱり、わかるかよ。……実はよ、ちょっと頼み事があってな。水の領界の海底都市ルシュカの話だ。知ってるかもしらんが、水の領界には『神秘のサンゴ』っていうのがあって、それと巫女フィナのチカラのおかげであのあたりでは水中でも息ができるんだがよ。ただそのサンゴが、人口が増えたからか骨董品だからかわからねぇけどよ、急激にチカラが衰えてきて、空気があと数ヶ月しか持たねえっていう話がある。……せっかく最近サンゴをきれいに掃除したのにって騎士たちは嘆いてた」
「それは……、海底都市ルシュカ存亡の危機ですね」
 話のスケールの大きさにフウラはおどろく。
「だがよ、神墟ナドラグラムにおさめた女神マリーヌのヤリを持ってきて、俺がそのサンゴの近くでヤリをかざせばマリーヌの力で復活できる……とフィナは言っていた。あの辺は結構敵も強いし長くかかる旅になりそうだから、腕ききの冒険者を探していたんだ。『盟友』がいれば誘うつもりだったが、あいつはいねぇみたいだな」
「そういうことでしたら、私が行きましょう。丁度アロルドの治療薬を聖都エジャルナに補充しにいきたいと思っていたことですし」
 マイユがたのもしげに自身の胸を叩く。
「……助かるぜ。あんたなら百人力だ」
 ヒューザは自身の希望どおり、強力な仲間がくわわってくれたことで安堵していた。
(……)
 対照的にアンルシアは少し、しまったという表情になっていた。
(ああ……、言い出しそこねてしまった)
 実は、アンルシアもヒューザやマイユたちと会えたら、頼みたいことがあったのだ。
 それは『魔界』での『盟友』の捜索……。そのための最有力のメンバー二人がおさえられてしまった。
 しかしちょうど良く、そこにあらたに二人がやってきて挨拶をする。
「これは皆さん、おそろいですね」
「お久しぶりです」
 そこにやってきたのは、エテーネ村のシンイと、アストルティア漫遊中の竜族エステラであった。
(……)
 その顔ぶれをみて、アンルシアは感じるものがあった。
(……この人たちに、お願いしてみようかしら)
 ひととおり世間話が終えてひと息ついた後に、アンルシアは彼らを呼びとめ、一縷の希望をもって事情を話しはじめた。

(大国の諸王たちに、当代の著名人たち。なるほど風格はあるが……)
 ジャベリ参謀は隅のほうで、その英傑や重要人物たちのふれあう様を見渡して、さまざまな情報を頭にたたきこんでいた。
(やりようは、いくらでもある)
 ジャベリはうすい笑みを浮かべながら立ち去ろうとすると、その近くにいたセオドルトがその表情を見て、軽く問いかけた。
「……ジャベリ参謀。この現代の人々をみて、何を思ったのだ?」
 ジャベリは、セオドルトの方を振り返って大仰に挨拶する。
「これは軍団長。なに、大したことではありません。さすがに数多くの事変にみまわれたという時代だけあって、皆いくさ慣れしているようだな、と」
 それを聞いて、フッとセオドルトは笑った。
「なるほど、参謀職の貴官らしい観点だ。直接相対するのは、過去世界では精強をもって知られていた我々王国軍でも厳しいのではないかな?」
 ジャベリはあごひげを撫でながら楽しげに返答する。
「まあ、そうかもしれませんな。しかし、そのように正直に『直接相対』しないようにするために、我々参謀があれこれと画策するのですがね。……おっと、警備のものたちに話をせねばならぬので、これにて失礼いたします」
 そう言いつつ一礼をして、ジャベリは去っていった。歩きつつ、ジャベリは思う。
(セレド町長一家も招かれていたはずだが、流行り風邪のため欠席か。来ていたら、いくつか布石をうっていたのだが、残念だ。……我が国は伝統的に、大陸における植民都市の有力者子弟をキィンベルに留学させ、丁重にもてなしてエテーネの文明に染めた上で支配の尖兵とすることが得意だった。セレド町長の娘、ルコリア嬢はうってつけだったのだがな。……まあ機会はいくらでも、あるか)

 JB一味はこの島の安全警備のために、あいかわらず高額でエテーネ王国参謀ジャベリに雇われていた。四人は皆、うたげの邪魔にならぬよう内に外に注意を払っている。
 そこに様子を見に来たジャベリ参謀が、ヒソヒソとJBに話しかける。
「……どうかね、問題なさそうかね?」
 JBは揉み手をしてジャベリにすり寄っていく。
「これはジャベリの旦那。へへっ、まったく問題なしですよ」
「そうか、君たちは目端もきくし腕っぷしも強い。メレアーデ様たっての希望で島を大量の兵士で囲むことなく、少ない人数でまもる事になり、君らに任せたのだ。しっかり頼むよ。もし滞りなくすめば、報酬アップを約束しよう」
「こりゃあ願ったりかなったりで」
「……君には期待しているよ」
 そうささやいてJBの肩をたたき、ジャベリが去っていく。
 ジャベリが去ったことを確認して、横で聞いていたトーラが無表情でボソリとつぶやく。
「……JBの小悪党感がヤバい」
 JBは小声でトーラに言い返す。
「ばっかやろう、ああいう手合はよ、金が第一のやつと思わせておけば安心すんだよ」
 ダンは、ちいさめの望遠鏡をのぞきこんだり、はなしたりして遠くを見つめる。
 マークマンズワンドのスコープを使えばいいのだが、絵面が物騒すぎるのでいまは背中のライフルケースにしまっている。
 巡回していたJBは、気になってダンにきく。
「なんか、あったのかよ?」
「……エテーネ王国の浮島技術ってやつぁ、今はうしなわれてるんだよな?」
「実際のところはわからん。俺が確実だと思っているのは、ほとんどの浮島は過去にのこされたままになっていて、浮島技術を持っていた錬金術師たちの総本山である王立アルケミアとやらは滅んだとされ、もとは浮島だったこの王家所有のパドレア邸ですらも浮かせるだけの力はない、ということだ。……ダン、浮島らしきものが見えたのか」
「……まだわからん。俺の勘違いかもしれん。」
「奈落の門じゃねえのか?」
「方向が少し違う。奈落の門はここから南東だが、俺が今見てるのはもう少し南だ」
「……じゃあ、もしかしたら時代の区切りに天から祝福しにあらわれるという、伝説の有翼人の島かもしれねえなぁ」
 そういって笑う。茶化すようなその物言いに、ダンは振り返って目をすがめる。
 JBは真面目な顔にもどっていう。
「へっ、わかってるさ。お前さんの目をうたがうもんかよ。……そういうことならよ、ちょっくらかげろう姐さんと一緒に様子をみてくるぜ」
「どこへだ?」
「地下室」
 そう手をふりながら言って、JBは足早にかげろうの方にむかっていった。
  
「厠は……どこだ」
 ビャン・ダオはトイレを探しつつ考えていた。
(……)
 アラハギーロのうろんな占い師から「キィンベルについたらグルヤンラシュの事を調べろ」と言われた事を。
 悪い夢の中の出来事のようにも思えたその出来事を、アラハギーロから今までずっとずっと考えていた。
 答えは出ない。出るはずもない。何でも言いあえるはずのラミザにすら相談できなかった。
 結局のところ、このキィンベルでグルヤンラシュの事について調べてはいない。だれにも聞いていない。
 ビャン・ダオは右の首筋をおさえる。ひどく痛む。頭も重い。アラハギーロではそこまでの苦痛ではなかった首のうずきが、エテーネ王国が近づくにつれ耐えがたいほどのものになってきていた。まるで「はやくきけ」と急かすように、ビャン・ダオには感じられた。
(そういえば、ディオニシアにもらった『破邪のネックレス』は壊されてしまったのじゃったの……。いや盗まれたのじゃったか?)
 そのようにうつろな意識のなか、パドレア邸のなかをさまよい歩く。
「……どこだ、厠は」
 暗い廊下を、ふらつきながら進む。
「どこだ、ここは……」
 キョロキョロと周囲をうかがう。
 すでに、用意された会場の領域ではない場所まで来ていた。
「ああっ、お客様、いけません!そちらは違います」
 メイドのハーミィがそれに気づいて慌ててビャン・ダオを呼び止める。
「…………」
 しかし、ビャン・ダオはハーミィの声も聞こえないように放心して、立ちどまってその空間をみつめていた。
 時の必然か、邪神のいざないか。ビャン・ダオはたどり着いてしまったのだ。
 そこに。
 パドレア邸の倉庫部屋の中にひっそりとたたずんでいる、彼に。
 気づいてしまったのだ。否、彼の像であった。美しき青年。ドワーフ史上最大最強の国家であったとされる、ウルベア帝国の最盛期にして末期。身ひとつで宰相までまたたく間にかけ上がり、その後も辣腕をふるい続けたという伝説の人物。そしてその覇業の裏で、先帝ジャ・クバ暗殺をはじめとしたさまざまな悪行をおこなっていた。それらが明るみになったのちには、あまりの所業に、その美貌もあいまってか、あしき魔物の変身した姿だと信じられるようになった。
 当時、その名をグルヤンラシュといった。
「侍女どのや……」
「あっハイ、なんでしょう!」
 侍女?と思いつつもハーミィは元気よく聞き返す。
「……この像の方のお名前は、なんとおっしゃるのかのう」
 ビャン・ダオは不気味なほどに、にこやかに、おだやかに、問うた。ハーミィはその像を見て、なんの疑問もいだかずにいう。
「あー、これはですねっ、クオード王子……じゃなかったクオード先王陛下の像ですね!かっこいいですよね~」
 ビャン・ダオはさらに問う。
「……なるほど、なるほど、『クオード』殿。余もエテーネ王国のあらましは少々勉強させてもろうた。メレアーデ姫の弟御。それはメレアーデ姫が帰還する前に、さまざまな災害に直面して混乱していたエテーネ王国を導き、崩壊から救った英雄王だとうかがったが、相違ないかや?」
「そのとおりですっ。改めていわれるとすごいひとですね!」
 ハーミィは無邪気に先王の偉業をほめたたえる。
「……」
 ビャン・ダオは無言で歩きだしていった。いつの間にか、首の痛みは消えていた。

(ビャン君、大丈夫かなぁ)
 ねりねりと、最高級品のヒールカルボナーラをフォークにまきつつラミザは友のことを案じる。
 ビャン・ダオはトイレに行くといって向かったまま三〇分ほど帰ってきていない。
「……ねえ、ドゥラ君。やっぱり僕探してくるよ」
 ドゥラはバトルステーキをほおばりつつ、そこまで大事でもない、というふうにこたえる。
「調子悪いみたいでしたからね。とはいえ彼も我々とおなじくもう大人といってよい年頃。体調管理など任せておけばよいのです。そもそも体調不良ならば式典にでなければよかった。彼の出席は必須ではなかったのだから。それで、無理して体調をさらに崩しているのならもう自己責任でしょう。なに、タフなビャン殿のこと、トイレで休んでるだけでしょう」
 そういってドゥラは、まだ食べてない珍味をもとめて遠方のテーブルへ向かっていった。
「……」
(ドゥラ君のこういうとこ、冷たいというかドライだよなぁ)
 とラミザは思う。しっかりした人間というものは、そのように考えるべきなのだろうか。
(なんだか、鬼気迫るものを感じたんだ。是が非でも、この式典に出なければいけないっていう……)
 そこに、アラハギーロのミラン王子がやってきて、笑顔でラミザに話しかけてきた。
「ラミザ王子、ご機嫌うるわしゅう。……あの、その後ビャン殿は大丈夫でしたか?」
 アラハギーロを出発したときのごたごたがあったために、ミランもビャン・ダオのことを気にして問う。ラミザは首をふってため息をつく。
「それが、とても調子悪いみたいなんです。アラハギーロを出て、最初はそれほどでもなかったのにキィンベルについたら、どんどんと具合が悪そうになってしまって。でも絶対にこの式典には出たいみたいだったんです。まるで石にかじりついても出るといった気迫を感じて……」
「……それは、なんだか心配ですね」
 そのままミランと少し話していたが、ミランはお付きの武官オードランがあらわれて、共に去っていった。
(まだ来ない……)
 さすがに迎えにいこう、とラミザがトイレのあるパドレア邸内に向かおうとした。
 その矢先、扉があいてビャン・ダオがあらわれたのだ。
「ビャ……」
 ラミザは、呼びかけようとして息をのんだ。
 そのビャン・ダオの目からは、見たこともない静かな憤怒があふれていたのだ。
「……メレアーデ姫は、どちらかの?」
 ラミザの方を見ようともせず、そのように問うて歩きだす。
「ど、どうしたの、急に。ちょっと、おかしいよ。あれだけ具合わるかったじゃない」
 ラミザは、立ちはだかるようにしてビャンの歩みをとどめる。
「どうしても、問いたださねばならぬことができたのじゃ。ラミザ、そこをどくがよい」
 ラミザは、ここでビャンをとどめなければ、もう自分の知るビャン・ダオは戻ってこないのではないか、という漠然とした不安におそわれた。ビャンにしがみつくようにおさえる。
「い、いやだッ」
 ビャンはそれを強く振り払った。ラミザは転ぶように倒れる。
「……すまんの、ラミザ。余はやはりガテリア皇子であった。どうしても決着をつけねばならんのじゃ」
 そうして、かえりみることなくビャンは進む。
 
 ついに、メレアーデがいた。ひとりであった。
 メレアーデは連日の激務や、この催しの準備、セオドルトとの約束、ジャベリの企み、などで精神的に疲労の極みであった。しかし悲願ともいうべきこの式典を開催できたことで、そのような労苦もようやく報われたと思った。各王族や有力者との社交的な話をひととおり終えて、たった今、ひといきついたところであった。
(これで、まずは第一歩を踏んだわ。クオード……)
 そのように亡き弟に思いをこめて語りかけて、飲んでいた杯をゆっくりとあけた。

 そこに。一人のドワーフがひざまずいた。
「お初におめにかかる、メレアーデ姫」
 そのドワーフは顔を伏せ、そのように切り出した。
「余は、ガテリア皇国第一皇子ビャン・ダオと申すもの」
(……?)
 メレアーデは、一瞬なにを言われたのかわからなかった。そんな国は現代にはなかったはず……。
「余も、そちと同じように、時を越えてやってきたのじゃ。こちらは身体の冷凍保存という単純な科学のチカラでな。そして奇遇にもここで交錯した。不思議なことじゃな。こんな偶然がありえるというのかの。まるで余に復讐をなしとげよ、と神が言うておるようではないか?」
 たんたんとビャン・ダオは続ける。
(…………!)
 メレアーデは彼の言っていることが少しずつ頭に入ってくる。
 彼が何を言わんとしているかが。メレアーデのうなじに、いいしれぬ大きな恐怖がせりあがってくる。
「余が、メレアーデ姫にうかがいたいことは、たったひとつじゃ」
 そのドワーフは顔をあげてまっすぐにメレアーデを見つめた。彼の表情はすでに確信めいた憎悪にみちていた。
「……グルヤンラシュ。この名に聞き覚えはおありか?」
 すぅっとメレアーデの表情から血の気が引き、顔が青ざめる。
(グ、ルヤン……)
 ぐらぐらと、世界がまわる。
 メレアーデは何かを言おうとして、意識が暗転するのを感じた。
 震える手から、メレアーデの持つグラスが落ちて、割れた。
(罰が……あたったというの?滅びゆく王国を救ったことの罰が……)
 おちゆく意識のなかでメレアーデはそのように思った。

 JBとかげろうは、パドレア邸の地下に潜り、灯りをつけて調査していた。
「……こんなところに、なんかいるわけ?」
 かげろうは、うたがわしげにその埃っぽい道をあるく。JBは自分の意図を説明する。
「あんな猛者ばかりのとこに、本来護衛なんていらんだろ?注意すべきは遠方からの狙撃だが、それはダンがいるから問題ないよな。正攻法ならキィンベル側の転送装置から来るが、向こう側はガチガチにエテーネ兵に守られてるしよ。だが、この島は人工的に固定はされてはいるが、元々浮島が落下したもの。つまり船みたいなもんだ。船底に細工されたら大惨事にもなりかねんだろ。ダンが遠方に浮島らしきものを視認したらしい。それが万が一この島を狙っての拠点だったとしたら、狙われるのはここだ」
 そういって、左右を見渡す。かげろうは、
「なるほどねぇ、でもなにも……」
 いなそう、といいかけたところで、その部屋に人よりは小さめのなんらかの塊がうごめき、二人に気づくとカサカサカサと高速で動いて逃げようとした。
「うおっ?」
「ひっ」
 一瞬ふたりとも虚をつかれるが、そこは歴戦の猛者。その物体をすぐにかげろうは捕縛した。
「うああ、ちょっと、じたばたしないでよぉぉ」
 かげろうは捕まえたモノが動き回るのに閉口しながら拘束を強める。
 そしてかげろうが捕まえているその物体、いや人物を確認したJBは、思わずおどろきの声をあげた。
「あんたは……!」

【小説】奇跡の代償は 11章『その忘れがたき仇敵の名は』


奇跡の代償は 11章『その忘れがたき仇敵の名は』

■概要
Version4のアフターストーリー、第11話。
舞台はV5.0終頃のドルワーム、アラハギーロ
主人公は魔界で行方不明扱い。

■11章『その忘れがたき仇敵の名は』の登場人物
ラミザ:ドルワーム王国の王子。
ドゥラ:ドルワーム王国王立研究院院長。
ビャン・ダオ:大昔のガテリア皇国の皇子。
       現在はドルワームで王立研究院に在籍。
ファフリト:ドルワームの騎士。ラミザの後見人。
バッチェ:ドルワームの若手騎士
ミラン:アラハギーロ王国の王太子
謎の老婆:アラハギーロの占い師

 ドルワーム国王ウラードのもとに、国際会議の打診があったのはダラリア砂岩遺跡の大調査のあとしばらくしてのことであった。
 『叡智の冠』からの書簡によって『終末の繭』の事件についての顛末もおおよそ明らかになり、それに関係しているといわれるエテーネ王国――信じがたいことに五〇〇〇年前から時渡りしてきたとされる――にて、そういった以前の事件についてのエテーネ王国としての陳謝や、人類圏の新しい王国として交流をえて、さらには魔界との決戦に備えての国際的な盟約がかわされる、という重要なものであった。
 通常であれば今まで通りウラード国王が出向くところであったが昨今のラミザ王子は周囲の評判もよく、何よりダラリア砂岩遺跡の調査ではさまざまな事件があったにも関わらず、しっかりと采配をして乗りきったとされており、ここらで大事な国際会議の顔として各国に売りだすのがよいと重臣たちのあいだでもささやかれてきた。そのような背景からウラード国王はついに決断し、実務をつかさどる使節団は当然バックアップとして派遣するも、名目上はトップとして初めて国際的な場にラミザ王子がでることになったのだ。
 父王ウラードの依頼をラミザは快諾し、錬金術がさかんだとされるエテーネ王国を視察するため、同伴者として技術にくわしいドゥラ院長とビャン・ダオを指名して了承された。
 そして、ビャン・ダオが奇抜なことを言い出すのはいつもの事であったが、今回提案してきたのは空の旅であった。関係者をそろえた会議室の中でビャン・ダオは、壁にかけられた世界地図を指し棒で示しつつプレゼンする。
「通常じゃと、こう大陸横断鉄道でレンドアまで、そこからグランドタイタス号に乗ってグランゼドーラへ、そこからこうやって馬車でアラハギーロじゃろ。さらにそこからガレアス船に乗ってレンダーシア内海の中心であるエテーネ王国行くというルートじゃ。これはゆうに数週間はかかる大旅行となる。王族の旅というのはゆったりとした優雅なもの、というのも正しいありようじゃがの、これはさすがに無駄がすぎると思う。ここドルワームからであれば、反重力飛行装置で魔瘴の霧をこえて直接アラハギーロまで飛び、さらにアラハギーロからエテーネまで飛べば三、四日程度ですむのじゃ。実績も、ダストン殿と、あとマ……イユ殿じゃったかの?が奈落の門までひとっ飛びで到達しておる。最近は遺跡の発掘も進んでおり、実用に耐える反重力飛行装置も数多く発掘されてきた。最近はナドラガンドに行くために、おしゃれストリートのDQXショップ店員まで購入していくほどの人気ぶりじゃ」
 そのように空の旅をアピールする。面白そうだね、とラミザは言うが、ドゥラはしぶる。
「時短おおいに結構だが、我々はダストン殿やマイユ殿のような超人ではないゆえ、長期間の空の旅には耐えられないぞ」
 また、王子お付きのファフリトも難しい顔で反対する。
「墜落などの危険もさることながら、せいぜい二人程度しか乗れない反重力飛行装置では護衛がつけられますまい」
 そのような反論はお見通しとばかりに、ふふん、とビャン・ダオは写真を持ってきて机の上におく。そこには通常の飛行装置よりは三倍程度もある屋根つきの大きな飛行装置が写っていた。
「みよ、最近発掘して実用化した六人乗り反重力飛行装置ロイヤル仕様じゃ。そもそも反重力飛行装置は飛行する時に風の結界が自動ではられるので、風雨などは気にならんのじゃが、このロイヤル仕様はさらに停泊するときにも気にならぬよう屋根付き!そしてトイレ、調理職人設備付きで移動時の生活にはまったくこまらぬのじゃ!」
「なんか、キャンプできそうだね」
「そうじゃ。まさに夢のキャンピングドルボード!いやさ反重力飛行装置というわけじゃ。海上ならば低空ギリギリ飛行で釣りもできて海の幸がその場で楽しめるぞな!」
「なにやら街の特売みたいになってきたな……しかも、ロイヤル仕様と謳ってるわりには魚釣りだの、生活臭がすごくないか?」
 ドゥラがそのように言うが、ビャンはむしろうなずいた。
「なるほど街の特売か、言いえて妙じゃな。もっとアピール文句を考えていかねばな。漁業方面は特にウェディには売れると思わぬかの」
「貴重な航空用ドルセリンを漁業に使ってペイできるとも思えないが……やはりここは空に関心の高いプクリポの富裕層にだな」
「いつのまにか飛行装置の販売戦略会議になってるよ!」
 思わずラミザがつっこんだ。
 しかし、ついでとばかりにそのお題で三人でわいわいと話した。もともとドルボードなどを含む『神カラクリ』の修繕や実用化、販売などはドルワームの国家事業であり、資源や耕地面積のすくないドルワームにおいて、重要な輸出産業といえた。昨今のビャン・ダオの発掘によりそこそこの数もそろい、認知されてきた反重力飛行装置を売り出す流れというものがあらたにできてきたのだ。種族としてのドワーフは欲がつよく、商才にたけているといわれる。そのようなドワーフの特徴があらわれた雑談であったかもしれない。
「コホン、しかしまあ、これからの本題の話もその一環のようなものじゃ。販売にもっとも必要なもの、それは宣伝じゃと余はリウ老師から教わった」
「そんなことまで教えてくれるんだ。技術は教えてくれないのに……」
「ははあ、私はなんとなくビャン殿の言いたいことがわかってきました」
 ドゥラは言う。いまだピンとこないラミザは「どういうこと?」と問う。
「つまりビャン殿は、今回の国際会議でキィンベルに集まった各国の王族や有名人に対して、わが国の新しい商品である反重力飛行装置を見せつけていこう、ということを言っているのです。本来販路を切り開くのは大変なこと。信頼を築くのも容易でないし、商品自体の有用性についてわかってもらうのにも時間がかかる。しかし今回そのイベントには多くのターゲットと言うべき客層が集まっている。そこにドルワームの王族がみずからが飛行装置で乗りこんでくれば、おおいに話題にもなり、買う側からすれば安心このうえない。まあいわゆる広告塔ですな」
 ふむふむなるほど、とラミザは考える。振り返って、お付きのファフリトにも意見を求める。
「ファフリトはどう思う?」
「そも、王子ご自身が一騎駆け的な広告塔などになるのは恐れ多い事ですが。このあたりの機微はジジイですゆえ古いかもしれません。また王子の外交デビューである点においては、そのような登場はインパクトは非常に大きいかと。懸念点としては……、とにもかくにも機体の安全性ですな。そこさえ担保できれば申し上げることはありません。御三方が搭乗されるとして、護衛は私ふくめ三人というところですかな」
 ラミザはうなずいて言う。
「うん、わかった、それでいこう。準備おねがい」
 こうして、ラミザ一行のフライトがきまった。
 
 その後、王立研究院による機体の入念なチェックがおこなわれ、同時に騎士団による護衛の選抜も行われた。騎士ファフリトは確定だったが、有力視されていた騎士トカチェは腰痛のため長期間の着座はむずかしいとして辞退となり、かわりに若手騎士のバッチョが選ばれた。また、いざという時の回復役として賢者学院の重鎮、賢者ティーザも参加することとなった。メインパイロットはビャン・ダオ、サブパイロットとしてバッチョ、他搭乗メンバー全員にも簡単な操縦訓練と緊急時訓練がおこなわれた。
 そうして、いよいよ水晶宮から飛び立つ時には簡単な式典がおこなわれ、ドルワームの民衆が最新の飛行装置と王子たち新たな指導層をひと目見ようと水晶宮につめかけた。ラミザは、民衆に気恥ずかしげに手を振って飛び立っていった。
 海上の旅は思いのほか快適であった。飛行装置は順調に飛ばしていく。
「高度三五〇〇メートル。風の結界動作問題なし、酸素濃度問題なーし、じゃ。皆のもの、万が一頭痛・吐き気などの高山病の症状が出てきたら申告せよ!」
 ビャン・ダオが声をあげて状況の確認をしていく。
「うわあ、最高のながめだね!もうカルサドラ火山があんなに小さく……」
 高空からのドワチャッカ大陸の眺望に、ラミザは素直に感動する。
 これのためだけに乗って良かったと思えるほどの絶景。
 ドゥラ院長は対照的に、冷静のこの飛行装置のメリットについて感想をのべる。
「ふーむ、この高度では魔物と出会わないのは大きなメリットですな。速い上に船酔いもないので、船に代わる移動手段としてはとんでもなくすぐれている……。数さえ揃えられれば、これは本当にアストルティアを席巻するほどに売れるやもしれません」
 そうして数時間ほど、パイロットはビャン・ダオと騎士バッチェで交代しつつ進んでいく。
 最初の感動も長続きはしないもので、青々しい大海原がどこまで続く風景に少々飽いたラミザは、隣に座るビャン・ダオに話しかける。
「ねえ、ビャンくん。そのチョーカー、ダラリア砂岩遺跡調査の後ずっとつけてるね」
 ああこれかの、とビャンは首をなでる。
「かのディオニシアが去り際にくれたものじゃ。『破邪のネックレス』と言われたがどう見てもチョーカーよの……?首アクセは対抗馬が多いんじゃがのぉ」
 そういって苦笑いし、先を続ける。
「ディオニシアいわく、余は今もさまようガテリア人の霊のかけらによって守護されておるといった。しかし余の負の感情によってそれらが暴発し、ことと次第によっては余にたいへんな害を及ぼすこともあると。さらには余は感情が激しやすいタチゆえに、その可能性は常にあるとも言われたのじゃ。余も科学の申し子、普段ならそのような目に見えぬものなど軽々しく信用せんのじゃが、あの超級のデスマスターに言われてはの。この『破邪のネックレス』があれば、そういった霊的に害をなすものから護ってくれるということなのじゃ。あやつ、見た目とんでもなく無愛想じゃが、案外と世話焼きよのぉ」
 そのように話していたところ、いよいよこのフライト最大の難所というべき紫の霧が前面に見えてきた。パイロットのバッチェがさけぶ。
「前方に『迷いの霧』確認!高度あげます。お手元の酸素マスクを装着ください」
 そういって、飛行装置の出力を高めていく。ラミザたちはあわただしくマスクをつけて、近づいてくる紫の霧をみまもる。
「反重力上昇出力最大です。高度五〇〇〇、五五〇〇、六〇〇〇、六五〇〇……」
 風の結界にまもられつつも、ゴゴゴゴと揺れる音に緊張感は高まっていく。
「高度八〇〇〇!この機体の限界高度です。前進していきます……」
 飛行装置は速度をあげ、紫色に広がるもやもやの壁の上空を飛び越えていった。
 ラミザは霧にばかり目が言っていたが、周囲を見渡すとすでに雲ぐものはるか上で、薄暗い空の中、ひつじ雲の切れ目からレンダーシア大陸が一望できた。
「す、すごい!ちょっとだけ、丸い……?」
 ラミザは実感としてそのわずかな孤、それがなして作られているのだろう巨大な球体を感じた。アストルティアは丸いのだ、と昔に授業でならい、地球儀も見たことがあるが、この目でその球体を感じられるのはまた別物であった。
『迷いの霧』完全に突破!高度落としていきます」
 バッチェがそう宣言して高度を下げていく。一同は安堵の表情で胸をなでおろす。
 その後はさしたる障害もなく、無事にアラハギーロに到着した。
 『宣伝』という当初の目的からすると当然だが、アラハギーロにもラミザたちが反重力飛行装置にのってやって来ることは知らされており、多くの民衆や王家の人々がラミザ一行の壮挙を出迎えてくれた。
 大観衆がみまもる中、モンスター闘技場の前の大きな湖の上に着水し、岸に降りたったラミザをアラハギーロ王太子のミランが手をとって迎えいれてくれ、観衆からは大きな拍手が湧き上がった。ムーニス国王もミランの後ろでニコニコと拍手している。
 その後、ラミザ一行は宮殿に迎えられて晩餐会が開かれ、そこでラミザは王太子ミランと語り合った。
 ミランはまさに理想のプリンスというべき甘いマスクをもっており、いかにも何でも卒なくこなしそうな優等生な雰囲気であった。ひるがえってラミザの学生時代はその対極であり、大半の学友となじめなかった陰気なキャラで通っていた。しかし、二人はお互いに内なる波長が近いものを感じたのか、同世代ということもあり、このような儀礼の場としては率直に会話をした。
「ほう、ラミザ王子は学生時代、模型部におられたと……。僕は、……ちょっと説明がむずかしいのですが、少し前に学園で大きな問題があった際につくられた、フウキという組織に属していまして。その学園の問題に対して頼りがいのあるメンバーとともに対処してきたのです。……ラミザ王子はなんというか、話していると安心できるお方ですね。わが学園のフウキにおられたら、きっと気のおけない友人になったことでしょう」
 それが儀礼上のものではもちろんあるにせよ、ラミザにはこの若き秀麗な王子の本心も混ざっているように感じられて、好感をもった。
 そして、ラミザのもう一方の隣の席にはビャン・ダオが座っていた。彼はことのほかこの晩餐会の料理を楽しみにしていたようだったが、出てくる料理をたいらげていくうちに、少しもの足りなさげな表情を浮かべていた。
「ビャンくん、どうかした?」
 ビャンは首をふって笑う。
「……なんでもない。少し期待しすぎたようじゃ」
 実はビャン・ダオには、ひそかに楽しみにしていたことがあった。それはアラハギーロ本場の『カレーライス』であった。かつて世界中を旅した時に立ちよった、アラハギーロのカレー専門店の味がどうしても忘れられなかったのだ。
(ドルワームで三つ星の『スパイスカレー』を食べても、どうもなにか違うのじゃ)
 だから、本場であるアラハギーロの晩餐会の料理に期待をしていた。しかし、出てきた宮廷料理はどれも確かに贅を尽くした最高級のものばかりではあったが、あの時のカレーライスを超えるものはなかった。
 そうやってつつがなく晩餐会は終わったが、ビャン・ダオはどうにも我慢できず、単身で宮殿を抜けだして、その昔に立ち寄ったカレー専門店を探すことにしたのだった。
(ラミザやドゥラ殿も誘いたかったが、ファフリト殿に絶対おこられるしの……。その点、今の余は一介の研究院職員。メンバーの中でも最も気楽な身分ぞ。ここは余単身でいくしかあるまいて。……カレー、持って帰れるなら皆のぶんも詰めてもらおう)
 ビャン・ダオはいつもの服を脱ぎ、フード付きの長いマントを羽織ってエキゾチックなアラハギーロの夜の街にくりだしていったのだった。

 のちに、ビャン・ダオは回想する。いったいどこからが罠であったのか、と。以前に食べた悪魔的なうまさの『カレーライス』からして、その罠がはじまっていたのだろうか。もしかしたら、そんなカレーを食べたと思っていたこと自体がまやかしだったのかもしれない。なんにせよ、そこにビャン・ダオが来ることは確定していたかのように、それはアラハギーロにて待ちかまえていたのであった。
 ビャン・ダオはアラハギーロ繁華街の裏道にあったはずのそのカレー専門店をもとめて、ふらふらとさまよい歩いていたが、いつのまにかあやしげな通りに迷いこんでいた。
 夜も更けてどんよりと霧がかっていたそこは、ほのかな灯りが各所に置かれて人通りはそこそこあった。いきかう人々は、占い師や魔法使い、呪術師、デスマスター、果ては天地雷鳴士の陰衆。そういった術者たち。しかも皆、冒険者の酒場などで見る同じ職種の面々より陰鬱な表情をしている。彼らはその通りにならぶ怪しげな触媒を購入したり、ボソボソと闇の仕事の相談などをしているようであった。料理屋あたりを覆う煙のようなものは禁制の草薬をいぶしたものだろうか。
(夜の住人……堕ちた術者たちかのう。世界を回っているときに聞いたことがある。アラハギーロにはオルフェアの裏通りに匹敵する、呪術や占いに関する専門の通りがあると。この場所こそがそうじゃったか)
 ビャン・ダオがフードを目深にかぶりなおし、この通りの出口を探そうと周りを見渡していた、その時。
「もし……、もし……、そこのドワーフさんや」
 ひっそりと暗がりから、老婆のしわがれた声でよびとめられたのだった。
 ビャン・ダオは、足早に通り過ぎようとする。
(振り返るでない、関わるでない……。こういうのは無視にかぎるのじゃ)
「ビャン・ダオ皇子……」
 名前を呼ばれる。ビャン・ダオは一瞬ドキッとするが、気にしないようにして、歩みを止めない。
(……おそらく、アラハギーロ到着の式典の時にでも顔を見られていたのじゃ。余の変人ぶりは知られておる。このようなやつらの手よ)
 その去りゆくビャン・ダオに、後ろからねっとりとした老婆の声がかけられる。
「ほほ、ビャン・ダオ皇子よ……。良いのかのォ、この機会をのがして……?そなたはようやく、よおおやく、ここまでたどり着いた。このワシの前までなァ……。そなたはいったい、なんのために三〇〇〇年の時をまたいでこの現代にやってきたというのじゃ、遺跡で穴掘りをするためか?ドルワームで地位を得るためか?え、違うじゃろォ。祖国をうしなったあわれなそなたに、遺されたやるべきことはひとつしかない。それを教えてやろうというに」
 立ち止まった。立ち止まってしまった。立ち止まらざるをえなかった。
 そしてビャン・ダオは振り返って近づく。そのしわくちゃの老婆の両目は潰れ、見えもせぬ水晶玉を大事そうにかかえて、ニタニタと笑っている。
 ビャン・ダオの細い目は完全にすわっていた。
「……ご老人、滅多なことをいうものではないぞな。よく余のことを調べておるようじゃが、そちにいったい何がわかるというのじゃ」
「ひゃひゃひゃ、こわよこわよ」
 老婆はあざけるように、かん高くわらって続ける。
「……何がわかるのか、じゃと?聞きよったなァ皇子よ。言うて良いのかのォ、その先を。聞いたらば、後にはひけぬぞ……」
「いうてみよ。いうてみるがよい!そして、そちらの手妻などしれたものじゃということを明らかにしてやろうぞ!」
 老婆は顔を近づけて、ついにその言葉を、ねぶるようにビャンの耳元でゆっくりとささやいた。
『グ・ル・ヤ・ン・ラ・シュ』
 今度こそ、ビャン・ダオは固まった。
 たっぷり二〇秒は沈黙がながれ、わなわなと震えだしたビャンはしぼり出すように問うた。
「……どうやって、その名前を知ったというのじゃ」
「ほ、ほ、ほ。『なぜ』ではなく『どうやって』か。さすがは技術の民ドワーフというべきかのォ」
「はぐらかすでない、こたえよ!」
「教えられんのォ……。ただ、ワシは知っておるぞ。ひょひょ。それ以上でも以下でもない真実じゃ。そなたの憎い憎い仇敵をなァ。そして、さらにじゃ。ワシはそなたが求めてやまなかった、かの悪鬼に復讐する方法をォそなたに授けることができるのじゃァ」
「きゃつはすでに死んだ!この世界でいきてはおらぬ。三〇〇〇年前の人間が生きておるはずがなかろう!余は馬鹿にされながらも、ドワチャッカをかけずりまわってきゃつの痕跡をさがし、そしてむなしくも何もなかったのじゃぞ」
「はてさて、異なこと申される、皇子よ。そなたは三〇〇〇年後のこの世界でしっかりと生きておるではないか。かの悪鬼もそうでないとどうして言えようか。そもそも、はたしてかの悪鬼は本当に三〇〇〇年前の人物だったのかのォ。……この世は不思議、不思議、摩訶不思議ィ」
「詭弁を弄すな!今さら、なんじゃというのじゃ!余は、余は、ようやくすべてを諦め、死ぬことをも諦め、やっと、やっとこの現代で生きていけるようになったというのに、そんなことを今さらいうでない!」
「しかし、しかし。そのすべてを諦めたという今になったとしても、かの悪鬼……そう、『グルヤンラシュ』に一泡ふかせる方法があるのだとしたら。一体そなたは、どうするのじゃろうなァ」
「やめろ!その名をもう聞きとうないのじゃ!」
「ひァひァ、ガテリア皇子としての責任感はどうしてしまったのでしょうかなァ。『グルヤンラシュ』のために亡くなってしまったお父上、お母上。そして、そなたの身代わりとなった多くの皇民。それらは今もボロヌス溶岩流にうごめく亡者どもとなり、そして、今もそなたにまとわりついておる、そやつらの。その無念をそなたは晴らさぬというのか」
「やめてたもれー!」
 ビャンはうずくまりながら、目をつむり、手で耳を覆う。その混迷極まったビャンの精神に呼応して、ビャンを覆う霊の残滓が猛々しく大きくなって……
(いかないィ……?)
 想定外の流れに老婆は目をすがめてビャンを見る。謎の抵抗をビャンの首元に感じて、それを取り除こうとして手を近づける。
「ひょ?」

 バ チ ー ン

 と、大きな音がして老婆がはじけとんだ。
 ビャンは何事か、とゆっくりと目を開ける。
 そこには老婆などはどこにもおらず、木箱の上にかわいらしい茶色のぬいぐるみがポツンと置いてあった。
「な、なんじゃ?ぬいぐるみ?誰も知らぬはずのことを知っておった、あのうさんくさい老婆は、どこに消えてしもうたのじゃ」
 ビャン・ダオは、キョロキョロと木箱の裏などを探す。
 そこに、その場に似つかわしくない明るい声が響いた。
「あーあーあーあ、興ざめだよ~。もうちょっとでキミの精神を完全に屈服させることができたのにさぁ」
 ビャン・ダオが振り返ると、一瞬だけピエロにふんした旅芸人の姿が見えた。
「だッ」
 誰じゃと言おうとして、なにかが頭にぶつかり、ビャン・ダオはそのまま昏倒する。
 その旅芸人は、ぶつけたジャグリングクラブをひろって、倒れたビャン・ダオを見つめる。
「あはッ、これでも指名手配中なもんでね」
 それは人類の敵として、アストルティアでもっとも精力的に混迷をもたらし続けている、旅芸人ピュージュその人であった。
「……さて、これは没収かな~」
 ピュージュは指先からピッと光をとばし、それがビャンの首元にとどくと、そこにあった『破邪のネックレス』は粉々にくだけちった。
「ボク本人が直接やるのは、ちょっと流儀に反するんだよなぁ。まあしょうがないか」
 といって気絶しているビャン・ダオの耳元で大声をだす。
「あー、あー、ビャ~ンくぅ~ん。聞こえますかぁ~。君のやることは簡単だよ!キィンベルで『グルヤンラシュ』を探そう。きっといるよ!みんなに聞いてみてまわってもいい。そうそう、偉い人なら知ってるかもね!盟約が結ばれる式典で、たくさん人がいる中で聞いてみればいいと思うよ」
 ピュージュは意識のないビャン・ダオにふざけるように呼びかけた。
「これでよしっと。そうそうそう、これもあげちゃおう!一個余っちゃったんだよね~」
 そういって取り出したるは、握りこぶしほどもある『戦禍のタネ』
「……このままじゃ大きいか。モモくらいあるもんね。これじゃ種じゃなくて果実だよ……。まあ実際、神やら時の妖精やらに寄生して育ちきった逸品だからね。ちょっともったいないけれど、新しい苗床に植えるために戻しちゃおっか」
 ピュージュは『戦禍のタネ』を両手でつかんで力をこめる。
「よいしょぉ」
 まがまがしい光とともに『戦禍のタネ』は、ひまわりの種ほどの大きさに縮んだ。それをビャン・ダオの首筋にあてると、そのタネはなんとビャンの中にのみこまれていった。
「さあ、大きく育てていってくれたまえ。君には期待しているよ。アハッ、アハハッ、アハハハッ」
 そうして、ピュージュは去っていた。

 次の日の朝、ビャン・ダオが行方不明になっていることがわかり、アラハギーロ王宮では大変な騒ぎとなった。だがアラハギーロ兵士たちの捜索によってすぐに、うらない小路のはずれにて昏倒しているビャン・ダオが見つかった。兵士が事情を聞いても、ビャン・ダオは何も覚えておらぬという。ネックレスが奪われており、物取りの犯行だと結論づけられた。診断の結果、さしたるケガはなかった。とはいえ、エテーネ王国での式典にはまだ日があるし、一日や二日ほど療養してもよいのではとの申し出もあったが、ビャン・ダオすぐに退去した。一刻もはやくエテーネ王国に向かわねばならない。そんな気がしたのだ。
 
 無事にドルワーム一行のもとに戻ってきたビャン・ダオを皆が出迎える。
「ビャン君!大丈夫なの?」
 ラミザが駆けよっていく。
「ラミザ殿、すまん。心配をかけた」
 その後ろから、むずかしい顔でドゥラが大声でいった。
「奔放なのも結構だが、大概にしたまえよ!」
 そのようにドゥラはビャン・ダオを叱る。
「……ドゥラ殿、すまん。余が軽率であった」
 うつむいて、ほうぼうに謝罪するビャン・ダオ。
 しかし、その後にドゥラはビャンの手をとって、ニっと笑って言う。
「……研究院の宝がうしなわれたかと思ったぞ。気をつけてくれたまえ」
 そのように合流をはたし、彼らは昼過ぎにはエテーネ王国にむけて出立していった。
 この時は、ビャン・ダオの身に本当は何があったということは誰にもわかっていなかった。

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