アストルチアの謎

ドラクエ10の設定、物語について語る、予定

【小説】奇跡の代償は 11章『その忘れがたき仇敵の名は』


奇跡の代償は 11章『その忘れがたき仇敵の名は』

■概要
Version4のアフターストーリー、第11話。
舞台はV5.0終頃のドルワーム、アラハギーロ
主人公は魔界で行方不明扱い。

■11章『その忘れがたき仇敵の名は』の登場人物
ラミザ:ドルワーム王国の王子。
ドゥラ:ドルワーム王国王立研究院院長。
ビャン・ダオ:大昔のガテリア皇国の皇子。
       現在はドルワームで王立研究院に在籍。
ファフリト:ドルワームの騎士。ラミザの後見人。
バッチェ:ドルワームの若手騎士
ミラン:アラハギーロ王国の王太子
謎の老婆:アラハギーロの占い師

 ドルワーム国王ウラードのもとに、国際会議の打診があったのはダラリア砂岩遺跡の大調査のあとしばらくしてのことであった。
 『叡智の冠』からの書簡によって『終末の繭』の事件についての顛末もおおよそ明らかになり、それに関係しているといわれるエテーネ王国――信じがたいことに五〇〇〇年前から時渡りしてきたとされる――にて、そういった以前の事件についてのエテーネ王国としての陳謝や、人類圏の新しい王国として交流をえて、さらには魔界との決戦に備えての国際的な盟約がかわされる、という重要なものであった。
 通常であれば今まで通りウラード国王が出向くところであったが昨今のラミザ王子は周囲の評判もよく、何よりダラリア砂岩遺跡の調査ではさまざまな事件があったにも関わらず、しっかりと采配をして乗りきったとされており、ここらで大事な国際会議の顔として各国に売りだすのがよいと重臣たちのあいだでもささやかれてきた。そのような背景からウラード国王はついに決断し、実務をつかさどる使節団は当然バックアップとして派遣するも、名目上はトップとして初めて国際的な場にラミザ王子がでることになったのだ。
 父王ウラードの依頼をラミザは快諾し、錬金術がさかんだとされるエテーネ王国を視察するため、同伴者として技術にくわしいドゥラ院長とビャン・ダオを指名して了承された。
 そして、ビャン・ダオが奇抜なことを言い出すのはいつもの事であったが、今回提案してきたのは空の旅であった。関係者をそろえた会議室の中でビャン・ダオは、壁にかけられた世界地図を指し棒で示しつつプレゼンする。
「通常じゃと、こう大陸横断鉄道でレンドアまで、そこからグランドタイタス号に乗ってグランゼドーラへ、そこからこうやって馬車でアラハギーロじゃろ。さらにそこからガレアス船に乗ってレンダーシア内海の中心であるエテーネ王国行くというルートじゃ。これはゆうに数週間はかかる大旅行となる。王族の旅というのはゆったりとした優雅なもの、というのも正しいありようじゃがの、これはさすがに無駄がすぎると思う。ここドルワームからであれば、反重力飛行装置で魔瘴の霧をこえて直接アラハギーロまで飛び、さらにアラハギーロからエテーネまで飛べば三、四日程度ですむのじゃ。実績も、ダストン殿と、あとマ……イユ殿じゃったかの?が奈落の門までひとっ飛びで到達しておる。最近は遺跡の発掘も進んでおり、実用に耐える反重力飛行装置も数多く発掘されてきた。最近はナドラガンドに行くために、おしゃれストリートのDQXショップ店員まで購入していくほどの人気ぶりじゃ」
 そのように空の旅をアピールする。面白そうだね、とラミザは言うが、ドゥラはしぶる。
「時短おおいに結構だが、我々はダストン殿やマイユ殿のような超人ではないゆえ、長期間の空の旅には耐えられないぞ」
 また、王子お付きのファフリトも難しい顔で反対する。
「墜落などの危険もさることながら、せいぜい二人程度しか乗れない反重力飛行装置では護衛がつけられますまい」
 そのような反論はお見通しとばかりに、ふふん、とビャン・ダオは写真を持ってきて机の上におく。そこには通常の飛行装置よりは三倍程度もある屋根つきの大きな飛行装置が写っていた。
「みよ、最近発掘して実用化した六人乗り反重力飛行装置ロイヤル仕様じゃ。そもそも反重力飛行装置は飛行する時に風の結界が自動ではられるので、風雨などは気にならんのじゃが、このロイヤル仕様はさらに停泊するときにも気にならぬよう屋根付き!そしてトイレ、調理職人設備付きで移動時の生活にはまったくこまらぬのじゃ!」
「なんか、キャンプできそうだね」
「そうじゃ。まさに夢のキャンピングドルボード!いやさ反重力飛行装置というわけじゃ。海上ならば低空ギリギリ飛行で釣りもできて海の幸がその場で楽しめるぞな!」
「なにやら街の特売みたいになってきたな……しかも、ロイヤル仕様と謳ってるわりには魚釣りだの、生活臭がすごくないか?」
 ドゥラがそのように言うが、ビャンはむしろうなずいた。
「なるほど街の特売か、言いえて妙じゃな。もっとアピール文句を考えていかねばな。漁業方面は特にウェディには売れると思わぬかの」
「貴重な航空用ドルセリンを漁業に使ってペイできるとも思えないが……やはりここは空に関心の高いプクリポの富裕層にだな」
「いつのまにか飛行装置の販売戦略会議になってるよ!」
 思わずラミザがつっこんだ。
 しかし、ついでとばかりにそのお題で三人でわいわいと話した。もともとドルボードなどを含む『神カラクリ』の修繕や実用化、販売などはドルワームの国家事業であり、資源や耕地面積のすくないドルワームにおいて、重要な輸出産業といえた。昨今のビャン・ダオの発掘によりそこそこの数もそろい、認知されてきた反重力飛行装置を売り出す流れというものがあらたにできてきたのだ。種族としてのドワーフは欲がつよく、商才にたけているといわれる。そのようなドワーフの特徴があらわれた雑談であったかもしれない。
「コホン、しかしまあ、これからの本題の話もその一環のようなものじゃ。販売にもっとも必要なもの、それは宣伝じゃと余はリウ老師から教わった」
「そんなことまで教えてくれるんだ。技術は教えてくれないのに……」
「ははあ、私はなんとなくビャン殿の言いたいことがわかってきました」
 ドゥラは言う。いまだピンとこないラミザは「どういうこと?」と問う。
「つまりビャン殿は、今回の国際会議でキィンベルに集まった各国の王族や有名人に対して、わが国の新しい商品である反重力飛行装置を見せつけていこう、ということを言っているのです。本来販路を切り開くのは大変なこと。信頼を築くのも容易でないし、商品自体の有用性についてわかってもらうのにも時間がかかる。しかし今回そのイベントには多くのターゲットと言うべき客層が集まっている。そこにドルワームの王族がみずからが飛行装置で乗りこんでくれば、おおいに話題にもなり、買う側からすれば安心このうえない。まあいわゆる広告塔ですな」
 ふむふむなるほど、とラミザは考える。振り返って、お付きのファフリトにも意見を求める。
「ファフリトはどう思う?」
「そも、王子ご自身が一騎駆け的な広告塔などになるのは恐れ多い事ですが。このあたりの機微はジジイですゆえ古いかもしれません。また王子の外交デビューである点においては、そのような登場はインパクトは非常に大きいかと。懸念点としては……、とにもかくにも機体の安全性ですな。そこさえ担保できれば申し上げることはありません。御三方が搭乗されるとして、護衛は私ふくめ三人というところですかな」
 ラミザはうなずいて言う。
「うん、わかった、それでいこう。準備おねがい」
 こうして、ラミザ一行のフライトがきまった。
 
 その後、王立研究院による機体の入念なチェックがおこなわれ、同時に騎士団による護衛の選抜も行われた。騎士ファフリトは確定だったが、有力視されていた騎士トカチェは腰痛のため長期間の着座はむずかしいとして辞退となり、かわりに若手騎士のバッチョが選ばれた。また、いざという時の回復役として賢者学院の重鎮、賢者ティーザも参加することとなった。メインパイロットはビャン・ダオ、サブパイロットとしてバッチョ、他搭乗メンバー全員にも簡単な操縦訓練と緊急時訓練がおこなわれた。
 そうして、いよいよ水晶宮から飛び立つ時には簡単な式典がおこなわれ、ドルワームの民衆が最新の飛行装置と王子たち新たな指導層をひと目見ようと水晶宮につめかけた。ラミザは、民衆に気恥ずかしげに手を振って飛び立っていった。
 海上の旅は思いのほか快適であった。飛行装置は順調に飛ばしていく。
「高度三五〇〇メートル。風の結界動作問題なし、酸素濃度問題なーし、じゃ。皆のもの、万が一頭痛・吐き気などの高山病の症状が出てきたら申告せよ!」
 ビャン・ダオが声をあげて状況の確認をしていく。
「うわあ、最高のながめだね!もうカルサドラ火山があんなに小さく……」
 高空からのドワチャッカ大陸の眺望に、ラミザは素直に感動する。
 これのためだけに乗って良かったと思えるほどの絶景。
 ドゥラ院長は対照的に、冷静のこの飛行装置のメリットについて感想をのべる。
「ふーむ、この高度では魔物と出会わないのは大きなメリットですな。速い上に船酔いもないので、船に代わる移動手段としてはとんでもなくすぐれている……。数さえ揃えられれば、これは本当にアストルティアを席巻するほどに売れるやもしれません」
 そうして数時間ほど、パイロットはビャン・ダオと騎士バッチェで交代しつつ進んでいく。
 最初の感動も長続きはしないもので、青々しい大海原がどこまで続く風景に少々飽いたラミザは、隣に座るビャン・ダオに話しかける。
「ねえ、ビャンくん。そのチョーカー、ダラリア砂岩遺跡調査の後ずっとつけてるね」
 ああこれかの、とビャンは首をなでる。
「かのディオニシアが去り際にくれたものじゃ。『破邪のネックレス』と言われたがどう見てもチョーカーよの……?首アクセは対抗馬が多いんじゃがのぉ」
 そういって苦笑いし、先を続ける。
「ディオニシアいわく、余は今もさまようガテリア人の霊のかけらによって守護されておるといった。しかし余の負の感情によってそれらが暴発し、ことと次第によっては余にたいへんな害を及ぼすこともあると。さらには余は感情が激しやすいタチゆえに、その可能性は常にあるとも言われたのじゃ。余も科学の申し子、普段ならそのような目に見えぬものなど軽々しく信用せんのじゃが、あの超級のデスマスターに言われてはの。この『破邪のネックレス』があれば、そういった霊的に害をなすものから護ってくれるということなのじゃ。あやつ、見た目とんでもなく無愛想じゃが、案外と世話焼きよのぉ」
 そのように話していたところ、いよいよこのフライト最大の難所というべき紫の霧が前面に見えてきた。パイロットのバッチェがさけぶ。
「前方に『迷いの霧』確認!高度あげます。お手元の酸素マスクを装着ください」
 そういって、飛行装置の出力を高めていく。ラミザたちはあわただしくマスクをつけて、近づいてくる紫の霧をみまもる。
「反重力上昇出力最大です。高度五〇〇〇、五五〇〇、六〇〇〇、六五〇〇……」
 風の結界にまもられつつも、ゴゴゴゴと揺れる音に緊張感は高まっていく。
「高度八〇〇〇!この機体の限界高度です。前進していきます……」
 飛行装置は速度をあげ、紫色に広がるもやもやの壁の上空を飛び越えていった。
 ラミザは霧にばかり目が言っていたが、周囲を見渡すとすでに雲ぐものはるか上で、薄暗い空の中、ひつじ雲の切れ目からレンダーシア大陸が一望できた。
「す、すごい!ちょっとだけ、丸い……?」
 ラミザは実感としてそのわずかな孤、それがなして作られているのだろう巨大な球体を感じた。アストルティアは丸いのだ、と昔に授業でならい、地球儀も見たことがあるが、この目でその球体を感じられるのはまた別物であった。
『迷いの霧』完全に突破!高度落としていきます」
 バッチェがそう宣言して高度を下げていく。一同は安堵の表情で胸をなでおろす。
 その後はさしたる障害もなく、無事にアラハギーロに到着した。
 『宣伝』という当初の目的からすると当然だが、アラハギーロにもラミザたちが反重力飛行装置にのってやって来ることは知らされており、多くの民衆や王家の人々がラミザ一行の壮挙を出迎えてくれた。
 大観衆がみまもる中、モンスター闘技場の前の大きな湖の上に着水し、岸に降りたったラミザをアラハギーロ王太子のミランが手をとって迎えいれてくれ、観衆からは大きな拍手が湧き上がった。ムーニス国王もミランの後ろでニコニコと拍手している。
 その後、ラミザ一行は宮殿に迎えられて晩餐会が開かれ、そこでラミザは王太子ミランと語り合った。
 ミランはまさに理想のプリンスというべき甘いマスクをもっており、いかにも何でも卒なくこなしそうな優等生な雰囲気であった。ひるがえってラミザの学生時代はその対極であり、大半の学友となじめなかった陰気なキャラで通っていた。しかし、二人はお互いに内なる波長が近いものを感じたのか、同世代ということもあり、このような儀礼の場としては率直に会話をした。
「ほう、ラミザ王子は学生時代、模型部におられたと……。僕は、……ちょっと説明がむずかしいのですが、少し前に学園で大きな問題があった際につくられた、フウキという組織に属していまして。その学園の問題に対して頼りがいのあるメンバーとともに対処してきたのです。……ラミザ王子はなんというか、話していると安心できるお方ですね。わが学園のフウキにおられたら、きっと気のおけない友人になったことでしょう」
 それが儀礼上のものではもちろんあるにせよ、ラミザにはこの若き秀麗な王子の本心も混ざっているように感じられて、好感をもった。
 そして、ラミザのもう一方の隣の席にはビャン・ダオが座っていた。彼はことのほかこの晩餐会の料理を楽しみにしていたようだったが、出てくる料理をたいらげていくうちに、少しもの足りなさげな表情を浮かべていた。
「ビャンくん、どうかした?」
 ビャンは首をふって笑う。
「……なんでもない。少し期待しすぎたようじゃ」
 実はビャン・ダオには、ひそかに楽しみにしていたことがあった。それはアラハギーロ本場の『カレーライス』であった。かつて世界中を旅した時に立ちよった、アラハギーロのカレー専門店の味がどうしても忘れられなかったのだ。
(ドルワームで三つ星の『スパイスカレー』を食べても、どうもなにか違うのじゃ)
 だから、本場であるアラハギーロの晩餐会の料理に期待をしていた。しかし、出てきた宮廷料理はどれも確かに贅を尽くした最高級のものばかりではあったが、あの時のカレーライスを超えるものはなかった。
 そうやってつつがなく晩餐会は終わったが、ビャン・ダオはどうにも我慢できず、単身で宮殿を抜けだして、その昔に立ち寄ったカレー専門店を探すことにしたのだった。
(ラミザやドゥラ殿も誘いたかったが、ファフリト殿に絶対おこられるしの……。その点、今の余は一介の研究院職員。メンバーの中でも最も気楽な身分ぞ。ここは余単身でいくしかあるまいて。……カレー、持って帰れるなら皆のぶんも詰めてもらおう)
 ビャン・ダオはいつもの服を脱ぎ、フード付きの長いマントを羽織ってエキゾチックなアラハギーロの夜の街にくりだしていったのだった。

 のちに、ビャン・ダオは回想する。いったいどこからが罠であったのか、と。以前に食べた悪魔的なうまさの『カレーライス』からして、その罠がはじまっていたのだろうか。もしかしたら、そんなカレーを食べたと思っていたこと自体がまやかしだったのかもしれない。なんにせよ、そこにビャン・ダオが来ることは確定していたかのように、それはアラハギーロにて待ちかまえていたのであった。
 ビャン・ダオはアラハギーロ繁華街の裏道にあったはずのそのカレー専門店をもとめて、ふらふらとさまよい歩いていたが、いつのまにかあやしげな通りに迷いこんでいた。
 夜も更けてどんよりと霧がかっていたそこは、ほのかな灯りが各所に置かれて人通りはそこそこあった。いきかう人々は、占い師や魔法使い、呪術師、デスマスター、果ては天地雷鳴士の陰衆。そういった術者たち。しかも皆、冒険者の酒場などで見る同じ職種の面々より陰鬱な表情をしている。彼らはその通りにならぶ怪しげな触媒を購入したり、ボソボソと闇の仕事の相談などをしているようであった。料理屋あたりを覆う煙のようなものは禁制の草薬をいぶしたものだろうか。
(夜の住人……堕ちた術者たちかのう。世界を回っているときに聞いたことがある。アラハギーロにはオルフェアの裏通りに匹敵する、呪術や占いに関する専門の通りがあると。この場所こそがそうじゃったか)
 ビャン・ダオがフードを目深にかぶりなおし、この通りの出口を探そうと周りを見渡していた、その時。
「もし……、もし……、そこのドワーフさんや」
 ひっそりと暗がりから、老婆のしわがれた声でよびとめられたのだった。
 ビャン・ダオは、足早に通り過ぎようとする。
(振り返るでない、関わるでない……。こういうのは無視にかぎるのじゃ)
「ビャン・ダオ皇子……」
 名前を呼ばれる。ビャン・ダオは一瞬ドキッとするが、気にしないようにして、歩みを止めない。
(……おそらく、アラハギーロ到着の式典の時にでも顔を見られていたのじゃ。余の変人ぶりは知られておる。このようなやつらの手よ)
 その去りゆくビャン・ダオに、後ろからねっとりとした老婆の声がかけられる。
「ほほ、ビャン・ダオ皇子よ……。良いのかのォ、この機会をのがして……?そなたはようやく、よおおやく、ここまでたどり着いた。このワシの前までなァ……。そなたはいったい、なんのために三〇〇〇年の時をまたいでこの現代にやってきたというのじゃ、遺跡で穴掘りをするためか?ドルワームで地位を得るためか?え、違うじゃろォ。祖国をうしなったあわれなそなたに、遺されたやるべきことはひとつしかない。それを教えてやろうというに」
 立ち止まった。立ち止まってしまった。立ち止まらざるをえなかった。
 そしてビャン・ダオは振り返って近づく。そのしわくちゃの老婆の両目は潰れ、見えもせぬ水晶玉を大事そうにかかえて、ニタニタと笑っている。
 ビャン・ダオの細い目は完全にすわっていた。
「……ご老人、滅多なことをいうものではないぞな。よく余のことを調べておるようじゃが、そちにいったい何がわかるというのじゃ」
「ひゃひゃひゃ、こわよこわよ」
 老婆はあざけるように、かん高くわらって続ける。
「……何がわかるのか、じゃと?聞きよったなァ皇子よ。言うて良いのかのォ、その先を。聞いたらば、後にはひけぬぞ……」
「いうてみよ。いうてみるがよい!そして、そちらの手妻などしれたものじゃということを明らかにしてやろうぞ!」
 老婆は顔を近づけて、ついにその言葉を、ねぶるようにビャンの耳元でゆっくりとささやいた。
『グ・ル・ヤ・ン・ラ・シュ』
 今度こそ、ビャン・ダオは固まった。
 たっぷり二〇秒は沈黙がながれ、わなわなと震えだしたビャンはしぼり出すように問うた。
「……どうやって、その名前を知ったというのじゃ」
「ほ、ほ、ほ。『なぜ』ではなく『どうやって』か。さすがは技術の民ドワーフというべきかのォ」
「はぐらかすでない、こたえよ!」
「教えられんのォ……。ただ、ワシは知っておるぞ。ひょひょ。それ以上でも以下でもない真実じゃ。そなたの憎い憎い仇敵をなァ。そして、さらにじゃ。ワシはそなたが求めてやまなかった、かの悪鬼に復讐する方法をォそなたに授けることができるのじゃァ」
「きゃつはすでに死んだ!この世界でいきてはおらぬ。三〇〇〇年前の人間が生きておるはずがなかろう!余は馬鹿にされながらも、ドワチャッカをかけずりまわってきゃつの痕跡をさがし、そしてむなしくも何もなかったのじゃぞ」
「はてさて、異なこと申される、皇子よ。そなたは三〇〇〇年後のこの世界でしっかりと生きておるではないか。かの悪鬼もそうでないとどうして言えようか。そもそも、はたしてかの悪鬼は本当に三〇〇〇年前の人物だったのかのォ。……この世は不思議、不思議、摩訶不思議ィ」
「詭弁を弄すな!今さら、なんじゃというのじゃ!余は、余は、ようやくすべてを諦め、死ぬことをも諦め、やっと、やっとこの現代で生きていけるようになったというのに、そんなことを今さらいうでない!」
「しかし、しかし。そのすべてを諦めたという今になったとしても、かの悪鬼……そう、『グルヤンラシュ』に一泡ふかせる方法があるのだとしたら。一体そなたは、どうするのじゃろうなァ」
「やめろ!その名をもう聞きとうないのじゃ!」
「ひァひァ、ガテリア皇子としての責任感はどうしてしまったのでしょうかなァ。『グルヤンラシュ』のために亡くなってしまったお父上、お母上。そして、そなたの身代わりとなった多くの皇民。それらは今もボロヌス溶岩流にうごめく亡者どもとなり、そして、今もそなたにまとわりついておる、そやつらの。その無念をそなたは晴らさぬというのか」
「やめてたもれー!」
 ビャンはうずくまりながら、目をつむり、手で耳を覆う。その混迷極まったビャンの精神に呼応して、ビャンを覆う霊の残滓が猛々しく大きくなって……
(いかないィ……?)
 想定外の流れに老婆は目をすがめてビャンを見る。謎の抵抗をビャンの首元に感じて、それを取り除こうとして手を近づける。
「ひょ?」

 バ チ ー ン

 と、大きな音がして老婆がはじけとんだ。
 ビャンは何事か、とゆっくりと目を開ける。
 そこには老婆などはどこにもおらず、木箱の上にかわいらしい茶色のぬいぐるみがポツンと置いてあった。
「な、なんじゃ?ぬいぐるみ?誰も知らぬはずのことを知っておった、あのうさんくさい老婆は、どこに消えてしもうたのじゃ」
 ビャン・ダオは、キョロキョロと木箱の裏などを探す。
 そこに、その場に似つかわしくない明るい声が響いた。
「あーあーあーあ、興ざめだよ~。もうちょっとでキミの精神を完全に屈服させることができたのにさぁ」
 ビャン・ダオが振り返ると、一瞬だけピエロにふんした旅芸人の姿が見えた。
「だッ」
 誰じゃと言おうとして、なにかが頭にぶつかり、ビャン・ダオはそのまま昏倒する。
 その旅芸人は、ぶつけたジャグリングクラブをひろって、倒れたビャン・ダオを見つめる。
「あはッ、これでも指名手配中なもんでね」
 それは人類の敵として、アストルティアでもっとも精力的に混迷をもたらし続けている、旅芸人ピュージュその人であった。
「……さて、これは没収かな~」
 ピュージュは指先からピッと光をとばし、それがビャンの首元にとどくと、そこにあった『破邪のネックレス』は粉々にくだけちった。
「ボク本人が直接やるのは、ちょっと流儀に反するんだよなぁ。まあしょうがないか」
 といって気絶しているビャン・ダオの耳元で大声をだす。
「あー、あー、ビャ~ンくぅ~ん。聞こえますかぁ~。君のやることは簡単だよ!キィンベルで『グルヤンラシュ』を探そう。きっといるよ!みんなに聞いてみてまわってもいい。そうそう、偉い人なら知ってるかもね!盟約が結ばれる式典で、たくさん人がいる中で聞いてみればいいと思うよ」
 ピュージュは意識のないビャン・ダオにふざけるように呼びかけた。
「これでよしっと。そうそうそう、これもあげちゃおう!一個余っちゃったんだよね~」
 そういって取り出したるは、握りこぶしほどもある『戦禍のタネ』
「……このままじゃ大きいか。モモくらいあるもんね。これじゃ種じゃなくて果実だよ……。まあ実際、神やら時の妖精やらに寄生して育ちきった逸品だからね。ちょっともったいないけれど、新しい苗床に植えるために戻しちゃおっか」
 ピュージュは『戦禍のタネ』を両手でつかんで力をこめる。
「よいしょぉ」
 まがまがしい光とともに『戦禍のタネ』は、ひまわりの種ほどの大きさに縮んだ。それをビャン・ダオの首筋にあてると、そのタネはなんとビャンの中にのみこまれていった。
「さあ、大きく育てていってくれたまえ。君には期待しているよ。アハッ、アハハッ、アハハハッ」
 そうして、ピュージュは去っていた。

 次の日の朝、ビャン・ダオが行方不明になっていることがわかり、アラハギーロ王宮では大変な騒ぎとなった。だがアラハギーロ兵士たちの捜索によってすぐに、うらない小路のはずれにて昏倒しているビャン・ダオが見つかった。兵士が事情を聞いても、ビャン・ダオは何も覚えておらぬという。ネックレスが奪われており、物取りの犯行だと結論づけられた。診断の結果、さしたるケガはなかった。とはいえ、エテーネ王国での式典にはまだ日があるし、一日や二日ほど療養してもよいのではとの申し出もあったが、ビャン・ダオすぐに退去した。一刻もはやくエテーネ王国に向かわねばならない。そんな気がしたのだ。
 
 無事にドルワーム一行のもとに戻ってきたビャン・ダオを皆が出迎える。
「ビャン君!大丈夫なの?」
 ラミザが駆けよっていく。
「ラミザ殿、すまん。心配をかけた」
 その後ろから、むずかしい顔でドゥラが大声でいった。
「奔放なのも結構だが、大概にしたまえよ!」
 そのようにドゥラはビャン・ダオを叱る。
「……ドゥラ殿、すまん。余が軽率であった」
 うつむいて、ほうぼうに謝罪するビャン・ダオ。
 しかし、その後にドゥラはビャンの手をとって、ニっと笑って言う。
「……研究院の宝がうしなわれたかと思ったぞ。気をつけてくれたまえ」
 そのように合流をはたし、彼らは昼過ぎにはエテーネ王国にむけて出立していった。
 この時は、ビャン・ダオの身に本当は何があったということは誰にもわかっていなかった。

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