アストルチアの謎

ドラクエ10の設定、物語について語る、予定

【小説】奇跡の代償は 10章『ダラリア砂岩遺跡制圧戦』


奇跡の代償は 10章『ダラリア砂岩遺跡制圧戦』

■概要
Version4のアフターストーリー、第10話。
舞台はV5.0終頃のドルワーム王国。
主人公は魔界で行方不明扱い。27000字程度

■10章『ダラリア砂岩遺跡制圧戦』のおもな登場人物
バトゥ:ドルワームの冒険者。ドワーフの戦士。
ミライ:ドルワームの冒険者。エルフの僧侶。
ガンジョウ:ドルワームの冒険者。オーガの武闘家。
マギウス:レンドアの冒険者。人間の魔法使い。
ラミザ:ドルワーム王国の王子。騎士団長。
ドゥラ:ドルワーム王国王立研究院院長。
ビャン・ダオ:大昔のガテリア皇国の皇子。現在はドルワーム王立研究院所属。
チリ:ドルワームの王女。
ファフリト:ドルワームの騎士。ラミザの後見人。
トカチェ:ドルワームの騎士。
フィルディ:ドルワームの戦士。国王の護衛隊長。
ディオニシア:デスマスター(※『蒼天のソウラ』登場キャラ)
アルル:ドルワームの兵士。
エルル:ドルワームの兵士。アルルの双子の妹。

 ドルワームの都を拠点にしている冒険者のあいだでは、昨今とあるウワサがとびかいはじめ、熟練の冒険者たちは情報収集に余念がなかった。酒場ではヒソヒソ声で、時には大声で、その話が今日も繰り返される。
「……久しぶりに、制圧戦が行われるらしいぞ」
「なんでも、王立研究院による大規模調査の支援として、騎士団に要請がいったようです」
「ほう、制圧戦ともなれば、大隊程度の軍隊がでるか?」
「そうだ。だが制圧戦の対象はダンジョンらしい。軍隊のほとんどは地上の後詰めとなるだろう。制圧戦自体は選抜された一個中隊の兵士六四名、それを指揮する騎士たち、さらに兵士と同数の補助兵……ようはわれわれのような雇われの傭兵、冒険者、他には教会の僧侶たちもか。そのあたりが駆り出されておこなうことになるようだ」
「よほど手強いダンジョンなのかね、さぞかし貴重なおたからが眠っているのだろう」
「研究院にとってはそのようです。なんでも確定で、状態のいい『ウルベア魔神兵』がまるっと一体回収できるのだとか……」
「かつてのチリ王女誘拐未遂事件の時にドゥラ院長が精兵をひきつれて『盟友』の援護にむかった際、状態のよいウルベア魔神兵を発見した、という話から発掘計画が進められているらしい。魔物が強く、その後も大規模な調査はおこなわれなかったが、ようやくといったところだな」
「例の、発掘の達人ビャン・ダオが主導しているらしく、研究院も有力な調査チームをそろえて二〇人体制で現地入りするそうです。しかも、ですよ。なんとなんと騎士団長のラミザ王子までが視察にこられるとか……」
「……あの軟弱なボーヤがか。魔物においかけられて泣いたりしねえよな?」
「最近はしっかりしてきたとのウワサも聞きますよ?ともかくも、水晶宮とのツテをつくる絶好の好機には違いありません。いいところを見せれば騎士団への登用もあるかもしれません」
「俺はそんなものには興味はないが、小金稼ぎにはちょうどいい。で、どこだ?そのダンジョンとやらは」
「……『ダラリア砂岩遺跡』。少し前に入り口が見つかった、ドワチャッカ大陸最高レベルの高難度ダンジョンだ」

(さて、どうしたもんかなぁ)
 かなり前にガタラから上京し、現在はドルワーム王国に拠点をおくドワーフの戦士バトゥは、一流の冒険者だと目されているが頭でっかちで用意周到な性格が裏目に出ているのか、入念に準備を整えて駆けつけるとクエストは既に終わっている、というようなことが多かった。それゆえか、最近は自分が戦士・冒険者としてあまり経験をつめておらず、それに悩んでいた。
 近ごろは『勇者』『盟友』の出現とともに、冒険者の世界はにわかに活況を呈するようになってきた。また、それに呼応するように重大な事件が各地をおびやかしており、五大陸の数々の冒険者たちが、あらたなそれを解決するべく新天地へ旅立っていった。
 グランドタイタス号でつながれていたレンドア-グランゼドーラ間の航路が復旧し、魔王軍との戦いが激化していた中央大陸『レンダーシア』へ。
 その戦いの結果、勇者姫アンルシアとその『盟友』が中心となって時の大魔王マデサゴーラを見事討ち取った。
 しかし冒険はそこで終わりではなく、レンダーシアの内海の上空に浮かんでいた奈落の門から、強大な竜が闊歩する新世界『ナドラガンド』へ数多くの猛者たちが渡っていった。
 各属性のエレメントが極まっていた過酷な新世界での戦いをへて、その後は息をつく暇もなく巨大な繭が世界の重要拠点をおびやかしはじめ、冒険者たちはそれぞれ各地でその調査のために奔走した。
 うそかまことか、事情通によれば、かの『盟友』はその調査のために過去や未来の世界に旅立ったともいう。
 そして、これもまた突拍子のない話として、最近になってささやかれはじめた事としては、全ての悪の源ともいわれる、一万年のながきにわたって六種族と対立している、魔族たちの根城『魔界』『盟友』をはじめとした一線級の冒険者たちがわずかに潜り込んでいるともきく。
 歴史には、突如としてきら星の如く英傑偉人があらわれては大発見、大発明がたてつづけに起こっては時代が動き出す期間というものがある。多くの冒険者たちは(今こそが歴史の節目だ)と、その波を肌で感じ、その動向を注視していた。
 そんななか、バトゥは冒険者としてそういう大きな流れに乗り遅れていた。バトゥが愛用している『古強者のよろい』セットも、かつては最強格の超一流冒険者の証とされたが、レンダーシアやナドラガンドで活躍している冒険者たちむけに作られた新装備の前では、まさに「古きはつわもの」の装備であった。
 今でもバトゥは一流といっていい戦士だ。必死に努力をして、剣では光のチカラをこめた大技『ギガスラッシュ』をはなち、盾では『会心ガード』でまもりを固め、戦士としては敵の力をそぐ『やいばくだき』をくりだせるようになった。しかし、そこから上には壁があった。
 ナドラガンドや、その後の第一線で活躍している超一流の戦士たちは、剣では『ギガブレイク』、盾では『アイギスの守り』、戦士として『真・やいばくだき』などといった一段階上の強力無比なわざを使い、新世界の強大な魔物たちに対抗している。
 最前線にはたどりつけない、という思いを強くして、バトゥは冒険者稼業をつづけることに悩み始めていた。

 そんな矢先、『ダラリア砂岩遺跡制圧戦』のため補助兵としての冒険者募集がおこなわれたのだ。
(これも天啓。潮時、……いやチャンスと言うべきか)
 いまが旬とでもいうべき冒険者稼業に誇りをもっているものの、もともと騎士団入団志望であったバトゥは、この募集について悩んだ末に応募することに決めた。
(これを足がかりに、騎士団入団を目指す!)
 いったん決めたら行動は早い。パーティの方が採用される可能性が高い、というのは常道なので、バトゥはこのクエストのための即席のパーティをドルワームで集めた。
 一人目は、エルフ女性の僧侶ミライ。ドルワームで長期滞在している優秀な僧侶だ。何度か一緒にパーティを組んだこともあり、実力はわかっている。エルフの僧侶といえば普通はエルトナの東方寺院に所属しているのが普通だが、グランゼドーラ大聖堂が統括する中央教会の神官服を着ている。お嬢様然とした話し方やたたずまいも相まって、秘められた過去あるのではないかとバトゥは疑っているが、こわくて聞けていない。
 二人目は、オーガ男性の武闘家ガンジョウ。水晶宮でいつも冒険者の募集などないか探りにきている流れの武闘家だ。組んだことはなかったが、見てくれ通り腕は確かなようで、ためしにその辺のデザートランナーを殴らせてみると、ためてからの一閃突きで瞬殺していた。性格はバトゥの思っている典型的オーガ男性で、素直、熱血、無知、ノンデリという感じであった。
 三人目は、人間男性の魔法使いマギウス。レンドアからの旅行者のようで、ドルワームでの物見遊山がてら今回のクエストへ参加することにしたらしい。そんなので大丈夫か、とも思ったが、その辺のスマイルロックをメラゾーマ一発で割っていたのでそれなりに強い魔法使いなのだろう。結構マイペースで、ふらっといなくなったりする。
(よし、まあまあのパーティじゃないか?)
 バトゥの見立てではパーティメンバーは自分と同じくらいの実力……、『勇者』『盟友』と冒険をともにするような超一流ではないが、ドルワームの冒険者界隈ではかなりの強者という感覚であり、落ちるはずはなかろうと思って面談試験に臨んだ。その騎士団や研究院関係者らとの面談では、さも十年来のパーティです、という顔でつつがなく面談を終え、バトゥの予想通り無事採用がきまった。
(そりゃそうさ。おれらをとらずして誰をとるっていうんだよ)
 バトゥは、面談する前の行列にいた他の冒険者たちの面々を思い返してみて、負ける気はまったくしなかった。
 いや、それどころかバトゥは今回の雇い主であり、みずからが入団するつもりである騎士団に対してすらも、
(よぼよぼの爺さんが多いし、たいしたことなさそうだな。俺が入団すればうまくやれるだろう)
 と、あなどっていた。最前線にはたどりつけなかったが、長らくプロの冒険者として戦い抜いてきた自負がそのように思わせていたのだった。
 パーティメンバーが集まって酒場で無事採用の祝杯をあげたあと、ガンジョウがバトゥに問いかける。
「……なあ、みんなが言ってた制圧戦ってのは一体なんなんだ?」
「あんた、そんなことも知らずによくも受ける気になったもんだな」
 バトゥは呆れる。
「ホネのありそうなクエストなら何でもいいさ。カネもいいならなおさら断る理由はない」
 といってガンジョウは肩をすくめる。オーガらしい豪胆さというべきか、無知というべきか。ともあれバトゥは説明する。
「制圧戦ってのはな。一時だけだが、擬似的に魔物があらわれない、安全な町のような状態をつくりだすための手法さ。俺ら戦闘員が魔物を倒しまくって、聖職者がせいすいをまきまくる。その間に王立研究院の学者先生たちがスミからスミまで遺跡をご堪能あそばされることだろうよ。本来ならさらに教会を建て、祈りをささげる神父かシスターがその地を清めることで、悪しき心をもつ魔物は近寄れなくなって集落を形成でき、いずれは町にすることができるんだがな」
 ガンジョウはふむふむと聞いていたが、疑問に思って問いただす。
「今回は、なぜそのように教会を作って安全な集落や町にしない?」
「単純に時間と労力がかかりすぎるからさ。今回の依頼だっておそらくダンジョンでの実働が一週間程度だろうが、騎士団や兵隊の動員、俺達への報酬などで相当なカネがかかる。集落をつくるのは数ヶ月、町をつくるには数年単位でおなじことをしなければならない。そこまでのチカラはないってことだよ、ドルワーム王国、ひいては六種族にはな。よほどせっぱつまらないと、そこまではできないもんだ。……そういった例でいうと、近年でもっとも有名なのはカミハルムイ遷都の事例だな。無事集落化がなった後は壁やら堀やら城やらを建築する。そうすれば万単位の大都市となっても、教会の加護のチカラは相対的には小さくなってしまうが、総合的には都市をまもることができる。カミハルムイ遷都はそれこそ万人単位での民族大移動で、堀を建設するまでは何千人もの戦士が日々わいてきた魔物をたおし、何百人もの僧侶が土地を清めていたときく」
 流れるようなバトゥの説明に、ガンジョウはおどろく。
「……あんたって、もしかしてめちゃくちゃ賢い?」
 バトゥはその賛辞をうけて、へへっと鼻をこする。
「今どきの冒険者はこれくらいでなきゃあよ。情報が一番大事さ。……神官殿、補足はあるかい?」
 そういって、僧侶ミライの方をみる。ミライは僧侶ゆえか、お酒を頼んでおらず、ズズズッと梅昆布茶を飲みほしてから笑顔でつけくわえる。
「……ご立派な説明ですわ。あえていうなら、集落化についても徳の高い僧侶が必要となるので流浪の聖職者から有為の人材をひっぱって来なければならず、計画的におこなう必要があります。今回の突発的なイベントで、なかなかそういった修行をつんだ僧侶を呼び戻すのはむずかったことでしょうか。それほどに集落化可能な僧侶の数は多くないのです」
(あんたも、詳しいじゃないか)
 バトゥは感心し、そしてピンときて言う。
「……ひょっとして、あんたはその口って訳かい?」
 ミライは少し迷ったような顔をしたが、隠すことでもあるまい、と思いなおして告白する。
「そうですね、まだまだ未熟者ですが。流浪のシスター、……の卵というわけですわ。まだまだ徳がたりず、中央教会から許可をいただき、宿屋協会からルーラ拠点の秘術をいただくほどではないのです。しかしいずれは、私も人々が安全に暮らせる土地を増やし、その土地を守護できるようになりたい。そういうことをみずからの使命としておりますの」
 中央教会は、本人の修練に重きを置く東方寺院にくらべて、そのような活動が活発だとバトゥも聞く。
(その志のために、実家をおん出てきたってわけかい)
 とも勘ぐったが、さすがにそこまでは口に出さなかった。
「そういうわけさ。わかったかいガンジョウ」
「おう、得心した。しかしあらためて魔物ってえのはどこにでもわくし、ホント迷惑な連中だよな!」
「そうさな。六種族もこのアストルティアの主役でござい、みたいな顔をしているが、世界の半分も支配できちゃいない。街道や畑すら、日々の討伐依頼をこなしている冒険者や軍隊がいないと安全とはいえない。この世の現実的な支配者は魔物、ってことさ」
「……魔物にも、おもしろいやつはいますけどねぇ」
 これまで特に興味もない話題だったのか、黙々と食べていた魔法使いマギウスが口をはさむ。
「……あんたは魔物使いの心得もあるのか?最初に、あんたはレンドアを拠点にしていて、あまりそこから出ていないと聞いた。レンドアには魔物はいないだろう」
 ふふっとマギウスは笑いながら言う。
「いやあ、魔窟ですよ。かわいいやつらですがね」
(なんだか、よくわからんミステリアスなやつだな)
 とバトゥは思ったが、まあ今回だけの付き合いだろうと思い深くはつっこまなかった。

 もろもろの準備も整い、出立の直前にはドルワーム水晶宮・空中庭園に今回の大調査に関係する者たちが招かれた。ドルワーム王国軍四個中隊二五六名、騎士十六名、冒険者五十四名、王立研究院調査班二〇名、教会所属の僧侶一〇名……。
 これからウラード国王から直々にねぎらいの挨拶があるようだが、今は思い思いに空中庭園の美しさを堪能したり、メンバーで談笑したりしている。
「うわあ、なかなかに壮観ですねえ」
 ミライは手をかざして遠くをみやる。空中庭園の美しさもさることながら、この規模の人数でおこなわれるプロジェクトに改めて驚いていた。
 バトゥは笑っていう。
「ふふふ、駆り出されている兵士はまだ半分だぜ。防砂ダム駐屯の四個中隊がすでに現地で俺達調査隊を迎える準備をしているらしいからな。そいつらとここの四個中隊を併せて一個大隊が設営や防衛の任にあたることになっている」
 ガンジョウは手持ち無沙汰にいう。
「……こんな集まりに意味なんてあるか?これから偉い人のあいさつだろ、そういうの苦手なんだよな。さっさと出立すればよいのに」
「あんたはせっかちだな、ガンジョウ。ちゃんと意味はあるぜ。こういった場で、重要人物の顔をおぼえておくことが大事だ。別に取り入るためってだけじゃないぜ。つええやつを知っとく。生き残るためにも必要な情報だ。……例えばあちらの四人。あいつらが今回王子たちの護衛隊を任されるらしい」
 そういってあごをしゃくって示す。
「まず戦士フィルディ。騎士団には所属していない傭兵あがりの男だが、国王護衛をつとめるほどの国一番の猛者だ。今回は特別に王子の親衛隊に加わるらしい」
 続けて隣の老人たちをさす。
「騎士ファフリトと騎士トカチェ。ドルワーム名物爺さん騎士たちだ。ファフリトは貴族でラミザ王子の後見人だな。トカチェはあの装備でわかる通り、パラディンだろう。ドルワームは賢者の学院があり賢者大国だが、近接戦闘に関しては専門職を擁する強国に技能習得ための留学生を派遣しているからな」
 最後に、褐色肌もあらわな妙齢の女性をさす。
「いろっぺえ姐さんだなあ。マスクで顔が見えないのが残念だが」
 ガンジョウがその健康的な肉体美に釘付けになっていると、
「……これは、有名人さんがいますねぇ」
 マギウスがぼそりと言った。
「ほー、あんたも知ってるかい。そうさ、盟友の盟友フレンドディオニシア。デスマスターサロン『デスマスターは死なない』から派遣されてきた、超級のデスマスターだ」

 最近、死霊王ギスマイヤーと名乗る悪逆非道なデスマスターが討伐されたことは、ギスマイヤーがドルワーム王国の勢力圏で暴れていたこともあって、サロンからドルワームへも通知されていた。
 ギスマイヤーの討伐なったことについてはサロンの面々も胸をなでおろしていたが、ひとつ気がかりなことが残っていた。
 それは、これまでギスマイヤーが暴れた地域では『ギスマイヤーの食い散らかし』といわれるトラップ……強大なゾンビモンスターの放置や、死せる魂を収奪するための罠といった悪辣な障害を残していることがデスマスターの間では有名であった。そういった事がドルワーム勢力圏でおこなわれていないかということについて、個人主義で名高いデスマスターのサロンにしては珍しく、調査のメンバーを派遣することになったのであった。それに手をあげたのがディオニシアだ。個人主義のデスマスターの中でもひときわその傾向が強いディオニシアであり、彼女が真っ先に手をあげたことにサロンのメンバーは驚いたが、能力は申し分なかったため特に異論もなく派遣が決定されたのだ。
 ドルワーム王国はその申し出をありがたく思い、盟友の盟友フレンドという信頼の肩書きもあって王子たちに同行する部隊に編入された。
「そちが凄腕のデスマスターか、よろしく頼むぞな」
 社交的なビャン・ダオは次々と関係者に挨拶してまわり、ディオニシアにも気さくに話しかけて握手をもとめる。
「お初にお目にかかります、ビャン皇子。ディオニシアと申します」
 ディオニシアは卒のない、アラハギーロ風の挨拶で返し、握手をする。
 無論ビャン・ダオは、かのギスマイヤーが先の日食の日にボロヌス溶岩流にて吹き溜まるガテリア人の怨霊を利用して、死霊の王国を建設しようとしたことなどは知らぬ。もし知っていれば、いかなビャン・ダオといえどデスマスターという職自体に忌避の念を感じざるを得なかっただろう。
(ビャン皇子……)
 ディオニシアは目をすがめてビャンを見つめる。彼自身ではなく、彼にまとわりついているわずかな霊の残滓を。それは古代ガテリア人の細切れになった思いのようなものが、ガテリアの忘れ形見であるビャンをどうやってか認識して、彼を守護するようにうっすらとおおっている。
(あやうい、ですね)
 ディオニシアは思った。それ自体はたいして毒にも薬にもならぬ木っ端な存在ではあり、いまはビャンを霊的なものから守護しているようだが、もともとはギスマイヤーが使役した無念の霊と同質のものだろう。ちょっとした拍子にあばれださないとも限らない。
(……)
 しかし初対面の自分が、おはらいを申し出たり、ボロヌス溶岩流にあまり行かぬよう忠告するのもはばかられるため、特になにも言わなかった。そもそも自身の目的にはかかわりのないことであった。
 その後は重々しく玉座の間からあらわれたウラード国王から、ガンジョウの予想どおり長く苦しい演説があり、それが終わった後はいよいよダラリア砂岩遺跡へ出立していくこととなった。

 防砂ダムに設営されたキャンプで一泊したあとは、いよいよ調査開始となった。遺跡の中では、バトゥたち一行は正規兵四人と組まされ、八人で行動することになった。バトゥたちは、遺跡の中庭を調査している研究院メンバーたちの前方をまもっている。さらに奥にはもう一部隊が調査にでており、もうなにもないはずの崩れゆく虚室にむかっていた。
「やッ、とッー!」
 兵士アルルの掛け声とともに戦列をくんだ四人の兵士たちが、大盾でからだを守りつつ一斉にデザートガルバへ槍を突き出す。
「ギャッ!」
 デザートガルバは痛みに悲鳴をあげるが、グルル…、とうめき声を発した後にすぐさま反撃にうつる。怒りのままに兵士のひとりに飛びかかっていく。
「ギャギャ!」
「う、うわッ」
 モンスター戦に慣れていない兵士がひるむ。
 シュバッ
 そこに、バトゥのはやぶさ斬りが一閃、いや二閃してガルバにとどめをさした。
「あ、ありがとう」
 助けられた兵士はバトゥに礼をいい、バトゥもうなずいて剣をおさめる。
(……一応、この辺で戦えなくはないドルワーム最精鋭兵士たち、ではあるんだろうけどなぁ)
 とはわかるものの、同僚としては頼りなくも思う。
(八人パーティかぁ。超一流の冒険者たちは、世界の危機をもたらすような圧倒的脅威があらわれた時に、連合をくんで、八人で対処することもあるって言うけどよぉ)
 ひと仕事終えたといわんばかりに、バトゥはしゃがんで隣にたたずんでいたスライムボーグに話しかける。
「俺らにとっては、君らくらいがその『圧倒的脅威』ってわけかなぁ」
 スライムボーグはとらえどころのないスライムスマイルを浮かべて、
(?)
 といった表情でおたがい茫洋と、少しの間見つめあっていたが、
「ちょっとぉ、バトゥさん。まだデザートゴルバが残っていますよぉ!」
 アルルの双子の妹、兵士エルルの大声がきこえた。
「今、いきます~」
 バトゥはのそのそと立ち上がって走る。
(やれやれ、数日は兵士たちのおもりかね。……いや、俺が騎士になったあかつきには、こいつらは部下になるんだから、良いところみせておかないとな)
 そのように思って、やる気を奮いたたせた。

 ダラリア砂岩遺跡の中庭は、緑につつまれ小川のせせらぎが聞こえる、そこだけ別世界のようなおだやかな空間であった。その奥に続く扉の脇に、満足げに力尽きたかのようにも思える、巨大なウルベア魔神兵が壁を背にもたれかかっている。
 そこにドゥラ院長、ラミザ王子はじめ、ビャン・ダオや調査職のメンバーとその護衛が集結していた。配下の兵士十六名も、そばに待機している。
 また、なぜか「あそこなら、私もいったことがあるから」という理由で王女チリもくっついてきている。
 調査メンバーのひとりは生唾を飲んで、その原型をとどめたウルベア魔神兵をみつめて叫ぶ。
「これは、すごい!引き揚げられれば魔神兵の『神カラクリ』としての仕組み解明に大いに役立つでしょう」
 ドゥラ院長もうなずく。
「あのときは『盟友』殿の救援に急いでいて、横目でみただけだったがやはり立派なものだな!……」
 と、よろこんでいたが、なぜか徐々にトーンダウンするドゥラ。
「……そんなにまで急いでいったのに、すでに『盟友』殿は敵を倒していて、ダストン殿に『ポンコツ』の烙印をおされるとは……」
 思い出してきて、ずーん、と勝手に落ち込みだす。
 そんなドゥラをどうしたのかなと思いつつも、ラミザも巨大なウルベア魔神兵に興奮していた。ラミザはビャンの方をみやって叫ぶ。
「すごいよ、ビャンくん!これは……」
 はたと、ラミザは固まる。ビャンが震えている。
「ど、どうしたの、ビャンくん?」
 ビャンはウルベア魔神兵の側面に書かれている文字、ウルベア古代語を読んでいた。
「ゼ、〇八……号、じゃと……。二桁の型番……。よもや、よもや、これはリウ老師の……!」

 そこに突然、調査していた魔神兵の隣りにあった扉が開け放たれ、ドサドサと兵士たちがあわただしくはいってきた。
「緊急!緊急!!」
 ころがりこむようにラミザたちの前にひざをつき、兵士アルルは叫んだ。そばに控える老練の騎士ファフリト老が問いただす。
「どうした、何事か?」
「前方より巨大な牛の魔物が出現!現在は補助兵の冒険者バトゥ一行が戦っています!……私たちを、逃がしてくれてッ……」
 そのようにアルルは言って、自分たちのふがいなさを嘆く。
 ファフリトは、戦士フィルディとさっと顔を見合わせ、うなずいて即座に決断する。
「行かねばなりますまい。我々で救援にむかう!」
「応ッ!」
 フィルディはあうんの呼吸で応じてオノを担ぎなおす。
「兵たちは、殿下や調査隊を守れ。少数精鋭でいくぞ」
 ファフリトが簡潔に指示をだして、護衛隊の面々が扉に向かおうとしたその時。

 ドッゴーン!

 爆音ともに扉が破壊され、巨大な鉄球が飛び出してきた。
 扉の近くにいた研究員や兵士の何人かが吹き飛ばされる。
 
 巨大な鉄球をかかえた黒地に黄毛の牛の化け物が、のっしのっしと中庭に入ってくる。
 その化け物の股下をくぐり抜けて、戦士バトゥがぐったりと動かない僧侶ミライを担いで走り、中庭に入ろうとする。それに魔物が気づいて、鉄球をたたきつける。
「うおおおぉ」
 バトゥはおたけびをあげ、速度をあげてかわす。背後から武闘家ガンジョウと魔法使いマギウスもあらわれる。手傷はおっているが無事のようだ。ガンジョウが、魔物をバトゥの方にいかせまいと立ちはだかる。
 ガンジョウは自分よりあきらかに格上の敵に冷や汗を浮かべつつも、ニヤリと不敵にわらってヤリを構える。
「鉄球使いとは戦ったことがないんでよぉ、経験させてもらうぜ……。ハァッ」
 気合いを入れ、テンションをあげていく。
 そうして、バトゥはラミザたちの護衛がいる方に一目散にかけよっていく。
「すまん、やられた!僧侶が死んだ。治せるか!?」
 端的に物事をつたえ、ミライを横たわらせる。
「……頭蓋骨がやられておるな。ザオラルでは無理か?幸い賢者部隊がおる。後ろへ……」
 と簡単にファフリトが見たてたところ、ディオニシアが進みでて言う。
「私が。肉体的な損傷はなおせます。そして、この方の魂はしっかりとついてきています。大丈夫でしょう」
「頼んだ!」
 バトゥは安堵する。そしてファフリトが盾を構えつつバトゥに問う。
「で、なんですかな。あの化け物は……?」
「わからん。前方からあらわれた。虚室にむかった部隊は全滅だろう。こいつをさっさと倒せれば蘇生させる目もあるかもしれないが……」
 バトゥがこたえる。そこに、信じられないわ、とうめきながらチリ王女がいう。
「あれは私やお父さんを竜族がさらおうとしたときに、巫術で召喚された魔物、タウラダインよ!あいつは『盟友』さんに倒されて異界に還ったはず……」
 ディオニシアがこたえる。
「……アンデッドの気配を感じます。おそらく何らかのトラップがその部屋に仕込まれていたのでしょう。異界の魔物を狙ったというわけでもないのでしょうが、滅びた肉体から魂をとどめて腐らせ、その魂をもとにあの怪物をよみがえらせた……」
「じゃ、じゃあ、あれが『ギスマイヤーの食い散らかし』ってやつかよおぉ!やばすぎるぞ!」
 バトゥが叫ぶ。ディオニシアはちらり、とバトゥの方を見やる。一介の雇われ戦士がそこまで知っているとは思わなかったのだ。
「んん……」
 ディオニシアの放つ青き光に包まれていた僧侶ミライが目を覚ます。ゆっくりと起き上がって、周囲を見渡す。
「私は、蘇生されたのですか……。申し訳ない」
 バトゥは安堵の声をあげる。
「おお、気がついたか!なに、不意うちだ、やむを得ない。……とりあえず良かった。立てるか?」
 そこに、ほうほうの体で武闘家ガンジョウと魔法使いマギウスが合流してくる。
「よお、おれらも回復してくれ……」
 前方では、かわりに騎士や兵士たちが及び腰で戦っている。
「立て直せ!陣形を組め!」
 指揮官の騎士が大声で指令を出している。
 後方に控えていたラミザ王子は、ファフリトに判断を求める。
「爺や、どうする?」
 バトゥの目には、ラミザは案外と落ち着いているように思えた。それが、事態を軽くみているだけなのか、泰然自若としてるのかはバトゥには分からなかったが、ただ恐れおののいているよりはよい。
 ファフリトはラミザの肩に手をおいて言う。
「ラミザ殿下。状況は変わりました。ここはいったん兵士たちに任せて、あなたやチリ王女、調査チームを護衛隊全員で安全な場所までお連れします」
「……わかった」
 ラミザは即座にうなずく。自分だけ逃げるなんて、との思いもなくはないが、専門家の判断に異議をはさまず、即時実行することが自分……王族の仕事だと理解していた。
「おい、マジかよ?あいつらじゃ持たねえぞ」
 バトゥが慌てて口をはさむ。
「……万が一にも王子殿下や王女殿下に危険があってはなりません。屈強な冒険者とちがって、普通の人間は死したのちに魂が戻らない事もおおいのです。心配せずともラミザ様たちを後方に逃したら、私たちは戻ってきます。兵たちも、それくらいには鍛えているつもりですよ」
「わかった、依頼主の意向だ。尊重する。俺らへの指示はあるか」
 ファフリトはバトゥ一行を一瞬見わたす。
「では、兵たちの援護を頼めますか?」
「……承知した。給料分は働かせてもらう。それに兵だって、蘇生がきかずに魂のもどらないやつが出たら寝覚めがわるいからな」
 ファフリトは瞑目し、うなずく。
「感謝します。まかせました」
 そうして、王子たちとその護衛部隊、調査チームはさがっていった。

「ベホマラー!」
 賢者の心得がある、気概のある研究院調査メンバーが三名残っており、兵士たちを支援する。教会所属の僧侶たちは各調査隊に割りふられており、ここにはいない。彼らが戦線維持の生命線であった。
「ベホマラー」
 そこに、蘇生回復が完了した僧侶ミライも加勢して、兵士たちを完全回復させる。
 そして、ミライは賢者たちに撤退をうながす。
「……回復は私にまかせて、今のうちに逃げてください。後衛といえど危険です。あの牛の魔物は鉄球を前方に飛ばしてきます。あなた方では、くらったら一発で死にますよ」
「それは、あなたも同じことでしょう!」
 ここまで残った者たちだ。今更ひくつもりのない調査メンバーの賢者が言い返す。
「私は今、聖女と天使の二重の加護を受けています。……二度は、やられませんよ。どのみち護衛隊メンバーがかえってこないことにはあの魔物は倒せないでしょう。戦況をつたえて、せっついて来てください」
 そうして、強引に賢者部隊を引かせていった。
(賢者部隊はたしかにありがたいですが……。しかしあきらかに戦なれしていない学院の賢者。回復魔力も足りていない。引いてもらった方がよいでしょう)
 そのようにミライは考えた。最後に賢者部隊は渾身のベホマラーをはなち、それにあわせてミライはスクルトの呪文を唱えて兵たちの援護をはかった。
 
 一方で、兵士たちは陣形を整えて態勢をたてなおしつつあった。
「アッララーイ!」
「アラララーーイ!!」
 バトゥたちと一緒にいた四人の兵士たちも加わり、二十人の兵士たちは謎のおたけびをあげながら四列横隊をなし、大盾に囲まれた一個の巨大なかたまりとしてタウラダインと対峙していた。そうして、ちくちくとヤリを突き刺しては引き、膠着状態にもちこんでいた。
 それを見たガンジョウは感心していう。
「人間も、キングスライムになれるんだなぁ」
「ありゃあ、大昔からつたわる方陣だ。盾使いの上級者が習得する防御法『ファランクス』。それのオリジナルとも言うべき、兵士たちの防御主体の陣形があれだ。広いこの中庭だからこそ、兵士たちもその本領がいかせるってわけか。……とはいえ、あれじゃあジリ貧だな。俺達もいくぞ」
「待て……。連中なにかやる気だぞ」
 ガンジョウは何かを感じ取ったのか、そのように言ってバトゥを手で制止する。
 兵隊たちは、うかがうように距離を取りはじめ、ジリジリと少しずつさがる。
 それに対しタウラダインは兵たちの奮闘や、その後退を小賢しいとばかりに『黄玉の大乱』をくりだそうとする。広範囲に大ダメージを与え、さらには謎の力で『小人』にしてしまい戦闘力をおおきくそぐ必殺の大技だ。最前列を構成していた兵士アルルはいち早くその大技の気配を察知して、後方の騎士の指令を待たずして叫ぶ。
「全面防御態勢~!構え!!」
 ガシッガシッガシッガシッガシッ
 端の兵たちは大盾を床につきさして並べ、中央部の兵たちは自らの上部を守るように掲げる。そして片膝立ちで衝撃にそなえた。
「構え、よーしッ!」
 
 ぶおーん、ぶおーん

 巨大な鉄球が中庭を旋回して暴風のような衝撃をもたらし、さらに巨大な鉄球が何度も兵たちをおそった。

 ガッガッガッガ!

「ぐうううッ」
「ひるむな、耐えろぉ!」
 兵たちはお互いに叱咤激励しつつ、完全防御の態勢でその鉄球をむかえ、そしてしのいだ。そう、なんとそのタウラダインの必殺ともいうべき猛烈な範囲攻撃を、兵士たちは一人も欠けることなくしのぎ切ったのだ。また、その鉄壁状態では『小人化』の特殊効果も意味をなさないようであった。
「ベホマラーッ」
 すかさずミライの回復魔法がとんで兵たちを回復させる。
「チャージ!」
 そして、後方の騎士が満を持してさけぶ。兵士たちは呼応する。
「ヤーッ!」
 防御態勢をといた兵たちは即座にたちあがり、ヤリを突き出しながら、そのまま微速前進していった。タウラダインまでには相当な距離がある。
 タッタッタッタ
 兵たちは一糸乱れぬ動きで前進する。そして、わずかにわずかに加速していった。
 ダッ ダッ ダッ ダッ ダッ
「アッラッラーイ!!」
 その巨大な塊は、タウラダインに到達するころにはほとんど全速力に達していた。そのながい槍をまっすぐにタウラダインに向け……

「フ ァ ラ ン ク ス チ ャ ー ジ ッ!」

 二十本のヤリが、猛烈な突進力をそなえたままぶつかっていった。
「ぐオオオオオオオオ?」
 たまらずに、タウラダインは崩れ落ちて膝をつき、砂煙がたちのぼる。
 ガンジョウが制止をといて、バトゥとともに駆け出す。
「あいつら、やりやがったッ!よーし、行くぞ行くぞッ!」
 後ろからは、魔法使いマギウスも陣上からメラゾーマを放っている。
 兵士たちも、騎士も、バトゥたちも、へたりこんでいるタウラダインにみずからの最大の攻撃をたたきこんでいく。
「オオオオーンッ」
 その怒涛の攻めに、タウラダインはたまらずに声をあげる。
「やったか!?」
 ガンジョウがヤリをかかげて、快哉の声をあげる。
(おいおい、ガンジョウさんよ……、それ、冒険者が言ってはいけないセリフNo.2だぜ)
 苦り顔でバトゥが前方をうかがっていると、その予想どおり、もうもうとたちこめる砂煙の中から、怒り心頭のタウラダインがあらわれてきた。
(ほーれみろ、ジンクスって大事だよな……)
「グオオオオッ!」
 タウラダインは吠える。さいわいなことにそれは『激しいおたけび』のような広範囲に衝撃をもたらすものではなかった。ただの威嚇だとバトゥは瞬間、安堵した。しかし、すぐに違和感が頭をよぎる。
(違う……。これ『超ちからため』だ!)
 寒気がはしる。ニヤニヤと、その牛は勝ち誇った笑いを浮かべながら、高く鉄球をかかげる。そして兵士たちの最前列右翼にいた兵士アルルは、その酷薄そうな怪牛の目に睨まれた。
「うぐッ」
 アルルは、蛇ににらまれたカエルのように固まる。タウラダインは、この小賢しい集団の起点であり、実行上のリーダーがこの兵士であることに気づいたのだ。こいつが死ねばこの塊は瓦解して当面の間は雑兵に戻る……タウラダインはそれを感じ取って、狙いを定めた。キングスライムが手強いならスライムに戻してしまえばよい……。
「やべえッ」
 バトゥは走りだす。
(かばえるか?でもこの攻撃は、俺も死んじまうかもしれん……そうなったら、頼むぜミライよぉ!)

 ぶおん

 タウラダイン渾身の鉄球がふりおろされる。
 バトゥは、兵士アルルの前にすべりこもうとする。大盾を構え、自分はその中にすっぽりと入り込んで衝撃に備える。

 ガキィン!

(間に合った……、のか?その割にゃ衝撃がないが)
 バトゥが大盾の端から覗き見るようにおそるおそる様子をうかがうと、自分の前に、ひとりの戦士が立ちふさがっていた。いや、かばわれていた。その戦士は、テンションののった鉄球の強烈な打撃をなんとか耐えきってオノを構える。振り返りもせずバトゥに語りかける。
「よぉ……、お前さん、『やいば砕き』結構こまめに入れてくれてたろ。おかげで助かったぜ。俺も、兵士たちもな。……むうううん!」
 そういって唸り声とともに、その男、護衛隊のフィルディは一撃をタウラダインにくわえる。それは、バトゥが求めても到達できなかった達人のわざ。
『真・やいば砕き』か!……ったく、見せつけてくれるぜ)
 フィルディはさらに兵士アルルにも語りかける。
「アルルよ、さすがにこれ以上は厳しそうだな。即時、ひけ」
「……ヤッ」
 アルルは、端的にこたえてさがる。
「間にあいましたかね。バトゥ殿、よう耐えてくださった」
「てて、走ると腰が……」
「……」
 兵たちと入れ替わりに、続々とファフリト、トカチェ、ディオニシアの護衛隊も後方から合流してきた。それを見届けると、役目を終えたと言わんばかりに兵たちは迅速に退いていく。中庭から退去する際にしんがりのアルルが叫ぶ。
「バトゥ殿、ご武運を!」

 そうして、中庭には護衛隊の四人と、バトゥ一行の四人が残された。おのおのがあらためて武器をかまえて巨大な牛の魔物と対峙する。じりじりと、うかがうような時間が流れた。バトゥは武者震いをする。
(へっ、第二……いや第三ラウンド開始ってわけかよ。これがホントの『八人パーティ戦』ってとこか。相手はかつて『盟友』パーティをも苦しめたというタウラダインとやらのゾンビ。相手にとって不足はなさすぎる)
 しかし、とバトゥは頭の中でめまぐるしくシミュレーションする。
(はたして勝てるか?俺は『真・やいばくだき』を使えねぇ……。この手の超高火力モンスターに対しては、『真・やいばくだき』を二人の戦士が交互に放って弱体化を継続していくのが一線級での常道だと聞く。ファフリトの爺さんは以前ヤリを装備しているのを見たことがある。だが、今日は剣と盾だ。重鎧を装備しているし、真やいばを使える熟練の戦士であってくれると助かるんだが。それならフィルディとファフリトで『真・やいばくだき』をまわしてもらって、安定して戦いを展開できるんだがな……。逆に言うと、それができないと危険だ。バイキルトが使えるやつもいねえし、どのみち構成的に長期戦になるのは間違いないのに安定もしないとなると……)
 バトゥは今までに多くの冒険者が散ってきたさまを記憶している。
(ここまで善戦はした。しかし強力な魔物と途中まで良い戦いをしていたとしても、拮抗が崩れたら終わりまでは早い。その時は、あっけなく全滅する)
 そして自分たちのパーティは単独でタウラダインに張りあえるほど強くないことは、既にわかっている。護衛隊メンバーの力が頼りだ。フィルディとディオニシアは文句なく実力者のようであったが、老人騎士ふたりの実力はあまり当てにできないようにバトゥには思えた。
「いたた、腰が……」
(……)
 バトゥは横目でトカチェの方をみやる。みかねたディオニシアがホイミをかけている。トカチェはベルトのポケットから何やら丸いものをとりだして、口にほおっていた。
(この爺さん、大丈夫か?昔はすごい騎士だったんかもしれんけどよ。やる前からデバフかかってるじゃねえか。パラディンなんだから自分でリベホイムでもかけとけよ)
 内心で悪態をつく。もぐもぐと何かを食べおわったトカチェはファフリトに小声で尋ねる。
「……してファフリトよ、どうじゃ」
『光』だな。そもそもゾンビだしの」
「なんじゃい、普通じゃな……そして、ワシとは相性がわるいのう」
「魔物に耐性持ちの多い『闇』の属性を極めておいてよく言う。……早く行くぞ。そのビッラ殿のパワフルニンニクが効いている内にな」
 ボソボソと老人二人で会話したあとに、ファフリトが静かに再戦の幕を切って落とした。
「……ライトフォース」
 ボゥっと、光のチカラが八人の武器に満ちる。にらみ合いの時間は終わりをつげた。
「グオオオーッ」
 ファフリトの『ライトフォース』と同時に、タウラダインがふたたび『超ちからため』で気持ちを昂らせていく。
 そして、ファフリトに猛然と迫り、鉄球を振りかぶってくる。
 それを押しとどめるように、すかさずフィルディとバトゥが割ってはいった。
(ファフリトは魔法戦士かッ!強力な魔法戦士は重鎧をも着こなすと聞いたことはあるが……)
 だが、これで『真やいばくだき』で安定して攻略していく方法はなくなった。この敵の、即死級の攻撃をどうやってさばいていくのか。
(いざとなったら、火力の低い俺が……)
 などと考えていると、トカチェがタウラダインの横から手をつきだして念をこめる。
「させん!ハアァーッ!」
 
 バ バ バ バーッ

 まがまがしい波動がトカチェの掌からほとばしり、タウラダインにふりそそぐ。
 そして、タウラダインの強烈に昂ぶった気持ちはみるみる萎えていった。
『零の洗礼』……いや、『いてつく波動』だと!?)
 バトゥは、冒険者がその技を使っているのを見たことがなかった。
 そして、必殺の一撃でなくなったその鉄球をファフリトはさばき、反撃する。
「 フ ォ ー ス ブ レ イ ク !」
 魔法戦士の奥義ともいわれる魔力をこめた念の一撃が炸裂し、タウラダインの属性耐性をさげていく。
 慣れた連携なのだろう、血の色のような赤いオーラをまとったトカチェが間髪をいれず叩き込む。
「 煉 獄 魔 斬 ッ」
 強烈な闇の三連撃がタウラダインに叩き込まれる。
 そこに更に後方から魔法使いマギウスが、超暴走魔法陣の上から自身の最大級の魔法を放つ。
「 メ ラ ガ イ ア ー !!」
 思わずバトゥは、振り返ってマギウスを見る。
(は、メラガイアーだと?マギウスのやつ、そんなレベルの術師だったのかよ!)
「……少々、お邪魔します」
 そのマギウスのさまを横目でみつつ、ディオニシアがそういって近づいてくる。
「どうぞ、どうぞ」
 ディオニシアは、ちょこんとそのマギウスの超暴走魔法陣の片隅に乗って大魔法を放とうとする。
 マギウスはディオニシアに笑いながら余裕ありげに一礼した後、それに合わせるように自分も魔法を編んでいく。
「 マ ヒ ャ デ ド ス !!」
「 マ ヒ ャ デ ド ス !!」
 暴走した魔力によって極大化した二対の氷の塊群がタウラダインを襲った。
「グオオオオーンッ」
 タウラダインの悲鳴が中庭に響き渡った。
 そこから先は一方的な展開となった。
 拮抗が崩れたら終わりまでは早い、というバトゥの考えはその通りだったが、その天秤のかたむきは冒険者の全滅ではなく、魔物の討伐という形で決着したのだった。また、その結末は護衛隊の四人と魔法使いマギウスの圧倒的な実力による必然であったと言えるだろう。
 
 戦闘がおわり、あわただしく兵隊たちも戻って来る中、バトゥはガンジョウと一緒に中庭の小川の近くに腰掛けて黄昏れていた。
(なんつうか、役立たずだったなあ、俺……。みんなつええし……)
「……」
 そこに、僧侶ミライがバトゥの隣にしゃがみこんで、ツンとすました顔でバトゥに言う。
「あなた、小難しいことを考えている割には、案外と戦いの場面では自己犠牲精神の強い方ですのね」
「……一応プロを自認してるんでな。戦士が体張らなくってどうするよ。……あの、ミライさん、なんか怒ってらっしゃる?」
 別に、と言いつつミライは続ける。
「……さっきの戦い。あなた、よからぬ事を考えていたでしょう。私、ゾンビ戦法って好きではありませんの。本来魂が確実に返ってくるとは限らないし、戻ってきても魂が少しずつ削れて、いずれ自分が自分ではなくなってしまいますわよ」
 バトゥは肩をすくめる。
「へっ、どこぞで『魔祖の血族』やらを相手にしている一線級の超人どもにも言ってやれよ」
「……学者先生たちが言う、生存バイアスというやつですわね。強靭な魂を持ち、いささかも魂がかけることもないような彼らと、我々のようなちょっと強いだけの一般人を同じにしてはいけませんわ」
「身の程をしれってことか」
 自嘲気味にバトゥが言う。すこし、ミライはトーンダウンしてうつむいて言う。
「そういうことではありません……。もう少しご自身をいたわっても良いかと思ったのです」
 ミライは顔をあげて、バトゥを真剣な目で見つめながら言う。
「……これでも感謝しているのですよ。ありがとうございました。私の身体をかついで真っ先にディオニシアさんのところに運んでくれて。おかげで私は肉体も魂も欠けずに還ってくることができましたわ。だから言うのです。あなたの戦い方は合理的ではありますが、自分を捨て駒のように使っていて、危なっかしくて……。見てられませんでしたわ」
 そう言って、立ち上がってはそそくさと去っていく。
「なんだあ、ありゃあ。人が落ち込んでる時によお。死んだのは自分じゃねえか」
 ガンジョウがガハハと笑う。
「照れ屋なんだよ。あんたが俺らのリーダーとして、最善の選択をしたことは皆認めてるさ」
 そういってガンジョウはバトゥの肩をたたいた。
「……気にすんなって。大国の重鎮や、超高レベルの冒険者が前評判どおりの実力を見せたってだけだろ。……マギウスの兄ちゃんは予想外だったけどよ」
「……そうだな」
「あんたは、あれか?自分よりすげえものに出会ったら凹むタイプかよ。俺はワクワクするけどな」
「そんなこともないつもりだけどな。まあ、いうて、俺今年で三〇だしな……。爺さん騎士たちをバカにしていたが、俺自身もこの世界じゃロートルの方に首をつっこんできている。そんなにキャッチアップできねえ、と思い始めてるのかもしれねえな」
 そこに、マギウスがぶらぶらと通りがかってきたので、バトゥは手を上げて話しかける。
「……よお、思い出したよ、マギウスさんよ。かの『盟友』が当初五大陸でキーエンブレムを集めまくって活躍し、冒険者の超新星としてあらわれはじめた頃、同じくレンドアの魔法使いが、その『盟友』と同じ早さで強くなっていってる驚異のルーキーがいるって話をさ。さらに、その後も順調に強くなり続けて今では『レンドアの守護術師マギウス』とか言われてるらしいじゃないか。悪いけどよ、あんまり見た目が地味だったんで気づかなかったぜ」
 それを聞いて、マギウスは気分を害することもなく笑う。
「はは、よく言われます。懐かしいですねえ。私は盟友の盟友フレンドではないのですが、『盟友』さんとは幽霊宿屋仲間でしてね。まあ、向こうは覚えてないかもしれませんが」
「……俺も実は『盟友』とは話したことあるぜ。向こうにとっちゃただの『町の人その1』だろうけどよ。多分ドルワームの英雄と讃えられ、金のキーエンブレムを授けられたあいつが『盟友』なんだろう。どうやってか、レンダーシアでは人間の姿でいることもあるらしく、情報が錯綜しているから謎めいて伝わってはいるがな。……この前も『エックスさん』がどうとか言う騒がしい女武闘家が『盟友』の足跡を探しに来ていたが、あいつはわかってなかったな」
 そういって笑う。そうやって『盟友』についての話題に花を咲かせていると、そこに騎士ファフリトと騎士トカチェ、戦士フィルディが連れ立ってやってきた。
「バトゥ殿、この度はお手柄でしたな。そなたの活躍のおかげで兵たちも損なわれずにすんだ」
 そのようなファフリトの称賛に、バトゥは膝をついてかしこまった。
「いえ……最後の戦いでは、ふがいないところをお見せしました」
「ほほ、これは殊勝な。私に勢いよくタンカをきったバトゥ殿とも思えぬ」
「……格の違いを思い知りましたから」
 バトゥは騎士トカチェの方をみやっていう。
「トカチェ様。パラディンではなかったのですね」
 戦い終わって好々爺にもどったトカチェが、装備しているパラディンチェインをつまみながら「ほっほ」と笑っていう。
「皆この服を見ると『光』属性を警戒してくれるでな。おぬし、ラッカランのコロシアムを観戦したことはないかのう。自分の装備をごまかして、ねらいを誤らせるのは常道じゃぞ」
 ファフリトが説明を引き継ぐ。
「……彼は『魔剣士』という特殊な職についてましてね。グランゼドーラの小さな酒場を中心に彼ら『魔剣士』たちはひっそりと、心の闇から生まれた魔物と対峙しています。いまはほとんど見かけませんが、昨今の冒険者業界の躍進を考えると、いずれは発見されて世には『魔剣士』がめずらしくなくなる時代もくることでしょう。それくらい強力なチカラを持っている職業です」
 そこにムワァ~っと瘴気のような猛烈なにんにくのニオイがトカチェから漏れでてきており、隣にいるファフリトやフィルディはもちろんのこと、その場にいる全員が鼻をつまんだ。トカチェはキョロキョロと周りを見渡して口をおさえて言う。
「そんなに臭うかのォ?……すまんの。わしは大魔剣士といわれたビッラ様の一番弟子でな。わしもビッラ様も全盛期はとうに過ぎておるが、このニンニクを食べた時だけは一時的に往年のチカラを取りもどすことができるのじゃ」
 わっはっは、トカチェは笑う。
「だから、口を開くなというに!」
 フィルディがそう言って、トカチェを羽交い締めにして連行していった。
 一同がその一幕をひとしきり笑った後、ファフリトが真面目な顔になって切り出す。
「……それよりもバトゥ殿!ミライ殿から聞きましたぞ、そなたが騎士団志望だという話を。そなたのような機転のきく若者は大歓迎ですぞ」
(……ミライのやつめ、余計なことを言いやがって)
 三人のドルワーム重鎮の少し後ろから、うかがうようにミライが様子を見守っている。
 バトゥは苦笑げに首をふり、うつむいて言う。
「……いや、ありがたい申し出ですし、もともとおっしゃる通り俺はあわよくば騎士団に入団できることを考えて行動してきました。しかし、最後の戦いをへて思ったのです。このままでは、俺はドルワームの騎士としても役に立てないだろう、と。俺は、実は冒険者として成り上がることがきつくなって、騎士団入団に目標を変えたのです。ようは逃げです。そして驕りでした。冒険者でそこそこにやってきたのだから、騎士団でも十分にやっていけるだろう、と。……そのような気持ちは、先の戦いでファフリト様やトカチェ様の奮闘ぶりを見て、こなごなに打ち砕かれました。俺のような半端な気持ちのやつが騎士になったとしても、やはり肝心な場面で、大切な仲間をまもれないのではないか、とおもったのです」
 ふ~む、とファフリトはその独白を聞き、いやいやと首をふってこたえる。
「そのあたりは、騎士になってから、修練しても良いとは思います……。誰しもが完璧なわけではありません」
 有望な新人をあきらめきれぬファフリトはそのように言うが、バトゥの意思は固かった。
「俺は、自分の心の弱さと向き合わねばなりません。……当面はこのまま冒険者を続けようと思います」
 そのように言った。そこに大声で呼びかけられる。
「そんなことはありません!」
 兵士アルルであった。兵士アルルは膝をついて、かしこまってファフリトに、そしてバトゥにむけても叫ぶ。
「バトゥ殿は常に最善をつくしてくださいました。最初の遭遇戦のとき、二度目の中庭での戦い。そも、傭兵であれば勝ち目のない戦いは逃げたくなるもの。失礼ながら、バトゥ殿はなるほどフィルディ様がたほどの実力はないのかもしれない。……であれば、なおのこと。あのような勝てぬかもしれぬ強力な魔物に対し、一歩もひかずに共に戦ってくださったのだ。あなたが真の勇気があるということについては、疑いようのないことです。もしあなたが騎士となられ、今後も共に戦っていただけるというのなら、われわれ兵士としては望外の喜びであります!」
 そのようにアルルは自分の心情を吐露した。
「いや、それは……。俺の中で職業意識というか、給料分の仕事とか、そういったもので……。勇気とか、そういうものではない……」
 バトゥは真正面からの賛辞に気恥ずかしくなって、ボソボソと言う。
 そこにトカチェを隔離して戻ってきていたフィルディが話しかける。
「……ちょっと気になってたんだけどよ」
 といってフィルディはバトゥを立ち上がらせてポンポンと肩を叩いたり足回りを確認したりして、うーーん、と唸る。
「……なんです?」
 バトゥはしばらくされるがままになっていたが、ついに聞いた。フィルディはこたえる。
「……いや、おめえさん、戦士としては力とか身の守りはかなりイケてるぜ。もうちょっとでガーディアンの試験を受けられるくらいにはな。そのわりには技はそこまで……」
「……不器用なんですかねぇ」
 バトゥは自嘲げにうつむく。
「いや、ちげえな。……おめえは戦士の心と向きあっていない」
 よくわからぬ事を言われて、バトゥはとまどう。
「……もしや?」
 ファフリトとフィルディは、顔を見合わせてうなずく。
「ふむ、そなたのような情報に精通した冒険者が、それを知らないとはな。いや、人生においてちょうどよいタイミングで必要な試練があらわれることの方が珍しきことか。それが運命のように目の前にあらわれ、自然とこなしていくような人々こそが、英雄、達人、豪傑、そして勇者や盟友などと言われるのでしょう。だが、そなたはここで私にあいました。いつからでも遅くはない。……数ある戦士の試練の中でも、我々が知っている試練。アガペイ師への紹介状を書いてさしあげましょう」
 ファフリトは、さらさらと一筆をしたためる。
「ありがとう……ございます」
 バトゥはなんのことだかよくわからずに、だが、その渡された紹介状を『だいじなもの』だと思って、丁寧にしまう。ファフリトは言葉を続ける。
「まず、その紹介状のアガペイ師を訪れるとよいでしょう。そして、そなたのいう通りそなたは冒険者としてもう少し大胆に、ドワチャッカ大陸の外を自分の目で見てくるとよいのかもしれません。そうして、一、二年ほど世界を見てまわってくるとよろしかろう。その時、もしドルワーム王国騎士団に気持ちが向いていたら、ぜひとも私のもとを訪れてください。……そなたの席は開けておきましょうぞ」
 バトゥはファフリトの気遣いを感じ入って平伏し、大声で再び礼をのべる。
「ありがとう、ございます!」
 そこにガンジョウが、ガシッとバトゥの手をつかんで立ち上がらせる。
「バトゥさんよ、俺も付きあうぜ。俺はあんたが気に入った!」
 さらに僧侶ミライが二人の手の上に、自らの手をのせる。
「私も参りましょう。あなた方は危なっかしいので……」
 そのように、目を伏せて恥ずかしげに言った。
 そしてすこしの間、シーンと、沈黙がおりる。
「…………?」
 魔法使いマギウスはそのようすをうかがっていたが、どうやら何かを待っているような雰囲気をようやく察して、キョロキョロと周りを見渡し、自分を指さしていう。
「あ、僕すか!僕はレンドアに帰ります!モコモコパークの皆が待ってるんで!!」
(……マイペースさんめ!!!)
 三人の心の声がこだましたような気がした。

 タウラダインが最初に出現したであろう『崩れゆく虚室』の状況を確認しに、おそるおそる現地に入ったメンバーは、思わず目を背けた。
「むごい……」
 バトゥたちより先行して派遣された部隊である、兵士・冒険者たち合計八名のむくろが原型もとどめないほどに鈍器でうちすえられ、散乱している。騎士のひとりが、連れ立った僧侶たち、賢者たちへ「どうでしょうか」と一縷の望みにかけて振り返る。
 しかし僧侶、賢者の面々は悲痛そうに首をふる。
「ここまで、肉体が破壊されてしまっては……。そして、この場でさまよっている八つの魂も、すでに混濁してしまっており、肉体に個別に戻すことは至難のわざと言わねばなりますまい……」
 騎士は肩を落とす。
「やはりそうですか。覚悟していたこととはいえやるせない事だな。僧侶殿、せめて亡者にならぬよう鎮魂の儀式を。そして遺品を家族の元にもって帰らねばな……」
「……~~~」
 そこに、声が聞こえてきた。神聖な祝詞とも、邪悪な呪詛とも判別つかぬそれは、その場に青い光の陣をえがきだし、壊れていた肉体はそのひややかな青き光によって徐々に修復されていく。その場にいた騎士、僧侶、賢者たちは驚きの表情でふりかえって、その術者を畏敬の念で見やる。
「ディオニシアどの……!これは!!」
「…~…」
 術途中のディオニシアはかまわずに詠唱をつづける。『反魂の秘術』。死を極めたものだけが使える奥義であった。
 肉塊にしか見えなかった兵士や冒険者たちのむくろが徐々に形をとりもどしていく。僧侶や賢者たちにはさらに、信じられないものを見た。そこに渦巻いていた無念の霊のかたまりのようなものが、少しずつもつれあった濁った魂のようなものになっていき、最終的には八つのひかる霊魂として輝きをとりもどし、それぞれの肉体にもどっていったのだ。
 そして、ついに兵士たち、冒険者たちが目を覚ました。
「うう、ここは……?俺はどうなった」
「私達は、確かあの牛の化け物と戦って……」 
 茫然自失状態の彼らを、騎士や兵士たちはワッとよろこびの歓声をあげて取り囲む。
「お前ら!よかったな!!」
「もう駄目かと思いましたよ、先輩!」
 そういって、泣きながら抱きつくものもいた。
(……)
 そのような喜びの喧騒が沸き起こっているうちに、ディオニシアはその虚室を注意深く歩いていった。
 部屋中央付近に砂が川のようにながれている。
(抵抗がこのあたりから……)
 ディオニシアはその流砂にすっと手を入れてごそごそと動かしていたが、硬い石のような感触にたどりつく。
(あった……!)
 ひきあげると、それは暗黒色に鈍く光るタリスマンであった。まがまがしきオーラをはなつその呪物を、ディオニシアは手早く見分する。
 
(全体は『暗夜の魔石』をベースに作られているようですね……。その表面にはデスマスターの秘術がびっしりと彫り込まれている。タリスマン上部に埋め込まれているのは『魔瘴石』……。これがおそらく力の源となっているのでしょう。下部に埋め込まれているこの白い宝石は……)
 様々な死の秘術、魂の奥義を思い起こしながら、もしや、とディオニシアは驚愕に目を見開く。
(これはまさか。強力な占い師が人の心を操るという『ピュアパール』!?……なるほど、精神と魂はちかきもの。この宝石と書き込まれた秘術によって魂を蒐集し、この地にとどめおいていたのか。……ギスマイヤー、あなたは邪悪な人物であったらしい。しかし、まごうことなき天才でもある)
 そのタリスマンを持参した魔法布で包みこんで、さっとみずからの衣装のなかに忍びこませる。
 何事もなかったかのように戻るとディオニシアは、生き返った人々や、騎士、僧侶、賢者にかこまれて感謝の念や賛辞がおくられることになった。
 ディオニシアはそれを、上の空で受け止めつつ瞑目して思った。
(私の目的は果たしました。これで、あとは……)

 人々が戻ってきた中庭。
「やあれ、やれ。やっと騒ぎが終わったか。まあ発掘事業には、この手のトラブルはつきものというもの……」
 あれほどの戦闘があった後にもかかわらず、研究員のひとりはふてぶてしくもそう言って、ウルベア魔神兵のところに戻ってきていた。他のメンバーも呼び寄せて、写真をとりはじめている。そして、どうやってこの巨大なウルベア魔神兵を持ち帰るかの検討に入っていった。さらに、虚室に行っていた部隊や、いったんひいていた王子や護衛隊の面々も戻ってきて中庭には集結し、にわかに賑やかになってきていた。
「まあ、各部を切断して主要パーツに分類し、解体してバラバラで持ち帰るのはやむを得ないな。もったいないが、この巨体をこのまま持ち帰るのは無理だぞ」
「現代の技術で修復できるかは不明ですが、無理だとしても技術力の向上に寄与することは間違いないですよ」
「ビャンリーダー。魔神兵引き揚げの準備にとりかかってもよろしいか?」
 そう言って、ほかの研究員の面々に様々な切断するための器具を用意させている。
「……すまぬ。すこし、すこし待ってくれまいか」
 ビャンはめずらしく動揺しており、魔神兵の側面を見てはメモをとり、頭部をためつすがめつ見分する。
(本当に、本当にそうなのか……?しかも、エネルギーは尽きておるが、頭部の状態からしてつい最近まで起動していた可能性が……)
 そこに、何かを発見したらしきラミザが慌ててビャンに駆けよって、一冊の手記を渡す。
「ビャン君、これ……!」
 それは、ラミザがその中庭のはずれの作業台で見つけた、ボロボロの手記。
 ビャン・ダオはそれを読み進めるうちに、わなわなと震えていった。
『今日もリウ老師はお帰りにならなかった。私はもう長くない……。きっと 再会することは かなわないだろう。閉鎖された研究所…… 心残りがあるとすれば、今も その扉を守り続けているウルベア魔神兵〇八号のことだ。私には 命令を解いてやることもできない。どうか一日も早く リウ老師がお帰りになり あの子に 安らかな時間が 訪れんことを……。』
 手記には、そのように書かれてあった。
「やはり、これは、リウ老師の……!」
 ビャン・ダオは泣いた。
(そうであった。余の時代の人間はこのように知能を持つ魔神機を、相棒として人のように扱っておった……。この〇八号はここでリウ老師を待ち続け、ついに果てたのか)
 ビャン・ダオはうずくまって、嗚咽しながら叫ぶ。
「……すまぬ、すまぬ。皆のもの!この魔神機はこのままにしてやってくれんかの!こやつは余の師であるリウを何千年も待ち続け、ついにはここで果てたのじゃ。これは墓標。こやつを研究材料としてバラバラにして持ちかえるというのは、あまりにも不憫じゃ……!」
 ビャン・ダオのその叫びが中庭に響きわたった。
 喧騒につつまれていた中庭は、いったん静まりかえった後に、ざわざわとしはじめた。
 まっさきに現場に戻ってきていた、強気な研究員がハァ~とため息をつき、たしなめるように口火を切る。
「……いや、ボス。アンタの『ごっこ』に付き合ってられんのよ。アンタが優秀な発掘者だっていうの認めるし、だからこそ俺たちもついてきた。だが、ここでそれはあんまりだ。予算が組まれ、ここまでの人数を動員して、ディオニシア女史の秘術がなければ人死にだって出ていたんだ。確かにこの制圧戦で巨大な動力室の調査なども行われ、他にも一定の成果は得られそうではある。だが、目玉はそいつだ。そいつを持ちかえらない事には話にならない」
 そう言ってゆずらない。そしてビャン・ダオを無視するように、後方の研究員に切断の準備をするように指示をだしていく。
「やるぞ」
「や、やめてたもれ」
 そのウルベア魔神兵を守るように立つビャン・ダオを引きはがして調査員数人で取り押さえようとし、ビャンは抵抗して暴れる。
「もちろん、そ、そちたちの言い分もわかる。正論じゃ!わかるのじゃが……!」
「聞き分けてください、ビャンリーダー。ただのモノ、魔神兵の残骸ですよ。そんな人を悼むみたいに……」
「いよいよ、頭ガテリア人になっちまったのかよ!最初に言い出したのはアンタだぜ。ホラ吹きならまだしも、研究の邪魔までするのはいけねえな!」
 研究員たちはビャンとそう言って口々に、ビャンの奇行を責め立てる。
「ぐううううう」
 取り押さえられたビャン・ダオがうめく。
(〇八号!余は、余は、お前を守ってやれぬ!この世界でよかれと思ってやったことが、そちを傷つけることとなってしもうた。余は、どうすればよかったのじゃ!)
 そのように悔恨と怒りの念をつのらせていく。そして、普段は気にもとめていなかった周囲の態度が、ここにきて急にビャンに孤独を感じさせた。やはり自分は異邦人であったのだと。
 その現場を見ていたディオニシアは、ビャンにまとわりついていたガテリア人の霊の残滓がビャンの無念に呼応するように猛々しく怒り狂っており、今にもビャンを取り込みそうになるのを見て取った。
(いけない……このままでは悪霊となり、ビャン皇子をよりしろとして強大な魔物と化してしまう!)
 そう思ってディオニシアは前に出ようとした、その時。
「……やめないかっ!」
 そこに、大声で制止が入った。
 何者かとふりかえって、全員が驚愕した。なんと、怒声の主はラミザ王子であった。みな、ファフリトですらも彼のこのような声を聞いたことがなかった。
 顔を見るといつもの無表情とさほど変わらなかったが、目はわずかにすわっていた。
「やめろ。彼は僕の友人だ。はなせ」
 そのようににらまれ、研究員たちはビャンを即座に解放する。だが、ビャンと言い争っていた強気な研究員は食い下がる。
「しかし、王子!ここまできて、この魔神兵をあきらめよとおっしゃられますか!」
「……」
 ラミザ王子はいったん皆に背をむけて、何事かを考えているようであったが、振り返ったときにはすでに怒気はなく、笑顔のようであった。
「……いやあ、これだけの逸品だ。もったいないよ。このままの姿で持ちかえりたいと思うでしょ?方策を考えようよ」
 その笑顔とほがらかな物言いに逆に気圧されて、研究員はさがる。
「いや、し、しかし!これだけの巨体を持ち上げて運ぶ方法はありません。事実上ここに残置せざるを得なくなります!」
「じゃあ、当面はこのままだね。方法が見つかるまではここはこのままだ。……いいね?」
 そのようにラミザは笑って断じる。
 研究員はうぐぐ、と言葉に詰まる。
(ラミザ……すまぬ、いや、ありがとう。余のために動いてくれたのじゃな)
 ビャンはラミザの行動に感じ入った。
(だが、このままでは余のために、ラミザと臣下の間に亀裂がはいってしまうやもしれぬ……それはならん)
 ビャンはウルベア魔神兵を駆け上がり、肩にのる。
「な、なにを?」
 研究員のひとりがビャンの行動におどろく。
(……やはり、これじゃ)
 ビャンは魔神兵の首の後ろあたりのカバー部を探し当ててひらき、中にあるボタンを強く押し続けた。
 ついに、パッカリとその後頚部がひらき、中にはくすんだ球体があらわれてきた。ビャンはそれを丁寧に機体からとりはずし、そして掲げた。
「ラミザ殿!そして皆のものよ、見よ!この魔神兵こそがリウ老師最新作、魔神機〇八号ぞ!そしてこの球体こそがこの〇八号のコアであり外部通信装置でもあるのじゃ!この機体は頭部の状態から最近まで動いていた可能性がみられる!余がこれを持ち帰り、じきじきに研究をする。もしこのコアを復活させる事ができれば、この魔神兵は再起動してみずからの意思でドルワーム王国に移動できることじゃろう!」
 そうビャンはさけんだ。
 おおお、とどよめきの声があがる。研究員たちは口々にいう。
「あのわずかな時間で、そこまで看破するとは。やはりビャン・ダオ……、あなどれません」
「……ふん、派手なパフォーマンスしやがってよぉ。まあいいぜ、俺は結果を出してくれれば認めてやるよ」
 しぶしぶも納得しつつ、研究員たちはさがっていった。
 この場は、そのようにおさまったのであった。

 その夜。防砂ダムの天幕の中では、ラミザとビャンが語っていた。
 ビャンはまだ気落ちした様子だった。
「……ラミザよ、昼は助かったぞよ、ありがとう」
「いいよ、気にしないで。……でも、よくわかったね。あそこにコアがあるって」
 ビャンは動かぬ〇八号のミニボディを見ながらいう。
「上位機種や試作機にはあのように、内部に偵察用の子機がついておるものなのじゃ」
「……子機?コアじゃなくて?」
「正直なところ、余にもわからん。こやつが魔神機〇八号のすべてをつかさどっておる脳のようなものなのか、単に外部をさぐるための装置なのかはな。前もいうたとおり、余は本格的にガテリア技術大系を学ぶ前に永き眠りについたゆえ技術の専門家ではない。……じゃが、余はこの〇八号のミニボディについて研究してみようと思う」
「いいと思うよ。これで、リウ老師に近づけるね」
 ラミザは笑ってその意見を肯定する。
 しかし、ビャン・ダオは寂しげに〇八号のミニボディを見つめながら笑っていた。
「……じゃが、余のやったこと、これからやることが正しいことなのか、余には自信がもてないのじゃ。そちも見たであろう、あの手記を。〇八号はついに三〇〇〇年の使命を終え、安らかな時間がおとずれたのじゃ。それを余がふたたび手にし、うまくいくにせよ、いかぬにせよ、こやつの眠りをみだすことになる……」
「……」
 ラミザは少し考えて、やはり笑顔でいう。
「……やっぱり、良いと思う。あの手記の筆者さんはさ、〇八号をひとり残していくのがかわいそうだったんだよ。ビャンくんがもし、その……ミニボディだっけ?それの復活に成功してさ。〇八号が目覚めて、昔のリウ老師を知る君が目の前にいたら、ぜったいに嬉しいと思うよ!」
 それを聞いて、ビャン・ダオは泣き笑いの顔になり、表情をくしゃくしゃと歪めた。
「そう、言うてくれるか……」
 無論、ラミザは技術者ではない。古代人の機械への思い入れも、その機械が本当に喜んだりするのかもしらない。もしかしたら欺瞞かもしれぬ。適当なものいいだったかもしれぬ。だが、ラミザのこの言葉でビャン・ダオは確かに前に進めるようになったのだった。
(……)
 昔、ラミザはファフリトに言われたことを思い出していた。
『真の友とは、えがたきもの。ただの友人は一緒に遊んだり、話したりする楽しい存在ですが、それだけです。しかし友が迷った時にその想いをくみとり、道しるべとなることができれば、その人は生涯かけがえのない、……となることでしょう』
 このようにして、ドルワームの王子とガテリアの皇子は親友となったのであった。

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