アストルチアの謎

ドラクエ10の設定、物語について語る、予定

【小説】奇跡の代償は 9章『王子と皇子が出会ったら』


奇跡の代償は 9章『王子と皇子が出会ったら』

■概要
Version4のアフターストーリー、第9話。
舞台はV5.0終頃のドルワーム王国。
主人公は魔界で行方不明扱い。16000字程度

■9章『王子と皇子が出会ったら』のおもな登場人物
ラミザ:ドルワーム王国の王子
ファフリト:ラミザお付きの騎士
ドゥラ:ドルワーム王国王立研究院院長
ビャン・ダオ:少し前にドルワームに現れた風来坊。大昔に滅びたガテリア皇子を名乗る。


 ラミザ王子とビャン・ダオは、当初から親しい間柄というわけではなかった。そもそも会って会話するような機会がなかったと言うべきだろうか。
 最近ドルワーム王国にあらわれたビャン・ダオという同世代の風変わりな青年が立身出世をなしとげ、ドルワームの誇る王立研究院において重要な役割をにないつつあるという話は、ラミザの耳にも水晶宮内のウワサとして届いてはいた。だからといってラミザは、そのウワサの彼を『どれどれ、見に行ってみようか』というタイプではなかった。また、自身を古代のガテリアの皇子などと自称し、ドゥラ院長の支持をとりつけて多くの研究員・兵士・冒険者を指揮下におき、自信満々に発掘計画を進めていった上に、その数々の発掘を成功させたといわれる当代の豪傑ビャン・ダオからしてみれば、自分のようなお飾りで騎士団長職についているようにみえる人間など、歯牙にもかけないのではないかと思っていたのだ。最近は王族としての自覚もめばえ、職務も精力的にこなし、騎士団を中心にラミザをもり立てていこうという気運もあるが、がんらいのひっこみ思案な性格まではそうそう変わるものではなかった。そういうわけで、ラミザはビャンと話をかわすこともなく、おつきのファフリト爺から遠目に「あの方が、最近頭角をあらわしてきているビャン殿でございますよ」と教えてもらうくらいであった。しかし、ラミザにはそういった英雄豪傑のたぐいにあこがれはあって、あってみたら話を聞いてみたいとは常々思っていたのだが、そういう機会もなく時はすぎていった。
 むしろ同じ王立研究院に所属するドゥラ院長とビャン・ダオは二人三脚で各地の発掘計画を進めており、こちらは親密な間柄のようであった。
 ビャン・ダオは登場からこちら、水晶宮では常に話題の人物といってよかった。かつて、ドゥラ院長が孤児出身の天才少年として彗星のごとくあらわれ、またたく間に一六歳という若さで王立研究院の院長にまでに上り詰めた時ほどの衝撃ではないものの、タイプの違う奇抜な俊英ビャン・ダオについて、ドルワームの知識層・指導層は驚きつつも若き才能が出てきたことを喜んでいた。

 そのはじまり、ビャン・ダオが現代の歴史の表舞台にあらわれたのはチリ王女・城主ダストン誘拐未遂事件が水晶宮を騒がせた、すこし後ほどであったか。
 その日、ドルワーム水晶宮の研究院事務室の前に明朗な声が響きわたった。
「頼もうー、たのもうー!」
(……はて、うちは剣術道場だったかな?)
 当直の事務員は、古風な呼びかけをそのように思って部屋から顔を出して声の主を確かめると、はたして腕をくんだ青年が、道場破りよろしく威風堂々とこちらを見上げているではないか。手には、ドワチャッカ各都市の教育機関や酒場などで配られている研究者登用のパンフレットを手に握りしめている。
「おお、そちがここの役人か。これを見てやってきた。余は、この仕事で役に立つことができると思う。どうじゃ?余を雇ってみる気はないかのう」
 
 そのビャン・ダオが王立研究院トップであるドゥラ院長の元に通されたのは程なくしてであった。
 ドゥラが、研究院の事務局長からひそかに渡されたメモに目をやると、走り書きで、
『優秀な若者か、稀代のホラ吹きか?ご判断いただきたく』
 とある。事務局長は同席せず、別室でビャンから渡されたものを何やらあわただしげに調査しているようであった。
(……ふむ、年のころは私や、ラミザ様と同じかな)
 ドゥラは向かいに腰かける、その尊大な同年代の青年を少々うろんげに見やって、まずは話しかける。
「あー、ビャン・ダオどの、でしたかな?古風な……ガテリア風のお名前ですなあ」
 おお、とそれを聞いてビャンは膝をうってよろこぶ。
「なんと。この時代に、それがわかる御仁に出会えるとはな。いかにも、余はガテリアの生まれゆえな。かつてガテリア皇国の皇子であったビャン・ダオと申すものだ」
 は、とドゥラは口をあんぐりとあけてしばらくかたまり、しぼりだすようにその驚愕の言葉を反芻する。
「……ガテリア、の、皇子ですと?」
 事務局長のメモ書きを思い出しながら、心のなかでさけぶ。
(いやいや、ホラ吹きなどという生やさしいレベルではないぞ、狂人ではないか!)
 ビャン・ダオはそのドゥラの愕然とした表情を見つめて、苦笑して続ける。
「……はっは、余にも、わかるぞよ。このように言わない方が良いことはな。だが、余は自分をいつわれぬ。いまやただのビャン・ダオではあるがな。このように登用の場に際して、自分を説明せよ、今まで何をしておったのかなどと問われると、このように答えざるをえんのだ」
 虚言をうまくいいつくろう方法については、わが師からは教わっておらなんでな。と、そのように言って話を続ける。
「そちたちは、かつてのガテリア・ウルベア全盛時代の機械装置群を『神カラクリ』と称して復元して使っているそうではないか。その中には使い方や使い道がわからぬものも山のようにあるとも聞く。余は、わが師からガテリア技術大系を本格的に学ぶ前にこの現代に来ることになってしまったので技術者としてはさほどの実力ではないが、当時の人間としてアイテムの使い道や地理などは心得ておるぞよ。そのような『神カラクリ』の発見、復元、現代においての役立て方、そのあたりに寄与できると考えている。どうだ、だまされたと思って雇ってみる気はないかの?」
 そう言ってニヤリと笑うビャン・ダオを見て、『山師』というワードがドゥラの頭の中をよぎった。
(だまされるやつがいるものか。なんだってこんな大馬鹿者が私のところまであがってくるのだ!事務局長は何を見ていた?)
 ドゥラは内心でそのように思っていたが、このような奇人変人に直接的なことをいって暴れられてもこまる、という思いで、もともとは思ったことが顔にでやすいドゥラにしてはめずらしく、おもては慇懃にほほえみを浮かべながら、しかし拒絶の言葉をのべる。
「……にわかには、信じがたいお話のように思えますなあ。冒険者として、当院からの数々の依頼に関わっていただくことは否定しないが、王立研究院ではたらいていただくというのは……」
 ドゥラは、いやはやと首をふる。
 そのような反応には慣れているのか、ビャン・ダオは動じずに旅鞄から本を取り出す。ドルワームの大学で一般公開されている『神カラクリ調査報告書』の前年度版だ。
「まあ、そうせくでない。これじゃ。これについて余も見させてもらったぞよ」
 そういって本のページをパラパラとめくって王立研究院メンバーによる調査結果概要のページにたどりつく。
『ウルベア帝国首都があったとされるウルベア地下遺跡について、研究院と冒険者からなる定期捜索隊が四次にわたって派遣されるも、かんばしい成果は得られなかった。
 おもな取得物:ウルベア金貨四枚、ウルベア銀貨十枚、ウルベア魔神兵の左足、こわれたポンプ、古代のレンチ、ドルボードの残がい
 また、冒険者業界が活況を呈し強力な冒険者が多く輩出されるようになった昨今の事情から、強力なモンスターが跋扈する、ガテリア皇国首都があったとされる『最果ての地下遺跡』にも、ベテランの冒険者たちを雇い二度の調査隊が派遣されることとなった。こちらは皇宮近辺が現存しており考古学的価値は認められるものの、未知・または有用な『神カラクリ』の回収という本来の目的を達成することはできなかった』

 しめされたページを見て、ドゥラは嘆息する。
「……国費をつかって行われた調査としては、ふがいない結果ではありますな。六種族の歴史の中でも類を見ないほどの繁栄を築いたウルベア帝国。その巨大なウルベア帝国の広大な地下首都があったとされる、ウルベア地下遺跡は常に最大の『神カラクリ』供給源でありましたが、滅亡から三〇〇〇年の間にほとんど掘り尽くされてしまっている。まれに、動作するウルベア魔神兵などと遭遇する幸運もありますが。とはいえ、ほかの遺跡は小さかったり朽ち果ててしまっていたりとなかなかそれに取ってかわる遺跡というのはないものです」
 ドゥラの説明に、ビャンは不満げな顔でいう。
「余から言わせれば、そちたちはすこしウルベアを重視しすぎるきらいがあるの。ここドルワームからだとガテリアのほうが近いというに」
 ふむ、とドゥラは興が乗ってきたのか、このうさんくさい青年の出す話題にすこし真面目に答えはじめる。
「……ガテリアにも、もちろん興味はあります。しかし、ガテリアの遺跡は数が少ない上に規模も小さめなのです。ガテリアはウルベアとの大戦争に敗北し、その凄惨な大戦の中では大量破壊兵器を使われ、首都を含めほとんどの都市が破壊し尽くされた。何十万、ことによると何百万の人々が死んだのだとされ、その魂はいまもガテリア首都近郊のボロヌス溶岩流をさまよっているのだといわれます。実際に遺跡群は多くはなく、現代に至るまでウルベア地下遺跡のような規模の巨大なガテリアの遺跡というのは発見されていません」
 ビャンの言った出自をまったく信じていないドゥラは、古代ガテリア時代の惨劇をてらうこともなく、ただの歴史としてつらつらと述べる。ビャンのおもてはかなしみに歪んだが、ぐっとこらえて数枚の写真を机におき、ドゥラの方にさしだして言う。
「……これを、見てたもれ」
「ふむ、これは?」
 最初の写真には、海際の切り立った岩崖の壁に地下に続いているのだろう洞窟の入り口が写っている。他の写真は遺跡の内部とおぼしき写真だ。どことなく最果ての地下遺跡と様式が似ている。
「現代でいう、デマトード高地の北西の湾岸部じゃ。険しい岩山をこえていかねばならぬので通常ではいけぬ。ドガという専門家をやとうて随行してもらい、たどり着いたのじゃ」
 ドゥラはペラペラとしめされた写真をめくる。
「洞窟の入り口……?他の写真は遺跡内部のように見えますな」
「ガテリア第二都市ハルバイの地下都市部への入り口と、その内部じゃ」
 さきほどのガテリアの惨劇の説明がこたえたのか、常にほがらかであったビャンは少しむっつりとして言う。
「……なんですと?」
 ドゥラは顔をあげてビャンの方を見る。のっぴきならぬ事をこの山師はいった。
「聖竜信仰がまだ途絶えておらなんだ三〇〇〇年前。平和なときは聖竜グレイナルの遺骸に近いこのハルバイは世界各地からの巡礼の人々を迎え入れるための港湾都市、商業都市としてさかえておった。そして大戦時には、そちのいうようにウルベアの大量破壊兵器のひとつ……『復讐の月』といわれる超兵器の犠牲となったのじゃ。じゃが、これは超上空から大熱線で地上を焼き尽くすというものでな。ハルバイは港湾都市という性質上、当時のドワーフ都市としては珍しく地上に多くの施設があった。そこが狙いやすかったからウルベアの四博士どもも標的として選んだんじゃろうがな。そうして地上部は一掃されはしたものの、そこはやはりドワーフの都市。地下部がある。そこはほとんど手がつけられておらぬ。……どうじゃ?そちのいう『巨大なガテリア遺跡』じゃぞ。まあ、無論ウルベア帝国城の遺跡ほど巨大ではないがな」
 とうとうと語りだすビャン・ダオをあっけにとられて見つめるドゥラ。
(位置も諸説あり、考古学会でも議論されていた幻の都市ハルバイの遺跡をこの男が見つけだしたというのか?)
 ドゥラは向き直ってビャンに問う。
「……だとしたら、世紀の大発見です。なぜご自身で発掘をすすめられて、そこの成果をひとり占めしないのです?」
「はっは、余や雇った者たち数人でできることなどしれておる。行くのにも一苦労じゃぞ?ウワサを聞きつけた道理のわからぬ冒険者に荒らされてもこまるしな。ここは最初から専門家にまかせねばならぬ。そして余はそのサポートができる。そう思うてここにきたのじゃ」
(……なるほど、ただの変人というわけでもなさそうだ。なかなかに筋道だっている)
 ドゥラの中で、ビャンの評価が『山師』から『勉強している山師』にグレードアップしていた。
(とんでもない出自を言い出すところから始めるのも、興味をもってもらうための手法というわけかな)
 そのように思っていたところ、研究院の事務局長が応接室に突然入ってきて、慌てた顔でドゥラに「少々、こちらへ……」と外へ呼びだした。
 廊下にでたドゥラは事務局長に問いただす。
「どうした?そんなに慌てて。あの男関連のことか?」
 そうです、とうなずいて事務局長は続ける。
「私と面談をしていた時に、まるで見てきたかのようにウルベア・ガテリア時代のことを語りだすビャン殿にたいして『あなたが過去人であることを証明できるものはありますか?』と問うたのですが……」
 ビャン・ダオは、その時に少し考えた後に次のように答えたという。
『余のこの衣装……ではあるが発掘したものを着たといわれれば、それまでじゃな。……ふむ、そうじゃな。そち達にわかるかのう?これじゃ。これを見てもらおうか』
 ビャン・ダオはそのように試すように言って、大事そうに植物のタネを渡してきたのだ。
「そして、ビャン殿が持ってこられていたこちらの植物のタネについて、水晶宮にいる専門家にわたして調べてもらっていたのですが……。なんとウルベア・ガテリア全盛時代より以前によく耕されていた作物の種子であり、ウルベア・ガテリア全盛時代をへて絶滅してしまったもの、つまり現存しないものであることが判明したのです!」
 ほう、とドゥラもおどろく。事務局長はおそるおそる言う。
「もしや、本当に、三〇〇〇年前からの来訪者なのでは……」
 それをドゥラは一笑に付す。
「バカを言うな。あの手の人間の手口だ。確かにこの世界はさまざまなことがおこりうる。通常の物理法則をこえた魔法、錬金、呪い、予知、創生などの様々な不可思議なチカラがあり、それを含めてのこの世界の法則であり科学ではある。私も、時空移動のチカラというものも頭から否定はしないさ。伝説的なプクリポの英雄フォステイルは時を超え、現代にもあらわれるという話も聞く。しかし、そういった伝説にかこつけて、ありもしないチカラを持っていると称して口八丁で人々をだます山師が多いのも実情だ。また、我々が研究対象としている過去のドワチャッカにおいて、時空移動の技術など一切出てこない。突飛にすぎる話ではないか。……それとも、彼がフォステイルに比肩する術師だなどと思えるかね?」
 理路整然とそのようにいってドゥラは首をふる。
 もし、ビャン・ダオが自身の時超えの手法は魔法じみた時渡りではなく、リウ老師の開発した身体を冷凍保存する技術であると彼らに丁寧に説明していれば多少の理解を得られたかもしれぬ。彼は自分をわかってもらおうという努力はそこまでせず、いつも自然体で、わるく言えば自分本位で話していた。ただその堂々とした言いっぷりはある種、のまれるようななにかがあった。ドゥラはそれを『山師の手口』と断ずる。
「しかし、この種は……」
 事務局長は、ビャンから『証拠』として出された種をみて言う。
「つじつまはあうさ。私はさきほど彼から幻のハルバイ遺跡を発見した、という話を聞いた。事実ハルバイかどうかはともかく、ガテリアの遺跡なのは間違いないのだろう。そこから、その種やあの衣装を取得したのだ。
 彼自身はどこかの貴族か豪商の息子といったところだろう。そして熱意をもってガテリア時代を調べている人間であることは間違いない。通常なら学者コースだろうが、あのとおり奇抜な性格だからな。一足とびに我々に直談判しにきたのかもしれん。調べているうちに、あのようにガテリアびいきが高じて、自身もガテリアの皇子と思い込むようになったのか、もしくは目立つためのキャラ作りとして考えたのか、そんなところだと思う」

「……なるほど、ではそのような不審な人物はお雇いになるおつもりはないとのお考えでありますか?」
 うーん、とドゥラは少しの間考え込む。
「まずは、その遺跡が有力なガテリア遺跡であることを確認する必要があるな。クセの強い人物ではあるが……裏が取れればガテリアの専門家としては信じてもよいだろう。熱意も申し分ない。残念ながら、わが研究院による調査が行き詰まっていたのも事実だ。その遺跡の調査に関して一隊をまかせてみるのも悪くはない。現状の閉塞した調査状況に風穴をあけてくれるかもしれん。確か、募集人材には学位がなくとも特殊技能所持者による採用枠があったな」
「はい、優秀な冒険者を迎え入れるための枠として」
「よし、そこにいれろ。後は彼次第だ」
 事務局長との話を終えて、ドゥラが部屋にもどってくる。
「いやあ、おまたせしてしまって申し訳ない」
 ドゥラは手をあげてビャン・ダオに対し中座したことを謝罪し、応接室のソファの上に座りなおす。対するビャン・ダオはソファの上にあぐらをかき、大物然として笑みを浮かべつついう。
「余を雇うかどうか、決まったかのう?」
 どちらでもよいぞよ、と言わんばかりの態度に『これが雇われるものの立場かな』とドゥラも苦笑してしまう。
「あなたの勝ちだ。まず正直に言うと、私はあなたが言われたかつてのガテリアの皇子であるということは信じきれてはいません。だがガテリア時代・遺跡に通暁しているのを認めることについては、やぶさかではないです。あなたには臨時研究員として調査団の一隊をひきいてもらい、まずはあなたがハルバイの地下遺跡だと主張される遺跡を入念に調査してもらいたい。その結果次第によっては正研究員として採用させていただきます」
「それでよい。願ってもないことじゃ」
 そう言って、ビャン・ダオは破顔する。こうして、ビャン・ダオはドルワーム王国でチャンスを得たのであった。

 その後は、トントン拍子という言葉は彼のためにあると言われるほどに、成果をあげて出世をかさねた。
 その功績を列挙すると、まずは最初にまかされたハルバイの遺跡調査は大成功におわり、考古学会でもその遺跡こそが幻のガテリア第二都市ハルバイの地下部分であることが認められた。
 また、『神カラクリ』の回収という意味でも、ハルバイや他の遺跡にて入手したアイテムをもとに砂上専用高速船『ガテリア号』を作成するという偉業をなしとげ、砂漠地帯やダラズ採掘場における調査が飛躍的に進むことになった。
 そのダラズ採掘場で、かの『巨大な繭』事件が起こったときは、ビャン・ダオはその砂上船『ガテリア号』を駆り、特務研究員として一軍をも率いる立場になり、旧知であった『盟友』の支援にかけつけたのだった。
 さらには気鋭の若手学者コルチョとともにおこなった潜水艇復元についても大きな功績があり、こちらも『ガテリア号』と名づけられた。元々はガテリアの地底湖作業用であったとされるその潜水艇は、外海でも耐えられる仕様を誇り、復元したあとはコルチョ主導のもとレンドアにおいて、性能試験もふくめて海底調査をおこなっているという話だ。
 また、ビャン・ダオが考古学会に一石を投じた有名な話として次のような逸話があった。ウルベアやガテリアには自動遊覧回廊といわれる、光る動く歩道ともいうべき装置があったらしいことは文献から知られているが、ガテリア遺跡の個人の邸宅から、それの簡易的なものとおぼしき装置が発掘されたのだ。しかし、その装置の動く床部分は2メートルもなく、一体何に使うのか発掘したメンバーは皆目わからなかった。頭をつきあわせて議論している学者たちとその装置を見たビャン・ダオは大笑いしていった。
「はっはっはっは!そち達がわからんのも無理もないぞな。額に汗してはたらく人間が当たり前の、この現代ではのう。……当時はの、ガテリアもウルベアもそれぞれ反重力移動装置や万能浮遊椅子などが普及しすぎておってな。それらに頼りきりの中上流の家庭においては運動不足が深刻な社会問題となっておったのじゃ。……その機械はな、運動不足を解消するために、家の中でそのみじかい動く床の上をただひたすらに走るためだけに生まれた装置ぞ。現代風にいうなら……そうじゃな、さしずめランニングマシンといったところじゃな」
 そのようにして、ビャン・ダオはドルワーム王国の最高峰知的エリートである王立研究員の中でも、遺跡発掘を主とする調査職のエースとしての地歩を築いていったのであった。

 そんなある日、ラミザ王子は郵便物を受け取った。差出人不明の不審な郵便物だったが、騎士団によって丹念に調べられてただの数冊の本であることを確認された上でラミザに渡された。
「うわわっ、これは……!」
 日頃、あまりはげしい感情というものが表情に浮かばないラミザであったが、その六冊の本をみたラミザは驚きとうれしさでさけんだ。
『週刊ウルベア魔神兵全6巻』!しかもピカピカの新品!?」
 ラミザの学生時代の青春であった模型部。顧問の大学者フィロソロス、部員のペリポンとともに数々のミニチュアを作り上げたことを思い起こす。模型部では、大地の箱舟やキラーマシンの模型など、人気のものは何でもつくっていたが、ドワーフらしくラミザはウルベア機神兵、ペリポンはプクリポらしく飛行する機械の模型が一番好きで、それぞれ組み上がったものを見せあっては喜んでいた。この本を贈ってくれたのは大学者フィロソロスだろうか。それ以外にラミザが喜ぶことを知っており、かつこのような貴重な本を贈ることができるような人の心当たりはフィロソロス以外になかった。しかし、フィロソロスもこのような本を譲ってくれるような殊勝な性格でもないようにラミザには思えて、不思議がった。フィロソロスは優秀でかつ優しい先生であったが、知識欲の旺盛さとともに所有欲も相当なものであった。しかし本を興奮して読み進め、ウルベア魔神兵の豆知識をどんどん得ていくうちに、なんとなく得心がいった。
(これ……、付録のウルベア魔神兵1/30ミニチュア模型がついていないな……)
 ウルベア魔神兵は、現代につくられた廉価なミニチュアも数多くあり、それらを一般的に模型部の面々はつくっていたが、この本の付録であったとされるウルベア魔神兵のミニチュア模型は現代の製品とは一線を画す精密さであり、非常に高額でオークションに出品されていた。学生の当時、王族の財力でそのミニチュア模型をオークションで三つも競り落としたラミザは、フィロソロスに垂涎の目で見られていた。それはもう大人気なく「ほーん!」と叫びながらハンカチを噛んでいた。
 ただしそれは、さすがに三〇〇〇年モノの骨董品。経年劣化し色褪せた部分も多いものであった。もしかしたらフィロソロスはこの本についていたピカピカの新品模型を手に入れたのではないだろうか。もしかしたら次にあったときに「ほほ~ん」と自慢げに見せつけてくるのかもしれない。その予告というわけだろうか。それはフィロソロスがいかにもやりそうなことのように、ラミザには思えた。
(そうだ、久しぶりに見に行ってみよう!)
 その本をみているうちに模型熱が高まってきたのは自然のことであった。かつて入り浸っていたラミザの模型部屋が、この水晶宮にもある。しかし精力的に騎士団の実務をこなしていたラミザは、ここ半年ほどは足を踏み入れていなかった。普段はお付きのファフリト爺がどこに行くにも付き従っていたが、やはりこういった趣味はひとりか、もしくは理解者同士でまったりと楽しむもの。事務仕事に専念して部屋にこもっているように見せかけて、こっそりとラミザは廊下に出ていった。
(爺や、ごめんね。ちょっとだけ……)
 ラミザは心中でファフリト爺にあやまりつつ、しかしうきうきと、『週刊ウルベア魔神兵』全6冊を抱えて模型部屋に向かっていった。部屋に入ってあかりをつけると、中には丁寧につくられた三体のウルベア魔神兵のミニチュアが迷宮を模した巨大なジオラマの上にポーズをとって飾られていた。
(久しぶりだ!やっぱり、いいなぁ)
 ラミザは六冊の本をテーブルに置いて、ハンカチで丁寧にホコリをふきとりつつ、ミニチュアのポーズを決めなおしてニマニマと眺めたり『週刊ウルベア魔神兵』に書いてあった豆知識がこのミニチュアでも再現されていることを確認してその精密さに驚嘆したりしていた。
 そこに、不意に声をかけられた。
「……ほう、これは。こまかく色も塗っておるのか。これはすごい。立派なコレクションじゃのう」
 ラミザは飛び上がらんばかりに驚いた。
「ひっ」
 振り返ってそちらを見ると、その声のあるじは、かのビャン・ダオであった。彼は腕を組んで、その完成度の高いジオラマをながめていたが、ラミザの方に向き直り、笑って謝罪する。
「すまぬの、驚かすつもりはなかったのじゃ。急ぎ足のそちの、その手にある本がどうしても気になって追いかけているうちに、そちはこの部屋に入ってしもうた。どうしようかと迷ったのじゃが、好奇心にまけて余も入ったのじゃ。真剣に模型と向き合っていたゆえそちは気づかなかったようじゃな、許してたもれ」
 そういった後、ビャンはあらたまって、右手の肘から上をあげて左手はさげる謎のポーズをとりながら挨拶をする。
「……そして、お初にお目にかかる、ラミザ王子殿。余は、かのガテリア皇国の正統なる継承者、第一の皇子ビャン・ダオ!」
 そう高らかに宣言した後に、その『卍』のようなポーズをといて苦笑していう。
「……だったものじゃ。いまは、ドゥラ殿のいち配下ゆえ挨拶する機会もなくここまできてしまったが、ラミザ殿には一度お会いしたいと思うておった。余は研究院所属じゃが、遺跡発掘や調査任務のさいに王国軍の兵隊を貸してもらう時もよくあった。そのような時の可否は軍隊のトップであるラミザ殿がされておると聞いた」
 そのように言って、ビャン・ダオはラミザの手元を見やる。
「……やはり『週刊ウルベア魔神兵』か!なんとも懐かしいものを持っておるのう」
 うれしげにビャンはテーブルの本を指さして、見てもよいか、とラミザに聞く。ラミザはコクコクとうなずく。
 人見知りのへきがあるラミザは、ビャン・ダオのぐいぐい来る感じにおされつつも挨拶をかえす。
「ラミザ……です。あなたが……最近すごく有名な、発掘の達人の、ビャン・ダオ……さん」
 ビャン・ダオは『週刊ウルベア魔神兵』をぱらぱらとめくりながら、笑う。
「はっは、かゆい二つ名じゃのう。たいしたことはしておらんぞよ。なにせ、余がガテリアにいた時に普通に知っておったことをただ伝えておるだけじゃ。……それに、そちは余のことを有名というが、この国の王位継承者にして騎士団長でもある、そちほどの有名人はおらぬぞよ」
 そういってカッカと笑ってラミザの肩を叩くビャン・ダオ。
 うわさ通り、気さくで闊達な人柄のようであった。そして、研究員や宮廷人の間で広く知られており、一部では物笑いの種でもある、ガテリア皇子という『設定』
 少し不思議に思うことがあって、ラミザはビャンに上目づかいで問うた。
「……ビャンさんも、ウルベア魔神兵が好きなの?」
 ふむ、と本を閉じてビャン・ダオはラミザの方を見てこたえる。
「はは、そうじゃな。妙に思うのも無理はない。かの実務に長けたウルベアの奸臣グルヤンラシュがそろえにそろえた、これら魔神機の大軍によって余のガテリアは滅ぼされたゆえな。しかし、そもそもはこの魔神機たちのルーツは我が師リウ老師がガテリアに亡命する前、ウルベアに仕えていた頃につくりあげたものじゃ。帝国で大量生産されたゆえ『ウルベア』魔神兵と俗称では言うがの、これは正式には魔神機という。〇七号までのプロトタイプを帝国技術庁にてリウ老師が完成させたが、ガテリアにリウ老師がやってきてのちも、小規模ではあるがガテリアでも魔神機はつくられておったのじゃ。余の命をながらえさせたものも、この魔神機にほかならぬ。それゆえ、余個人としては悪感情を持ってはおらぬのよ」
 そしてビャン・ダオはウルベア魔神兵のミニチュアを間近にして、うずうずとそのミニチュアを触りたそうにしている。ラミザはそれを見てとって、「いいですよ」と笑う。模型好きの人に悪い人はいない、というのがラミザの信条だ。ビャンはそれを聞いて、そっと精巧なウルベア魔神兵の模型を手にとって様々な視点からながめて、堪能する。
「ふ~む、造形美に関してはいかにもドワーフ好きのする、重厚感のあるつくりよな。やはりチカラこそパワーじゃ。おお、ほれ、見てみい。ここじゃ。ここを押すと胴体部が開閉するじゃろ?この内部はドワーフがひとりなら入れるようになっておってな。見い、この『週刊ウルベア魔神兵』4巻にも書いておる、中に入ったドワーフの身体を冷凍保存する機能じゃ。この時点で研究中の技術ゆえ、ウルベアでは完全に実現できたかはわからぬが、ガテリアでリウ老師は完全に成功させた。余が生きた証拠じゃな」
 ラミザは数千年ものあいだ、意識をなくして狭いウルベア魔神兵の中で細々と生をつないでいくという状況を想像して身震いした。
「すごい、ぼくだったら耐えられないかも……こわくなかったの?」
「起きたときに三〇〇〇年たったと聞いてさすがに余も驚愕したがの。冷凍中は寝とるようなもんじゃ。装置に入るときには、それは多少は抵抗を感じたがの。しかし、それよりも当時の余はウルベア皇帝暗殺の濡れ衣を着せられて逃げまどうておってな。敬愛するリウ老師が導いてくれた未来はそれしかあらなんだ。必死にあがいた結果だったのじゃ」
「ええ!どうして、そんなことになっちゃったの?」
 おどろいてラミザはさらに聞いていく。つぎつぎと聞く。純粋に、この青年の物語が気になったのだ。まるでかつて天魔を倒してくれた『盟友』のような波乱万丈の人生ではないか。ラミザも内気な青年にありがちな、自分がなれないような英雄の物語を聞くのが大好きなたちであった。
 ビャン・ダオは、おや、とラミザに向きなおり、目をあわせた。きれいな目をしている、とビャンは思った。これまで、ビャン・ダオの神がかり的な遺跡発掘能力をほめたたえる者はいても、彼の人生に興味を持ったものはいなかった。皆大人なのだ。ガテリア第一皇子、ウルベア皇帝暗殺の濡れ衣、時空転移。あ~ハイハイハイ、となる。そんな荒唐無稽なことは現実には起こらないことを彼らは知っているのだ。しかし、どうやら目の前にいる内気な青年はちがった。そのありうべからざる事を、しっかりと話せばありうる事として受け取ってくれる、稀有な人間なのだろうか。
 ビャン・ダオがとうに諦めていた自身への本当の『理解』。もしかして、それを得られる機会がおとずれたのだろうか。ビャンにしてはおそるおそる、ラミザに問うた。
「……そちは、余がどうやってここまで来たか、気になるのかの?」
「うん、とても」
 ラミザはてらいなく笑ってこたえる。
 ビャン・ダオはあらたまって、その模型部屋にある椅子に座った。
「そうか。……では話そうかの、少し長くなるが。余のこれまでの話を」
 ラミザも対面に行儀よくちょこんと座って、ニコニコとしてうなずく。
「聞かせてください」
 その隠れ家のような模型部屋で、長い長い自身の話をビャン・ダオは語りはじめた。三〇〇〇年前のドワチャッカ、いや世界の二大強国であった、高い科学力にささえられたガテリア皇国とウルベア帝国。その一方である、ガテリア皇国に第一皇子として生まれたビャン・ダオは何不自由なく幼少期をすごしたこと。それまで数百年、兄弟国として同じような技術力・勢力をもっていた二大国は切磋琢磨し、科学力を高めあったことが良い方向にでて、歴史上でも類を見ないほどの繁栄をしていたこと。しかし、ビャン・ダオの時代にはほころびがではじめ、卓越した科学力は地脈エネルギーを選択する方向にすすみ、この結果、より一層大陸の砂漠化を進行させていたこと。それにともない、残されたすくない領土や資源をあらそう覇権主義におちいっていったこと。一触即発だった当時の情勢。二大強国とはいいつつも、最盛期を極めたウルベア第七代皇帝ボラングムニスの時代以降のここ一〇〇年は、技術力や国力、世界への影響力では一歩おくれをとっていたガテリア皇国の現状。ビャンの生きた時代のウルベア皇帝は、民のためにつくす名君とうたわれたジャ・クバであったが、それをささえる側近たちには四博士や宰相グルヤンラシュといった野心家ばかりがあらわれ、彼らはおのが野望のために世論を誘導し、戦争をはじめたこと。戦争がはじまる前に、当時世界最大の発明家・知識人といわれ、ウルベア帝国の筆頭研究員として活躍していたリウ老師がウルベアの軍拡路線に愛想をつかし、ガテリアに亡命してきたこと。そのリウ老師という偉人に、短い期間ではあったがビャン・ダオは様々な教えを受け、それを誇りに思っていること。戦争の初期はゴブル砂漠を中心とした小規模な戦闘が主に展開されていたが、次第にエスカレートしていき国家のすべての能力を投入していく総力戦へと発展していったこと。その経過は凄惨をきわめ、拮抗していた戦局を打開するためにさまざまな新兵器・大量破壊兵器の実験場となってしまったこと。戦禍に倦んだ両国指導層は和平の道を模索しはじめ、そこに白羽の矢がたったガテリア皇子ビャン・ダオが、和平の使者としてウルベア帝国におもむく事になったこと。そのなかでウルベア皇帝ジャ・グバと会い、お互いによい感触をもった矢先に、なんとジャ・グバが殺されてしまったこと。戦争を続けたかったのであろうウルベア帝国宰相グルヤンラシュの奸計によって、皇帝ジャ・グバ暗殺はビャン皇子の仕業だと濡れ衣をきせられ、捕らえられそうになったこと。リウ老師の機転のおかげで魔神機にのってその場を切りぬけたこと。しかし疑いが晴れるまで、魔神機の機能でコールドスリープすることになったこと。……目覚めたらなんと三〇〇〇年経過した現代で、ガラクタ城主ダストンに拾われたこと。三〇〇〇年後の世界にウルベア帝国もガテリア皇国もないことに納得ができず、城主ダストン、その娘チリ、さらには後に『盟友』であったと知る英雄とともにドワチャッカ大陸全土を渡り歩き、仇敵グルヤンラシュや恩師リウの痕跡をさがしもとめて大冒険をしたこと。彼らは自分の無茶な要求にも、気が済むまで付き合ってくれた。そして、すべては過去の歴史として忘れ去られたことをついに思い知ったビャン・ダオは、故郷であるガテリア皇宮――最果ての地下遺跡――にて、自ら死ぬことを決意したこと。ダストンも『盟友』も、ビャン・ダオのかたい決意を止められなかったが、玉座の間の近くでリウ老師の残した魔神機が発見され、その中にはビャン・ダオへのメッセージと植物のタネがあった。それにより、ビャンは死ぬのを思いとどまったこと。最果ての地下遺跡から帰る時に、城主ダストンからは『養子にならないか』とさそわれ、とても嬉しかったが、自分の道を模索するためにそれを断ったこと。それからは単身でアストルティア全土をまわり、現代を知る旅にでて、自分のやるべきことを探していたこと。最終的にドルワームに行きつき、三〇〇〇年前の知識をいかしてこの現代の人々のために役立てたいと思ったこと。それらをとうとうとビャン・ダオは語ったのだ。
「……のじゃ。そうやって、ドゥラ院長にあうことができ、運が良いことに発掘・研究のメンバーとして認められるようになったのじゃ。あとはそちも知っておろうの?」
 ついにみずからの人生を語りきったビャンが、つとラミザの方を見やるとラミザはさめざめと泣いていた。ビャンはあわてる。
「ど、どうしたのじゃ」
 ラミザは目をぬぐって言う。
「……ひっく。ごめん。でも、泣かずにはいられないよ。ぼ、僕と同い年くらいなのに、そんな過酷な人生を。もうビャンさんが故郷も、家族も、友達も、この世界にないなんて。そして、今の時代の人たちがそれを信じてくれないなんてさ。ビャンさんはこんなに一生懸命生きてきたのにあんまりだよ」
 ラミザはそのビャン・ダオの孤独にふるえた。ビャン・ダオはラミザの肩に手をおいて礼を言う。
「……そちは優しいの。余の悲しみがわかってくれるのかや」
 ラミザはまだ少し泣きつづけている。ビャンは少し間をおいてからラミザに語りかける。
「…………こんなに話したのは久しぶりじゃ。そちは、聞き上手じゃの。余の話をとても熱心に、真摯に聞いてくれた。なあ、ラミザ殿。不思議なのじゃが、そちは余の話をうたがっておらぬように思える。余の話を聞いたものたちは一様に、嘘じゃホラ吹きじゃと言い、よく言うものでも、よくお調べになったのですねなどという。そのように言われることを、余はこの時代の人間からみれば当然のことかもしれぬ、として特に気にはしておらなんだ。しかし、そちからはそのような不審やあざけりを一切感じなんだ。なぜじゃ?」
 やっと泣きやんだラミザはハンカチしまって、笑っていう。
「だって、疑うところなんてひとつもなかったよ。ビャンさんが真剣に話してくれていることが伝わってきたもの」
 ビャン・ダオは、ほう、と目を細めてわらう。
「……そちは、りっぱな君主になれるの。ドルワーム王国は安泰じゃ」
「えぇ!そんなこと言われたことないよぉ。……爺やくらいかな『王子は大器晩成ですじゃ』と言ってくれるくらいかな。それも身内びいきのお世辞と思っていたのに」
 そういってラミザは手をふって否定し、はにかむ。
「その爺やの直感はあたっておる。そちは間違いなく大物になるよ。……」
 そして、ビャンにしてはめずらしくも、次の言葉を続けようかどうか、歯切れ悪くもぞもぞとしていたが、ついに切り出した。
「……のう。先ほど余のことをおもって泣いてくれたの。そして余は故郷や家族や友人を喪ったとも。ああ、別に責めているわけではないぞよ。余がいいたいのは……、そうじゃ、ガテリアも、両親も、よみがえらんのはその通りじゃ。余が残る人生をかけて復讐を誓った、仇すらもいなかったのじゃ。……だが友人はこの時代でも作ることができる。余が思うに、友人というのは信じあえることが大事じゃと考えておる。そちには今、余の人生をさらけだし、信じてもろうた。これは、このドルワームでは初めてのことじゃ。……どうじゃ、余の友人になってくれまいか」
 そういって手を差し出す。うん、うん、とラミザはうなずいて、すぐにその手を握り返した。
「よろこんで、友達になるよ!」
 そして、ボソリとうつむいて言う。
「……ドゥラくんも、もっとビャンさんのことを信じてあげればいいのになぁ」
 それを聞いたビャン・ダオは笑う。
「はっは、あの御仁は、あれでよいのじゃ。技術者というのはああいうもんじゃ。見たもの、確立したものしか信じず、まず疑いから入るその姿勢は正しいもの。過去ではそういうしっかりした技術者を多くみかけたが、現代では稀な資質のようじゃ。……それにドゥラ殿とも、付き合いが長くなればいずれわかってもらえる日もこよう」
 ビャン・ダオは笑っていう。そして、「それよりも」とつづける。
「友だちになったというに、ビャン『さん』とは他人行儀じゃな。ドゥラ殿はドゥラ『くん』であるのにのう」
 不満げにそのようにいう。しどろもどろに、ラミザが言い直す。
「え、ええと、ビャ、ビャンくん?」
 ビャン・ダオはうなずく。
「よいのう!そして、そちさえよければ、そちのことは『ラミザ』と呼ぼう。ただしこのような二人のみの場だけでじゃ。外ではそちの身分上さすがにまずいゆえ公式な場では今まで通り『ラミザ殿』と呼ぼうぞ」
「あ、ははは、僕はもちろんいいよ」
 と言いつつ、ラミザは苦笑する。
『ラミザ殿』呼びも、みんなに絶対おこられるんだけどね。多分みんな諦めてるだけで……)
 このようにして、ドルワームの王子とガテリアの皇子は友となったのであった。

 ビャンは嬉しげに言う。
「同年代の友人など、今も昔もおらなんだ。ガテリア時代も第一皇子の余には皆遠慮ばかりしておったのじゃ。だから、そちは同年代の余のはじめての友人ということになる。……友人は一緒に何かするものじゃという。そちは何かしたいことはあるかの?」
「……模型をつくったり?」
「よいの!ぜひ教えてたもれ」
 膝をたたいてビャンは嬉しがる。ラミザもここドルワームでも初の模型仲間ができて、ニコニコと喜ぶ。
「初心者向けのを買っておくよ。……ビャンくんも何か、したいこと、ある?」
 話をふられてウウム、と考えるビャン・ダオ。
「今は遺跡の探索じゃが、そちは連れていけんしの……」
(仕事人間だぁ……)
 とラミザは思った。
「……いや、そんなこともないのかの?」
 などとビャンは、むーんと、なにやら考えているようであったが、やがて名案を思いついたようで指をならす。
「そうじゃ、ラミザよ。……そちは1/1ウルベア魔神兵には興味ないかの?」
 ビャン・ダオは茶目っ気のある笑顔を見せてラミザにいった。
 

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