アストルチアの謎

ドラクエ10の設定、物語について語る、予定

【小説】奇跡の代償は 7章『歴女、邂逅』


奇跡の代償は 7章『歴女、邂逅』

■概要
Version4のアフターストーリー。第7話。
舞台はV5.0終頃のエテーネ王国首都キィンベル。
主人公は魔界で行方不明扱い。10000字程度

■7章『歴女、邂逅』のおもな登場人物
マルフェ:エテーネ王国の貴族。歴史学者。
ヒストリカ:リンジャの塔を拠点にしている考古学者。
JB:凄腕冒険者「JB一味」のリーダー。レンジャー。
フィロソロス:グランゼドーラの大学者
ロッサム:リャナ地方を拠点に神話を研究する学者。

※注「JB一味」は『蒼天のソウラ』に登場するキャラクターです。
『蒼天のソウラ』で起こっている事象は、この小説内でも概ね同じような経過をたどっていますが、『盟友』はソウラ作中の『ユルール』ではなく『あなた』だとお考えください。


 歴史学者マルフェは、進歩史観の持ち主であった。
 エテーネ王国の歩んだ七〇〇年は、ユマテルの錬金術体系化からはじまって輝かしき科学と錬金術の発達とともに、人間族の勝利に彩られた歴史であった。それがなかば時見や指針書による底上げによるものであったとしても、エテーネ王国がつくりあげた数かずの文物や思想は、エテーネ人がはぐくんできた叡智が込められていることには違いはない、とマルフェは思っている。
 ここは、エテーネ王国がかつて存在した時代の五〇〇〇年後のアストルティアだという。彼女が小評議会付評議員となって、メレアーデから依頼された仕事は、この世界の歴史を調査することであった。彼女が選ばれたのは、エテーネ王国の文官であり歴史にくわしい貴族階級の知識人だからであろう。
 マルフェは、その調査に精力的に取り組んだ。この時代のエテーネ王国にやってきた冒険者や商人たちへの聞き取り。外交でレンダーシア大陸の諸国家にむかうメレアーデに随行し、グランゼドーラやアラハギーロでの文献調査。そのようにして五〇〇〇年の歴史の空白を知り、それを埋め、世界を知る。それ自体は自身の知的好奇心を埋める非常に楽しい作業であったが、この半年間でそこそこまとまった形になり、そのできあがった年表を見返してみて感じたことは、ちょっとした失望であった。
「はぁ~、てっきり宇宙船でもつくって、はるか外宇宙のかなたにでも飛び出しているかと思っていたわ。我々エテーネ以外でちょっとでも見込みがありそうなのは三〇〇〇年前、ドワチャッカのウルベア・ガテリア時代くらいじゃないの。案外、だらしないのね、六種族じんるいも。それとも時見や指針書のチカラはやはり偉大だった、ということなのかしら」
 そうマルフェは言って、豪奢な自室のベッドにゴロンと横たわって天井をみあげる。
(まあでも、文明の発展はさておいて、現在ただいまの歴史はおもしろそうよね)
 勇者、盟友、大魔王、魔族。五〇〇〇年前にはおとぎ話でしか聞かなかった単語ばかりだ。
 そしてマルフェにとって、それよりは馴染みの深い用語である『災厄の王』。かつてのエテーネ王国建国よりさかのぼること三〇〇年。レンダーシア以外の五大陸のことごとくを破壊しつくした末に眠りについたと言われる。その神話級の怪物を、なんとこの時代の冒険者たちは討ち果たしたというのだ。
 ここ千年間のような魔族との抗争がなかったことはエテーネ王国隆盛の要因のひとつだろうな、とマルフェは自分の取り急ぎまとめあげた、五、六〇〇〇年の歴史を振り返って思う。
(それに、メレアーデ様ね!少しのあいだ、一緒にレンダーシアの諸外国をまわる旅を一緒にさせていただいたけど、あのお方は天才だわ。この混沌とした現代世界において、メレアーデ様がどのように王国を再建していくのかを間近で目にできる。これはこの上なく幸せなこと。私はメレアーデ様の挙手一投足をメモしておいて、いずれはこの私が新生エテーネ王国の史書をかく。それが今の私の夢……)
 さらに、自身と同じ貴族たちの動向について思いをはせる。
(……ジャベリのおじさまが何やら画策してるようだけれど。私は断然メレアーデ様のえがく未来予想図に興味があるわね。天才と秀才の差、とでもいうのかしら。ジャベリおじさまが考えているらしき青写真は、どうにも古くさくていけないわ)
 そのように、バッサリと両者を比較する。マルフェはなんの分野にせよ、人間の才能のきらめきをことのほか愛していた。とくに、自分の到底たどり着けないような『天才』たち。過去のエテーネ王国建国時の英雄、錬金術の宗匠ユマテルについて熱心に調べているのも、その熱意のでどころは同じようなものであったろう。
 そのようにベッドでゴロゴロとしていたが、ジャベリから届いている手紙があったことを思い出す。机の方まで行ってペーパーナイフを取り出して、封を切る。
(……面倒事じゃないといいけれど)
 貴族でもあり、新体制の小評議会にも属している彼女は、難しい立場といえた。
(ふ~ん、なになに?グランゼドーラの若手考古学者ヒストリカ……なるものがエテーネ王国に来るから一週間ばかり面倒をみてやってくれ?まあ、それくらいなら、いいか)
 それに、この時代の若い学者に会うというのも、マルフェにとって興味深いことであった。
 
 エテーネ王国首都キィンベルを、甲高い声で喋りながら練り歩いている珍妙な一団があった。
 昨今、大エテーネ島の外世界から訪れた冒険者や観光客は多く、その整った都市構造や建築物に感嘆するのはよく見かける光景となっていた。しかしその一団の熱量は傍目にも異常で、道行く人々が何事かと振り返っている。
 太った老学者、金髪おかっぱの若い女、痩せたメガネの男の三人組がペタペタと道の柱などを触りながら大声をあげている。
 その先頭の太った老学者が、キィンベルの円環を基調とした建築物を指差して叫ぶ。
「ほっほ~ん!ヒスペリカ君。見たまえよ、この幻のエテーネ式トーラスを。細部はこうだったのか!」
「ヒストリカです、プロフェッサー。ですが美しい!感無量……いやさエモーショナルゥ!」
「この材質ホンモノだな……エテーネ王国がまさか、そっくり現代に現れるとは……まだ信じられん!」
 大学者フィロソロス、ヒストリカ博士、ロッサム博士の学者トリオであった。JB一味とともにやってきたヒストリカは、グランゼドーラ王国から招待されていたフィロソロス・ロッサムの学者組とキィンベル市街でばったり出会い、そこから三人は往来の中にもかかわらずエテーネトークに盛り上がってしまったというわけであった。
 特にフィロソロスとヒストリカの興奮度は凄まじかった。
「見てください、この超古式錬金釜!ニューですけどッ」
 ヒストリカは、先程ゼフの店という評判の良さそうな錬金術店で買ってきたばかりのピカピカの錬金釜をこれ見よがしに掲げる。
「ほほん、大陸での出土品と形状一致しておるな。まごうことなきエテーネ超古式錬金釜じゃ、すばらしい」
 感嘆の声をあげる。そしてヒストリカは……
「てやッ」
 それを前を歩くロッサムの頭におもむろに乗せた!
「……何をするか!」
 違和感を感じたロッサムが慌てて飛びずさる。
「どうだ?実★在してるぞ、ロッサム。イッツリアル!」
「うっ……」
 ニヤニヤと勝ち誇った笑みで錬金釜をすりつけてくるヒストリカ。
 ロッサムは優秀な神話学研究者であり、グランゼニス神の遺跡調査や神話関連の著作で成果をあげていた。しかしエテーネ王国が海洋都市リンジャーラと同時代あることに懐疑的であり、前回の学会でヒストリカが提出した論文に対して、実際に出土した超古式錬金釜の時代相違などからフィロソロスも引くほどの細かすぎる指摘をしてヒストリカの論壇における評価をおおいに下げていた。ヒストリカのワラタロー被害ナンバーワンである宿敵だった。
 しかし突如として完全無欠の証拠が国ごと現れるという、まさに驚天動地の出来事が起こり全ては覆された。ヒストリカの正しさは完全証明されたのだった。
 ロッサムとしてもぐうの音も出ない。マウント取り放題のヒストリカは有頂天であった。
「イェア!あるじゃないか、超古式錬金釜!」
 ヒストリカはポコポコと叩く。ロッサムは顔をかばいながら反論した。
「く、こんな事が想像できるものか。私の指摘は学術的に全く正しかった!」
「証拠こそ全て!オマエはそう言っていたぞ、ロッサム」
 ほーれほーれ、と「証拠」を見せつける。

 群衆が、それらをなんだなんだと見にきては『関わらないようにしよう』と去っていく。
 そんな中、彼らの仲間だと思われないように少し遠目から見まもる二人の姿があった。
 冒険者JBと歴史学者マルフェ。ふたりともさめた目でその当世の学者たちの狂騒ぶりをながめていた。
「マルフェさん、だっけ?……ジャベリ氏から、ヒストリカ博士のお世話を任されてるんじゃないのかい?」
 暗に、そろそろ止めに入ったらどうだ、というようにJBはマルフェを見やる。
「あなたこそ、ジャベリおじさまのお雇いでしょう?面倒事になる前に割って入ったらどうかしら」
 マルフェは冷ややかにいう。彼女は現代世界の学者たちのレベルの低い煽りあいを目の当たりにして、またもや失望していた。今朝方に現代の若い学者と会えることに期待していた自分を嘲笑ってやりたい気分であった。
「……大学者フィロソロスはともかくも、現代の若手学者は期待できなさそうですね」
 そのように、嫌味もでてしまう。JBは笑ってフォローする。
「はっは、そう言ってやるなよ。五〇〇〇年前のエテーネ王国なんていうものが出てきたんだ。調べていた当人としては浮かれもするさ」
「?……彼らは、我々エテーネ王国を調べていたというの?」
 自分たちの国が考古学的に調査されているという事に、どうにも感覚として思いが至らない。
「少なくとも、女性博士の方はそうだな。……おや?マルフェ評議員はメレアーデ姫の指示のもと、この世界の歴史を調べていたんじゃないのかい?てっきり最近の歴史学・考古学の論文は目を通しているかと思っていたが」
 マルフェはおどろいて、その名も知らぬドワーフ冒険者の方をみやる。そのドワーフはニッと笑った。
(……事情通じゃないのよ、このもっさりドワーフ。さすがは、ジャベリおじさまのお雇いというべきか)
 マルフェは言い訳がましくこたえる。
「……グランゼドーラの大学者フィロソロスが各時代について通暁し、いろいろと調査しているのは知っていますし、その論文などは参考にもさせてもらっていますよ。……それ以外の、エテーネ王国や、エテーネ王国時代よりも昔の時代についてなんて、私たちはこの時代の方々よりすでに詳細に知っているのですから、調査する意味はうすいのです」
「そうかい、なるほどね。じゃあヒストリカ博士の、あの論文は見ていないってわけだ」
 ヘヘッとJBは腕を組みながらしたり顔で笑う。その表情はアレを読んでいないなんてモグリだぜ、と言わんばかりだ。
「……その論文は、それほどにすごいのですか?」
 マルフェは疑わしく、JBとヒストリカを交互にみやる。今、往来の中で繰り広げられている狂態の当人が、本当にこの練達の冒険者然としたドワーフを唸らせるような論文を書くというのだろうか。
「目ん玉がとびでるね。ぜひ、エテーネ王国の知識人であるアンタの感想を聞いてみたいもんだ」
 カッカとJBは笑う。そして、ヒストリカとロッサムのじゃれ具合を見ていう。
「しっかし、ヒストリカ博士もちゃんといるじゃねーか、お友達がさ。喧嘩するほど仲がいいってな」
 マルフェは首をふって、頭が痛いかのように額をおさえる。
「なんだか、プレップスクールの生徒が好きな女の子をいじめてたら、強烈に復讐されているようにもみえます。なんにしても幼い。……あれ、この時代だとプレップスクールはなんていうのかしら」
「俺に聞かれても困るよ。……学園?」
 そして、ヒストリカとロッサムのいさかいには目もくれず、新しいオモチャを見つけたか如くフィロソロスのメガネがキランと光る。
「見よ!ヒスペリカ君、ロッサム君、あれが噂の永久時環じゃぞ!今はチカラを失っておるが、あの設備のエネルギーを利用して現代に転移してきたそうじゃ!」
 親友のホーローから聞いた門外不出の知識を大声でさけびながら、年甲斐もなく、ほんほんほん、と息を切らしながら走り出す大学者。追いかける若手学者二人。
 エテーネ円環芸術の粋を凝らした巨大なオブジェを前にして、ヒストリカが失神しかける。
「ぼえ~ん……もう死んでもイイ……デッドオアアライブ?……あとヒストリカです、プロフェッサ……」
 ステータス表示に混乱マークがついたヒストリカがほわほわと答えた。
 それを見て、JBが介護人よろしくヒストリカにさっと近寄る。
「はい博士、気を確かに持ちましょうねぇ」
「ぐはッ」
 ベシィとJBの容赦ない会心のツッコミが入り、正気を取り戻すヒストリカ。
 そして永久時環の前に全員あつまったところで、マルフェが時計を見て慇懃に告げる。
「みなさま、そろそろ、日の入りでございます。明日は八王国と、わがエテーネ王国との盟約が執り行われる大事な日。今日のところはお早めに宿にもどっていただき、おやすみくださいませ」
「ほーん……今日は時間切れか」
 フィロソロスががっかりしたようにうなずく。そこで、思いついたようにぽんと手を叩いた。
「そういえば、盟友殿に頼んだ『レトリウスのいさおし』の石碑も、なんとこの目で見る事ができるのだな!」
 呼応するようにヒストリカも叫ぶ。
「明日ッ、行きましょうッ!プロフェッサーッ!!」
「ほほーん!そうかそうか!では明日の調印式が終わったら石碑を見に行くか!」
「クウウウウウルッ!」
「ほほほーん!!」
(私も超古代史学を専攻しておけば良かったかな……)
 ヒストリカとフィロソロスが紫色に光りながらレトリウス通りを南にSHTで駆け抜けていったあと、専攻が神話学のロッサムはテン5ほどのテンションで追いかけていったのだった。

 さて、そのようなSHTの興奮もいずれは切れる。どうやら知らない女の家に泊まる事になるらしい、と理解したヒストリカは、日中のいきおいはどこへやら、借りてきた猫のようにかしこまっていた。
 マルフェは微笑みながら紅茶を淹れて、ヒストリカの前に出す。
「楽にしていいんですよ、ヒストリカさん」
「ひゃ、ひゃい!」
 マルフェ邸にやってきたヒストリカは、あうあうと口を開けたり閉じたりするばかりだ。
「……お風呂、つかいます?エテーネ王国ならではの温水装置もありますよ」
「お、おかまいなく!」
 ヒストリカはぶんぶんと手をふる。
(……いやいや、はいれよ。長旅でよごれてるだろ。昼はロッサムとつかみ合いの喧嘩をしていたし。私の家の客用ベッドを泥だらけにするつもりか)
 などとマルフェは心中でツッコミをいれる。内心ではきれいさっぱり丁寧語が消えていた。
 マルフェはどうにか遠回しに誘導して、ヒストリカにお風呂に入ってもらうことに成功し、部屋着に着替えさせて客間まで案内する。
 一方でヒストリカは用意された部屋のベッドの上に腰かけて顔を赤らめてあらぬことを考えていた。
(こ、これってもしや、うわさに聞くパジャマパーリィ、なのでは?マイフレンドともまだしたことないのに)
 きゃっ、と目を両手でおおうヒストリカ。半目でそのヒストリカの様子を見やるマルフェ。
(この子がねぇ……年上かもしれないけど、この子といいたくなるね)
 昼間のJBとの会話を思い起こす。あのドワーフは興味深いことを言っていた。ヒストリカが持っていた大きいかばんをチラリと見やる。
(どれほどの、もんなのよ)
 そう思って、にこやかにヒストリカに問うてみる。
「……ヒストリカさんは高名な考古学者だとか。しかも、かつてのわがエテーネ王国を調べているとお聞きしました。私も歴史学者のはしくれなのです。一体未来において、我が国がどのように表現されているか気になります。その論文『エテーネ王国実在論』はお持ちですか?そうでしたら、お見せ頂きたいのですが、いかがでしょう」
 そのように、マルフェは切り出した。

「えっ」
 ヒストリカは、一瞬にして固まった。

 ドクン ドクン と、ヒストリカの心臓が高鳴って、息苦しくなる。
 それは、誰がどういおうともヒストリカにとって大切な、真の宝物であった。かならず、大きなかばんの奥底にひそんでいる、捨てられない『だいじなもの』。そして、同時に呪物でもあった。学会で失笑をもって迎えられ、ロッサムにボッコボコにこきおろされ、フィロソロスに見るべきものはあれど推論と推論をつなげるものがないといわれ、ヒストリカの自尊心をこなごなに打ち砕いた、博士号取得後の初めての大論文。もはや大事だから捨てられないのか、呪いゆえに捨てられないのかわからないほどに、ヒストリカの精神にくいこんでいるそれを。この、今日はじめてあった女は見せよという。ヒストリカの心底から湧き上がってきたのは、恐怖にほかならない。
 また、ボコボコに言われるのだろうか。すでにエテーネ王国が存在していることなど、かつてのトラウマを思いおこしたヒストリカにはなんの気休めにもならなかった。時には悪し様に罵倒され、時にはからかうように馬鹿にされた記憶のみが鮮明によみがえってくる。
 このマルフェという人間。私のようなヒステリックでわけのわからないことを喚きちらすようなどうしようもない女ではなく、エテーネ王国の貴族であり歴史学者で国の新しい屋台骨となる組織にも加わっているという、いかにも折り目正しく、しっかりとしていそうなこの女が。私の作り上げた宝物を、やはりダメだと、なんの価値もないゴミだと、お前は間違っていると、皆のように言いきって、ここで私にとどめを刺すのだろうか。
(……)
 ヒストリカは、蛇ににらまれた蛙のようにのろのろと、無言でかばんをあさり、やはり奥底に鎮座していたその紙の束を、観念するようにマルフェに渡した。そしてヒストリカはそのカバンをギュッと抱きしめてうつむく。
 急に神妙になったヒストリカを気にしつつも、その大作を受けとってマルフェは読み進める。

 無言で読みすすめる。
(……)
 ヒストリカにとってその時間は、伝説に聞く天使の裁きを待つ囚人のような心持ちであったろう。
(……)
 マルフェは、最初は疑り深くゆるゆるとページをめくっていたが、いつの間にか一心不乱に読んでいた。その論文は、次のようにはじまっていた。

 ……先ごろリンジャの塔で発見したファラスの手記は、エテーネ王国実在を決定づける最後のピースである。エテーネ王国は海中に没したとされており、本国の遺跡というものは皆無。これは考古学的には致命的ともいえる状態であった。しかし、大陸に広大な属州をかかえていたとされるエテーネ王国は、ローヌ地方やグランゼドーラの街などから、エテーネ王国由来とも考えられる多くの出土品や文書が出てきていた。『文官レジドの手記』を筆頭とするそれらは、ながらく『偽書』として扱われてきた。そして、一時代にのみ集中する高度すぎる出土品を『オーパーツ』として、考えないようにしてきたのは我々考古学界の長きにわたる怠慢であったといえるであろう。これらの大陸における出土品は、約五〇〇〇年前の地層に集中している。これは、エテーネ本国が突然失われたことによる文明崩壊が大陸属州にもおよび、急激に錬金術文明がおとろえ暗黒時代を迎えたためであろう。
 (中略)
 また、グランゼドーラの街の下には超近代的な遺跡が埋没していることは考古学界では有名である。世界宿屋協会に管理されているその遺跡は、エテーネ王国の出土品と考えられているものよりも一層高度なもので、エテーネ王国時代よりもさらに過去の、神話時代のものとの意見もあったが、地層的には五〇〇〇年前のものであり、私はその説はとっていない。『偽書』とされるものの中には空想上の技術と言われる『浮島』に関するものもあり、それを詳細に読み込むと、寸法や素材などから、グランゼドーラの地下遺跡はエテーネ王国の浮島、研究施設だったのではないかと推察できる(図3)。そして、今回リンジャハルで出土した錬金釜と同型の……
 マルフェはたっぷり三〇分は読んだだろうか。
 ヒストリカはベッドの上に正座し、目をギンギンにして、ただ待っている。
 
 マルフェの目から見たその大論文は、今までの学者たちが集めた偽書・偽の出土品とされるものから取捨選択をおこない、今回ヒストリカ博士がみずから着手した、エテーネ王国と強い交流があったとされるリンジャハル遺跡で得た多くの出土品・手記を得て自論を補強するという、地道な考古学者の研究の集大成であった。それをもとにヒストリカ博士が推察した答えは、おどろくべきことにエテーネ王国の勢力範囲、浮島や転送装置、高度な錬金術といった文明レベル、庶民達の暮らしぶり、軍隊組織の概要、時見を利用した国家運営方法まで、おおむね言い当てていた。
 さらに、マルフェが目をむいたのは次の一文であった。
『このような民謡、病気の記述からして、初代王レトリウスは女性の可能性があったのではないだろうか』
(現在のエテーネ王国でも半信半疑だとされるこの伝説に、五七〇〇年後の一介の考古学者がたどり着いたというの?)
 驚嘆の思いで、マルフェはヒストリカを見つめる。いや、にらみつけるといったほうが良かったかもしれない。
「ど、どうかなさいましたか?」
 目を泳がせて、さらになぜか敬語になってしまっているヒストリカ。

 少しのあいだヒストリカを見つめたマルフェは、
「……これは、認められないわね」
 マルフェは論文を置き、目を伏せてそのようにひとりごちた。
 ヒストリカに、その言葉がとどく。
(そう、だよね。もちろん、わかって、いたよ?そんなことないって、諦めていた。期待など、していなかった。私が、認めてもらえる、日が来るなんて……)
 幼い頃に兄に、学生時代には歴史の教師に、わずかに褒めてもらった記憶。そういったものをよすがに、自分の信念をもって考古学者の道を歩み、書きあげてきたのだ。いつかは誰かに届くことを信じて。
 ヒストリカは、自分を守るための卑屈な笑みを浮かべる。
「え、へ、へ、へ」
 そこに突然、ガバっとマルフェが抱きついてきた。ヒストリカの抱えていたカバンがひっくり返って、中のものがベッドの上に散らばる。
「ヘッ?」
 ヒストリカが固まる。マルフェが叫ぶ。
「認められるわけないわよッ、世間に!こんな天才はさあッ!」
 感情のおもむくままに、マルフェはヒストリカに顔を近づけて続ける。
「あなたは馬鹿よッ!論文に、こんなさあッ!小説めいたことを書くなんて!本当に本当だとしても、そんなことが認められるわけないって、わかるようなもんでしょうッ!」
 ヒストリカには何がなんだかわからない、マルフェにぶんぶんと体を揺らされる。
 そうしているうちに、そのままギュっとマルフェに抱きしめられた。
 なんだかわからないままに、ヒストリカにはマルフェのその抱擁も、その謎のシャウトも。
 なぜだか心地よく感じられた。
(馬鹿って言われてるけど……、馬鹿にはされていないみたい……)
 ヒストリカは、安心してマルフェに体をあずけた。そうして、ヒストリカは泣いた。
 嬉しくて、うわあ、うわあ、と子供のように泣いた。
 少し時間がたった後につぶやくようにマルフェは話す。
「……あなたは、」
 マルフェは言葉をつないでいく。
「あなたは、真の、天才よ。たゆまない努力と、一瞬の閃きでもって真実にたどりつく。でも、それによるあまりに突飛な結論を皆はみとめないでしょう。不遇の、認められない天才。死後になって、評価されたりするの……」
 いつのまにかマルフェも泣いていた。ぐずぐずと涙を流す。袖で涙を拭って叫ぶ。
「わ、私は、そんな結末を認めない!認めたくないわ。……ヒストリカ、お願い。あなたの研究、私にも手伝わせて。一緒にやらせて。自分でいうのもなんだけど、私の優等生的な卒のなさと、あなたの破天荒な突破力は、かならずマッチするはずよ」
「あ、ありがとう。マルフェ……さん。こ、こんなこと言われたこと、なくって。わ、わたしどうしたらいいか、わ、わからない」
 マルフェはハンカチを取り出して、ヒストリカと自分の目元をぬぐいながら笑っていう。
「馬鹿ね、もうマルフェでいいわよ。私は、あなたの相棒になるのよ。……というか、なっても良いかしら?」
「う、うん。それはもちろん嬉しい……けど、」
 ヒストリカは急展開に感情が追いつかなかったが、マルフェが自分を認めてくれたようであることは素直に、そしてこれ以上ないくらいに嬉しかった。ただ一緒になにかをやるということについて、実感がわかなかった。
「私が命をかけて作り上げたエテーネ王国の論文は、このエテーネ王国の出現によって、もう立証されてしまった。あ、ある意味、もうやることがないわ。ほ、本当に次に何をやればいいか……」
 マルフェは少し考える。そして抱きついたときに散らばった、写真の一枚をとった。
「……じゃあ、私が次のお題を決めてあげましょうか」
 ピッとその写真をつまんでヒストリカに見せる。
「……JB?」
 マルフェはその天然に笑う。
「あっはは、ちがうわよ、後ろ後ろ」
 むう、とヒストリカはその写真を目を細くして見つめる。
「……災厄の王?」
「そのようにも呼ばれているわね」
「そのようにも?」
 ヒストリカは思わせぶりなマルフェの言い方に、問いかえす。
「他の種族は、かなり前に忘れてしまったようだけれど。人間たる我々には五〇〇〇年前まで、その伝承は伝わっていた。なぜならそれは、人間の生み出した闇であり罪だったから」
 マルフェはうたうようにいって、その忘れ去られた名前を最後に告げた。
「……アストルティアの帝王『エスターク』
 こうして、のちにアストルティア一万年史を書き上げることになる二人が出会ったのであった。

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