アストルチアの謎

ドラクエ10の設定、物語について語る、予定

【小説】奇跡の代償は 14章『憤怒と、贖罪と、神の愛』


奇跡の代償は 14章『憤怒と、贖罪と、神の愛』

■概要
Version4のアフターストーリー、第14話。
舞台はV5.0終頃のエテーネ王都キィンベル。
主人公は魔界で行方不明扱い。


■14章『憤怒と、贖罪と、神の愛』の登場人物
メレアーデ:エテーネ王国の王族。王国代表。
ポーラ:パドレア邸のメイド。
ビャン・ダオ:大昔のガテリア皇国の皇子。ドルワーム研究員。
リーネ:ヴェリナードの合成屋。
セオドルト:エテーネ王国軍団長。
JB:「JB一味」のリーダー。レンジャー。
ダストン:ガタラのガラクタ城城主。
ワギ:ドワーフの種族神。
少女:『盟友』の姉。
ジャベリ参謀:エテーネ王国軍参謀。
ラミザ:ドルワーム王国王子。
チリ:ドルワーム王国王女。

「はっ……!」
 メレアーデは飛び起きた。
(ゆ……め?)
 頭をふった後、周囲を見渡して状況を確認する。
「ここは……」
 パドレア邸の『クオードの部屋』のベッドの上であった。屋外からは、招待客の話し声がわずかに聞こえる。メレアーデは深いため息をついた。
(夢じゃない……か。式典後の立食パーティの途中で、私は気を失ったのね……)
 そこに、メイドのポーラが入ってきて声をあげる。
「あっ、メレアーデ様!気づかれたのですね、よかった」
「……私は、どれくらい気を失っていたの?」
「十分程度です。ご気分はいかがですか」
「……普通よ」
 メレアーデはそう言うが、最後にビャン・ダオと会話したところを思い出して目を伏せる。
(ガテリアの皇子。あの子が無惨に滅ぼしたという国の……)
 彼が偽物であるとか、そういうことは思わなかった。あの憎しみに満ちた表情と、その物いい。確かに彼のいうとおりガテリアの力で現代まで眠っていたのだろう。そうして紆余曲折をへてこの場にたどりついた。なるほど、あまりにも奇遇すぎることについては、何者かの意思が介在している可能性はあるとは思わないでもなかった。彼もいっていたではないか。神のはからいかと。
(あるいは、邪神の……。魔と対峙しているこの現代では、さまざまな搦め手で心から籠絡するような敵も多いというわ)
 とはいえ、それ自体はまごうことなき事実であった。弟は三〇〇〇年前の過去において、彼の国を滅ぼしつくしたのだ。そして自分はクオードのその罪を知りながらも、エテーネ王国を救済することと引き換えに弟を赦したのだ。これは、欺瞞であった。クオードはもともとエテーネ王国の救済に全人生をささげていた。それがゆえにクオードにとって、なんの罰もない裁定であった。ではこの裁定に何の意味があったのか。それは、弟の心の中にあったその罪を、赦すことによってメレアーデもいくぶんかを引き受けるということであった。そうして姉弟一丸となってエテーネ王国を救うのだ、という決意のあらわれだったかもしれぬ。
(クオードがこの場いたら、いったいクオードはどうしたかしら。……多分、私の決断は弟のそれとは違うでしょうね)
 ポーラは沈思黙考しているメレアーデを見守っていたが、ついに話しかけた。
「……どうなさいますか、急な事態に少々みなさまも動揺もしておられますが、いらっしゃる評議員の方々は催しを解散する方向で動いています。大事をとって今日のところは、メレアーデ様はこのまま出ないまま終わりになさいますか?」
 メレアーデはすぐにいった。
「いえ、でるわ。大事な式典だもの。でも、三〇分ほどこの部屋で支度するから少しみなさんには待ってもらってて」
「では、私もお手伝いします」
 そのようにポーラは申し出るが、メレアーデは申し訳無さそうに断る。
「ごめんなさい、少しひとりで準備したいの。皆につたえて」
 そういってポーラに部屋の外に出ていってもらう。
 ポーラは部屋の外で眼鏡をなおしつつ、おもった。
(メレアーデさま、なんだかわからないけど、ひどく落ち込んでた。それもなにか、いけないことがばれたみたいな。そう、なんだか、盗みがばれた私みたいなようにも思えた……。私のことはメレアーデ様がやさしく叱ってくださったけど、いったい今のメレアーデ様はだれが支えてあげられるんだろう)

 メレアーデはその部屋の衣装タンスを開けた。エテーネ王であったクオードが着るべき衣装だったものが並んでいる。そのなかからエテーネ王国の紋章がうしろに大きくあしらわれたショートマントを選んで、みずから羽織った。
(これなら、私にも丁度いいわね)
 そして、鍵のかかった書類箱を開けて、一通の書類をとりだす。
 クオードへの供養のようにここに置いてあったその書類。
 それは、小評議会による女王即位の嘆願書であった。
(形式だけのことだけれど……)
 それに承認のサインをする。
 そして、一枚の白紙につらつらと書き始める。
『私、メレアーデが何らかの事情で死去した場合、後継者はさだめず、王権は消滅することとする。国を統治する実権は小評議会にゆだね、『エテーネ共和国』……王なき国として新たに生まれ変わることを望む エテーネ王国第五一代女王 メレアーデ』
(これも、時渡りをつかっての、エテーネ王室の罪……。であれば、このようにするのが正しいことでしょう)
 このような準備は、メレアーデにとって予感めいたものであっただろうか。
 その紙片を即位嘆願書と並べるようにおいて、最後に先々代の父ドミネウスが持っていたような、王であることをしめす錫杖を手にとってその部屋を出ていった。

 パドレア邸の庭園では、招待客同士でざわざわと話がされていた。
 メレアーデが倒れたことの原因、いまのメレアーデの容態や、今日の催しの進行がどうなるのか、などについてなどについてとりとめもなく語られていた。
「……ねえ、いったい何があったの」
 ラミザはビャン・ダオに問いただす。ビャン・ダオはメレアーデが倒れてからひとことも口をきかなかった。
「……」
「何も言わなかったら、わからないよ!」
 そう声を大きくして言うが、ビャン・ダオはぴくりとも動かない。
 そこにパドレア邸の正面玄関があいて、メレアーデがやってきた。おお、と客たちの安堵の声がひびく。
「……来たか」
 そういってビャン・ダオはすっくと立ち上がる。

 メレアーデに人々が「もうお加減はよろしいのですか」と問いかけるが、メレアーデはそれにはこたえず、まっすぐにすすむ。
 いでたちも変わり、王が持つような立派な錫杖をもったメレアーデに、いいしれぬ近寄りがたさを感じて人々は道をあけた。
 その先には腕組みをするビャン・ダオが待ち構えていた。
 招待客が二人を遠巻きにとりかこむような形となった。なにごとか、と再びざわめきはじめる。

(……)
 メレアーデとビャン・ダオはまっすぐに対峙する。ビャン・ダオが先に口を開いた。
「ふたたび問おうではないか。メレアーデ姫よ。……『グルヤンラシュ』。この名について知っておられるか?」
 メレアーデは目を伏せてこたえる。
「……おこたえいたしましょう。ガテリア第一皇子ビャン・ダオ殿。『グルヤンラシュ』とは私の弟クオードのことです」
 そのように端的にこたえた。
 ビャン・ダオはため息をつく。
「そうか。大事なことゆえ、しっかりと確認しておく。メレアーデ姫よ。あなたの弟御が、かの『グルヤンラシュ』であると。……弟御のクオード殿といえば、五〇〇〇年前のエテーネにおける災禍で、あなたのおられぬキィンベルを守りきり、現代にやって来られた立役者のひとりだと聞いておる。余の聞き違いではなかろうな?あるいは、あなたは冗談ごとだと思っておられるかもしれないが、余にとってはそうではないのじゃ」
 そこでビャンは声のトーンをあげて、さけぶように問う。
「ガテリア皇国が第一皇子ビャン・ダオとして、みたび問おう、メレアーデ殿!
 あなたの弟、エテーネ先王クオードは!
 ウルベア帝国とガテリア皇国をあい争わせ!我が祖国ガテリア皇国を滅ぼし!
 あまつさえウルベア大魔神をもって無辜の民を鏖殺し!
 栄華を極めたドワーフ文明衰退の引き金となったウルベア帝国宰相『グルヤンラシュ』その人だと言うのか!?」

 ビャン・ダオはさけび声が響き渡って、その後は沈黙がおりた。

(……)

「こたえよ!!メレアーデ!」

「……相違、ございません」
 そういって、メレアーデはこうべをたれた。なにやらわからぬ客たちも、弾劾の雰囲気を感じ取ってどよめく。
 メレアーデは、顔をあげて周囲をみわたし、続ける。
「……ご説明いたしましょう。ここに集まっているみなさまも、なんの事やらわからぬことでしょうから。まず、『叡智の冠』からの報告書によって、知っておられる方も、そうでない方もここにはおられるとは思いますが、わが国は時見の扱いに関して大いなる過ちを犯しました。その結果が『終末の繭』と、そこから起こりえた世界の破滅でした。これについてはありがたいことに、現代世界の諸王にはご寛恕いただくことになったのです。そうしてこたびの盟約を結ぶ運びとなってここにつどった。しかし、そこには記載されていない大罪もあったのです。それがガテリア皇国の滅亡。わが弟にして先王クオードが三〇〇〇年前のドワチャッカで勢威を誇っていたウルベア帝国の宰相『グルヤンラシュ』となり、みずからがエテーネ王国の時代に帰還するために、研究や素材収集にその権力を使い、ついには覇を競っていたガテリア皇国に戦争をしかけ、最終的にはガテリアを滅亡にいたらしめてしまったのです。そして今日。時を超えてこの場に当時のガテリアの皇子ビャン・ダオ殿下があらわれた。殿下は私に真偽をとうたのです」
 どよどよと、周囲のざわめきが大きくなっていく。荒唐無稽なこの話に(メレアーデ姫はご乱心されてしまったのではないか)などと思った招待客もいたようだが、諸国家の代表たち、そして賢者ルシェンダは真剣な表情で二人を見つめていた。
 その様子をみていた軍団長セオドルトは、頭を抱える。
(なんということだ!誰がこんな事態を予測できるというのか。メレアーデ様は真実は明らかになるべきとの思想のもと、現実とおりあいをつけて、その事実は五〇年程度後に発表するとのお考えであった。それが、こんな形で公表されてしまうとは。メレアーデ様の心痛はいかばかりか……)

 ビャン・ダオは、おもしろくもない、と言わんばかりにフン、と鼻を鳴らす。
「……認めるというのじゃな、その罪を。メレアーデ姫……いやそのいでたち、女王陛下と呼ぶべきじゃろうかな。その格好は、エテーネ王室の罪ゆえに、民草にはなんの罪もないという表明なのかの?わが民は無惨にもほとんどが殺されてしまったというのにのう」
 メレアーデはこたえる。
「……その通りです。私はクオードにそのことを問いただしました。そして私は最終的には弟の罪を赦した。ゆえに私もその弟の罪をせおっています」
「なるほど、弟の罪は自分の罪でもあると。殊勝なことじゃな。しかし、そち達はわがガテリアを滅ぼしたかわりに、滅びるべきであったエテーネ王国をのうのうとこの現代で生き延びさせることに成功したわけじゃな。……それで?メレアーデ女王陛下は、その罪の代償として余になにをつぐなってくれるというのじゃ」
「私の、命までならば」
 大きなどよめきが起こった。
 メレアーデは島ごと時渡りを終えた時点で、みずからの本質的な役目は終わったと考えていた。過去世界で無惨に破滅するはずだった人々がこの現代世界で生きていければそれでよい。ただ、そのまま放置するとあまりにも混乱を招くので、政治的なリーダーを一時的にやっていただけだ。
 エテーネ王室はすでに人々を導く資格はないと思い、人々の多種多様な考えによって国を動かしていけば良いと考え、その仕組みを暫定的ながらもつくりあげた。すでに自身にとっては今は余生、老後のようなものであった。弟の罪を償うために死ねと言われるのなら、それもやむをえないことだと。いや、不遇なあの子の罪を引き受けられるのならば、それはむしろ本望だとメレアーデは本気で思っていた。
 セオドルトは、たまらずに前にでてメレアーデを後ろにやる。
「メレアーデさま、おさがりください。そして、あなたを慕い、想う者が大勢いるなか、ご自身のおいのちをそのようにあつかうことはおやめくださいませ」
 そこにビャン・ダオは哄笑がひびきわたる。
「はっはっはっは!そうじゃな。このような場でそのようなことを申したとして、どうなる。実際にそれがおこなわれるわけもあるまい。それ、そのようにかばうものも出てくる。できもせぬ反省の意をのべただけではないか。姉弟そろって狡猾なことよなぁ。それとも、余とそちとで決闘裁判でもしてくれるというのかの、は、は、は、は、は」
 そのビャン・ダオの笑みがついに狂気をはらみはじめる。そこにはすでに人ではなく魔の気配がただよっていた。
「……それに、そもそも、そちの命ひとつでは、ガテリア皇国の滅亡と釣り合いがとれんとは思わんかの……?」
 そういって、ビャン・ダオは一歩前に踏み出る。

(これは……?)
 その場にいた者で、最初にそれに気づいたのは、合成屋リーネであった。
 ビャン・ダオから、目に見えぬ禍々しきオーラがただよっているのを感じとったのだ。
 リーネはそのビャン・ダオを凝視して、探るように見る。
(……な、によ、これは!!)
 すると、ビャン・ダオの首筋から、黒くまがまがしい、とんでもない量の闇のチカラがあふれでているのがわかった。さらにはそれを後押しするかのように、ビャン・ダオをとりまく、死した怨念たちのかたまりのようなものが、猛々しく吹き上がっていた。
 リーネがそれを周囲に忠告するいとまもないまま、その怨念と闇のチカラにおおいつくされたビャン・ダオは、むくむくとふくれるように巨大化していった。
『ブォオオ』
 ビャン・ダオは異形のうめき声をあげる。
「ビャン君、だめだ、こらえて!」
 ラミザ王子の悲鳴がとどろく。
 その異形化に招待客の悲鳴があがり、腕に覚えのあるものは前にでる。
 強靭な手足と鉤爪をもち、巨大でいびつな顔が胴体に出現し、頭部はない。ビャン・ダオは、そういった化け物に変わり果てていった。そのビャン・ダオだった化け物の胴体部にあらわれた巨大な口から、含み笑いがもれる。
『ククク、ククク、ククク、ククク』
 聞きようのよっては、それは、哭いているようにも聞こえた。
 リーネは思わず、この場で最も信頼している者――すなわち賢者ルシェンダの方を見やって様子をうかがう。
 ルシェンダも周り客と同じように固まっているのを見て、リーネは内心悪態をつく。
(あんの、頭でっかちめ!昔っから突然のアクシデントに固まる癖、いい加減なおしなさいよね!)
 ビャン・ダオだった怪物の、胸部の大口から、人間の言葉が低くひびきもれる。
「メレアーデよ。……過去では、そちの弟御に嵌められたものだ。和平交渉に乗じて、余がウルベア皇帝ジャ・クバを殺そうとしたなどとな。あの時は根も葉もない、とんでもない言いがかりだったが、くしくもたったいま、似たような条約締結の場において余はほんとうに殺意をもって臨んでおるよ。人生とはわからんものよなあ、なあ、メレアーデ女王陛下。グルヤンラシュの、敬愛する姉君。……この異形のチカラでもって、そちを殺し、さらにはエテーネ王国を滅ぼし尽くす。これでこそ、わがガテリア滅亡の正しき代償というべきではないか?……そちの王国は、やはり滅びるべきであったのだ」
 そういって、ビャン・ダオだったものは唸り声をあげ、真正面にいたセオドルトを鉤爪でふきとばす。
「ぐああっ」
 セオドルトはもんどりをうって倒れた。
「セオドルトッ」
 メレアーデがかけよる。
「うう、メレアーデ様、お逃げください……。私などに構わずッ」
 メレアーデはセオドルトをかばうように両手をひろげて、その緑色の巨大な怪物と対峙する。
「私がグルヤンラシュの姉でしょう、狙うなら私をねらいなさい!ビャン皇子ッ!」
 そのように言って立ちふさがる。
 倒れているセオドルトの横では、ジャベリ参謀がいた。ジャベリは剣を構えつつも、ただ震えて目の前のメレアーデの背中を見つめていた。
(い、いったいなんだというのだ。ひ、人があんな巨大な怪物に……。この世界は……、世界はこんなにも、わけのわからぬ恐怖に満ちているというのか……。よ、よくメレアーデ様は物おじせず対峙できるものだ。私は、なんとこの世界を知らないことか……!)
 魔との対決が少ない時代に育ち、人との争いを中心に物事を考えていたジャベリには、このような事態は青天の霹靂であった。喉が恐怖で動かなかったときのことを思いだして、ジャベリは思わず自分の首に手をあてた。

「なんだぁ、こりゃあ」
 そこに、地下室から帰ってきたJBが、庭園の様子を見ておどろく。いったいどこからあらわれたのか、巨大な顔を胸部にもつ化け物が中央に鎮座している。
 手を広げるようにして、対峙しているのはメレアーデだ。取り巻く皆は、手を出せずにいる。JBの帰還をみて、トーラやダンもJBの周りに集結してきた。
(JB一味か)
 リーネが、しめたとばかりに足早にJBたちに近づいてJBにささやく。
「……JBッ」
「おお、リーネの姐さん。あんたもいたのか」
「手短にいうわ。あのビャ……でかいモンスターの右肩口、あそこにこの騒動の原因となる闇のチカラが埋まってる。で、あたしは飛び込んでそれを封印したいと思っている。いまなら、まだ人に戻せる可能性もあるかもしれない。あんた達にはあたしが飛び込む前に攻撃を散らしてほしいわ。頼める?」
 リーネは、早口で端的に説明する。
「……いいぜ。今日は警備員だしな、俺ら。仕事の内だろう」
 事態をのみこめていないながらも、リーネの確信めいた物言いを聞いて、熟練の冒険者であるJBの勘は彼女の案に乗ることをよしとした。
 
 だが、その作戦はおこなわれることはなかった。
 不意に、よこから飛び出してきた緑のかたまりが駆けていったのだ。
「あっ」
 最強格のバトルマスターである、かげろうの強固な羽交い締めをふりほどけたのは、彼女の物見高い性格のゆえか。それとも、実はアストルティア随一とも言われる彼の身体能力のたまものか、はたまたその両方か。とにもかくにも彼はすべるようにそのいましめを抜けて、駆けていった。その群衆をかきわけかきわけ進む。
 そうして、ゆくてに塞がるものがなくなって、その緑の影は駆ける。猛スピードで駆け抜ける。
「ポツコン3号ォォッ―――――!!!」
 そして彼は吠えた。一部の客たちがその猛烈ながなり声で彼に気づいた。彼の知己は、そちらを見やってそれぞれに呼ぶ。
「この声は……」
「ダッ……」
「ダストンッ!」
「ダストン殿!?」
「ダストンさん!!」
「お父さんっ!」
「あんたは……ッ」
「……?」
 その怪物と化したビャン・ダオすらも、その声をわかってか、そうでないのか、ダストンの方を向いた。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
 ダストンは、おたけびをあげつつ猛烈に駆けながら、心の内でよびかける。
(ビャン!アンタはいま、世界にあだなす敵になっちまったっていうんですかッ?あれほどに世界に役に立つように頑張っていたアンタがッ!そうなっちまったっていうのは、どうしようもない、よほどの訳があるんでしょうッ。ですが、わしはアンタを今ほどいとおしいと思ったことはないですよッ。役立たなくなってしまったビャン・ダオこそ、わがガラクタ城のコレクションにふさわしいですッ!アンタは、やるべきことも、やりたかったことも、なにもかも忘れ、今こそウチに来るがよいですよ、ビャン・ダオッ……)
 そして、自身の心の中に宿っているらしい種族神に問う。
(ワギよ、あんたがわしの中にいるというのなら……今ッ)
「うおおおお、ワギよ、力をかしやがれです!!」
 そう叫ぶと、体の奥底から、わきあがるような苦笑じみた声がひびいた。
『役に立っても良いというのかな?わが器よ』
 ダストンは、即座にさけびかえす。
「役立たぬもののために、役立ちやがれですッ!」
 ワギは、その絶叫に感じ入ったようにこたえる。
『……それでこそドワーフ。今こそ、ワシはそなたのチカラとなろう』
 統べるナドラガ、猛きガズバラン、賢きエルドナ、美しきマリーヌ、勇気あるグランゼニス、愛らしきピナヘト。
 兄弟神たちはみな、神らしく輝いていた。わかりやすく、人々に求められる美点をもち誇っていた。しかし、ワギだけはそうではなかった。『変』であった。そしてまた、『変なもの』を愛していた。何の役にもたたぬような『変なもの』に興味をおぼえ、熱心にそれを追求していった。それは純粋にたのしかった。しかし、そのような役に立たぬものを追求していった結果、なぜだかまったく新しき発見や発明をうむチカラとなることがあった。他の神々はそれをたたえた。なるほど、ワギの真意はそこにあったのか、と。
 だが、そのような意外な有益性すらもワギには厭わしかった。褒められたいからするんじゃない。役に立つからするんじゃない。ただただ、それが好きだからそうしたかっただけだ。そう、不要なものに対する愛こそがもっとも純粋である……。
 そして、それは物事でなく人についても同じことを考えていた。皆がしゃちほこばって、立派でありつづけるなどつまらない。
 たまには、わけのわからぬ謎の情熱で、誰にも役に立たぬことを極め、自己満足にひたるがよい……。
 また、たまには、怠惰なドワーフのごとく床にねそべるがよい……。
 そういった、ワギの神意をもっとも体現した現代のドワーフこそがまさしくダストンであった。

 ダストンはついに、そのビャン・ダオだった怪物の足元にまで到達した。
「うおおおぉ!」
 そして、鋭い鉤爪を器用にかわして、そのふくれあがった緑色の化け物をまたたく間に駆け上った。
 その神の力の宿った右手を、肩口にある黒ずみに突き刺してダストンは声高にさけんだ。

「 ガ ラ ク タ ハ ン タ ー ッ !」

 そのひかりかがやく手がくろぐろしい何かを引きずり出す。それはおぞましい、ヒマワリの種ほどの赤黒き種子。
 そして、それを掲げつつ、ダストンは高らかにいった。
「こんな、いらないものッ……。このわしがもらってやるですよッ」
 そういって、なんと、ダストンはそれをパクっと食べたのだ。
 それを見守っていた招待客たちはおどろきの声をあげる。
(のっ)
(飲みこんだーーーッ!?)
 明らかに邪悪な、呪われたその種がダストンの体内に取りこまれていく。
 これには、ワギすらもあわてた。
『なんということを。わが長兄ナドラガをもむしばんだ、その闇の種子を……』
「ほれ、なんともないですッ」
 そういってダストンはサイクロンダンスを披露して、なにもないことをアピールする。ワギはあきれつつ、
『……そなたのような、争いと無縁なやさしき男のなかで、その悪意の種を消化、いや浄化できれば、それがよいのかもしれんな。要観察ではあるが……』
 そのように半ばあきらめつつも、ワギはダストンのそのドワーフらしい奇抜な行動を見守った。
 そしてビャン・ダオは、核をうしなったかのように巨大な怪物のすがたから元のドワーフの姿へと回帰していった。崩れ落ちそうになるビャン・ダオをしっかと抱きかかえる。
 うつろなその表情だったビャン・ダオはぼやけた視界のなか、ダストンを認めた。
 ハッとして、ビャン・ダオはわずかに顔をあげる。
「ダ、ダストン殿、なのかの……?」
 ダストンは笑ってうなずく。
「ポツコン3号。立派になって世界の役に立つような、残念な男になったと思ったら、アンタはやっぱりポンコツでしたねッ」
 ビャン・ダオは思わず目の前にいるダストンにすがりついて泣きさけんだ。
「ダ、ダストン殿!余は、余は、どうすれば良かったのじゃ!過去、そちたちに支えられて、余は昔を忘れ、この時代で行きていく事をようやく誓えたのじゃ!今や地の果てと成り果ててしもうた母国の玉座で死のうとした余を、引き止めてくれたのはリウ老師の教えと、そちたちじゃ!過去を忘れ、今を生きよと言うてくれた!ようやくそのようにでき始めたところだったのじゃ!
 なんで今現れる!
 なんで今亡霊のように現れる!
 グルヤンラシュがエテーネの先王だと!
 エテーネを守った英雄だと!
 すでに死んでいるだと!
 そのようなことが、許されるのか!
 余は、父を、母を、師を、民を、国を!
 無残にも全て奪われたのじゃぞ!
 ぐおおお!これが許せるか!ぐおおおお!」

 ビャンの細い目が見開かれ、獣のような泣き声をあげ、ダストンに抱えられながら、胸をかきむしるビャン・ダオ。
 ダストンはビャン・ダオを強く強く抱きしめる。
「泣くんです、ビャン!アンタの今言ったことは全て役に立たぬ思い。そんな思いにとらわれてるアンタがわしは好きですよッ。忘れるんです!忘れるまで泣くんですッ。わしは泣き虫は好きですよッ、役立たずですからねッ、アンタがドルワームで役立つヤツになってるって聞いて、そりゃあわしは寂しかったもんですよッ!……ビャン、アンタには養子にならんかって言いましたねッ。アンタには断られましたけど……。わしはアンタのことは今でも息子の様に思ってますよッ。さあ、ウチに来て役立たずになりんさいッ。アンタがふたたび外に出たいっていう日まで……」
 そのようにいってビャン・ダオを抱え、ダストンは水際にたつ。
 招待客たちは、呆然としてその経過をみまもるしかなかった。

「……」
 合成屋リーネも、そのさまを眺めていたひとりであった。『戦禍のタネ』の封印を自分以外のものにゆだねるのは気が気ではなかったが、すでにことは終わってしまった。
 やむなしとして溜め息をつく。そのリーネの横に、ひっそりと緑赤の服をまとった少女がたっていた。そして、ささやくようにリーネに語りかける。
「やあ、久しいわね、リーネ。あんたにとっては六〇年ぶり、あたしは……何年ぶりか。数えるのも忘れたけど、千年はくだらないのかしらね」
 少女は髪をかきあげつつダストン達の方をみている。リーネは少女の方を二度見して、目をまるくしておどろく。
「あ、あ、あ……」
 少女の方を指さして、しばらく口がきけないほど、おどろいていた。
「あんたッ、一体いままでどこに……?あたしがどれだけ探したと……」
「無論、時のかなたに。……な~んてね。あちこちの時代をさまよい歩いていたわ。最近は、オーガの集落でヌーク草を作ったり、地下都市ドルワームを浮上させたり、……故郷を捨てた魔王と出会ったり」
 リーネは動転しながらも、少女に問いただす。
「……私の知る限り、あんたの目的は達成できていないようだけど?」
 エテーネの村は一度滅び、盟友の手によって再生した。六〇年前の昔に、この少女から聞いていた彼女の大目的はその滅びをなくすことであった。そのようには、歴史はかわっていない。少女は目を伏せて首をふる。
「それは、もう諦めたわ。今の私はあの子と一緒に、この世界に戻りたいだけ」
「じゃあ……、その時渡りののろ……」
 少女は、手をあげてリーネの言葉をさえぎる。
「……思い出話は、後にしましょう」
 少女はそういい、ダストンに抱きすくめられて嗚咽するビャン・ダオを見すえながら、一枚のスクロールを天にほうった。
「さあ、ビャン・ダオ皇子。あなたはダストンさんの養子です。こころゆくまで甘えるといい……」
 そのスクロールから、かすかな光があたたかくビャン・ダオにふりそそぎ、ビャン・ダオは眠るように、ダストンの腕の中でまぶたをとじた。
「なによ、今のいかにもやばそうなスクロールは……」
 リーネが少女に問う。
「あんたに言わせると、大体やばくなるからねぇ」
 少女はそのようにこたえながらも、説明する。
「あれは『魔王イーヴのスクロール』。この前の時渡りで一緒に旅をしたイーヴから謝礼としてたくさんもらったものよ。あれは魔界の大国ゼクレス魔導国の秘術のひとつが記載されているの。それは、精神の認知をゆがめていろいろなことを思い込ませることができるの。たとえば、初対面だけど昔からの友達だと思わせたり、ね」
 さらに光はこの島全体に満ち、人々を一瞬だけつつんでは消えた。
 リーネはあごに手を当てて、むずかしい顔でいう。
「……危険な禁術ね。封印しないと」
「ほ~ら、やっぱり」
 そういって、肩をすくめて少女は笑った。

 ジャベリ参謀は水際においこまれたダストンとビャン・ダオを見て、JB一味をけしかけようとする。
「なにをしているJB。はやくやつらを捕らえろ。あのビャン・ダオは間違いなくエテーネ王国にあだなすもの。それをかばうあのダストンとやらも捕まえるのだ」
「……」
 JBは面倒くさげに、
「いやだね」
 と、いいはなった。
「な、なんだと?」
 ジャベリは子飼いの部下の、思わぬサボタージュに唖然とする。
「せっかくダストン氏がちょうどいい落としどころを作ってくれたんだ。それにのっかろうぜ。それによ……」
 といってJBはダストン達の上空を指さす。
「もう、逃げてくみたいだぜ」
 ダストンの後ろには、巨大な反重力飛行装置にささえられて浮かぶガラクタ城が、ダストンたちを回収しようと轟音とともに近づいてきていた。
「浮島だとぉ!?」
 ジャベリが驚愕の声をあげる。
 空飛ぶガラクタ城から縄ばしごがおろされ、ダストンはビャン・ダオをかかえたままそれに捕まって登っていく。
 ガラクタ城の屋根の上には、数人のメカニックらしき人物が、怪盗の仮面をつけて腕組みをしながらこちらを見下ろしている。
 ラミザはそのうちのひとりに見知った顔を見つけた。ウェディのような青い肌に、ひとりだけぐるぐるメガネのプクリポ。思わず声をあげる。
「ぺ、ペリポン君……?」
 ダストンは、するすると屋根の上にまであがっていき、こちらを振り向いて大声でいう。
「わしはガタラのガラクタ城主ダストン!役に立たぬもの、役に立たぬ人物をこよなく愛するものですッ!」
 そして、眠ったままのビャン・ダオを抱きかかえて宣言する。
「この世でいらぬものとなり果てた、このビャン・ダオは、わしが頂いていくですッ。文句のあるものは、わしは逃げも隠れもしないですッ。ガタラのガラクタ城まで来やがれですよッ!」
 そうして、最後にダストンは、なにやらゴーレックの方を向いて小さくうなずいた。ゴーレックも鷹揚にうなずきかえす。
「では諸君ッ、さらばです!」
 そうやって、空飛ぶガラクタ城は轟音をたてて東のほうへ飛び立っていった。

「……」
 ラミザは自分のてのひらを見つめる。ダストンのようには友をつかみきれなかった、そのてのひらを。
「親友より、親か……」
 そう、ひとりごちる。
(ダストンさんのあれは、取り返しにいってもいいってことなのかな……)
「ねえ、チリ……」
 ラミザはチリに意見を求めようとしてふりかえると、チリはポイックリンの格好のまま倒れていた。
「お、お父さん……かっこよすぎる……しゅごいい」
 などとうわ言をはきつつ、幸せそうに失神していた。

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