アストルチアの謎

ドラクエ10の設定、物語について語る、予定

【小説】奇跡の代償は 10章『ダラリア砂岩遺跡制圧戦』


奇跡の代償は 10章『ダラリア砂岩遺跡制圧戦』

■概要
Version4のアフターストーリー、第10話。
舞台はV5.0終頃のドルワーム王国。
主人公は魔界で行方不明扱い。27000字程度

■10章『ダラリア砂岩遺跡制圧戦』のおもな登場人物
バトゥ:ドルワームの冒険者。ドワーフの戦士。
ミライ:ドルワームの冒険者。エルフの僧侶。
ガンジョウ:ドルワームの冒険者。オーガの武闘家。
マギウス:レンドアの冒険者。人間の魔法使い。
ラミザ:ドルワーム王国の王子。騎士団長。
ドゥラ:ドルワーム王国王立研究院院長。
ビャン・ダオ:大昔のガテリア皇国の皇子。現在はドルワーム王立研究院所属。
チリ:ドルワームの王女。
ファフリト:ドルワームの騎士。ラミザの後見人。
トカチェ:ドルワームの騎士。
フィルディ:ドルワームの戦士。国王の護衛隊長。
ディオニシア:デスマスター(※『蒼天のソウラ』登場キャラ)
アルル:ドルワームの兵士。
エルル:ドルワームの兵士。アルルの双子の妹。

 ドルワームの都を拠点にしている冒険者のあいだでは、昨今とあるウワサがとびかいはじめ、熟練の冒険者たちは情報収集に余念がなかった。酒場ではヒソヒソ声で、時には大声で、その話が今日も繰り返される。
「……久しぶりに、制圧戦が行われるらしいぞ」
「なんでも、王立研究院による大規模調査の支援として、騎士団に要請がいったようです」
「ほう、制圧戦ともなれば、大隊程度の軍隊がでるか?」
「そうだ。だが制圧戦の対象はダンジョンらしい。軍隊のほとんどは地上の後詰めとなるだろう。制圧戦自体は選抜された一個中隊の兵士六四名、それを指揮する騎士たち、さらに兵士と同数の補助兵……ようはわれわれのような雇われの傭兵、冒険者、他には教会の僧侶たちもか。そのあたりが駆り出されておこなうことになるようだ」
「よほど手強いダンジョンなのかね、さぞかし貴重なおたからが眠っているのだろう」
「研究院にとってはそのようです。なんでも確定で、状態のいい『ウルベア魔神兵』がまるっと一体回収できるのだとか……」
「かつてのチリ王女誘拐未遂事件の時にドゥラ院長が精兵をひきつれて『盟友』の援護にむかった際、状態のよいウルベア魔神兵を発見した、という話から発掘計画が進められているらしい。魔物が強く、その後も大規模な調査はおこなわれなかったが、ようやくといったところだな」
「例の、発掘の達人ビャン・ダオが主導しているらしく、研究院も有力な調査チームをそろえて二〇人体制で現地入りするそうです。しかも、ですよ。なんとなんと騎士団長のラミザ王子までが視察にこられるとか……」
「……あの軟弱なボーヤがか。魔物においかけられて泣いたりしねえよな?」
「最近はしっかりしてきたとのウワサも聞きますよ?ともかくも、水晶宮とのツテをつくる絶好の好機には違いありません。いいところを見せれば騎士団への登用もあるかもしれません」
「俺はそんなものには興味はないが、小金稼ぎにはちょうどいい。で、どこだ?そのダンジョンとやらは」
「……『ダラリア砂岩遺跡』。少し前に入り口が見つかった、ドワチャッカ大陸最高レベルの高難度ダンジョンだ」

(さて、どうしたもんかなぁ)
 かなり前にガタラから上京し、現在はドルワーム王国に拠点をおくドワーフの戦士バトゥは、一流の冒険者だと目されているが頭でっかちで用意周到な性格が裏目に出ているのか、入念に準備を整えて駆けつけるとクエストは既に終わっている、というようなことが多かった。それゆえか、最近は自分が戦士・冒険者としてあまり経験をつめておらず、それに悩んでいた。
 近ごろは『勇者』『盟友』の出現とともに、冒険者の世界はにわかに活況を呈するようになってきた。また、それに呼応するように重大な事件が各地をおびやかしており、五大陸の数々の冒険者たちが、あらたなそれを解決するべく新天地へ旅立っていった。
 グランドタイタス号でつながれていたレンドア-グランゼドーラ間の航路が復旧し、魔王軍との戦いが激化していた中央大陸『レンダーシア』へ。
 その戦いの結果、勇者姫アンルシアとその『盟友』が中心となって時の大魔王マデサゴーラを見事討ち取った。
 しかし冒険はそこで終わりではなく、レンダーシアの内海の上空に浮かんでいた奈落の門から、強大な竜が闊歩する新世界『ナドラガンド』へ数多くの猛者たちが渡っていった。
 各属性のエレメントが極まっていた過酷な新世界での戦いをへて、その後は息をつく暇もなく巨大な繭が世界の重要拠点をおびやかしはじめ、冒険者たちはそれぞれ各地でその調査のために奔走した。
 うそかまことか、事情通によれば、かの『盟友』はその調査のために過去や未来の世界に旅立ったともいう。
 そして、これもまた突拍子のない話として、最近になってささやかれはじめた事としては、全ての悪の源ともいわれる、一万年のながきにわたって六種族と対立している、魔族たちの根城『魔界』『盟友』をはじめとした一線級の冒険者たちがわずかに潜り込んでいるともきく。
 歴史には、突如としてきら星の如く英傑偉人があらわれては大発見、大発明がたてつづけに起こっては時代が動き出す期間というものがある。多くの冒険者たちは(今こそが歴史の節目だ)と、その波を肌で感じ、その動向を注視していた。
 そんななか、バトゥは冒険者としてそういう大きな流れに乗り遅れていた。バトゥが愛用している『古強者のよろい』セットも、かつては最強格の超一流冒険者の証とされたが、レンダーシアやナドラガンドで活躍している冒険者たちむけに作られた新装備の前では、まさに「古きはつわもの」の装備であった。
 今でもバトゥは一流といっていい戦士だ。必死に努力をして、剣では光のチカラをこめた大技『ギガスラッシュ』をはなち、盾では『会心ガード』でまもりを固め、戦士としては敵の力をそぐ『やいばくだき』をくりだせるようになった。しかし、そこから上には壁があった。
 ナドラガンドや、その後の第一線で活躍している超一流の戦士たちは、剣では『ギガブレイク』、盾では『アイギスの守り』、戦士として『真・やいばくだき』などといった一段階上の強力無比なわざを使い、新世界の強大な魔物たちに対抗している。
 最前線にはたどりつけない、という思いを強くして、バトゥは冒険者稼業をつづけることに悩み始めていた。

 そんな矢先、『ダラリア砂岩遺跡制圧戦』のため補助兵としての冒険者募集がおこなわれたのだ。
(これも天啓。潮時、……いやチャンスと言うべきか)
 いまが旬とでもいうべき冒険者稼業に誇りをもっているものの、もともと騎士団入団志望であったバトゥは、この募集について悩んだ末に応募することに決めた。
(これを足がかりに、騎士団入団を目指す!)
 いったん決めたら行動は早い。パーティの方が採用される可能性が高い、というのは常道なので、バトゥはこのクエストのための即席のパーティをドルワームで集めた。
 一人目は、エルフ女性の僧侶ミライ。ドルワームで長期滞在している優秀な僧侶だ。何度か一緒にパーティを組んだこともあり、実力はわかっている。エルフの僧侶といえば普通はエルトナの東方寺院に所属しているのが普通だが、グランゼドーラ大聖堂が統括する中央教会の神官服を着ている。お嬢様然とした話し方やたたずまいも相まって、秘められた過去あるのではないかとバトゥは疑っているが、こわくて聞けていない。
 二人目は、オーガ男性の武闘家ガンジョウ。水晶宮でいつも冒険者の募集などないか探りにきている流れの武闘家だ。組んだことはなかったが、見てくれ通り腕は確かなようで、ためしにその辺のデザートランナーを殴らせてみると、ためてからの一閃突きで瞬殺していた。性格はバトゥの思っている典型的オーガ男性で、素直、熱血、無知、ノンデリという感じであった。
 三人目は、人間男性の魔法使いマギウス。レンドアからの旅行者のようで、ドルワームでの物見遊山がてら今回のクエストへ参加することにしたらしい。そんなので大丈夫か、とも思ったが、その辺のスマイルロックをメラゾーマ一発で割っていたのでそれなりに強い魔法使いなのだろう。結構マイペースで、ふらっといなくなったりする。
(よし、まあまあのパーティじゃないか?)
 バトゥの見立てではパーティメンバーは自分と同じくらいの実力……、『勇者』『盟友』と冒険をともにするような超一流ではないが、ドルワームの冒険者界隈ではかなりの強者という感覚であり、落ちるはずはなかろうと思って面談試験に臨んだ。その騎士団や研究院関係者らとの面談では、さも十年来のパーティです、という顔でつつがなく面談を終え、バトゥの予想通り無事採用がきまった。
(そりゃそうさ。おれらをとらずして誰をとるっていうんだよ)
 バトゥは、面談する前の行列にいた他の冒険者たちの面々を思い返してみて、負ける気はまったくしなかった。
 いや、それどころかバトゥは今回の雇い主であり、みずからが入団するつもりである騎士団に対してすらも、
(よぼよぼの爺さんが多いし、たいしたことなさそうだな。俺が入団すればうまくやれるだろう)
 と、あなどっていた。最前線にはたどりつけなかったが、長らくプロの冒険者として戦い抜いてきた自負がそのように思わせていたのだった。
 パーティメンバーが集まって酒場で無事採用の祝杯をあげたあと、ガンジョウがバトゥに問いかける。
「……なあ、みんなが言ってた制圧戦ってのは一体なんなんだ?」
「あんた、そんなことも知らずによくも受ける気になったもんだな」
 バトゥは呆れる。
「ホネのありそうなクエストなら何でもいいさ。カネもいいならなおさら断る理由はない」
 といってガンジョウは肩をすくめる。オーガらしい豪胆さというべきか、無知というべきか。ともあれバトゥは説明する。
「制圧戦ってのはな。一時だけだが、擬似的に魔物があらわれない、安全な町のような状態をつくりだすための手法さ。俺ら戦闘員が魔物を倒しまくって、聖職者がせいすいをまきまくる。その間に王立研究院の学者先生たちがスミからスミまで遺跡をご堪能あそばされることだろうよ。本来ならさらに教会を建て、祈りをささげる神父かシスターがその地を清めることで、悪しき心をもつ魔物は近寄れなくなって集落を形成でき、いずれは町にすることができるんだがな」
 ガンジョウはふむふむと聞いていたが、疑問に思って問いただす。
「今回は、なぜそのように教会を作って安全な集落や町にしない?」
「単純に時間と労力がかかりすぎるからさ。今回の依頼だっておそらくダンジョンでの実働が一週間程度だろうが、騎士団や兵隊の動員、俺達への報酬などで相当なカネがかかる。集落をつくるのは数ヶ月、町をつくるには数年単位でおなじことをしなければならない。そこまでのチカラはないってことだよ、ドルワーム王国、ひいては六種族にはな。よほどせっぱつまらないと、そこまではできないもんだ。……そういった例でいうと、近年でもっとも有名なのはカミハルムイ遷都の事例だな。無事集落化がなった後は壁やら堀やら城やらを建築する。そうすれば万単位の大都市となっても、教会の加護のチカラは相対的には小さくなってしまうが、総合的には都市をまもることができる。カミハルムイ遷都はそれこそ万人単位での民族大移動で、堀を建設するまでは何千人もの戦士が日々わいてきた魔物をたおし、何百人もの僧侶が土地を清めていたときく」
 流れるようなバトゥの説明に、ガンジョウはおどろく。
「……あんたって、もしかしてめちゃくちゃ賢い?」
 バトゥはその賛辞をうけて、へへっと鼻をこする。
「今どきの冒険者はこれくらいでなきゃあよ。情報が一番大事さ。……神官殿、補足はあるかい?」
 そういって、僧侶ミライの方をみる。ミライは僧侶ゆえか、お酒を頼んでおらず、ズズズッと梅昆布茶を飲みほしてから笑顔でつけくわえる。
「……ご立派な説明ですわ。あえていうなら、集落化についても徳の高い僧侶が必要となるので流浪の聖職者から有為の人材をひっぱって来なければならず、計画的におこなう必要があります。今回の突発的なイベントで、なかなかそういった修行をつんだ僧侶を呼び戻すのはむずかったことでしょうか。それほどに集落化可能な僧侶の数は多くないのです」
(あんたも、詳しいじゃないか)
 バトゥは感心し、そしてピンときて言う。
「……ひょっとして、あんたはその口って訳かい?」
 ミライは少し迷ったような顔をしたが、隠すことでもあるまい、と思いなおして告白する。
「そうですね、まだまだ未熟者ですが。流浪のシスター、……の卵というわけですわ。まだまだ徳がたりず、中央教会から許可をいただき、宿屋協会からルーラ拠点の秘術をいただくほどではないのです。しかしいずれは、私も人々が安全に暮らせる土地を増やし、その土地を守護できるようになりたい。そういうことをみずからの使命としておりますの」
 中央教会は、本人の修練に重きを置く東方寺院にくらべて、そのような活動が活発だとバトゥも聞く。
(その志のために、実家をおん出てきたってわけかい)
 とも勘ぐったが、さすがにそこまでは口に出さなかった。
「そういうわけさ。わかったかいガンジョウ」
「おう、得心した。しかしあらためて魔物ってえのはどこにでもわくし、ホント迷惑な連中だよな!」
「そうさな。六種族もこのアストルティアの主役でござい、みたいな顔をしているが、世界の半分も支配できちゃいない。街道や畑すら、日々の討伐依頼をこなしている冒険者や軍隊がいないと安全とはいえない。この世の現実的な支配者は魔物、ってことさ」
「……魔物にも、おもしろいやつはいますけどねぇ」
 これまで特に興味もない話題だったのか、黙々と食べていた魔法使いマギウスが口をはさむ。
「……あんたは魔物使いの心得もあるのか?最初に、あんたはレンドアを拠点にしていて、あまりそこから出ていないと聞いた。レンドアには魔物はいないだろう」
 ふふっとマギウスは笑いながら言う。
「いやあ、魔窟ですよ。かわいいやつらですがね」
(なんだか、よくわからんミステリアスなやつだな)
 とバトゥは思ったが、まあ今回だけの付き合いだろうと思い深くはつっこまなかった。

 もろもろの準備も整い、出立の直前にはドルワーム水晶宮・空中庭園に今回の大調査に関係する者たちが招かれた。ドルワーム王国軍四個中隊二五六名、騎士十六名、冒険者五十四名、王立研究院調査班二〇名、教会所属の僧侶一〇名……。
 これからウラード国王から直々にねぎらいの挨拶があるようだが、今は思い思いに空中庭園の美しさを堪能したり、メンバーで談笑したりしている。
「うわあ、なかなかに壮観ですねえ」
 ミライは手をかざして遠くをみやる。空中庭園の美しさもさることながら、この規模の人数でおこなわれるプロジェクトに改めて驚いていた。
 バトゥは笑っていう。
「ふふふ、駆り出されている兵士はまだ半分だぜ。防砂ダム駐屯の四個中隊がすでに現地で俺達調査隊を迎える準備をしているらしいからな。そいつらとここの四個中隊を併せて一個大隊が設営や防衛の任にあたることになっている」
 ガンジョウは手持ち無沙汰にいう。
「……こんな集まりに意味なんてあるか?これから偉い人のあいさつだろ、そういうの苦手なんだよな。さっさと出立すればよいのに」
「あんたはせっかちだな、ガンジョウ。ちゃんと意味はあるぜ。こういった場で、重要人物の顔をおぼえておくことが大事だ。別に取り入るためってだけじゃないぜ。つええやつを知っとく。生き残るためにも必要な情報だ。……例えばあちらの四人。あいつらが今回王子たちの護衛隊を任されるらしい」
 そういってあごをしゃくって示す。
「まず戦士フィルディ。騎士団には所属していない傭兵あがりの男だが、国王護衛をつとめるほどの国一番の猛者だ。今回は特別に王子の親衛隊に加わるらしい」
 続けて隣の老人たちをさす。
「騎士ファフリトと騎士トカチェ。ドルワーム名物爺さん騎士たちだ。ファフリトは貴族でラミザ王子の後見人だな。トカチェはあの装備でわかる通り、パラディンだろう。ドルワームは賢者の学院があり賢者大国だが、近接戦闘に関しては専門職を擁する強国に技能習得ための留学生を派遣しているからな」
 最後に、褐色肌もあらわな妙齢の女性をさす。
「いろっぺえ姐さんだなあ。マスクで顔が見えないのが残念だが」
 ガンジョウがその健康的な肉体美に釘付けになっていると、
「……これは、有名人さんがいますねぇ」
 マギウスがぼそりと言った。
「ほー、あんたも知ってるかい。そうさ、盟友の盟友フレンドディオニシア。デスマスターサロン『デスマスターは死なない』から派遣されてきた、超級のデスマスターだ」

 最近、死霊王ギスマイヤーと名乗る悪逆非道なデスマスターが討伐されたことは、ギスマイヤーがドルワーム王国の勢力圏で暴れていたこともあって、サロンからドルワームへも通知されていた。
 ギスマイヤーの討伐なったことについてはサロンの面々も胸をなでおろしていたが、ひとつ気がかりなことが残っていた。
 それは、これまでギスマイヤーが暴れた地域では『ギスマイヤーの食い散らかし』といわれるトラップ……強大なゾンビモンスターの放置や、死せる魂を収奪するための罠といった悪辣な障害を残していることがデスマスターの間では有名であった。そういった事がドルワーム勢力圏でおこなわれていないかということについて、個人主義で名高いデスマスターのサロンにしては珍しく、調査のメンバーを派遣することになったのであった。それに手をあげたのがディオニシアだ。個人主義のデスマスターの中でもひときわその傾向が強いディオニシアであり、彼女が真っ先に手をあげたことにサロンのメンバーは驚いたが、能力は申し分なかったため特に異論もなく派遣が決定されたのだ。
 ドルワーム王国はその申し出をありがたく思い、盟友の盟友フレンドという信頼の肩書きもあって王子たちに同行する部隊に編入された。
「そちが凄腕のデスマスターか、よろしく頼むぞな」
 社交的なビャン・ダオは次々と関係者に挨拶してまわり、ディオニシアにも気さくに話しかけて握手をもとめる。
「お初にお目にかかります、ビャン皇子。ディオニシアと申します」
 ディオニシアは卒のない、アラハギーロ風の挨拶で返し、握手をする。
 無論ビャン・ダオは、かのギスマイヤーが先の日食の日にボロヌス溶岩流にて吹き溜まるガテリア人の怨霊を利用して、死霊の王国を建設しようとしたことなどは知らぬ。もし知っていれば、いかなビャン・ダオといえどデスマスターという職自体に忌避の念を感じざるを得なかっただろう。
(ビャン皇子……)
 ディオニシアは目をすがめてビャンを見つめる。彼自身ではなく、彼にまとわりついているわずかな霊の残滓を。それは古代ガテリア人の細切れになった思いのようなものが、ガテリアの忘れ形見であるビャンをどうやってか認識して、彼を守護するようにうっすらとおおっている。
(あやうい、ですね)
 ディオニシアは思った。それ自体はたいして毒にも薬にもならぬ木っ端な存在ではあり、いまはビャンを霊的なものから守護しているようだが、もともとはギスマイヤーが使役した無念の霊と同質のものだろう。ちょっとした拍子にあばれださないとも限らない。
(……)
 しかし初対面の自分が、おはらいを申し出たり、ボロヌス溶岩流にあまり行かぬよう忠告するのもはばかられるため、特になにも言わなかった。そもそも自身の目的にはかかわりのないことであった。
 その後は重々しく玉座の間からあらわれたウラード国王から、ガンジョウの予想どおり長く苦しい演説があり、それが終わった後はいよいよダラリア砂岩遺跡へ出立していくこととなった。

 防砂ダムに設営されたキャンプで一泊したあとは、いよいよ調査開始となった。遺跡の中では、バトゥたち一行は正規兵四人と組まされ、八人で行動することになった。バトゥたちは、遺跡の中庭を調査している研究院メンバーたちの前方をまもっている。さらに奥にはもう一部隊が調査にでており、もうなにもないはずの崩れゆく虚室にむかっていた。
「やッ、とッー!」
 兵士アルルの掛け声とともに戦列をくんだ四人の兵士たちが、大盾でからだを守りつつ一斉にデザートガルバへ槍を突き出す。
「ギャッ!」
 デザートガルバは痛みに悲鳴をあげるが、グルル…、とうめき声を発した後にすぐさま反撃にうつる。怒りのままに兵士のひとりに飛びかかっていく。
「ギャギャ!」
「う、うわッ」
 モンスター戦に慣れていない兵士がひるむ。
 シュバッ
 そこに、バトゥのはやぶさ斬りが一閃、いや二閃してガルバにとどめをさした。
「あ、ありがとう」
 助けられた兵士はバトゥに礼をいい、バトゥもうなずいて剣をおさめる。
(……一応、この辺で戦えなくはないドルワーム最精鋭兵士たち、ではあるんだろうけどなぁ)
 とはわかるものの、同僚としては頼りなくも思う。
(八人パーティかぁ。超一流の冒険者たちは、世界の危機をもたらすような圧倒的脅威があらわれた時に、連合をくんで、八人で対処することもあるって言うけどよぉ)
 ひと仕事終えたといわんばかりに、バトゥはしゃがんで隣にたたずんでいたスライムボーグに話しかける。
「俺らにとっては、君らくらいがその『圧倒的脅威』ってわけかなぁ」
 スライムボーグはとらえどころのないスライムスマイルを浮かべて、
(?)
 といった表情でおたがい茫洋と、少しの間見つめあっていたが、
「ちょっとぉ、バトゥさん。まだデザートゴルバが残っていますよぉ!」
 アルルの双子の妹、兵士エルルの大声がきこえた。
「今、いきます~」
 バトゥはのそのそと立ち上がって走る。
(やれやれ、数日は兵士たちのおもりかね。……いや、俺が騎士になったあかつきには、こいつらは部下になるんだから、良いところみせておかないとな)
 そのように思って、やる気を奮いたたせた。

 ダラリア砂岩遺跡の中庭は、緑につつまれ小川のせせらぎが聞こえる、そこだけ別世界のようなおだやかな空間であった。その奥に続く扉の脇に、満足げに力尽きたかのようにも思える、巨大なウルベア魔神兵が壁を背にもたれかかっている。
 そこにドゥラ院長、ラミザ王子はじめ、ビャン・ダオや調査職のメンバーとその護衛が集結していた。配下の兵士十六名も、そばに待機している。
 また、なぜか「あそこなら、私もいったことがあるから」という理由で王女チリもくっついてきている。
 調査メンバーのひとりは生唾を飲んで、その原型をとどめたウルベア魔神兵をみつめて叫ぶ。
「これは、すごい!引き揚げられれば魔神兵の『神カラクリ』としての仕組み解明に大いに役立つでしょう」
 ドゥラ院長もうなずく。
「あのときは『盟友』殿の救援に急いでいて、横目でみただけだったがやはり立派なものだな!……」
 と、よろこんでいたが、なぜか徐々にトーンダウンするドゥラ。
「……そんなにまで急いでいったのに、すでに『盟友』殿は敵を倒していて、ダストン殿に『ポンコツ』の烙印をおされるとは……」
 思い出してきて、ずーん、と勝手に落ち込みだす。
 そんなドゥラをどうしたのかなと思いつつも、ラミザも巨大なウルベア魔神兵に興奮していた。ラミザはビャンの方をみやって叫ぶ。
「すごいよ、ビャンくん!これは……」
 はたと、ラミザは固まる。ビャンが震えている。
「ど、どうしたの、ビャンくん?」
 ビャンはウルベア魔神兵の側面に書かれている文字、ウルベア古代語を読んでいた。
「ゼ、〇八……号、じゃと……。二桁の型番……。よもや、よもや、これはリウ老師の……!」

 そこに突然、調査していた魔神兵の隣りにあった扉が開け放たれ、ドサドサと兵士たちがあわただしくはいってきた。
「緊急!緊急!!」
 ころがりこむようにラミザたちの前にひざをつき、兵士アルルは叫んだ。そばに控える老練の騎士ファフリト老が問いただす。
「どうした、何事か?」
「前方より巨大な牛の魔物が出現!現在は補助兵の冒険者バトゥ一行が戦っています!……私たちを、逃がしてくれてッ……」
 そのようにアルルは言って、自分たちのふがいなさを嘆く。
 ファフリトは、戦士フィルディとさっと顔を見合わせ、うなずいて即座に決断する。
「行かねばなりますまい。我々で救援にむかう!」
「応ッ!」
 フィルディはあうんの呼吸で応じてオノを担ぎなおす。
「兵たちは、殿下や調査隊を守れ。少数精鋭でいくぞ」
 ファフリトが簡潔に指示をだして、護衛隊の面々が扉に向かおうとしたその時。

 ドッゴーン!

 爆音ともに扉が破壊され、巨大な鉄球が飛び出してきた。
 扉の近くにいた研究員や兵士の何人かが吹き飛ばされる。
 
 巨大な鉄球をかかえた黒地に黄毛の牛の化け物が、のっしのっしと中庭に入ってくる。
 その化け物の股下をくぐり抜けて、戦士バトゥがぐったりと動かない僧侶ミライを担いで走り、中庭に入ろうとする。それに魔物が気づいて、鉄球をたたきつける。
「うおおおぉ」
 バトゥはおたけびをあげ、速度をあげてかわす。背後から武闘家ガンジョウと魔法使いマギウスもあらわれる。手傷はおっているが無事のようだ。ガンジョウが、魔物をバトゥの方にいかせまいと立ちはだかる。
 ガンジョウは自分よりあきらかに格上の敵に冷や汗を浮かべつつも、ニヤリと不敵にわらってヤリを構える。
「鉄球使いとは戦ったことがないんでよぉ、経験させてもらうぜ……。ハァッ」
 気合いを入れ、テンションをあげていく。
 そうして、バトゥはラミザたちの護衛がいる方に一目散にかけよっていく。
「すまん、やられた!僧侶が死んだ。治せるか!?」
 端的に物事をつたえ、ミライを横たわらせる。
「……頭蓋骨がやられておるな。ザオラルでは無理か?幸い賢者部隊がおる。後ろへ……」
 と簡単にファフリトが見たてたところ、ディオニシアが進みでて言う。
「私が。肉体的な損傷はなおせます。そして、この方の魂はしっかりとついてきています。大丈夫でしょう」
「頼んだ!」
 バトゥは安堵する。そしてファフリトが盾を構えつつバトゥに問う。
「で、なんですかな。あの化け物は……?」
「わからん。前方からあらわれた。虚室にむかった部隊は全滅だろう。こいつをさっさと倒せれば蘇生させる目もあるかもしれないが……」
 バトゥがこたえる。そこに、信じられないわ、とうめきながらチリ王女がいう。
「あれは私やお父さんを竜族がさらおうとしたときに、巫術で召喚された魔物、タウラダインよ!あいつは『盟友』さんに倒されて異界に還ったはず……」
 ディオニシアがこたえる。
「……アンデッドの気配を感じます。おそらく何らかのトラップがその部屋に仕込まれていたのでしょう。異界の魔物を狙ったというわけでもないのでしょうが、滅びた肉体から魂をとどめて腐らせ、その魂をもとにあの怪物をよみがえらせた……」
「じゃ、じゃあ、あれが『ギスマイヤーの食い散らかし』ってやつかよおぉ!やばすぎるぞ!」
 バトゥが叫ぶ。ディオニシアはちらり、とバトゥの方を見やる。一介の雇われ戦士がそこまで知っているとは思わなかったのだ。
「んん……」
 ディオニシアの放つ青き光に包まれていた僧侶ミライが目を覚ます。ゆっくりと起き上がって、周囲を見渡す。
「私は、蘇生されたのですか……。申し訳ない」
 バトゥは安堵の声をあげる。
「おお、気がついたか!なに、不意うちだ、やむを得ない。……とりあえず良かった。立てるか?」
 そこに、ほうほうの体で武闘家ガンジョウと魔法使いマギウスが合流してくる。
「よお、おれらも回復してくれ……」
 前方では、かわりに騎士や兵士たちが及び腰で戦っている。
「立て直せ!陣形を組め!」
 指揮官の騎士が大声で指令を出している。
 後方に控えていたラミザ王子は、ファフリトに判断を求める。
「爺や、どうする?」
 バトゥの目には、ラミザは案外と落ち着いているように思えた。それが、事態を軽くみているだけなのか、泰然自若としてるのかはバトゥには分からなかったが、ただ恐れおののいているよりはよい。
 ファフリトはラミザの肩に手をおいて言う。
「ラミザ殿下。状況は変わりました。ここはいったん兵士たちに任せて、あなたやチリ王女、調査チームを護衛隊全員で安全な場所までお連れします」
「……わかった」
 ラミザは即座にうなずく。自分だけ逃げるなんて、との思いもなくはないが、専門家の判断に異議をはさまず、即時実行することが自分……王族の仕事だと理解していた。
「おい、マジかよ?あいつらじゃ持たねえぞ」
 バトゥが慌てて口をはさむ。
「……万が一にも王子殿下や王女殿下に危険があってはなりません。屈強な冒険者とちがって、普通の人間は死したのちに魂が戻らない事もおおいのです。心配せずともラミザ様たちを後方に逃したら、私たちは戻ってきます。兵たちも、それくらいには鍛えているつもりですよ」
「わかった、依頼主の意向だ。尊重する。俺らへの指示はあるか」
 ファフリトはバトゥ一行を一瞬見わたす。
「では、兵たちの援護を頼めますか?」
「……承知した。給料分は働かせてもらう。それに兵だって、蘇生がきかずに魂のもどらないやつが出たら寝覚めがわるいからな」
 ファフリトは瞑目し、うなずく。
「感謝します。まかせました」
 そうして、王子たちとその護衛部隊、調査チームはさがっていった。

「ベホマラー!」
 賢者の心得がある、気概のある研究院調査メンバーが三名残っており、兵士たちを支援する。教会所属の僧侶たちは各調査隊に割りふられており、ここにはいない。彼らが戦線維持の生命線であった。
「ベホマラー」
 そこに、蘇生回復が完了した僧侶ミライも加勢して、兵士たちを完全回復させる。
 そして、ミライは賢者たちに撤退をうながす。
「……回復は私にまかせて、今のうちに逃げてください。後衛といえど危険です。あの牛の魔物は鉄球を前方に飛ばしてきます。あなた方では、くらったら一発で死にますよ」
「それは、あなたも同じことでしょう!」
 ここまで残った者たちだ。今更ひくつもりのない調査メンバーの賢者が言い返す。
「私は今、聖女と天使の二重の加護を受けています。……二度は、やられませんよ。どのみち護衛隊メンバーがかえってこないことにはあの魔物は倒せないでしょう。戦況をつたえて、せっついて来てください」
 そうして、強引に賢者部隊を引かせていった。
(賢者部隊はたしかにありがたいですが……。しかしあきらかに戦なれしていない学院の賢者。回復魔力も足りていない。引いてもらった方がよいでしょう)
 そのようにミライは考えた。最後に賢者部隊は渾身のベホマラーをはなち、それにあわせてミライはスクルトの呪文を唱えて兵たちの援護をはかった。
 
 一方で、兵士たちは陣形を整えて態勢をたてなおしつつあった。
「アッララーイ!」
「アラララーーイ!!」
 バトゥたちと一緒にいた四人の兵士たちも加わり、二十人の兵士たちは謎のおたけびをあげながら四列横隊をなし、大盾に囲まれた一個の巨大なかたまりとしてタウラダインと対峙していた。そうして、ちくちくとヤリを突き刺しては引き、膠着状態にもちこんでいた。
 それを見たガンジョウは感心していう。
「人間も、キングスライムになれるんだなぁ」
「ありゃあ、大昔からつたわる方陣だ。盾使いの上級者が習得する防御法『ファランクス』。それのオリジナルとも言うべき、兵士たちの防御主体の陣形があれだ。広いこの中庭だからこそ、兵士たちもその本領がいかせるってわけか。……とはいえ、あれじゃあジリ貧だな。俺達もいくぞ」
「待て……。連中なにかやる気だぞ」
 ガンジョウは何かを感じ取ったのか、そのように言ってバトゥを手で制止する。
 兵隊たちは、うかがうように距離を取りはじめ、ジリジリと少しずつさがる。
 それに対しタウラダインは兵たちの奮闘や、その後退を小賢しいとばかりに『黄玉の大乱』をくりだそうとする。広範囲に大ダメージを与え、さらには謎の力で『小人』にしてしまい戦闘力をおおきくそぐ必殺の大技だ。最前列を構成していた兵士アルルはいち早くその大技の気配を察知して、後方の騎士の指令を待たずして叫ぶ。
「全面防御態勢~!構え!!」
 ガシッガシッガシッガシッガシッ
 端の兵たちは大盾を床につきさして並べ、中央部の兵たちは自らの上部を守るように掲げる。そして片膝立ちで衝撃にそなえた。
「構え、よーしッ!」
 
 ぶおーん、ぶおーん

 巨大な鉄球が中庭を旋回して暴風のような衝撃をもたらし、さらに巨大な鉄球が何度も兵たちをおそった。

 ガッガッガッガ!

「ぐうううッ」
「ひるむな、耐えろぉ!」
 兵たちはお互いに叱咤激励しつつ、完全防御の態勢でその鉄球をむかえ、そしてしのいだ。そう、なんとそのタウラダインの必殺ともいうべき猛烈な範囲攻撃を、兵士たちは一人も欠けることなくしのぎ切ったのだ。また、その鉄壁状態では『小人化』の特殊効果も意味をなさないようであった。
「ベホマラーッ」
 すかさずミライの回復魔法がとんで兵たちを回復させる。
「チャージ!」
 そして、後方の騎士が満を持してさけぶ。兵士たちは呼応する。
「ヤーッ!」
 防御態勢をといた兵たちは即座にたちあがり、ヤリを突き出しながら、そのまま微速前進していった。タウラダインまでには相当な距離がある。
 タッタッタッタ
 兵たちは一糸乱れぬ動きで前進する。そして、わずかにわずかに加速していった。
 ダッ ダッ ダッ ダッ ダッ
「アッラッラーイ!!」
 その巨大な塊は、タウラダインに到達するころにはほとんど全速力に達していた。そのながい槍をまっすぐにタウラダインに向け……

「フ ァ ラ ン ク ス チ ャ ー ジ ッ!」

 二十本のヤリが、猛烈な突進力をそなえたままぶつかっていった。
「ぐオオオオオオオオ?」
 たまらずに、タウラダインは崩れ落ちて膝をつき、砂煙がたちのぼる。
 ガンジョウが制止をといて、バトゥとともに駆け出す。
「あいつら、やりやがったッ!よーし、行くぞ行くぞッ!」
 後ろからは、魔法使いマギウスも陣上からメラゾーマを放っている。
 兵士たちも、騎士も、バトゥたちも、へたりこんでいるタウラダインにみずからの最大の攻撃をたたきこんでいく。
「オオオオーンッ」
 その怒涛の攻めに、タウラダインはたまらずに声をあげる。
「やったか!?」
 ガンジョウがヤリをかかげて、快哉の声をあげる。
(おいおい、ガンジョウさんよ……、それ、冒険者が言ってはいけないセリフNo.2だぜ)
 苦り顔でバトゥが前方をうかがっていると、その予想どおり、もうもうとたちこめる砂煙の中から、怒り心頭のタウラダインがあらわれてきた。
(ほーれみろ、ジンクスって大事だよな……)
「グオオオオッ!」
 タウラダインは吠える。さいわいなことにそれは『激しいおたけび』のような広範囲に衝撃をもたらすものではなかった。ただの威嚇だとバトゥは瞬間、安堵した。しかし、すぐに違和感が頭をよぎる。
(違う……。これ『超ちからため』だ!)
 寒気がはしる。ニヤニヤと、その牛は勝ち誇った笑いを浮かべながら、高く鉄球をかかげる。そして兵士たちの最前列右翼にいた兵士アルルは、その酷薄そうな怪牛の目に睨まれた。
「うぐッ」
 アルルは、蛇ににらまれたカエルのように固まる。タウラダインは、この小賢しい集団の起点であり、実行上のリーダーがこの兵士であることに気づいたのだ。こいつが死ねばこの塊は瓦解して当面の間は雑兵に戻る……タウラダインはそれを感じ取って、狙いを定めた。キングスライムが手強いならスライムに戻してしまえばよい……。
「やべえッ」
 バトゥは走りだす。
(かばえるか?でもこの攻撃は、俺も死んじまうかもしれん……そうなったら、頼むぜミライよぉ!)

 ぶおん

 タウラダイン渾身の鉄球がふりおろされる。
 バトゥは、兵士アルルの前にすべりこもうとする。大盾を構え、自分はその中にすっぽりと入り込んで衝撃に備える。

 ガキィン!

(間に合った……、のか?その割にゃ衝撃がないが)
 バトゥが大盾の端から覗き見るようにおそるおそる様子をうかがうと、自分の前に、ひとりの戦士が立ちふさがっていた。いや、かばわれていた。その戦士は、テンションののった鉄球の強烈な打撃をなんとか耐えきってオノを構える。振り返りもせずバトゥに語りかける。
「よぉ……、お前さん、『やいば砕き』結構こまめに入れてくれてたろ。おかげで助かったぜ。俺も、兵士たちもな。……むうううん!」
 そういって唸り声とともに、その男、護衛隊のフィルディは一撃をタウラダインにくわえる。それは、バトゥが求めても到達できなかった達人のわざ。
『真・やいば砕き』か!……ったく、見せつけてくれるぜ)
 フィルディはさらに兵士アルルにも語りかける。
「アルルよ、さすがにこれ以上は厳しそうだな。即時、ひけ」
「……ヤッ」
 アルルは、端的にこたえてさがる。
「間にあいましたかね。バトゥ殿、よう耐えてくださった」
「てて、走ると腰が……」
「……」
 兵たちと入れ替わりに、続々とファフリト、トカチェ、ディオニシアの護衛隊も後方から合流してきた。それを見届けると、役目を終えたと言わんばかりに兵たちは迅速に退いていく。中庭から退去する際にしんがりのアルルが叫ぶ。
「バトゥ殿、ご武運を!」

 そうして、中庭には護衛隊の四人と、バトゥ一行の四人が残された。おのおのがあらためて武器をかまえて巨大な牛の魔物と対峙する。じりじりと、うかがうような時間が流れた。バトゥは武者震いをする。
(へっ、第二……いや第三ラウンド開始ってわけかよ。これがホントの『八人パーティ戦』ってとこか。相手はかつて『盟友』パーティをも苦しめたというタウラダインとやらのゾンビ。相手にとって不足はなさすぎる)
 しかし、とバトゥは頭の中でめまぐるしくシミュレーションする。
(はたして勝てるか?俺は『真・やいばくだき』を使えねぇ……。この手の超高火力モンスターに対しては、『真・やいばくだき』を二人の戦士が交互に放って弱体化を継続していくのが一線級での常道だと聞く。ファフリトの爺さんは以前ヤリを装備しているのを見たことがある。だが、今日は剣と盾だ。重鎧を装備しているし、真やいばを使える熟練の戦士であってくれると助かるんだが。それならフィルディとファフリトで『真・やいばくだき』をまわしてもらって、安定して戦いを展開できるんだがな……。逆に言うと、それができないと危険だ。バイキルトが使えるやつもいねえし、どのみち構成的に長期戦になるのは間違いないのに安定もしないとなると……)
 バトゥは今までに多くの冒険者が散ってきたさまを記憶している。
(ここまで善戦はした。しかし強力な魔物と途中まで良い戦いをしていたとしても、拮抗が崩れたら終わりまでは早い。その時は、あっけなく全滅する)
 そして自分たちのパーティは単独でタウラダインに張りあえるほど強くないことは、既にわかっている。護衛隊メンバーの力が頼りだ。フィルディとディオニシアは文句なく実力者のようであったが、老人騎士ふたりの実力はあまり当てにできないようにバトゥには思えた。
「いたた、腰が……」
(……)
 バトゥは横目でトカチェの方をみやる。みかねたディオニシアがホイミをかけている。トカチェはベルトのポケットから何やら丸いものをとりだして、口にほおっていた。
(この爺さん、大丈夫か?昔はすごい騎士だったんかもしれんけどよ。やる前からデバフかかってるじゃねえか。パラディンなんだから自分でリベホイムでもかけとけよ)
 内心で悪態をつく。もぐもぐと何かを食べおわったトカチェはファフリトに小声で尋ねる。
「……してファフリトよ、どうじゃ」
『光』だな。そもそもゾンビだしの」
「なんじゃい、普通じゃな……そして、ワシとは相性がわるいのう」
「魔物に耐性持ちの多い『闇』の属性を極めておいてよく言う。……早く行くぞ。そのビッラ殿のパワフルニンニクが効いている内にな」
 ボソボソと老人二人で会話したあとに、ファフリトが静かに再戦の幕を切って落とした。
「……ライトフォース」
 ボゥっと、光のチカラが八人の武器に満ちる。にらみ合いの時間は終わりをつげた。
「グオオオーッ」
 ファフリトの『ライトフォース』と同時に、タウラダインがふたたび『超ちからため』で気持ちを昂らせていく。
 そして、ファフリトに猛然と迫り、鉄球を振りかぶってくる。
 それを押しとどめるように、すかさずフィルディとバトゥが割ってはいった。
(ファフリトは魔法戦士かッ!強力な魔法戦士は重鎧をも着こなすと聞いたことはあるが……)
 だが、これで『真やいばくだき』で安定して攻略していく方法はなくなった。この敵の、即死級の攻撃をどうやってさばいていくのか。
(いざとなったら、火力の低い俺が……)
 などと考えていると、トカチェがタウラダインの横から手をつきだして念をこめる。
「させん!ハアァーッ!」
 
 バ バ バ バーッ

 まがまがしい波動がトカチェの掌からほとばしり、タウラダインにふりそそぐ。
 そして、タウラダインの強烈に昂ぶった気持ちはみるみる萎えていった。
『零の洗礼』……いや、『いてつく波動』だと!?)
 バトゥは、冒険者がその技を使っているのを見たことがなかった。
 そして、必殺の一撃でなくなったその鉄球をファフリトはさばき、反撃する。
「 フ ォ ー ス ブ レ イ ク !」
 魔法戦士の奥義ともいわれる魔力をこめた念の一撃が炸裂し、タウラダインの属性耐性をさげていく。
 慣れた連携なのだろう、血の色のような赤いオーラをまとったトカチェが間髪をいれず叩き込む。
「 煉 獄 魔 斬 ッ」
 強烈な闇の三連撃がタウラダインに叩き込まれる。
 そこに更に後方から魔法使いマギウスが、超暴走魔法陣の上から自身の最大級の魔法を放つ。
「 メ ラ ガ イ ア ー !!」
 思わずバトゥは、振り返ってマギウスを見る。
(は、メラガイアーだと?マギウスのやつ、そんなレベルの術師だったのかよ!)
「……少々、お邪魔します」
 そのマギウスのさまを横目でみつつ、ディオニシアがそういって近づいてくる。
「どうぞ、どうぞ」
 ディオニシアは、ちょこんとそのマギウスの超暴走魔法陣の片隅に乗って大魔法を放とうとする。
 マギウスはディオニシアに笑いながら余裕ありげに一礼した後、それに合わせるように自分も魔法を編んでいく。
「 マ ヒ ャ デ ド ス !!」
「 マ ヒ ャ デ ド ス !!」
 暴走した魔力によって極大化した二対の氷の塊群がタウラダインを襲った。
「グオオオオーンッ」
 タウラダインの悲鳴が中庭に響き渡った。
 そこから先は一方的な展開となった。
 拮抗が崩れたら終わりまでは早い、というバトゥの考えはその通りだったが、その天秤のかたむきは冒険者の全滅ではなく、魔物の討伐という形で決着したのだった。また、その結末は護衛隊の四人と魔法使いマギウスの圧倒的な実力による必然であったと言えるだろう。
 
 戦闘がおわり、あわただしく兵隊たちも戻って来る中、バトゥはガンジョウと一緒に中庭の小川の近くに腰掛けて黄昏れていた。
(なんつうか、役立たずだったなあ、俺……。みんなつええし……)
「……」
 そこに、僧侶ミライがバトゥの隣にしゃがみこんで、ツンとすました顔でバトゥに言う。
「あなた、小難しいことを考えている割には、案外と戦いの場面では自己犠牲精神の強い方ですのね」
「……一応プロを自認してるんでな。戦士が体張らなくってどうするよ。……あの、ミライさん、なんか怒ってらっしゃる?」
 別に、と言いつつミライは続ける。
「……さっきの戦い。あなた、よからぬ事を考えていたでしょう。私、ゾンビ戦法って好きではありませんの。本来魂が確実に返ってくるとは限らないし、戻ってきても魂が少しずつ削れて、いずれ自分が自分ではなくなってしまいますわよ」
 バトゥは肩をすくめる。
「へっ、どこぞで『魔祖の血族』やらを相手にしている一線級の超人どもにも言ってやれよ」
「……学者先生たちが言う、生存バイアスというやつですわね。強靭な魂を持ち、いささかも魂がかけることもないような彼らと、我々のようなちょっと強いだけの一般人を同じにしてはいけませんわ」
「身の程をしれってことか」
 自嘲気味にバトゥが言う。すこし、ミライはトーンダウンしてうつむいて言う。
「そういうことではありません……。もう少しご自身をいたわっても良いかと思ったのです」
 ミライは顔をあげて、バトゥを真剣な目で見つめながら言う。
「……これでも感謝しているのですよ。ありがとうございました。私の身体をかついで真っ先にディオニシアさんのところに運んでくれて。おかげで私は肉体も魂も欠けずに還ってくることができましたわ。だから言うのです。あなたの戦い方は合理的ではありますが、自分を捨て駒のように使っていて、危なっかしくて……。見てられませんでしたわ」
 そう言って、立ち上がってはそそくさと去っていく。
「なんだあ、ありゃあ。人が落ち込んでる時によお。死んだのは自分じゃねえか」
 ガンジョウがガハハと笑う。
「照れ屋なんだよ。あんたが俺らのリーダーとして、最善の選択をしたことは皆認めてるさ」
 そういってガンジョウはバトゥの肩をたたいた。
「……気にすんなって。大国の重鎮や、超高レベルの冒険者が前評判どおりの実力を見せたってだけだろ。……マギウスの兄ちゃんは予想外だったけどよ」
「……そうだな」
「あんたは、あれか?自分よりすげえものに出会ったら凹むタイプかよ。俺はワクワクするけどな」
「そんなこともないつもりだけどな。まあ、いうて、俺今年で三〇だしな……。爺さん騎士たちをバカにしていたが、俺自身もこの世界じゃロートルの方に首をつっこんできている。そんなにキャッチアップできねえ、と思い始めてるのかもしれねえな」
 そこに、マギウスがぶらぶらと通りがかってきたので、バトゥは手を上げて話しかける。
「……よお、思い出したよ、マギウスさんよ。かの『盟友』が当初五大陸でキーエンブレムを集めまくって活躍し、冒険者の超新星としてあらわれはじめた頃、同じくレンドアの魔法使いが、その『盟友』と同じ早さで強くなっていってる驚異のルーキーがいるって話をさ。さらに、その後も順調に強くなり続けて今では『レンドアの守護術師マギウス』とか言われてるらしいじゃないか。悪いけどよ、あんまり見た目が地味だったんで気づかなかったぜ」
 それを聞いて、マギウスは気分を害することもなく笑う。
「はは、よく言われます。懐かしいですねえ。私は盟友の盟友フレンドではないのですが、『盟友』さんとは幽霊宿屋仲間でしてね。まあ、向こうは覚えてないかもしれませんが」
「……俺も実は『盟友』とは話したことあるぜ。向こうにとっちゃただの『町の人その1』だろうけどよ。多分ドルワームの英雄と讃えられ、金のキーエンブレムを授けられたあいつが『盟友』なんだろう。どうやってか、レンダーシアでは人間の姿でいることもあるらしく、情報が錯綜しているから謎めいて伝わってはいるがな。……この前も『エックスさん』がどうとか言う騒がしい女武闘家が『盟友』の足跡を探しに来ていたが、あいつはわかってなかったな」
 そういって笑う。そうやって『盟友』についての話題に花を咲かせていると、そこに騎士ファフリトと騎士トカチェ、戦士フィルディが連れ立ってやってきた。
「バトゥ殿、この度はお手柄でしたな。そなたの活躍のおかげで兵たちも損なわれずにすんだ」
 そのようなファフリトの称賛に、バトゥは膝をついてかしこまった。
「いえ……最後の戦いでは、ふがいないところをお見せしました」
「ほほ、これは殊勝な。私に勢いよくタンカをきったバトゥ殿とも思えぬ」
「……格の違いを思い知りましたから」
 バトゥは騎士トカチェの方をみやっていう。
「トカチェ様。パラディンではなかったのですね」
 戦い終わって好々爺にもどったトカチェが、装備しているパラディンチェインをつまみながら「ほっほ」と笑っていう。
「皆この服を見ると『光』属性を警戒してくれるでな。おぬし、ラッカランのコロシアムを観戦したことはないかのう。自分の装備をごまかして、ねらいを誤らせるのは常道じゃぞ」
 ファフリトが説明を引き継ぐ。
「……彼は『魔剣士』という特殊な職についてましてね。グランゼドーラの小さな酒場を中心に彼ら『魔剣士』たちはひっそりと、心の闇から生まれた魔物と対峙しています。いまはほとんど見かけませんが、昨今の冒険者業界の躍進を考えると、いずれは発見されて世には『魔剣士』がめずらしくなくなる時代もくることでしょう。それくらい強力なチカラを持っている職業です」
 そこにムワァ~っと瘴気のような猛烈なにんにくのニオイがトカチェから漏れでてきており、隣にいるファフリトやフィルディはもちろんのこと、その場にいる全員が鼻をつまんだ。トカチェはキョロキョロと周りを見渡して口をおさえて言う。
「そんなに臭うかのォ?……すまんの。わしは大魔剣士といわれたビッラ様の一番弟子でな。わしもビッラ様も全盛期はとうに過ぎておるが、このニンニクを食べた時だけは一時的に往年のチカラを取りもどすことができるのじゃ」
 わっはっは、トカチェは笑う。
「だから、口を開くなというに!」
 フィルディがそう言って、トカチェを羽交い締めにして連行していった。
 一同がその一幕をひとしきり笑った後、ファフリトが真面目な顔になって切り出す。
「……それよりもバトゥ殿!ミライ殿から聞きましたぞ、そなたが騎士団志望だという話を。そなたのような機転のきく若者は大歓迎ですぞ」
(……ミライのやつめ、余計なことを言いやがって)
 三人のドルワーム重鎮の少し後ろから、うかがうようにミライが様子を見守っている。
 バトゥは苦笑げに首をふり、うつむいて言う。
「……いや、ありがたい申し出ですし、もともとおっしゃる通り俺はあわよくば騎士団に入団できることを考えて行動してきました。しかし、最後の戦いをへて思ったのです。このままでは、俺はドルワームの騎士としても役に立てないだろう、と。俺は、実は冒険者として成り上がることがきつくなって、騎士団入団に目標を変えたのです。ようは逃げです。そして驕りでした。冒険者でそこそこにやってきたのだから、騎士団でも十分にやっていけるだろう、と。……そのような気持ちは、先の戦いでファフリト様やトカチェ様の奮闘ぶりを見て、こなごなに打ち砕かれました。俺のような半端な気持ちのやつが騎士になったとしても、やはり肝心な場面で、大切な仲間をまもれないのではないか、とおもったのです」
 ふ~む、とファフリトはその独白を聞き、いやいやと首をふってこたえる。
「そのあたりは、騎士になってから、修練しても良いとは思います……。誰しもが完璧なわけではありません」
 有望な新人をあきらめきれぬファフリトはそのように言うが、バトゥの意思は固かった。
「俺は、自分の心の弱さと向き合わねばなりません。……当面はこのまま冒険者を続けようと思います」
 そのように言った。そこに大声で呼びかけられる。
「そんなことはありません!」
 兵士アルルであった。兵士アルルは膝をついて、かしこまってファフリトに、そしてバトゥにむけても叫ぶ。
「バトゥ殿は常に最善をつくしてくださいました。最初の遭遇戦のとき、二度目の中庭での戦い。そも、傭兵であれば勝ち目のない戦いは逃げたくなるもの。失礼ながら、バトゥ殿はなるほどフィルディ様がたほどの実力はないのかもしれない。……であれば、なおのこと。あのような勝てぬかもしれぬ強力な魔物に対し、一歩もひかずに共に戦ってくださったのだ。あなたが真の勇気があるということについては、疑いようのないことです。もしあなたが騎士となられ、今後も共に戦っていただけるというのなら、われわれ兵士としては望外の喜びであります!」
 そのようにアルルは自分の心情を吐露した。
「いや、それは……。俺の中で職業意識というか、給料分の仕事とか、そういったもので……。勇気とか、そういうものではない……」
 バトゥは真正面からの賛辞に気恥ずかしくなって、ボソボソと言う。
 そこにトカチェを隔離して戻ってきていたフィルディが話しかける。
「……ちょっと気になってたんだけどよ」
 といってフィルディはバトゥを立ち上がらせてポンポンと肩を叩いたり足回りを確認したりして、うーーん、と唸る。
「……なんです?」
 バトゥはしばらくされるがままになっていたが、ついに聞いた。フィルディはこたえる。
「……いや、おめえさん、戦士としては力とか身の守りはかなりイケてるぜ。もうちょっとでガーディアンの試験を受けられるくらいにはな。そのわりには技はそこまで……」
「……不器用なんですかねぇ」
 バトゥは自嘲げにうつむく。
「いや、ちげえな。……おめえは戦士の心と向きあっていない」
 よくわからぬ事を言われて、バトゥはとまどう。
「……もしや?」
 ファフリトとフィルディは、顔を見合わせてうなずく。
「ふむ、そなたのような情報に精通した冒険者が、それを知らないとはな。いや、人生においてちょうどよいタイミングで必要な試練があらわれることの方が珍しきことか。それが運命のように目の前にあらわれ、自然とこなしていくような人々こそが、英雄、達人、豪傑、そして勇者や盟友などと言われるのでしょう。だが、そなたはここで私にあいました。いつからでも遅くはない。……数ある戦士の試練の中でも、我々が知っている試練。アガペイ師への紹介状を書いてさしあげましょう」
 ファフリトは、さらさらと一筆をしたためる。
「ありがとう……ございます」
 バトゥはなんのことだかよくわからずに、だが、その渡された紹介状を『だいじなもの』だと思って、丁寧にしまう。ファフリトは言葉を続ける。
「まず、その紹介状のアガペイ師を訪れるとよいでしょう。そして、そなたのいう通りそなたは冒険者としてもう少し大胆に、ドワチャッカ大陸の外を自分の目で見てくるとよいのかもしれません。そうして、一、二年ほど世界を見てまわってくるとよろしかろう。その時、もしドルワーム王国騎士団に気持ちが向いていたら、ぜひとも私のもとを訪れてください。……そなたの席は開けておきましょうぞ」
 バトゥはファフリトの気遣いを感じ入って平伏し、大声で再び礼をのべる。
「ありがとう、ございます!」
 そこにガンジョウが、ガシッとバトゥの手をつかんで立ち上がらせる。
「バトゥさんよ、俺も付きあうぜ。俺はあんたが気に入った!」
 さらに僧侶ミライが二人の手の上に、自らの手をのせる。
「私も参りましょう。あなた方は危なっかしいので……」
 そのように、目を伏せて恥ずかしげに言った。
 そしてすこしの間、シーンと、沈黙がおりる。
「…………?」
 魔法使いマギウスはそのようすをうかがっていたが、どうやら何かを待っているような雰囲気をようやく察して、キョロキョロと周りを見渡し、自分を指さしていう。
「あ、僕すか!僕はレンドアに帰ります!モコモコパークの皆が待ってるんで!!」
(……マイペースさんめ!!!)
 三人の心の声がこだましたような気がした。

 タウラダインが最初に出現したであろう『崩れゆく虚室』の状況を確認しに、おそるおそる現地に入ったメンバーは、思わず目を背けた。
「むごい……」
 バトゥたちより先行して派遣された部隊である、兵士・冒険者たち合計八名のむくろが原型もとどめないほどに鈍器でうちすえられ、散乱している。騎士のひとりが、連れ立った僧侶たち、賢者たちへ「どうでしょうか」と一縷の望みにかけて振り返る。
 しかし僧侶、賢者の面々は悲痛そうに首をふる。
「ここまで、肉体が破壊されてしまっては……。そして、この場でさまよっている八つの魂も、すでに混濁してしまっており、肉体に個別に戻すことは至難のわざと言わねばなりますまい……」
 騎士は肩を落とす。
「やはりそうですか。覚悟していたこととはいえやるせない事だな。僧侶殿、せめて亡者にならぬよう鎮魂の儀式を。そして遺品を家族の元にもって帰らねばな……」
「……~~~」
 そこに、声が聞こえてきた。神聖な祝詞とも、邪悪な呪詛とも判別つかぬそれは、その場に青い光の陣をえがきだし、壊れていた肉体はそのひややかな青き光によって徐々に修復されていく。その場にいた騎士、僧侶、賢者たちは驚きの表情でふりかえって、その術者を畏敬の念で見やる。
「ディオニシアどの……!これは!!」
「…~…」
 術途中のディオニシアはかまわずに詠唱をつづける。『反魂の秘術』。死を極めたものだけが使える奥義であった。
 肉塊にしか見えなかった兵士や冒険者たちのむくろが徐々に形をとりもどしていく。僧侶や賢者たちにはさらに、信じられないものを見た。そこに渦巻いていた無念の霊のかたまりのようなものが、少しずつもつれあった濁った魂のようなものになっていき、最終的には八つのひかる霊魂として輝きをとりもどし、それぞれの肉体にもどっていったのだ。
 そして、ついに兵士たち、冒険者たちが目を覚ました。
「うう、ここは……?俺はどうなった」
「私達は、確かあの牛の化け物と戦って……」 
 茫然自失状態の彼らを、騎士や兵士たちはワッとよろこびの歓声をあげて取り囲む。
「お前ら!よかったな!!」
「もう駄目かと思いましたよ、先輩!」
 そういって、泣きながら抱きつくものもいた。
(……)
 そのような喜びの喧騒が沸き起こっているうちに、ディオニシアはその虚室を注意深く歩いていった。
 部屋中央付近に砂が川のようにながれている。
(抵抗がこのあたりから……)
 ディオニシアはその流砂にすっと手を入れてごそごそと動かしていたが、硬い石のような感触にたどりつく。
(あった……!)
 ひきあげると、それは暗黒色に鈍く光るタリスマンであった。まがまがしきオーラをはなつその呪物を、ディオニシアは手早く見分する。
 
(全体は『暗夜の魔石』をベースに作られているようですね……。その表面にはデスマスターの秘術がびっしりと彫り込まれている。タリスマン上部に埋め込まれているのは『魔瘴石』……。これがおそらく力の源となっているのでしょう。下部に埋め込まれているこの白い宝石は……)
 様々な死の秘術、魂の奥義を思い起こしながら、もしや、とディオニシアは驚愕に目を見開く。
(これはまさか。強力な占い師が人の心を操るという『ピュアパール』!?……なるほど、精神と魂はちかきもの。この宝石と書き込まれた秘術によって魂を蒐集し、この地にとどめおいていたのか。……ギスマイヤー、あなたは邪悪な人物であったらしい。しかし、まごうことなき天才でもある)
 そのタリスマンを持参した魔法布で包みこんで、さっとみずからの衣装のなかに忍びこませる。
 何事もなかったかのように戻るとディオニシアは、生き返った人々や、騎士、僧侶、賢者にかこまれて感謝の念や賛辞がおくられることになった。
 ディオニシアはそれを、上の空で受け止めつつ瞑目して思った。
(私の目的は果たしました。これで、あとは……)

 人々が戻ってきた中庭。
「やあれ、やれ。やっと騒ぎが終わったか。まあ発掘事業には、この手のトラブルはつきものというもの……」
 あれほどの戦闘があった後にもかかわらず、研究員のひとりはふてぶてしくもそう言って、ウルベア魔神兵のところに戻ってきていた。他のメンバーも呼び寄せて、写真をとりはじめている。そして、どうやってこの巨大なウルベア魔神兵を持ち帰るかの検討に入っていった。さらに、虚室に行っていた部隊や、いったんひいていた王子や護衛隊の面々も戻ってきて中庭には集結し、にわかに賑やかになってきていた。
「まあ、各部を切断して主要パーツに分類し、解体してバラバラで持ち帰るのはやむを得ないな。もったいないが、この巨体をこのまま持ち帰るのは無理だぞ」
「現代の技術で修復できるかは不明ですが、無理だとしても技術力の向上に寄与することは間違いないですよ」
「ビャンリーダー。魔神兵引き揚げの準備にとりかかってもよろしいか?」
 そう言って、ほかの研究員の面々に様々な切断するための器具を用意させている。
「……すまぬ。すこし、すこし待ってくれまいか」
 ビャンはめずらしく動揺しており、魔神兵の側面を見てはメモをとり、頭部をためつすがめつ見分する。
(本当に、本当にそうなのか……?しかも、エネルギーは尽きておるが、頭部の状態からしてつい最近まで起動していた可能性が……)
 そこに、何かを発見したらしきラミザが慌ててビャンに駆けよって、一冊の手記を渡す。
「ビャン君、これ……!」
 それは、ラミザがその中庭のはずれの作業台で見つけた、ボロボロの手記。
 ビャン・ダオはそれを読み進めるうちに、わなわなと震えていった。
『今日もリウ老師はお帰りにならなかった。私はもう長くない……。きっと 再会することは かなわないだろう。閉鎖された研究所…… 心残りがあるとすれば、今も その扉を守り続けているウルベア魔神兵〇八号のことだ。私には 命令を解いてやることもできない。どうか一日も早く リウ老師がお帰りになり あの子に 安らかな時間が 訪れんことを……。』
 手記には、そのように書かれてあった。
「やはり、これは、リウ老師の……!」
 ビャン・ダオは泣いた。
(そうであった。余の時代の人間はこのように知能を持つ魔神機を、相棒として人のように扱っておった……。この〇八号はここでリウ老師を待ち続け、ついに果てたのか)
 ビャン・ダオはうずくまって、嗚咽しながら叫ぶ。
「……すまぬ、すまぬ。皆のもの!この魔神機はこのままにしてやってくれんかの!こやつは余の師であるリウを何千年も待ち続け、ついにはここで果てたのじゃ。これは墓標。こやつを研究材料としてバラバラにして持ちかえるというのは、あまりにも不憫じゃ……!」
 ビャン・ダオのその叫びが中庭に響きわたった。
 喧騒につつまれていた中庭は、いったん静まりかえった後に、ざわざわとしはじめた。
 まっさきに現場に戻ってきていた、強気な研究員がハァ~とため息をつき、たしなめるように口火を切る。
「……いや、ボス。アンタの『ごっこ』に付き合ってられんのよ。アンタが優秀な発掘者だっていうの認めるし、だからこそ俺たちもついてきた。だが、ここでそれはあんまりだ。予算が組まれ、ここまでの人数を動員して、ディオニシア女史の秘術がなければ人死にだって出ていたんだ。確かにこの制圧戦で巨大な動力室の調査なども行われ、他にも一定の成果は得られそうではある。だが、目玉はそいつだ。そいつを持ちかえらない事には話にならない」
 そう言ってゆずらない。そしてビャン・ダオを無視するように、後方の研究員に切断の準備をするように指示をだしていく。
「やるぞ」
「や、やめてたもれ」
 そのウルベア魔神兵を守るように立つビャン・ダオを引きはがして調査員数人で取り押さえようとし、ビャンは抵抗して暴れる。
「もちろん、そ、そちたちの言い分もわかる。正論じゃ!わかるのじゃが……!」
「聞き分けてください、ビャンリーダー。ただのモノ、魔神兵の残骸ですよ。そんな人を悼むみたいに……」
「いよいよ、頭ガテリア人になっちまったのかよ!最初に言い出したのはアンタだぜ。ホラ吹きならまだしも、研究の邪魔までするのはいけねえな!」
 研究員たちはビャンとそう言って口々に、ビャンの奇行を責め立てる。
「ぐううううう」
 取り押さえられたビャン・ダオがうめく。
(〇八号!余は、余は、お前を守ってやれぬ!この世界でよかれと思ってやったことが、そちを傷つけることとなってしもうた。余は、どうすればよかったのじゃ!)
 そのように悔恨と怒りの念をつのらせていく。そして、普段は気にもとめていなかった周囲の態度が、ここにきて急にビャンに孤独を感じさせた。やはり自分は異邦人であったのだと。
 その現場を見ていたディオニシアは、ビャンにまとわりついていたガテリア人の霊の残滓がビャンの無念に呼応するように猛々しく怒り狂っており、今にもビャンを取り込みそうになるのを見て取った。
(いけない……このままでは悪霊となり、ビャン皇子をよりしろとして強大な魔物と化してしまう!)
 そう思ってディオニシアは前に出ようとした、その時。
「……やめないかっ!」
 そこに、大声で制止が入った。
 何者かとふりかえって、全員が驚愕した。なんと、怒声の主はラミザ王子であった。みな、ファフリトですらも彼のこのような声を聞いたことがなかった。
 顔を見るといつもの無表情とさほど変わらなかったが、目はわずかにすわっていた。
「やめろ。彼は僕の友人だ。はなせ」
 そのようににらまれ、研究員たちはビャンを即座に解放する。だが、ビャンと言い争っていた強気な研究員は食い下がる。
「しかし、王子!ここまできて、この魔神兵をあきらめよとおっしゃられますか!」
「……」
 ラミザ王子はいったん皆に背をむけて、何事かを考えているようであったが、振り返ったときにはすでに怒気はなく、笑顔のようであった。
「……いやあ、これだけの逸品だ。もったいないよ。このままの姿で持ちかえりたいと思うでしょ?方策を考えようよ」
 その笑顔とほがらかな物言いに逆に気圧されて、研究員はさがる。
「いや、し、しかし!これだけの巨体を持ち上げて運ぶ方法はありません。事実上ここに残置せざるを得なくなります!」
「じゃあ、当面はこのままだね。方法が見つかるまではここはこのままだ。……いいね?」
 そのようにラミザは笑って断じる。
 研究員はうぐぐ、と言葉に詰まる。
(ラミザ……すまぬ、いや、ありがとう。余のために動いてくれたのじゃな)
 ビャンはラミザの行動に感じ入った。
(だが、このままでは余のために、ラミザと臣下の間に亀裂がはいってしまうやもしれぬ……それはならん)
 ビャンはウルベア魔神兵を駆け上がり、肩にのる。
「な、なにを?」
 研究員のひとりがビャンの行動におどろく。
(……やはり、これじゃ)
 ビャンは魔神兵の首の後ろあたりのカバー部を探し当ててひらき、中にあるボタンを強く押し続けた。
 ついに、パッカリとその後頚部がひらき、中にはくすんだ球体があらわれてきた。ビャンはそれを丁寧に機体からとりはずし、そして掲げた。
「ラミザ殿!そして皆のものよ、見よ!この魔神兵こそがリウ老師最新作、魔神機〇八号ぞ!そしてこの球体こそがこの〇八号のコアであり外部通信装置でもあるのじゃ!この機体は頭部の状態から最近まで動いていた可能性がみられる!余がこれを持ち帰り、じきじきに研究をする。もしこのコアを復活させる事ができれば、この魔神兵は再起動してみずからの意思でドルワーム王国に移動できることじゃろう!」
 そうビャンはさけんだ。
 おおお、とどよめきの声があがる。研究員たちは口々にいう。
「あのわずかな時間で、そこまで看破するとは。やはりビャン・ダオ……、あなどれません」
「……ふん、派手なパフォーマンスしやがってよぉ。まあいいぜ、俺は結果を出してくれれば認めてやるよ」
 しぶしぶも納得しつつ、研究員たちはさがっていった。
 この場は、そのようにおさまったのであった。

 その夜。防砂ダムの天幕の中では、ラミザとビャンが語っていた。
 ビャンはまだ気落ちした様子だった。
「……ラミザよ、昼は助かったぞよ、ありがとう」
「いいよ、気にしないで。……でも、よくわかったね。あそこにコアがあるって」
 ビャンは動かぬ〇八号のミニボディを見ながらいう。
「上位機種や試作機にはあのように、内部に偵察用の子機がついておるものなのじゃ」
「……子機?コアじゃなくて?」
「正直なところ、余にもわからん。こやつが魔神機〇八号のすべてをつかさどっておる脳のようなものなのか、単に外部をさぐるための装置なのかはな。前もいうたとおり、余は本格的にガテリア技術大系を学ぶ前に永き眠りについたゆえ技術の専門家ではない。……じゃが、余はこの〇八号のミニボディについて研究してみようと思う」
「いいと思うよ。これで、リウ老師に近づけるね」
 ラミザは笑ってその意見を肯定する。
 しかし、ビャン・ダオは寂しげに〇八号のミニボディを見つめながら笑っていた。
「……じゃが、余のやったこと、これからやることが正しいことなのか、余には自信がもてないのじゃ。そちも見たであろう、あの手記を。〇八号はついに三〇〇〇年の使命を終え、安らかな時間がおとずれたのじゃ。それを余がふたたび手にし、うまくいくにせよ、いかぬにせよ、こやつの眠りをみだすことになる……」
「……」
 ラミザは少し考えて、やはり笑顔でいう。
「……やっぱり、良いと思う。あの手記の筆者さんはさ、〇八号をひとり残していくのがかわいそうだったんだよ。ビャンくんがもし、その……ミニボディだっけ?それの復活に成功してさ。〇八号が目覚めて、昔のリウ老師を知る君が目の前にいたら、ぜったいに嬉しいと思うよ!」
 それを聞いて、ビャン・ダオは泣き笑いの顔になり、表情をくしゃくしゃと歪めた。
「そう、言うてくれるか……」
 無論、ラミザは技術者ではない。古代人の機械への思い入れも、その機械が本当に喜んだりするのかもしらない。もしかしたら欺瞞かもしれぬ。適当なものいいだったかもしれぬ。だが、ラミザのこの言葉でビャン・ダオは確かに前に進めるようになったのだった。
(……)
 昔、ラミザはファフリトに言われたことを思い出していた。
『真の友とは、えがたきもの。ただの友人は一緒に遊んだり、話したりする楽しい存在ですが、それだけです。しかし友が迷った時にその想いをくみとり、道しるべとなることができれば、その人は生涯かけがえのない、……となることでしょう』
 このようにして、ドルワームの王子とガテリアの皇子は親友となったのであった。

【小説】奇跡の代償は 9章『王子と皇子が出会ったら』


奇跡の代償は 9章『王子と皇子が出会ったら』

■概要
Version4のアフターストーリー、第9話。
舞台はV5.0終頃のドルワーム王国。
主人公は魔界で行方不明扱い。16000字程度

■9章『王子と皇子が出会ったら』のおもな登場人物
ラミザ:ドルワーム王国の王子
ファフリト:ラミザお付きの騎士
ドゥラ:ドルワーム王国王立研究院院長
ビャン・ダオ:少し前にドルワームに現れた風来坊。大昔に滅びたガテリア皇子を名乗る。


 ラミザ王子とビャン・ダオは、当初から親しい間柄というわけではなかった。そもそも会って会話するような機会がなかったと言うべきだろうか。
 最近ドルワーム王国にあらわれたビャン・ダオという同世代の風変わりな青年が立身出世をなしとげ、ドルワームの誇る王立研究院において重要な役割をにないつつあるという話は、ラミザの耳にも水晶宮内のウワサとして届いてはいた。だからといってラミザは、そのウワサの彼を『どれどれ、見に行ってみようか』というタイプではなかった。また、自身を古代のガテリアの皇子などと自称し、ドゥラ院長の支持をとりつけて多くの研究員・兵士・冒険者を指揮下におき、自信満々に発掘計画を進めていった上に、その数々の発掘を成功させたといわれる当代の豪傑ビャン・ダオからしてみれば、自分のようなお飾りで騎士団長職についているようにみえる人間など、歯牙にもかけないのではないかと思っていたのだ。最近は王族としての自覚もめばえ、職務も精力的にこなし、騎士団を中心にラミザをもり立てていこうという気運もあるが、がんらいのひっこみ思案な性格まではそうそう変わるものではなかった。そういうわけで、ラミザはビャンと話をかわすこともなく、おつきのファフリト爺から遠目に「あの方が、最近頭角をあらわしてきているビャン殿でございますよ」と教えてもらうくらいであった。しかし、ラミザにはそういった英雄豪傑のたぐいにあこがれはあって、あってみたら話を聞いてみたいとは常々思っていたのだが、そういう機会もなく時はすぎていった。
 むしろ同じ王立研究院に所属するドゥラ院長とビャン・ダオは二人三脚で各地の発掘計画を進めており、こちらは親密な間柄のようであった。
 ビャン・ダオは登場からこちら、水晶宮では常に話題の人物といってよかった。かつて、ドゥラ院長が孤児出身の天才少年として彗星のごとくあらわれ、またたく間に一六歳という若さで王立研究院の院長にまでに上り詰めた時ほどの衝撃ではないものの、タイプの違う奇抜な俊英ビャン・ダオについて、ドルワームの知識層・指導層は驚きつつも若き才能が出てきたことを喜んでいた。

 そのはじまり、ビャン・ダオが現代の歴史の表舞台にあらわれたのはチリ王女・城主ダストン誘拐未遂事件が水晶宮を騒がせた、すこし後ほどであったか。
 その日、ドルワーム水晶宮の研究院事務室の前に明朗な声が響きわたった。
「頼もうー、たのもうー!」
(……はて、うちは剣術道場だったかな?)
 当直の事務員は、古風な呼びかけをそのように思って部屋から顔を出して声の主を確かめると、はたして腕をくんだ青年が、道場破りよろしく威風堂々とこちらを見上げているではないか。手には、ドワチャッカ各都市の教育機関や酒場などで配られている研究者登用のパンフレットを手に握りしめている。
「おお、そちがここの役人か。これを見てやってきた。余は、この仕事で役に立つことができると思う。どうじゃ?余を雇ってみる気はないかのう」
 
 そのビャン・ダオが王立研究院トップであるドゥラ院長の元に通されたのは程なくしてであった。
 ドゥラが、研究院の事務局長からひそかに渡されたメモに目をやると、走り書きで、
『優秀な若者か、稀代のホラ吹きか?ご判断いただきたく』
 とある。事務局長は同席せず、別室でビャンから渡されたものを何やらあわただしげに調査しているようであった。
(……ふむ、年のころは私や、ラミザ様と同じかな)
 ドゥラは向かいに腰かける、その尊大な同年代の青年を少々うろんげに見やって、まずは話しかける。
「あー、ビャン・ダオどの、でしたかな?古風な……ガテリア風のお名前ですなあ」
 おお、とそれを聞いてビャンは膝をうってよろこぶ。
「なんと。この時代に、それがわかる御仁に出会えるとはな。いかにも、余はガテリアの生まれゆえな。かつてガテリア皇国の皇子であったビャン・ダオと申すものだ」
 は、とドゥラは口をあんぐりとあけてしばらくかたまり、しぼりだすようにその驚愕の言葉を反芻する。
「……ガテリア、の、皇子ですと?」
 事務局長のメモ書きを思い出しながら、心のなかでさけぶ。
(いやいや、ホラ吹きなどという生やさしいレベルではないぞ、狂人ではないか!)
 ビャン・ダオはそのドゥラの愕然とした表情を見つめて、苦笑して続ける。
「……はっは、余にも、わかるぞよ。このように言わない方が良いことはな。だが、余は自分をいつわれぬ。いまやただのビャン・ダオではあるがな。このように登用の場に際して、自分を説明せよ、今まで何をしておったのかなどと問われると、このように答えざるをえんのだ」
 虚言をうまくいいつくろう方法については、わが師からは教わっておらなんでな。と、そのように言って話を続ける。
「そちたちは、かつてのガテリア・ウルベア全盛時代の機械装置群を『神カラクリ』と称して復元して使っているそうではないか。その中には使い方や使い道がわからぬものも山のようにあるとも聞く。余は、わが師からガテリア技術大系を本格的に学ぶ前にこの現代に来ることになってしまったので技術者としてはさほどの実力ではないが、当時の人間としてアイテムの使い道や地理などは心得ておるぞよ。そのような『神カラクリ』の発見、復元、現代においての役立て方、そのあたりに寄与できると考えている。どうだ、だまされたと思って雇ってみる気はないかの?」
 そう言ってニヤリと笑うビャン・ダオを見て、『山師』というワードがドゥラの頭の中をよぎった。
(だまされるやつがいるものか。なんだってこんな大馬鹿者が私のところまであがってくるのだ!事務局長は何を見ていた?)
 ドゥラは内心でそのように思っていたが、このような奇人変人に直接的なことをいって暴れられてもこまる、という思いで、もともとは思ったことが顔にでやすいドゥラにしてはめずらしく、おもては慇懃にほほえみを浮かべながら、しかし拒絶の言葉をのべる。
「……にわかには、信じがたいお話のように思えますなあ。冒険者として、当院からの数々の依頼に関わっていただくことは否定しないが、王立研究院ではたらいていただくというのは……」
 ドゥラは、いやはやと首をふる。
 そのような反応には慣れているのか、ビャン・ダオは動じずに旅鞄から本を取り出す。ドルワームの大学で一般公開されている『神カラクリ調査報告書』の前年度版だ。
「まあ、そうせくでない。これじゃ。これについて余も見させてもらったぞよ」
 そういって本のページをパラパラとめくって王立研究院メンバーによる調査結果概要のページにたどりつく。
『ウルベア帝国首都があったとされるウルベア地下遺跡について、研究院と冒険者からなる定期捜索隊が四次にわたって派遣されるも、かんばしい成果は得られなかった。
 おもな取得物:ウルベア金貨四枚、ウルベア銀貨十枚、ウルベア魔神兵の左足、こわれたポンプ、古代のレンチ、ドルボードの残がい
 また、冒険者業界が活況を呈し強力な冒険者が多く輩出されるようになった昨今の事情から、強力なモンスターが跋扈する、ガテリア皇国首都があったとされる『最果ての地下遺跡』にも、ベテランの冒険者たちを雇い二度の調査隊が派遣されることとなった。こちらは皇宮近辺が現存しており考古学的価値は認められるものの、未知・または有用な『神カラクリ』の回収という本来の目的を達成することはできなかった』

 しめされたページを見て、ドゥラは嘆息する。
「……国費をつかって行われた調査としては、ふがいない結果ではありますな。六種族の歴史の中でも類を見ないほどの繁栄を築いたウルベア帝国。その巨大なウルベア帝国の広大な地下首都があったとされる、ウルベア地下遺跡は常に最大の『神カラクリ』供給源でありましたが、滅亡から三〇〇〇年の間にほとんど掘り尽くされてしまっている。まれに、動作するウルベア魔神兵などと遭遇する幸運もありますが。とはいえ、ほかの遺跡は小さかったり朽ち果ててしまっていたりとなかなかそれに取ってかわる遺跡というのはないものです」
 ドゥラの説明に、ビャンは不満げな顔でいう。
「余から言わせれば、そちたちはすこしウルベアを重視しすぎるきらいがあるの。ここドルワームからだとガテリアのほうが近いというに」
 ふむ、とドゥラは興が乗ってきたのか、このうさんくさい青年の出す話題にすこし真面目に答えはじめる。
「……ガテリアにも、もちろん興味はあります。しかし、ガテリアの遺跡は数が少ない上に規模も小さめなのです。ガテリアはウルベアとの大戦争に敗北し、その凄惨な大戦の中では大量破壊兵器を使われ、首都を含めほとんどの都市が破壊し尽くされた。何十万、ことによると何百万の人々が死んだのだとされ、その魂はいまもガテリア首都近郊のボロヌス溶岩流をさまよっているのだといわれます。実際に遺跡群は多くはなく、現代に至るまでウルベア地下遺跡のような規模の巨大なガテリアの遺跡というのは発見されていません」
 ビャンの言った出自をまったく信じていないドゥラは、古代ガテリア時代の惨劇をてらうこともなく、ただの歴史としてつらつらと述べる。ビャンのおもてはかなしみに歪んだが、ぐっとこらえて数枚の写真を机におき、ドゥラの方にさしだして言う。
「……これを、見てたもれ」
「ふむ、これは?」
 最初の写真には、海際の切り立った岩崖の壁に地下に続いているのだろう洞窟の入り口が写っている。他の写真は遺跡の内部とおぼしき写真だ。どことなく最果ての地下遺跡と様式が似ている。
「現代でいう、デマトード高地の北西の湾岸部じゃ。険しい岩山をこえていかねばならぬので通常ではいけぬ。ドガという専門家をやとうて随行してもらい、たどり着いたのじゃ」
 ドゥラはペラペラとしめされた写真をめくる。
「洞窟の入り口……?他の写真は遺跡内部のように見えますな」
「ガテリア第二都市ハルバイの地下都市部への入り口と、その内部じゃ」
 さきほどのガテリアの惨劇の説明がこたえたのか、常にほがらかであったビャンは少しむっつりとして言う。
「……なんですと?」
 ドゥラは顔をあげてビャンの方を見る。のっぴきならぬ事をこの山師はいった。
「聖竜信仰がまだ途絶えておらなんだ三〇〇〇年前。平和なときは聖竜グレイナルの遺骸に近いこのハルバイは世界各地からの巡礼の人々を迎え入れるための港湾都市、商業都市としてさかえておった。そして大戦時には、そちのいうようにウルベアの大量破壊兵器のひとつ……『復讐の月』といわれる超兵器の犠牲となったのじゃ。じゃが、これは超上空から大熱線で地上を焼き尽くすというものでな。ハルバイは港湾都市という性質上、当時のドワーフ都市としては珍しく地上に多くの施設があった。そこが狙いやすかったからウルベアの四博士どもも標的として選んだんじゃろうがな。そうして地上部は一掃されはしたものの、そこはやはりドワーフの都市。地下部がある。そこはほとんど手がつけられておらぬ。……どうじゃ?そちのいう『巨大なガテリア遺跡』じゃぞ。まあ、無論ウルベア帝国城の遺跡ほど巨大ではないがな」
 とうとうと語りだすビャン・ダオをあっけにとられて見つめるドゥラ。
(位置も諸説あり、考古学会でも議論されていた幻の都市ハルバイの遺跡をこの男が見つけだしたというのか?)
 ドゥラは向き直ってビャンに問う。
「……だとしたら、世紀の大発見です。なぜご自身で発掘をすすめられて、そこの成果をひとり占めしないのです?」
「はっは、余や雇った者たち数人でできることなどしれておる。行くのにも一苦労じゃぞ?ウワサを聞きつけた道理のわからぬ冒険者に荒らされてもこまるしな。ここは最初から専門家にまかせねばならぬ。そして余はそのサポートができる。そう思うてここにきたのじゃ」
(……なるほど、ただの変人というわけでもなさそうだ。なかなかに筋道だっている)
 ドゥラの中で、ビャンの評価が『山師』から『勉強している山師』にグレードアップしていた。
(とんでもない出自を言い出すところから始めるのも、興味をもってもらうための手法というわけかな)
 そのように思っていたところ、研究院の事務局長が応接室に突然入ってきて、慌てた顔でドゥラに「少々、こちらへ……」と外へ呼びだした。
 廊下にでたドゥラは事務局長に問いただす。
「どうした?そんなに慌てて。あの男関連のことか?」
 そうです、とうなずいて事務局長は続ける。
「私と面談をしていた時に、まるで見てきたかのようにウルベア・ガテリア時代のことを語りだすビャン殿にたいして『あなたが過去人であることを証明できるものはありますか?』と問うたのですが……」
 ビャン・ダオは、その時に少し考えた後に次のように答えたという。
『余のこの衣装……ではあるが発掘したものを着たといわれれば、それまでじゃな。……ふむ、そうじゃな。そち達にわかるかのう?これじゃ。これを見てもらおうか』
 ビャン・ダオはそのように試すように言って、大事そうに植物のタネを渡してきたのだ。
「そして、ビャン殿が持ってこられていたこちらの植物のタネについて、水晶宮にいる専門家にわたして調べてもらっていたのですが……。なんとウルベア・ガテリア全盛時代より以前によく耕されていた作物の種子であり、ウルベア・ガテリア全盛時代をへて絶滅してしまったもの、つまり現存しないものであることが判明したのです!」
 ほう、とドゥラもおどろく。事務局長はおそるおそる言う。
「もしや、本当に、三〇〇〇年前からの来訪者なのでは……」
 それをドゥラは一笑に付す。
「バカを言うな。あの手の人間の手口だ。確かにこの世界はさまざまなことがおこりうる。通常の物理法則をこえた魔法、錬金、呪い、予知、創生などの様々な不可思議なチカラがあり、それを含めてのこの世界の法則であり科学ではある。私も、時空移動のチカラというものも頭から否定はしないさ。伝説的なプクリポの英雄フォステイルは時を超え、現代にもあらわれるという話も聞く。しかし、そういった伝説にかこつけて、ありもしないチカラを持っていると称して口八丁で人々をだます山師が多いのも実情だ。また、我々が研究対象としている過去のドワチャッカにおいて、時空移動の技術など一切出てこない。突飛にすぎる話ではないか。……それとも、彼がフォステイルに比肩する術師だなどと思えるかね?」
 理路整然とそのようにいってドゥラは首をふる。
 もし、ビャン・ダオが自身の時超えの手法は魔法じみた時渡りではなく、リウ老師の開発した身体を冷凍保存する技術であると彼らに丁寧に説明していれば多少の理解を得られたかもしれぬ。彼は自分をわかってもらおうという努力はそこまでせず、いつも自然体で、わるく言えば自分本位で話していた。ただその堂々とした言いっぷりはある種、のまれるようななにかがあった。ドゥラはそれを『山師の手口』と断ずる。
「しかし、この種は……」
 事務局長は、ビャンから『証拠』として出された種をみて言う。
「つじつまはあうさ。私はさきほど彼から幻のハルバイ遺跡を発見した、という話を聞いた。事実ハルバイかどうかはともかく、ガテリアの遺跡なのは間違いないのだろう。そこから、その種やあの衣装を取得したのだ。
 彼自身はどこかの貴族か豪商の息子といったところだろう。そして熱意をもってガテリア時代を調べている人間であることは間違いない。通常なら学者コースだろうが、あのとおり奇抜な性格だからな。一足とびに我々に直談判しにきたのかもしれん。調べているうちに、あのようにガテリアびいきが高じて、自身もガテリアの皇子と思い込むようになったのか、もしくは目立つためのキャラ作りとして考えたのか、そんなところだと思う」

「……なるほど、ではそのような不審な人物はお雇いになるおつもりはないとのお考えでありますか?」
 うーん、とドゥラは少しの間考え込む。
「まずは、その遺跡が有力なガテリア遺跡であることを確認する必要があるな。クセの強い人物ではあるが……裏が取れればガテリアの専門家としては信じてもよいだろう。熱意も申し分ない。残念ながら、わが研究院による調査が行き詰まっていたのも事実だ。その遺跡の調査に関して一隊をまかせてみるのも悪くはない。現状の閉塞した調査状況に風穴をあけてくれるかもしれん。確か、募集人材には学位がなくとも特殊技能所持者による採用枠があったな」
「はい、優秀な冒険者を迎え入れるための枠として」
「よし、そこにいれろ。後は彼次第だ」
 事務局長との話を終えて、ドゥラが部屋にもどってくる。
「いやあ、おまたせしてしまって申し訳ない」
 ドゥラは手をあげてビャン・ダオに対し中座したことを謝罪し、応接室のソファの上に座りなおす。対するビャン・ダオはソファの上にあぐらをかき、大物然として笑みを浮かべつついう。
「余を雇うかどうか、決まったかのう?」
 どちらでもよいぞよ、と言わんばかりの態度に『これが雇われるものの立場かな』とドゥラも苦笑してしまう。
「あなたの勝ちだ。まず正直に言うと、私はあなたが言われたかつてのガテリアの皇子であるということは信じきれてはいません。だがガテリア時代・遺跡に通暁しているのを認めることについては、やぶさかではないです。あなたには臨時研究員として調査団の一隊をひきいてもらい、まずはあなたがハルバイの地下遺跡だと主張される遺跡を入念に調査してもらいたい。その結果次第によっては正研究員として採用させていただきます」
「それでよい。願ってもないことじゃ」
 そう言って、ビャン・ダオは破顔する。こうして、ビャン・ダオはドルワーム王国でチャンスを得たのであった。

 その後は、トントン拍子という言葉は彼のためにあると言われるほどに、成果をあげて出世をかさねた。
 その功績を列挙すると、まずは最初にまかされたハルバイの遺跡調査は大成功におわり、考古学会でもその遺跡こそが幻のガテリア第二都市ハルバイの地下部分であることが認められた。
 また、『神カラクリ』の回収という意味でも、ハルバイや他の遺跡にて入手したアイテムをもとに砂上専用高速船『ガテリア号』を作成するという偉業をなしとげ、砂漠地帯やダラズ採掘場における調査が飛躍的に進むことになった。
 そのダラズ採掘場で、かの『巨大な繭』事件が起こったときは、ビャン・ダオはその砂上船『ガテリア号』を駆り、特務研究員として一軍をも率いる立場になり、旧知であった『盟友』の支援にかけつけたのだった。
 さらには気鋭の若手学者コルチョとともにおこなった潜水艇復元についても大きな功績があり、こちらも『ガテリア号』と名づけられた。元々はガテリアの地底湖作業用であったとされるその潜水艇は、外海でも耐えられる仕様を誇り、復元したあとはコルチョ主導のもとレンドアにおいて、性能試験もふくめて海底調査をおこなっているという話だ。
 また、ビャン・ダオが考古学会に一石を投じた有名な話として次のような逸話があった。ウルベアやガテリアには自動遊覧回廊といわれる、光る動く歩道ともいうべき装置があったらしいことは文献から知られているが、ガテリア遺跡の個人の邸宅から、それの簡易的なものとおぼしき装置が発掘されたのだ。しかし、その装置の動く床部分は2メートルもなく、一体何に使うのか発掘したメンバーは皆目わからなかった。頭をつきあわせて議論している学者たちとその装置を見たビャン・ダオは大笑いしていった。
「はっはっはっは!そち達がわからんのも無理もないぞな。額に汗してはたらく人間が当たり前の、この現代ではのう。……当時はの、ガテリアもウルベアもそれぞれ反重力移動装置や万能浮遊椅子などが普及しすぎておってな。それらに頼りきりの中上流の家庭においては運動不足が深刻な社会問題となっておったのじゃ。……その機械はな、運動不足を解消するために、家の中でそのみじかい動く床の上をただひたすらに走るためだけに生まれた装置ぞ。現代風にいうなら……そうじゃな、さしずめランニングマシンといったところじゃな」
 そのようにして、ビャン・ダオはドルワーム王国の最高峰知的エリートである王立研究員の中でも、遺跡発掘を主とする調査職のエースとしての地歩を築いていったのであった。

 そんなある日、ラミザ王子は郵便物を受け取った。差出人不明の不審な郵便物だったが、騎士団によって丹念に調べられてただの数冊の本であることを確認された上でラミザに渡された。
「うわわっ、これは……!」
 日頃、あまりはげしい感情というものが表情に浮かばないラミザであったが、その六冊の本をみたラミザは驚きとうれしさでさけんだ。
『週刊ウルベア魔神兵全6巻』!しかもピカピカの新品!?」
 ラミザの学生時代の青春であった模型部。顧問の大学者フィロソロス、部員のペリポンとともに数々のミニチュアを作り上げたことを思い起こす。模型部では、大地の箱舟やキラーマシンの模型など、人気のものは何でもつくっていたが、ドワーフらしくラミザはウルベア機神兵、ペリポンはプクリポらしく飛行する機械の模型が一番好きで、それぞれ組み上がったものを見せあっては喜んでいた。この本を贈ってくれたのは大学者フィロソロスだろうか。それ以外にラミザが喜ぶことを知っており、かつこのような貴重な本を贈ることができるような人の心当たりはフィロソロス以外になかった。しかし、フィロソロスもこのような本を譲ってくれるような殊勝な性格でもないようにラミザには思えて、不思議がった。フィロソロスは優秀でかつ優しい先生であったが、知識欲の旺盛さとともに所有欲も相当なものであった。しかし本を興奮して読み進め、ウルベア魔神兵の豆知識をどんどん得ていくうちに、なんとなく得心がいった。
(これ……、付録のウルベア魔神兵1/30ミニチュア模型がついていないな……)
 ウルベア魔神兵は、現代につくられた廉価なミニチュアも数多くあり、それらを一般的に模型部の面々はつくっていたが、この本の付録であったとされるウルベア魔神兵のミニチュア模型は現代の製品とは一線を画す精密さであり、非常に高額でオークションに出品されていた。学生の当時、王族の財力でそのミニチュア模型をオークションで三つも競り落としたラミザは、フィロソロスに垂涎の目で見られていた。それはもう大人気なく「ほーん!」と叫びながらハンカチを噛んでいた。
 ただしそれは、さすがに三〇〇〇年モノの骨董品。経年劣化し色褪せた部分も多いものであった。もしかしたらフィロソロスはこの本についていたピカピカの新品模型を手に入れたのではないだろうか。もしかしたら次にあったときに「ほほ~ん」と自慢げに見せつけてくるのかもしれない。その予告というわけだろうか。それはフィロソロスがいかにもやりそうなことのように、ラミザには思えた。
(そうだ、久しぶりに見に行ってみよう!)
 その本をみているうちに模型熱が高まってきたのは自然のことであった。かつて入り浸っていたラミザの模型部屋が、この水晶宮にもある。しかし精力的に騎士団の実務をこなしていたラミザは、ここ半年ほどは足を踏み入れていなかった。普段はお付きのファフリト爺がどこに行くにも付き従っていたが、やはりこういった趣味はひとりか、もしくは理解者同士でまったりと楽しむもの。事務仕事に専念して部屋にこもっているように見せかけて、こっそりとラミザは廊下に出ていった。
(爺や、ごめんね。ちょっとだけ……)
 ラミザは心中でファフリト爺にあやまりつつ、しかしうきうきと、『週刊ウルベア魔神兵』全6冊を抱えて模型部屋に向かっていった。部屋に入ってあかりをつけると、中には丁寧につくられた三体のウルベア魔神兵のミニチュアが迷宮を模した巨大なジオラマの上にポーズをとって飾られていた。
(久しぶりだ!やっぱり、いいなぁ)
 ラミザは六冊の本をテーブルに置いて、ハンカチで丁寧にホコリをふきとりつつ、ミニチュアのポーズを決めなおしてニマニマと眺めたり『週刊ウルベア魔神兵』に書いてあった豆知識がこのミニチュアでも再現されていることを確認してその精密さに驚嘆したりしていた。
 そこに、不意に声をかけられた。
「……ほう、これは。こまかく色も塗っておるのか。これはすごい。立派なコレクションじゃのう」
 ラミザは飛び上がらんばかりに驚いた。
「ひっ」
 振り返ってそちらを見ると、その声のあるじは、かのビャン・ダオであった。彼は腕を組んで、その完成度の高いジオラマをながめていたが、ラミザの方に向き直り、笑って謝罪する。
「すまぬの、驚かすつもりはなかったのじゃ。急ぎ足のそちの、その手にある本がどうしても気になって追いかけているうちに、そちはこの部屋に入ってしもうた。どうしようかと迷ったのじゃが、好奇心にまけて余も入ったのじゃ。真剣に模型と向き合っていたゆえそちは気づかなかったようじゃな、許してたもれ」
 そういった後、ビャンはあらたまって、右手の肘から上をあげて左手はさげる謎のポーズをとりながら挨拶をする。
「……そして、お初にお目にかかる、ラミザ王子殿。余は、かのガテリア皇国の正統なる継承者、第一の皇子ビャン・ダオ!」
 そう高らかに宣言した後に、その『卍』のようなポーズをといて苦笑していう。
「……だったものじゃ。いまは、ドゥラ殿のいち配下ゆえ挨拶する機会もなくここまできてしまったが、ラミザ殿には一度お会いしたいと思うておった。余は研究院所属じゃが、遺跡発掘や調査任務のさいに王国軍の兵隊を貸してもらう時もよくあった。そのような時の可否は軍隊のトップであるラミザ殿がされておると聞いた」
 そのように言って、ビャン・ダオはラミザの手元を見やる。
「……やはり『週刊ウルベア魔神兵』か!なんとも懐かしいものを持っておるのう」
 うれしげにビャンはテーブルの本を指さして、見てもよいか、とラミザに聞く。ラミザはコクコクとうなずく。
 人見知りのへきがあるラミザは、ビャン・ダオのぐいぐい来る感じにおされつつも挨拶をかえす。
「ラミザ……です。あなたが……最近すごく有名な、発掘の達人の、ビャン・ダオ……さん」
 ビャン・ダオは『週刊ウルベア魔神兵』をぱらぱらとめくりながら、笑う。
「はっは、かゆい二つ名じゃのう。たいしたことはしておらんぞよ。なにせ、余がガテリアにいた時に普通に知っておったことをただ伝えておるだけじゃ。……それに、そちは余のことを有名というが、この国の王位継承者にして騎士団長でもある、そちほどの有名人はおらぬぞよ」
 そういってカッカと笑ってラミザの肩を叩くビャン・ダオ。
 うわさ通り、気さくで闊達な人柄のようであった。そして、研究員や宮廷人の間で広く知られており、一部では物笑いの種でもある、ガテリア皇子という『設定』
 少し不思議に思うことがあって、ラミザはビャンに上目づかいで問うた。
「……ビャンさんも、ウルベア魔神兵が好きなの?」
 ふむ、と本を閉じてビャン・ダオはラミザの方を見てこたえる。
「はは、そうじゃな。妙に思うのも無理はない。かの実務に長けたウルベアの奸臣グルヤンラシュがそろえにそろえた、これら魔神機の大軍によって余のガテリアは滅ぼされたゆえな。しかし、そもそもはこの魔神機たちのルーツは我が師リウ老師がガテリアに亡命する前、ウルベアに仕えていた頃につくりあげたものじゃ。帝国で大量生産されたゆえ『ウルベア』魔神兵と俗称では言うがの、これは正式には魔神機という。〇七号までのプロトタイプを帝国技術庁にてリウ老師が完成させたが、ガテリアにリウ老師がやってきてのちも、小規模ではあるがガテリアでも魔神機はつくられておったのじゃ。余の命をながらえさせたものも、この魔神機にほかならぬ。それゆえ、余個人としては悪感情を持ってはおらぬのよ」
 そしてビャン・ダオはウルベア魔神兵のミニチュアを間近にして、うずうずとそのミニチュアを触りたそうにしている。ラミザはそれを見てとって、「いいですよ」と笑う。模型好きの人に悪い人はいない、というのがラミザの信条だ。ビャンはそれを聞いて、そっと精巧なウルベア魔神兵の模型を手にとって様々な視点からながめて、堪能する。
「ふ~む、造形美に関してはいかにもドワーフ好きのする、重厚感のあるつくりよな。やはりチカラこそパワーじゃ。おお、ほれ、見てみい。ここじゃ。ここを押すと胴体部が開閉するじゃろ?この内部はドワーフがひとりなら入れるようになっておってな。見い、この『週刊ウルベア魔神兵』4巻にも書いておる、中に入ったドワーフの身体を冷凍保存する機能じゃ。この時点で研究中の技術ゆえ、ウルベアでは完全に実現できたかはわからぬが、ガテリアでリウ老師は完全に成功させた。余が生きた証拠じゃな」
 ラミザは数千年ものあいだ、意識をなくして狭いウルベア魔神兵の中で細々と生をつないでいくという状況を想像して身震いした。
「すごい、ぼくだったら耐えられないかも……こわくなかったの?」
「起きたときに三〇〇〇年たったと聞いてさすがに余も驚愕したがの。冷凍中は寝とるようなもんじゃ。装置に入るときには、それは多少は抵抗を感じたがの。しかし、それよりも当時の余はウルベア皇帝暗殺の濡れ衣を着せられて逃げまどうておってな。敬愛するリウ老師が導いてくれた未来はそれしかあらなんだ。必死にあがいた結果だったのじゃ」
「ええ!どうして、そんなことになっちゃったの?」
 おどろいてラミザはさらに聞いていく。つぎつぎと聞く。純粋に、この青年の物語が気になったのだ。まるでかつて天魔を倒してくれた『盟友』のような波乱万丈の人生ではないか。ラミザも内気な青年にありがちな、自分がなれないような英雄の物語を聞くのが大好きなたちであった。
 ビャン・ダオは、おや、とラミザに向きなおり、目をあわせた。きれいな目をしている、とビャンは思った。これまで、ビャン・ダオの神がかり的な遺跡発掘能力をほめたたえる者はいても、彼の人生に興味を持ったものはいなかった。皆大人なのだ。ガテリア第一皇子、ウルベア皇帝暗殺の濡れ衣、時空転移。あ~ハイハイハイ、となる。そんな荒唐無稽なことは現実には起こらないことを彼らは知っているのだ。しかし、どうやら目の前にいる内気な青年はちがった。そのありうべからざる事を、しっかりと話せばありうる事として受け取ってくれる、稀有な人間なのだろうか。
 ビャン・ダオがとうに諦めていた自身への本当の『理解』。もしかして、それを得られる機会がおとずれたのだろうか。ビャンにしてはおそるおそる、ラミザに問うた。
「……そちは、余がどうやってここまで来たか、気になるのかの?」
「うん、とても」
 ラミザはてらいなく笑ってこたえる。
 ビャン・ダオはあらたまって、その模型部屋にある椅子に座った。
「そうか。……では話そうかの、少し長くなるが。余のこれまでの話を」
 ラミザも対面に行儀よくちょこんと座って、ニコニコとしてうなずく。
「聞かせてください」
 その隠れ家のような模型部屋で、長い長い自身の話をビャン・ダオは語りはじめた。三〇〇〇年前のドワチャッカ、いや世界の二大強国であった、高い科学力にささえられたガテリア皇国とウルベア帝国。その一方である、ガテリア皇国に第一皇子として生まれたビャン・ダオは何不自由なく幼少期をすごしたこと。それまで数百年、兄弟国として同じような技術力・勢力をもっていた二大国は切磋琢磨し、科学力を高めあったことが良い方向にでて、歴史上でも類を見ないほどの繁栄をしていたこと。しかし、ビャン・ダオの時代にはほころびがではじめ、卓越した科学力は地脈エネルギーを選択する方向にすすみ、この結果、より一層大陸の砂漠化を進行させていたこと。それにともない、残されたすくない領土や資源をあらそう覇権主義におちいっていったこと。一触即発だった当時の情勢。二大強国とはいいつつも、最盛期を極めたウルベア第七代皇帝ボラングムニスの時代以降のここ一〇〇年は、技術力や国力、世界への影響力では一歩おくれをとっていたガテリア皇国の現状。ビャンの生きた時代のウルベア皇帝は、民のためにつくす名君とうたわれたジャ・クバであったが、それをささえる側近たちには四博士や宰相グルヤンラシュといった野心家ばかりがあらわれ、彼らはおのが野望のために世論を誘導し、戦争をはじめたこと。戦争がはじまる前に、当時世界最大の発明家・知識人といわれ、ウルベア帝国の筆頭研究員として活躍していたリウ老師がウルベアの軍拡路線に愛想をつかし、ガテリアに亡命してきたこと。そのリウ老師という偉人に、短い期間ではあったがビャン・ダオは様々な教えを受け、それを誇りに思っていること。戦争の初期はゴブル砂漠を中心とした小規模な戦闘が主に展開されていたが、次第にエスカレートしていき国家のすべての能力を投入していく総力戦へと発展していったこと。その経過は凄惨をきわめ、拮抗していた戦局を打開するためにさまざまな新兵器・大量破壊兵器の実験場となってしまったこと。戦禍に倦んだ両国指導層は和平の道を模索しはじめ、そこに白羽の矢がたったガテリア皇子ビャン・ダオが、和平の使者としてウルベア帝国におもむく事になったこと。そのなかでウルベア皇帝ジャ・グバと会い、お互いによい感触をもった矢先に、なんとジャ・グバが殺されてしまったこと。戦争を続けたかったのであろうウルベア帝国宰相グルヤンラシュの奸計によって、皇帝ジャ・グバ暗殺はビャン皇子の仕業だと濡れ衣をきせられ、捕らえられそうになったこと。リウ老師の機転のおかげで魔神機にのってその場を切りぬけたこと。しかし疑いが晴れるまで、魔神機の機能でコールドスリープすることになったこと。……目覚めたらなんと三〇〇〇年経過した現代で、ガラクタ城主ダストンに拾われたこと。三〇〇〇年後の世界にウルベア帝国もガテリア皇国もないことに納得ができず、城主ダストン、その娘チリ、さらには後に『盟友』であったと知る英雄とともにドワチャッカ大陸全土を渡り歩き、仇敵グルヤンラシュや恩師リウの痕跡をさがしもとめて大冒険をしたこと。彼らは自分の無茶な要求にも、気が済むまで付き合ってくれた。そして、すべては過去の歴史として忘れ去られたことをついに思い知ったビャン・ダオは、故郷であるガテリア皇宮――最果ての地下遺跡――にて、自ら死ぬことを決意したこと。ダストンも『盟友』も、ビャン・ダオのかたい決意を止められなかったが、玉座の間の近くでリウ老師の残した魔神機が発見され、その中にはビャン・ダオへのメッセージと植物のタネがあった。それにより、ビャンは死ぬのを思いとどまったこと。最果ての地下遺跡から帰る時に、城主ダストンからは『養子にならないか』とさそわれ、とても嬉しかったが、自分の道を模索するためにそれを断ったこと。それからは単身でアストルティア全土をまわり、現代を知る旅にでて、自分のやるべきことを探していたこと。最終的にドルワームに行きつき、三〇〇〇年前の知識をいかしてこの現代の人々のために役立てたいと思ったこと。それらをとうとうとビャン・ダオは語ったのだ。
「……のじゃ。そうやって、ドゥラ院長にあうことができ、運が良いことに発掘・研究のメンバーとして認められるようになったのじゃ。あとはそちも知っておろうの?」
 ついにみずからの人生を語りきったビャンが、つとラミザの方を見やるとラミザはさめざめと泣いていた。ビャンはあわてる。
「ど、どうしたのじゃ」
 ラミザは目をぬぐって言う。
「……ひっく。ごめん。でも、泣かずにはいられないよ。ぼ、僕と同い年くらいなのに、そんな過酷な人生を。もうビャンさんが故郷も、家族も、友達も、この世界にないなんて。そして、今の時代の人たちがそれを信じてくれないなんてさ。ビャンさんはこんなに一生懸命生きてきたのにあんまりだよ」
 ラミザはそのビャン・ダオの孤独にふるえた。ビャン・ダオはラミザの肩に手をおいて礼を言う。
「……そちは優しいの。余の悲しみがわかってくれるのかや」
 ラミザはまだ少し泣きつづけている。ビャンは少し間をおいてからラミザに語りかける。
「…………こんなに話したのは久しぶりじゃ。そちは、聞き上手じゃの。余の話をとても熱心に、真摯に聞いてくれた。なあ、ラミザ殿。不思議なのじゃが、そちは余の話をうたがっておらぬように思える。余の話を聞いたものたちは一様に、嘘じゃホラ吹きじゃと言い、よく言うものでも、よくお調べになったのですねなどという。そのように言われることを、余はこの時代の人間からみれば当然のことかもしれぬ、として特に気にはしておらなんだ。しかし、そちからはそのような不審やあざけりを一切感じなんだ。なぜじゃ?」
 やっと泣きやんだラミザはハンカチしまって、笑っていう。
「だって、疑うところなんてひとつもなかったよ。ビャンさんが真剣に話してくれていることが伝わってきたもの」
 ビャン・ダオは、ほう、と目を細めてわらう。
「……そちは、りっぱな君主になれるの。ドルワーム王国は安泰じゃ」
「えぇ!そんなこと言われたことないよぉ。……爺やくらいかな『王子は大器晩成ですじゃ』と言ってくれるくらいかな。それも身内びいきのお世辞と思っていたのに」
 そういってラミザは手をふって否定し、はにかむ。
「その爺やの直感はあたっておる。そちは間違いなく大物になるよ。……」
 そして、ビャンにしてはめずらしくも、次の言葉を続けようかどうか、歯切れ悪くもぞもぞとしていたが、ついに切り出した。
「……のう。先ほど余のことをおもって泣いてくれたの。そして余は故郷や家族や友人を喪ったとも。ああ、別に責めているわけではないぞよ。余がいいたいのは……、そうじゃ、ガテリアも、両親も、よみがえらんのはその通りじゃ。余が残る人生をかけて復讐を誓った、仇すらもいなかったのじゃ。……だが友人はこの時代でも作ることができる。余が思うに、友人というのは信じあえることが大事じゃと考えておる。そちには今、余の人生をさらけだし、信じてもろうた。これは、このドルワームでは初めてのことじゃ。……どうじゃ、余の友人になってくれまいか」
 そういって手を差し出す。うん、うん、とラミザはうなずいて、すぐにその手を握り返した。
「よろこんで、友達になるよ!」
 そして、ボソリとうつむいて言う。
「……ドゥラくんも、もっとビャンさんのことを信じてあげればいいのになぁ」
 それを聞いたビャン・ダオは笑う。
「はっは、あの御仁は、あれでよいのじゃ。技術者というのはああいうもんじゃ。見たもの、確立したものしか信じず、まず疑いから入るその姿勢は正しいもの。過去ではそういうしっかりした技術者を多くみかけたが、現代では稀な資質のようじゃ。……それにドゥラ殿とも、付き合いが長くなればいずれわかってもらえる日もこよう」
 ビャン・ダオは笑っていう。そして、「それよりも」とつづける。
「友だちになったというに、ビャン『さん』とは他人行儀じゃな。ドゥラ殿はドゥラ『くん』であるのにのう」
 不満げにそのようにいう。しどろもどろに、ラミザが言い直す。
「え、ええと、ビャ、ビャンくん?」
 ビャン・ダオはうなずく。
「よいのう!そして、そちさえよければ、そちのことは『ラミザ』と呼ぼう。ただしこのような二人のみの場だけでじゃ。外ではそちの身分上さすがにまずいゆえ公式な場では今まで通り『ラミザ殿』と呼ぼうぞ」
「あ、ははは、僕はもちろんいいよ」
 と言いつつ、ラミザは苦笑する。
『ラミザ殿』呼びも、みんなに絶対おこられるんだけどね。多分みんな諦めてるだけで……)
 このようにして、ドルワームの王子とガテリアの皇子は友となったのであった。

 ビャンは嬉しげに言う。
「同年代の友人など、今も昔もおらなんだ。ガテリア時代も第一皇子の余には皆遠慮ばかりしておったのじゃ。だから、そちは同年代の余のはじめての友人ということになる。……友人は一緒に何かするものじゃという。そちは何かしたいことはあるかの?」
「……模型をつくったり?」
「よいの!ぜひ教えてたもれ」
 膝をたたいてビャンは嬉しがる。ラミザもここドルワームでも初の模型仲間ができて、ニコニコと喜ぶ。
「初心者向けのを買っておくよ。……ビャンくんも何か、したいこと、ある?」
 話をふられてウウム、と考えるビャン・ダオ。
「今は遺跡の探索じゃが、そちは連れていけんしの……」
(仕事人間だぁ……)
 とラミザは思った。
「……いや、そんなこともないのかの?」
 などとビャンは、むーんと、なにやら考えているようであったが、やがて名案を思いついたようで指をならす。
「そうじゃ、ラミザよ。……そちは1/1ウルベア魔神兵には興味ないかの?」
 ビャン・ダオは茶目っ気のある笑顔を見せてラミザにいった。
 

【小説】奇跡の代償は 8章『因果は、時を越えて』


奇跡の代償は 8章『因果は、時を越えて』

■概要
Version4のアフターストーリー、第8話。
舞台はV5.0終頃のエテーネ王国首都キィンベル。
主人公は魔界で行方不明扱い。2000字程度

■8章『因果は、時を越えて』のおもな登場人物
ラミザ王子:ドルワーム王国王子。今回の外遊で初めて王国使節団の団長を務める。
ドゥラ院長:ドルワーム王立研究所の若き院長。ドゥラ王子を支える。
ビャン・ダオ:王立研究所で最近名を上げている発掘調査部隊のリーダー。かつて滅んだガテリア皇国皇子


 学者先生たちがキィンベルの大通りで騒いでいる横を、茶・青・金の三色を基調としているドルワームの紋章旗を掲げた、贅を尽くした馬車が通り過ぎていった。これはエテーネ王国が各国代表にそれぞれ用意してくれたものだ。
 その中で、車窓から外を眺めているのはドルワーム王国のラミザ王子、向かいに座るのはドルワーム王立研究所のドゥラ院長だ。
 技術者としてのドゥラは、ここ数日の体験ですっかり心奪われているようで、感慨深げにラミザ王子に語る。
「いやあ!エテーネ王国の錬金術を基盤とした技術力は素晴らしいですな。わが国に眠る使いみちのわからない遺物のいくつかは、エテーネ王国に協力してもらうことによって解決するかもしれません。これは各国の使節団よりひと足早く来て、さまざまな驚くべき文物を見せていただいた甲斐がありましたなあ」

 ドルワーム以外の各種族の主要国首脳が、アラハギーロ王国が用意したレンダーシア内海用の大型船に乗って本日ようやく到着したと聞く。しかしドルワーム王国の使節団は、ドゥラ院長が復元した大型の反重力飛行装置に乗って、他国より一週間ばかりキィンベルにやってきており、様々な文物を目の当たりにしていたのだ。技術の民であることを自認するドワーフとして、この国の高い錬金技術は、とても興味深いものであり、特にドゥラ院長は大きな感銘を受けていた。
「うん、そうだね」
 といって技術者ドゥラよりはいささか低めなテンションでラミザ王子は生返事をしつつ、外を眺めていた。その騒がしい一団に気づいてつぶやく。
「あれっ、フィロソロス先生だ……。懐かしいなぁ」
「ほう、ラミザ王子は、あの大学者フィロソロスの教えを受けたことがあるのですか」
 対面のドゥラは、ラミザ王子が高名な学者の教えを受けていたことに驚いて問う。ラミザはうなずく。
「あ、知らなかったかな。うん、そうなんだ。昔、留学した時に歴史を教えてもらってたんだ。すごく偉い先生だったらしいんだけど、優しかった……。僕が周りと馴染めないでいるところを、模型部に入ったらどうかと勧めてくれてね。ウルベア魔神兵のミニチュアをたくさん集めたし、模型も、ペリポン君っていうプクリポの友達と一緒にたくさん作ったんだ。ペリポン君元気かなぁ。前手紙をもらった時には無職だと嘆いていたけど……」
 普段は茫洋とした、とらえどころのない表情をしているラミザだが、模型部の話をすると目をキラキラさせてうんうんと過去を懐かしんでいた。その様子を見たドゥラは内心落胆していた。
(あの音に聞こえる大学者フィロソロスの教えを受けて、最初に出てくる感想が模型の思い出とは……。ラミザ王子も、以前に比べて最近はしっかりしてきたと思ったが、やはりまだまだ頼りない。ここは私がしっかりとドルワームの屋台骨を支えていかねばな!)
 と気持ちを新たにするのだった。

 そして、もうひとり。その豪奢な客車部屋のすみにドワーフの青年がひっそりといた。
 それはドルワーム王立研究所の研究員、発掘調査部隊のリーダーとして、最近頭角をあらわしてきているビャン・ダオであった。しかしそのビャン・ダオは明らかに気分が優れない様子で、うつむいて首筋をおさえていた。
「どうしたの、ビャン君、大丈夫?馬車に酔ったの」
 ビャンの様子に気づいたラミザが声をかける。
「かたじけない、ラミザ殿。酔いではないのだが、アラハギーロで得体のしれない占い師に出会ってから、少々夢見が悪くてな……」
 ビャンはラミザの心づかいに無理をして笑顔をつくる。
「……少し横になったほうが良い?馬車だからまずいか。ちょっと降りた方が良いかな」
 あわあわと、ラミザは考えをめぐらす。
 
 自身を三〇〇〇年前のガテリア皇国第一皇子と吹聴するビャンは、ラミザに対しても対等な言葉遣いで話していた。ドゥラを筆頭とする王立研究所の人々には、ガテリアやウルベアの古代帝国の研究に没頭するあまり、自身もガテリアの人間と思い込んでしまっているのか、はたまたそういうキャラづくりであろう、などと思われていた。
 そうした、誰もが一笑に付す荒唐無稽なビャン・ダオの言い分を無条件に信じてくれたのはラミザだけであった。
 周りからビャン・ダオの事に聞かれた時、ラミザは芒洋と次のように言ったものであった。
「……だって、その方が自然だもの。ビャンくんは嘘を言っているとは思えなかった。ガテリア・ウルベア時代の知識もすごいし。本人が言う通りコールドスリープしてきた、って考えるほうが逆に無理がないんじゃないかな。目が真剣だもの」

「ははっ、さしものガテリアの皇子殿も、長期間の空中ドライブは堪えたかな」
 ドゥラがからかうように言う。それをラミザがたしなめるようんいフォローする。
「いや、あれは僕らもしんどかったよ……。アラハギーロで一泊してもなかなか大変だったのに……。よくも、マイユさんとダストンさんはドルワーム王国から『奈落の門』までの超長距離をノンストップで飛んでいったものだよ。それに僕らは後ろで風よけに守られて比較的快適に過ごしていたけど、ビャン君はずっと操縦していたんだしね」

 そのような、ラミザとドゥラの話し声がビャン・ダオには遠くに聞こえる。
 首はいっこうによくならず、ほんのりと熱いままだ。手を離したその首筋はほのかに黒ずんでいた。

 そしてビャン・ダオはアラハギーロで出会った、うろんな占い師から言われたことばを思い起こす。
 忘れられぬそのことば。ようやくこの世界に馴染み、日々の生活の中ではようやくそれにとらわれぬようになってきたという矢先。
 ビャン・ダオには、決して、決して、絶対に看過できぬ単語をその占い師は言い放ったのだった。

「キィンベルで『グルヤンラシュ』をさがすがよい……」

 そのように、占い師は悪魔がささやくようにビャン・ダオに告げたのであった。
「グルヤンラシュ……」
 ビャン・ダオは、一度は諦めかけたその仇敵の名前を、ラミザやドゥラにも聞かれぬように低くつぶやくと首筋がすこしうごめき、どす黒い感情が高まるのがわかった。
 

【小説】奇跡の代償は 7章『歴女、邂逅』


奇跡の代償は 7章『歴女、邂逅』

■概要
Version4のアフターストーリー。第7話。
舞台はV5.0終頃のエテーネ王国首都キィンベル。
主人公は魔界で行方不明扱い。10000字程度

■7章『歴女、邂逅』のおもな登場人物
マルフェ:エテーネ王国の貴族。歴史学者。
ヒストリカ:リンジャの塔を拠点にしている考古学者。
JB:凄腕冒険者「JB一味」のリーダー。レンジャー。
フィロソロス:グランゼドーラの大学者
ロッサム:リャナ地方を拠点に神話を研究する学者。

※注「JB一味」は『蒼天のソウラ』に登場するキャラクターです。
『蒼天のソウラ』で起こっている事象は、この小説内でも概ね同じような経過をたどっていますが、『盟友』はソウラ作中の『ユルール』ではなく『あなた』だとお考えください。


 歴史学者マルフェは、進歩史観の持ち主であった。
 エテーネ王国の歩んだ七〇〇年は、ユマテルの錬金術体系化からはじまって輝かしき科学と錬金術の発達とともに、人間族の勝利に彩られた歴史であった。それがなかば時見や指針書による底上げによるものであったとしても、エテーネ王国がつくりあげた数かずの文物や思想は、エテーネ人がはぐくんできた叡智が込められていることには違いはない、とマルフェは思っている。
 ここは、エテーネ王国がかつて存在した時代の五〇〇〇年後のアストルティアだという。彼女が小評議会付評議員となって、メレアーデから依頼された仕事は、この世界の歴史を調査することであった。彼女が選ばれたのは、エテーネ王国の文官であり歴史にくわしい貴族階級の知識人だからであろう。
 マルフェは、その調査に精力的に取り組んだ。この時代のエテーネ王国にやってきた冒険者や商人たちへの聞き取り。外交でレンダーシア大陸の諸国家にむかうメレアーデに随行し、グランゼドーラやアラハギーロでの文献調査。そのようにして五〇〇〇年の歴史の空白を知り、それを埋め、世界を知る。それ自体は自身の知的好奇心を埋める非常に楽しい作業であったが、この半年間でそこそこまとまった形になり、そのできあがった年表を見返してみて感じたことは、ちょっとした失望であった。
「はぁ~、てっきり宇宙船でもつくって、はるか外宇宙のかなたにでも飛び出しているかと思っていたわ。我々エテーネ以外でちょっとでも見込みがありそうなのは三〇〇〇年前、ドワチャッカのウルベア・ガテリア時代くらいじゃないの。案外、だらしないのね、六種族じんるいも。それとも時見や指針書のチカラはやはり偉大だった、ということなのかしら」
 そうマルフェは言って、豪奢な自室のベッドにゴロンと横たわって天井をみあげる。
(まあでも、文明の発展はさておいて、現在ただいまの歴史はおもしろそうよね)
 勇者、盟友、大魔王、魔族。五〇〇〇年前にはおとぎ話でしか聞かなかった単語ばかりだ。
 そしてマルフェにとって、それよりは馴染みの深い用語である『災厄の王』。かつてのエテーネ王国建国よりさかのぼること三〇〇年。レンダーシア以外の五大陸のことごとくを破壊しつくした末に眠りについたと言われる。その神話級の怪物を、なんとこの時代の冒険者たちは討ち果たしたというのだ。
 ここ千年間のような魔族との抗争がなかったことはエテーネ王国隆盛の要因のひとつだろうな、とマルフェは自分の取り急ぎまとめあげた、五、六〇〇〇年の歴史を振り返って思う。
(それに、メレアーデ様ね!少しのあいだ、一緒にレンダーシアの諸外国をまわる旅を一緒にさせていただいたけど、あのお方は天才だわ。この混沌とした現代世界において、メレアーデ様がどのように王国を再建していくのかを間近で目にできる。これはこの上なく幸せなこと。私はメレアーデ様の挙手一投足をメモしておいて、いずれはこの私が新生エテーネ王国の史書をかく。それが今の私の夢……)
 さらに、自身と同じ貴族たちの動向について思いをはせる。
(……ジャベリのおじさまが何やら画策してるようだけれど。私は断然メレアーデ様のえがく未来予想図に興味があるわね。天才と秀才の差、とでもいうのかしら。ジャベリおじさまが考えているらしき青写真は、どうにも古くさくていけないわ)
 そのように、バッサリと両者を比較する。マルフェはなんの分野にせよ、人間の才能のきらめきをことのほか愛していた。とくに、自分の到底たどり着けないような『天才』たち。過去のエテーネ王国建国時の英雄、錬金術の宗匠ユマテルについて熱心に調べているのも、その熱意のでどころは同じようなものであったろう。
 そのようにベッドでゴロゴロとしていたが、ジャベリから届いている手紙があったことを思い出す。机の方まで行ってペーパーナイフを取り出して、封を切る。
(……面倒事じゃないといいけれど)
 貴族でもあり、新体制の小評議会にも属している彼女は、難しい立場といえた。
(ふ~ん、なになに?グランゼドーラの若手考古学者ヒストリカ……なるものがエテーネ王国に来るから一週間ばかり面倒をみてやってくれ?まあ、それくらいなら、いいか)
 それに、この時代の若い学者に会うというのも、マルフェにとって興味深いことであった。
 
 エテーネ王国首都キィンベルを、甲高い声で喋りながら練り歩いている珍妙な一団があった。
 昨今、大エテーネ島の外世界から訪れた冒険者や観光客は多く、その整った都市構造や建築物に感嘆するのはよく見かける光景となっていた。しかしその一団の熱量は傍目にも異常で、道行く人々が何事かと振り返っている。
 太った老学者、金髪おかっぱの若い女、痩せたメガネの男の三人組がペタペタと道の柱などを触りながら大声をあげている。
 その先頭の太った老学者が、キィンベルの円環を基調とした建築物を指差して叫ぶ。
「ほっほ~ん!ヒスペリカ君。見たまえよ、この幻のエテーネ式トーラスを。細部はこうだったのか!」
「ヒストリカです、プロフェッサー。ですが美しい!感無量……いやさエモーショナルゥ!」
「この材質ホンモノだな……エテーネ王国がまさか、そっくり現代に現れるとは……まだ信じられん!」
 大学者フィロソロス、ヒストリカ博士、ロッサム博士の学者トリオであった。JB一味とともにやってきたヒストリカは、グランゼドーラ王国から招待されていたフィロソロス・ロッサムの学者組とキィンベル市街でばったり出会い、そこから三人は往来の中にもかかわらずエテーネトークに盛り上がってしまったというわけであった。
 特にフィロソロスとヒストリカの興奮度は凄まじかった。
「見てください、この超古式錬金釜!ニューですけどッ」
 ヒストリカは、先程ゼフの店という評判の良さそうな錬金術店で買ってきたばかりのピカピカの錬金釜をこれ見よがしに掲げる。
「ほほん、大陸での出土品と形状一致しておるな。まごうことなきエテーネ超古式錬金釜じゃ、すばらしい」
 感嘆の声をあげる。そしてヒストリカは……
「てやッ」
 それを前を歩くロッサムの頭におもむろに乗せた!
「……何をするか!」
 違和感を感じたロッサムが慌てて飛びずさる。
「どうだ?実★在してるぞ、ロッサム。イッツリアル!」
「うっ……」
 ニヤニヤと勝ち誇った笑みで錬金釜をすりつけてくるヒストリカ。
 ロッサムは優秀な神話学研究者であり、グランゼニス神の遺跡調査や神話関連の著作で成果をあげていた。しかしエテーネ王国が海洋都市リンジャーラと同時代あることに懐疑的であり、前回の学会でヒストリカが提出した論文に対して、実際に出土した超古式錬金釜の時代相違などからフィロソロスも引くほどの細かすぎる指摘をしてヒストリカの論壇における評価をおおいに下げていた。ヒストリカのワラタロー被害ナンバーワンである宿敵だった。
 しかし突如として完全無欠の証拠が国ごと現れるという、まさに驚天動地の出来事が起こり全ては覆された。ヒストリカの正しさは完全証明されたのだった。
 ロッサムとしてもぐうの音も出ない。マウント取り放題のヒストリカは有頂天であった。
「イェア!あるじゃないか、超古式錬金釜!」
 ヒストリカはポコポコと叩く。ロッサムは顔をかばいながら反論した。
「く、こんな事が想像できるものか。私の指摘は学術的に全く正しかった!」
「証拠こそ全て!オマエはそう言っていたぞ、ロッサム」
 ほーれほーれ、と「証拠」を見せつける。

 群衆が、それらをなんだなんだと見にきては『関わらないようにしよう』と去っていく。
 そんな中、彼らの仲間だと思われないように少し遠目から見まもる二人の姿があった。
 冒険者JBと歴史学者マルフェ。ふたりともさめた目でその当世の学者たちの狂騒ぶりをながめていた。
「マルフェさん、だっけ?……ジャベリ氏から、ヒストリカ博士のお世話を任されてるんじゃないのかい?」
 暗に、そろそろ止めに入ったらどうだ、というようにJBはマルフェを見やる。
「あなたこそ、ジャベリおじさまのお雇いでしょう?面倒事になる前に割って入ったらどうかしら」
 マルフェは冷ややかにいう。彼女は現代世界の学者たちのレベルの低い煽りあいを目の当たりにして、またもや失望していた。今朝方に現代の若い学者と会えることに期待していた自分を嘲笑ってやりたい気分であった。
「……大学者フィロソロスはともかくも、現代の若手学者は期待できなさそうですね」
 そのように、嫌味もでてしまう。JBは笑ってフォローする。
「はっは、そう言ってやるなよ。五〇〇〇年前のエテーネ王国なんていうものが出てきたんだ。調べていた当人としては浮かれもするさ」
「?……彼らは、我々エテーネ王国を調べていたというの?」
 自分たちの国が考古学的に調査されているという事に、どうにも感覚として思いが至らない。
「少なくとも、女性博士の方はそうだな。……おや?マルフェ評議員はメレアーデ姫の指示のもと、この世界の歴史を調べていたんじゃないのかい?てっきり最近の歴史学・考古学の論文は目を通しているかと思っていたが」
 マルフェはおどろいて、その名も知らぬドワーフ冒険者の方をみやる。そのドワーフはニッと笑った。
(……事情通じゃないのよ、このもっさりドワーフ。さすがは、ジャベリおじさまのお雇いというべきか)
 マルフェは言い訳がましくこたえる。
「……グランゼドーラの大学者フィロソロスが各時代について通暁し、いろいろと調査しているのは知っていますし、その論文などは参考にもさせてもらっていますよ。……それ以外の、エテーネ王国や、エテーネ王国時代よりも昔の時代についてなんて、私たちはこの時代の方々よりすでに詳細に知っているのですから、調査する意味はうすいのです」
「そうかい、なるほどね。じゃあヒストリカ博士の、あの論文は見ていないってわけだ」
 ヘヘッとJBは腕を組みながらしたり顔で笑う。その表情はアレを読んでいないなんてモグリだぜ、と言わんばかりだ。
「……その論文は、それほどにすごいのですか?」
 マルフェは疑わしく、JBとヒストリカを交互にみやる。今、往来の中で繰り広げられている狂態の当人が、本当にこの練達の冒険者然としたドワーフを唸らせるような論文を書くというのだろうか。
「目ん玉がとびでるね。ぜひ、エテーネ王国の知識人であるアンタの感想を聞いてみたいもんだ」
 カッカとJBは笑う。そして、ヒストリカとロッサムのじゃれ具合を見ていう。
「しっかし、ヒストリカ博士もちゃんといるじゃねーか、お友達がさ。喧嘩するほど仲がいいってな」
 マルフェは首をふって、頭が痛いかのように額をおさえる。
「なんだか、プレップスクールの生徒が好きな女の子をいじめてたら、強烈に復讐されているようにもみえます。なんにしても幼い。……あれ、この時代だとプレップスクールはなんていうのかしら」
「俺に聞かれても困るよ。……学園?」
 そして、ヒストリカとロッサムのいさかいには目もくれず、新しいオモチャを見つけたか如くフィロソロスのメガネがキランと光る。
「見よ!ヒスペリカ君、ロッサム君、あれが噂の永久時環じゃぞ!今はチカラを失っておるが、あの設備のエネルギーを利用して現代に転移してきたそうじゃ!」
 親友のホーローから聞いた門外不出の知識を大声でさけびながら、年甲斐もなく、ほんほんほん、と息を切らしながら走り出す大学者。追いかける若手学者二人。
 エテーネ円環芸術の粋を凝らした巨大なオブジェを前にして、ヒストリカが失神しかける。
「ぼえ~ん……もう死んでもイイ……デッドオアアライブ?……あとヒストリカです、プロフェッサ……」
 ステータス表示に混乱マークがついたヒストリカがほわほわと答えた。
 それを見て、JBが介護人よろしくヒストリカにさっと近寄る。
「はい博士、気を確かに持ちましょうねぇ」
「ぐはッ」
 ベシィとJBの容赦ない会心のツッコミが入り、正気を取り戻すヒストリカ。
 そして永久時環の前に全員あつまったところで、マルフェが時計を見て慇懃に告げる。
「みなさま、そろそろ、日の入りでございます。明日は八王国と、わがエテーネ王国との盟約が執り行われる大事な日。今日のところはお早めに宿にもどっていただき、おやすみくださいませ」
「ほーん……今日は時間切れか」
 フィロソロスががっかりしたようにうなずく。そこで、思いついたようにぽんと手を叩いた。
「そういえば、盟友殿に頼んだ『レトリウスのいさおし』の石碑も、なんとこの目で見る事ができるのだな!」
 呼応するようにヒストリカも叫ぶ。
「明日ッ、行きましょうッ!プロフェッサーッ!!」
「ほほーん!そうかそうか!では明日の調印式が終わったら石碑を見に行くか!」
「クウウウウウルッ!」
「ほほほーん!!」
(私も超古代史学を専攻しておけば良かったかな……)
 ヒストリカとフィロソロスが紫色に光りながらレトリウス通りを南にSHTで駆け抜けていったあと、専攻が神話学のロッサムはテン5ほどのテンションで追いかけていったのだった。

 さて、そのようなSHTの興奮もいずれは切れる。どうやら知らない女の家に泊まる事になるらしい、と理解したヒストリカは、日中のいきおいはどこへやら、借りてきた猫のようにかしこまっていた。
 マルフェは微笑みながら紅茶を淹れて、ヒストリカの前に出す。
「楽にしていいんですよ、ヒストリカさん」
「ひゃ、ひゃい!」
 マルフェ邸にやってきたヒストリカは、あうあうと口を開けたり閉じたりするばかりだ。
「……お風呂、つかいます?エテーネ王国ならではの温水装置もありますよ」
「お、おかまいなく!」
 ヒストリカはぶんぶんと手をふる。
(……いやいや、はいれよ。長旅でよごれてるだろ。昼はロッサムとつかみ合いの喧嘩をしていたし。私の家の客用ベッドを泥だらけにするつもりか)
 などとマルフェは心中でツッコミをいれる。内心ではきれいさっぱり丁寧語が消えていた。
 マルフェはどうにか遠回しに誘導して、ヒストリカにお風呂に入ってもらうことに成功し、部屋着に着替えさせて客間まで案内する。
 一方でヒストリカは用意された部屋のベッドの上に腰かけて顔を赤らめてあらぬことを考えていた。
(こ、これってもしや、うわさに聞くパジャマパーリィ、なのでは?マイフレンドともまだしたことないのに)
 きゃっ、と目を両手でおおうヒストリカ。半目でそのヒストリカの様子を見やるマルフェ。
(この子がねぇ……年上かもしれないけど、この子といいたくなるね)
 昼間のJBとの会話を思い起こす。あのドワーフは興味深いことを言っていた。ヒストリカが持っていた大きいかばんをチラリと見やる。
(どれほどの、もんなのよ)
 そう思って、にこやかにヒストリカに問うてみる。
「……ヒストリカさんは高名な考古学者だとか。しかも、かつてのわがエテーネ王国を調べているとお聞きしました。私も歴史学者のはしくれなのです。一体未来において、我が国がどのように表現されているか気になります。その論文『エテーネ王国実在論』はお持ちですか?そうでしたら、お見せ頂きたいのですが、いかがでしょう」
 そのように、マルフェは切り出した。

「えっ」
 ヒストリカは、一瞬にして固まった。

 ドクン ドクン と、ヒストリカの心臓が高鳴って、息苦しくなる。
 それは、誰がどういおうともヒストリカにとって大切な、真の宝物であった。かならず、大きなかばんの奥底にひそんでいる、捨てられない『だいじなもの』。そして、同時に呪物でもあった。学会で失笑をもって迎えられ、ロッサムにボッコボコにこきおろされ、フィロソロスに見るべきものはあれど推論と推論をつなげるものがないといわれ、ヒストリカの自尊心をこなごなに打ち砕いた、博士号取得後の初めての大論文。もはや大事だから捨てられないのか、呪いゆえに捨てられないのかわからないほどに、ヒストリカの精神にくいこんでいるそれを。この、今日はじめてあった女は見せよという。ヒストリカの心底から湧き上がってきたのは、恐怖にほかならない。
 また、ボコボコに言われるのだろうか。すでにエテーネ王国が存在していることなど、かつてのトラウマを思いおこしたヒストリカにはなんの気休めにもならなかった。時には悪し様に罵倒され、時にはからかうように馬鹿にされた記憶のみが鮮明によみがえってくる。
 このマルフェという人間。私のようなヒステリックでわけのわからないことを喚きちらすようなどうしようもない女ではなく、エテーネ王国の貴族であり歴史学者で国の新しい屋台骨となる組織にも加わっているという、いかにも折り目正しく、しっかりとしていそうなこの女が。私の作り上げた宝物を、やはりダメだと、なんの価値もないゴミだと、お前は間違っていると、皆のように言いきって、ここで私にとどめを刺すのだろうか。
(……)
 ヒストリカは、蛇ににらまれた蛙のようにのろのろと、無言でかばんをあさり、やはり奥底に鎮座していたその紙の束を、観念するようにマルフェに渡した。そしてヒストリカはそのカバンをギュッと抱きしめてうつむく。
 急に神妙になったヒストリカを気にしつつも、その大作を受けとってマルフェは読み進める。

 無言で読みすすめる。
(……)
 ヒストリカにとってその時間は、伝説に聞く天使の裁きを待つ囚人のような心持ちであったろう。
(……)
 マルフェは、最初は疑り深くゆるゆるとページをめくっていたが、いつの間にか一心不乱に読んでいた。その論文は、次のようにはじまっていた。

 ……先ごろリンジャの塔で発見したファラスの手記は、エテーネ王国実在を決定づける最後のピースである。エテーネ王国は海中に没したとされており、本国の遺跡というものは皆無。これは考古学的には致命的ともいえる状態であった。しかし、大陸に広大な属州をかかえていたとされるエテーネ王国は、ローヌ地方やグランゼドーラの街などから、エテーネ王国由来とも考えられる多くの出土品や文書が出てきていた。『文官レジドの手記』を筆頭とするそれらは、ながらく『偽書』として扱われてきた。そして、一時代にのみ集中する高度すぎる出土品を『オーパーツ』として、考えないようにしてきたのは我々考古学界の長きにわたる怠慢であったといえるであろう。これらの大陸における出土品は、約五〇〇〇年前の地層に集中している。これは、エテーネ本国が突然失われたことによる文明崩壊が大陸属州にもおよび、急激に錬金術文明がおとろえ暗黒時代を迎えたためであろう。
 (中略)
 また、グランゼドーラの街の下には超近代的な遺跡が埋没していることは考古学界では有名である。世界宿屋協会に管理されているその遺跡は、エテーネ王国の出土品と考えられているものよりも一層高度なもので、エテーネ王国時代よりもさらに過去の、神話時代のものとの意見もあったが、地層的には五〇〇〇年前のものであり、私はその説はとっていない。『偽書』とされるものの中には空想上の技術と言われる『浮島』に関するものもあり、それを詳細に読み込むと、寸法や素材などから、グランゼドーラの地下遺跡はエテーネ王国の浮島、研究施設だったのではないかと推察できる(図3)。そして、今回リンジャハルで出土した錬金釜と同型の……
 マルフェはたっぷり三〇分は読んだだろうか。
 ヒストリカはベッドの上に正座し、目をギンギンにして、ただ待っている。
 
 マルフェの目から見たその大論文は、今までの学者たちが集めた偽書・偽の出土品とされるものから取捨選択をおこない、今回ヒストリカ博士がみずから着手した、エテーネ王国と強い交流があったとされるリンジャハル遺跡で得た多くの出土品・手記を得て自論を補強するという、地道な考古学者の研究の集大成であった。それをもとにヒストリカ博士が推察した答えは、おどろくべきことにエテーネ王国の勢力範囲、浮島や転送装置、高度な錬金術といった文明レベル、庶民達の暮らしぶり、軍隊組織の概要、時見を利用した国家運営方法まで、おおむね言い当てていた。
 さらに、マルフェが目をむいたのは次の一文であった。
『このような民謡、病気の記述からして、初代王レトリウスは女性の可能性があったのではないだろうか』
(現在のエテーネ王国でも半信半疑だとされるこの伝説に、五七〇〇年後の一介の考古学者がたどり着いたというの?)
 驚嘆の思いで、マルフェはヒストリカを見つめる。いや、にらみつけるといったほうが良かったかもしれない。
「ど、どうかなさいましたか?」
 目を泳がせて、さらになぜか敬語になってしまっているヒストリカ。

 少しのあいだヒストリカを見つめたマルフェは、
「……これは、認められないわね」
 マルフェは論文を置き、目を伏せてそのようにひとりごちた。
 ヒストリカに、その言葉がとどく。
(そう、だよね。もちろん、わかって、いたよ?そんなことないって、諦めていた。期待など、していなかった。私が、認めてもらえる、日が来るなんて……)
 幼い頃に兄に、学生時代には歴史の教師に、わずかに褒めてもらった記憶。そういったものをよすがに、自分の信念をもって考古学者の道を歩み、書きあげてきたのだ。いつかは誰かに届くことを信じて。
 ヒストリカは、自分を守るための卑屈な笑みを浮かべる。
「え、へ、へ、へ」
 そこに突然、ガバっとマルフェが抱きついてきた。ヒストリカの抱えていたカバンがひっくり返って、中のものがベッドの上に散らばる。
「ヘッ?」
 ヒストリカが固まる。マルフェが叫ぶ。
「認められるわけないわよッ、世間に!こんな天才はさあッ!」
 感情のおもむくままに、マルフェはヒストリカに顔を近づけて続ける。
「あなたは馬鹿よッ!論文に、こんなさあッ!小説めいたことを書くなんて!本当に本当だとしても、そんなことが認められるわけないって、わかるようなもんでしょうッ!」
 ヒストリカには何がなんだかわからない、マルフェにぶんぶんと体を揺らされる。
 そうしているうちに、そのままギュっとマルフェに抱きしめられた。
 なんだかわからないままに、ヒストリカにはマルフェのその抱擁も、その謎のシャウトも。
 なぜだか心地よく感じられた。
(馬鹿って言われてるけど……、馬鹿にはされていないみたい……)
 ヒストリカは、安心してマルフェに体をあずけた。そうして、ヒストリカは泣いた。
 嬉しくて、うわあ、うわあ、と子供のように泣いた。
 少し時間がたった後につぶやくようにマルフェは話す。
「……あなたは、」
 マルフェは言葉をつないでいく。
「あなたは、真の、天才よ。たゆまない努力と、一瞬の閃きでもって真実にたどりつく。でも、それによるあまりに突飛な結論を皆はみとめないでしょう。不遇の、認められない天才。死後になって、評価されたりするの……」
 いつのまにかマルフェも泣いていた。ぐずぐずと涙を流す。袖で涙を拭って叫ぶ。
「わ、私は、そんな結末を認めない!認めたくないわ。……ヒストリカ、お願い。あなたの研究、私にも手伝わせて。一緒にやらせて。自分でいうのもなんだけど、私の優等生的な卒のなさと、あなたの破天荒な突破力は、かならずマッチするはずよ」
「あ、ありがとう。マルフェ……さん。こ、こんなこと言われたこと、なくって。わ、わたしどうしたらいいか、わ、わからない」
 マルフェはハンカチを取り出して、ヒストリカと自分の目元をぬぐいながら笑っていう。
「馬鹿ね、もうマルフェでいいわよ。私は、あなたの相棒になるのよ。……というか、なっても良いかしら?」
「う、うん。それはもちろん嬉しい……けど、」
 ヒストリカは急展開に感情が追いつかなかったが、マルフェが自分を認めてくれたようであることは素直に、そしてこれ以上ないくらいに嬉しかった。ただ一緒になにかをやるということについて、実感がわかなかった。
「私が命をかけて作り上げたエテーネ王国の論文は、このエテーネ王国の出現によって、もう立証されてしまった。あ、ある意味、もうやることがないわ。ほ、本当に次に何をやればいいか……」
 マルフェは少し考える。そして抱きついたときに散らばった、写真の一枚をとった。
「……じゃあ、私が次のお題を決めてあげましょうか」
 ピッとその写真をつまんでヒストリカに見せる。
「……JB?」
 マルフェはその天然に笑う。
「あっはは、ちがうわよ、後ろ後ろ」
 むう、とヒストリカはその写真を目を細くして見つめる。
「……災厄の王?」
「そのようにも呼ばれているわね」
「そのようにも?」
 ヒストリカは思わせぶりなマルフェの言い方に、問いかえす。
「他の種族は、かなり前に忘れてしまったようだけれど。人間たる我々には五〇〇〇年前まで、その伝承は伝わっていた。なぜならそれは、人間の生み出した闇であり罪だったから」
 マルフェはうたうようにいって、その忘れ去られた名前を最後に告げた。
「……アストルティアの帝王『エスターク』
 こうして、のちにアストルティア一万年史を書き上げることになる二人が出会ったのであった。

【小説】奇跡の代償は 6章『素寒貧の猛者たちは』


奇跡の代償は 6章『素寒貧の猛者たちは』

■概要
Version4のアフターストーリー。第6話。
舞台はV5.0終頃のエテーネ王国首都キィンベル
並びにリンジャハル海岸、リンジャの塔。
主人公は魔界で行方不明扱い。14000字程度

■6章『素寒貧の猛者たちは』のおもな登場人物
JB:凄腕冒険者「JB一味」のリーダー。レンジャー。
ダン:凄腕冒険者「JB一味」のメンバー。魔法使い。
かげろう:凄腕冒険者「JB一味」のメンバー。バトルマスター。
トーラ:凄腕冒険者「JB一味」のメンバー。盗賊。
ヒストリカ:リンジャの塔を拠点にしている考古学者。
クロニコ:ヒストリカの助手。

※注「JB一味」は『蒼天のソウラ』に登場するキャラクターです。
『蒼天のソウラ』で起こっている事象は、この小説内の歴史でも概ね同じような経過をたどったとしていますが、『盟友』はソウラ作中の『ユルール』ではなく『あなた』だとお考えください。

 時は少しさかのぼる。エテーネ王国と諸王国との間で条約締結の調印式がとりおこなわれる十日ほど前。場所はリンジャハル海岸地帯。ある冒険者の一団がぶらぶらと、気軽な調子ですすんでいた。
 ここは、ヘルカッチャやキラーデーモンといった、一般には強力とされるモンスターが跋扈している。
 とくに警戒するそぶりもない冒険者たちをみて「しめしめカモが来た」とキラーデーモンの数匹がいっせいに飛びかかろうとした。が、そのちょっかいをかけてきたキラーデーモンを認識するやいなや、冒険者のひとりである背の高いオーガが手早く長銃をかまえて撃つ。
 海賊が使うような銃かとおもわれたその弾丸は、キラーデーモンに到達する直前で光の魔法のように爆発する。

 パパパパン!

 いや、光の魔法そのものであった。キラーデーモンの苦手とされる光魔法が数発にもわたって爆発し、キラーデーモンは断末魔のさけび声とともに四散する。他のパーティメンバーはそちらの方を見ようともせずに歩きつづける。そのオーガ『早撃ちダン』はつぶやく。
「高く空を飛ぶモンスターは、誰彼かまわずに襲ってくるからいけねえな」
 そして何ごともなかったかのように、魔弾銃とでも言うべきその両手杖『マークマンズワンド』を肩にもどして、帽子をかるく整えてから少し足早に歩いて他の一行に追いついた。
 ふと見ると一方のヘルカッチャの一団の方は道を譲るように、そそくさと端のほうに逃げていた。
 オーガらしく長身で、オーガらしくなく痩せぎすだ。凄腕のハンター、いぶし銀の冒険者といった雰囲気を漂わせているが、れっきとした魔法使いである。
 つづけて、ダンはひとりごちる。
「……へっ、宮仕えはつらいねぇ。……いまさらリンジャハル遺跡の調査をなあ」
 それに反応したのはパーティリーダーのレンジャー、JBだ。ドワーフらしくずんぐりとはしているが、よく見るとドワーフらしくなく無駄な肉がない筋肉質。ムスっとしていう。
「お~い、聞こえてんぞ。しょうがねえだろうがよ、カネがねーんだから!今回の報酬三〇〇万ゴールド、受けたからにはしっかり稼ぐぞ」
 ナドラダイト鉱石の転売ビジネスにつぎこんだあげく、失敗してほぼ文無しになってしまった彼らはエテーネ王国に雇われの身となっていた。
 エルトナ風の具足に身を固めたエルフの女バトルマスター、かげろうが頭の後ろに手を組みながら苦笑しつつ言う。
 このような状況でもマイペースで気楽そうだ。
「商才ないのに、毎回懲りずにやっちゃうんだよねぇ。まあレグナードやら、メイヴやらと戦うための装備代を捻出しなきゃいけない、って思って乗っかっちゃったあたしらが悪いんだけどさ」
 彼らは冒険者稼業で続けていくなかで、ナドラガンドの竜守りの巫女プリネラに選ばれた『竜討士』でもあった。『常闇の竜レグナード』『ダークキング』『海冥主メイヴ』といった人知を超越した神話時代の強大なモンスターを日々しりぞけ、少しでも力を弱めるための『常闇の聖戦』を戦いぬくために力を貸しているのだ。
「お金ほしい。装備さらに新調して、強くなったレグナードと再戦したい」
 パーティメンバー最後のひとり、このパーティの中でもっとも若いウェディの女盗賊トーラがいう。目下、彼女は盗賊として、何段階か強さがあるうちの最強状態のレグナードを倒すことに血道をあげている。
 一般的にレグナードに挑む構成の職種である魔法使いのダンはもちろんのこと、レンジャーのJB、バトルマスターのかげろうもそれぞれ個別のパーティ構成で、最近さらに強くなったと言われる、もっとも強力な状態のレグナードをもしりぞけている。しかし、盗賊であるトーラだけはまだ倒せていない。
 トーラは、ダンと『マークマンズワンド』をジト目で見ながらいう。
「ズルい……竜の咆哮の範囲外からメラゾーマ弾うちまくってとった称号なんて、あたしは認めない……チート」
 ぼそぼそとディスるトーラ。ダンの使用するメラゾーマ弾は一〇〇メートル以上先から撃てるという。それを聞いてダンは言い返す。
「おいぃ!聞き捨てならねえな。初討伐ン時はそりゃあ使えるもんはみな使ったけどよ、あいつ体力バカ高くて割に合わなさすぎるから、その後は普通のメラゾーマで戦って勝ってるぞ。咆哮もしっかりさがって避けた。……最初んときは確か、メラゾーマ弾を10ダース、いや1グロスか?使って大赤字だったんだぞ」
 とダンは反論しつつ愚痴る。
「というかダン、普通のメラゾーマ撃てたの?大体弾撃ってるか、抜撃呪文クイックドロウからのメラミ連打しか見たことないけど……」
「撃てるさ、そりゃ。そもそもメラゾーマ弾の魔力莢カートリッジにメラゾーマ込める時にも使う。……おめえは敵と相対した時には異様に観察眼がするどくなるけどよ、意外とそういうとこ抜けてんだよなァ」
 そのようなやり取りを微笑ましく、JBとかげろうはみまもる。
 JBの指令コマンドがなくとも、自身の意思ですすんでレグナードに挑んでいくようになったトーラをJBはうれしく思っていた。
「はっはっは、席がない中でがんばるのもまた一興じゃねえか。なあ、かげろう姐さん」
「おうとも。バト4たのしいよ?」
 JBが豪快に笑い、かげろうも晴れやかな笑顔で応じる。

 そう、彼らはアストルティアに稀によくいる、おもしろそげな強敵が出てくると突然どこからともなく集結してくる、普段金策をしない超強い冒険者たちなのである。気ままにいろんな職業の冒険者と、そのときどきでパーティを組んでは解散をくり返してはいるが、久しぶりに『JB一味』と界隈でよばれている古馴染みの四人がそろったのだ。
 そしてこのたび、レグナード用装備を整えたところで全員有り金がほぼ尽きてしまい、最強レグナードよりもさらに手強いといわれる最強メイヴにいどむための装備を新調するべく、トーラはレグナード戦をさらに試行錯誤するべく、なれぬ転売ビジネスにひさびさに手を出したところ大失敗してしまって更に困窮してしまったというわけであった。なお、最強ダークキングは初日討伐されている。
 その補填として、今回のエテーネ王国での超高額依頼を受けたのである。依頼元は、エテーネ王国軍ジャベリ参謀であった。
 基本的には五大陸を拠点としている彼らであったが、『盟友』が切りひらいた新世界ナドラガンドの発見により、冒険者の世界もおおきく様変わりしていた。さらには、つい数ヶ月前にもまたしても『盟友』が絡んでいると噂される、巨大な島が突然レンダーシア内海に出現したとの報が冒険者界にも駆けめぐった。そして一線級の冒険者たち、中でも盟友の盟友フレンドともよばれる、よく『盟友』とパーティを組んだりして絡むことが多い冒険者たちは物見遊山がてらのぞきに来るものがトレンドになっていた。その盟友の盟友フレンドでもあるJB一味もその波にのってやってところ、実力のある冒険者を探していたジャベリの眼鏡にかなってJBがまずは単独で話を聞き、その後にこのような依頼を受けることになったのであった。

 受諾時にはパーティ内でもめた。
 ルーラストーンのひとつをジャべり参謀に一〇〇万ゴールドで売り払い、久しぶりに少しは羽振りが良くなったJBは、キィンベル、モッキンの宿屋に併設されている酒場にて、ご馳走をムシャムシャとほおばっていた。JBはジャベリから依頼された内容についてパーティメンバーに説明する。
「まあ、きな臭えな。報酬が高すぎる」
 JBの第一声はそのようなものであった。
 それに対して、キィンベルの高騰している麦酒をちびちびと飲みつつ、ダンがこたえる。
「じゃあ、受けなきゃいいじゃねーか」
 JBは豪快に酒をあおり、口をぬぐって言う。
「金がねえからな。それに、気になる依頼ではある。どうせ俺らが受けなきゃ他の金のためならなんでもやるような、俺たちのようなならず者冒険者に流れるだけだしな」
「ならず者って自分でいうかねえ」
 と、かげろう。
「ローストビーフおいしい」
 と、トーラ。
 久々のご馳走を皆でつまみながら、口々に言う。
 ダンはふーむう、と唸りながら話の先をうながす。
「まあ、そのジャベリとかいうこの国の偉いさんからの依頼の内容を聞こうじゃあねえか」
 JBはうなずいて話し始める。
「今回の依頼内容は二つだ」
「ひとつめ。数ヶ月前にエテーネ王国軍がおこなったリンジャハル第一次調査の続きを、俺らがやるということらしい。なんで今回も軍が直接やらないかというと、その後にメレアーデ姫が制定した王国軍規制法のため、軍隊を派遣できなくなったので冒険者に頼むことになった、という話だ。調査項目は測量や建物の強度の確認まで多岐にわたる。だがまあ、この辺は俺の分野なんで問題ない」
 こわもてな雰囲気に似合わず、考古学者としての顔も持つJBがそのように言う。
 ふむふむとうなずく一同。
「で、もうひとつはヒストリカ博士のエテーネ王国への招待だ」
「なにさ?その謎すぎる依頼」
 かげろうが笑ってツッコむ。頭をかきながらJBが話を続ける。
「……まあ一言で説明すると、第一次調査隊とヒストリカ博士との遭遇時のこじれた関係を修復したい、ということらしい」
「噂じゃ、そのヒストリカ博士ってのはけっこうな難物らしいじゃない」
「まぁな……」

 エテーネ王国軍第一次調査隊が、リンジャの塔を調査したときにヒストリカ博士と遭遇し、調査隊は友好的に話をすすめたかったようだが『エテーネ王国軍』だと名乗った途端、ヒストリカ博士はてのひらを突き出して言葉をさえぎり、
「ストッピット!エテーネ王国軍?ユー達が、だと……」
 と大声でとどめて、ゆっくりじろじろと一分ばかり兵士たちをながめた後に、徐々にワナワナと震えはじめ、ついにはさけびだして次のように言ったという。
「私が古代のエテーネ王国を研究しているのを知ってのイタズラか!ブラザーか?ロッサムか?ご丁寧に私の論文『エテーネ王国実在論』に書いた、『文献から予想したエテーネ兵士の武装予想図』まで完全再現してッ!バカにするのも大概にしろおおおおおぉ!ゴーバック!!」
 と泣きながらその軍人たちを追い返した、ということであった。

「うーん、ヤバいね」
「ヤバすぎんだろ」
「予想よりヤバかった、ヌフフ」
 三者三様に苦笑する。
「……まぁ、学者ってのは大抵が変人さ。うちの相棒はまだまともだったが……、いや、当時の俺なんかを引き込むあたりあいつもイカれてたかな」
 かつて自分を考古学の道に引き込んだエルフの相棒を思い起こして、JBは動じることなくいう。
「その、ヒストリカ博士ってのは考古学界では有名人なのか?」
 ダンが問う。
「まあ、良きにつけ悪しきにつけ、有名になりそうなオーラはあるな。いまのところはただのルーキーだが、一年ほど前かな、大論文を出したばかりで、それが『エテーネ王国実在論』だ。俺も読んだ。たぶん博士学位取得の後、一発目なのにえらい気合の入った研究だと思ったもんだよ」
「じゃあ、評判はよかったわけだ」
「いやぁ論文としては、けちょんけちょんにやられてた」
「……論文としては、って前置きがあるってことはなんかあるんだな?」
「まあ俺はフィールドワークの方主体だからよ、そんなに論文の良し悪しを見るのは専門じゃないんだが。えっと、歴史学と考古学の違いってわかるか?」
「文献調査か、遺物調査か、だろ。冒険者にゃどっちかというと考古学のが接点は多いよな。お前みたいな兼業も結構いるし」
「そうだ。で、考古学の論文ってのは一般的には、発見した素材があって、それに対する観察があって、所見があるわけよ」
「ふむ」
「ヒストリカ博士の研究論文には観察の段階で飛躍が多い。いきおい所見もかなり飛ばした結論になっている。また、一部からは古代人の手記が偽書ではないかとの指摘もあって、学会において論文としての有意性は認められなかったんだ」
「ダメってことじゃねえか」
「まあ、普通ならそうだ」
「へっ、もったいぶるねえ」
 酒のさかなには丁度いいと言わんばかりにダンはニヤつく。JBは床を指さして言う。
「……俺らは今どこにいる?」
 ダンはハッとする。
「レンダーシア内海に突如出現した謎の島、大エテーネ島。ここの住人いわく、エテーネ王国の首都キィンベル……などと言っている」
「そうだ。ヒストリカ博士がリンジャの塔を拠点に、五〇〇〇年前にエテーネ王国と交易があったとするリンジャハル遺跡にて調査した文物、そして古代エテーネ王国人が書いたとされる手記を元に、やたら躍動的に事細かに再現された『エテーネ王国実在論』そのままの世界だ。ここがヒストリカ博士が監修したテーマパークだと言われても信じられるくらいにな」
 現実的な冒険者であるはずのJBが、そこまでおおげさな言い回しをしたことにダンはおどろく。
「……そこまでなのか」
「そこまで、だよ。俺が思うに、ヒストリカ博士の論文に見られる文学的な行き過ぎた表現は、学者としてはマイナスであることは違いない。考古学というのは本来なかなか明快な答えには行きつかない。残された文物によって推し量ることしかできない。いろいろ考えることはできるよ。もしかしたら本当の真実ってのは、想像に想像を重ねた飛躍でたどり着くことができるのかもしれない。だが、それは通常は答え合わせをすることができないはずなんだ。……本来、そうであるはずなんだが、この街には答えがある。俺は、もしかしたら天才かもしれないヒストリカ博士に、じかにこの王国を見てもらいたいという思いが、同じ考古学者としてはある」
 ふうーむ、とダンはいぶかしげに問う。
「……俺もこんな稼業だからよ、この世界、なにが起こっても不思議じゃないとは常日頃から思ってはいるが。さすがにじゃねえか?おもしろおかしければいいと思ってる一部の冒険者界隈で言われている、この国が五〇〇〇年前の王国がよみがえった姿だという話をおめえは信じてるってことだな。……そして、それに『盟友』が関わっているという話も」
『盟友』には最近会えてないからな、わかんねーけどよ。でも、この街の人びとの話を聞くと『盟友』らしき影はそこかしこにあるよな」
 そこでかげろうが愚痴る。
『盟友』殿、盾島の会戦以降、音信不通なんだって?また手合わせしたいもんなんだけどなぁ」
「魔界にいるって説もあるけどな。どこまでいくのやら、あいつは」
 かげろうも、JBも、音信不通ながら『盟友』が死んでいるなどとはまったく思っていない。どうせ大変なこと巻き込まれてはいつつも、また現地で新しい盟友の盟友フレンドをつくったりなんかして、どでかい伝説を作りあげた上、ひょっこりと何くわぬ顔をして戻ってくるんだろうと皆おもっていた。
「……まあ、ヒストリカ先生の話はわかったよ。なるほど、おもしろそうな話ではある。だが、俺が気になってるのはそのジャベリって偉いさんが何を考えているか、だ。ヒストリカ先生をエテーネに呼んで、ジャベリにはなんの得がある?リンジャハルの廃墟をしらべて何をするつもりなんだ?高額の依頼だって、結局おれらを子飼いのなんでも屋にして、いいように使おうって考えているんじゃないのかよ」
 ダンが話をもどし、JBはうなずく。
「そうだろうな」
「だったらよぉ……!」
「まあ待てや。お前のいう通り、どうやってかは知らないが、俺はこの国を五〇〇〇年前のエテーネ王国が蘇ったものだと考えている。おそらくは、『盟友』が関わって、だ。見ての通り、活気にあふれたいい国のようだ。なんか食いもんは高いけどな」
 追加で頼んだローヌ風焼肉をもぐもぐと食べ、麦酒で流し込みながらJBは言う。
「これは俺のカンでしかないけどよ、ジャベリはなんかたくらんでる、と思う。わざわざ、おれらみたいなのを雇いたいってのは、それだけでなんかある。だが、今はそれがどういうものなのかはわからない。想像はいろいろできるけどよ、まだそのレベルだ。もうちょっと近くで様子をみたい」
「……らしくねぇんじゃねえのか。国の、そういう奥深いところに首をつっこむってのはよ」
『盟友』には借りがあるしな。いま、『盟友』はのっぴきならない状態のようだし、こっちには手がまわらんだろう。『盟友』がせっかく苦労して救った国ひとつ、帰ってきたらとんでもないことになってました、なんて悲しすぎねえか。そこまで大事じゃなきゃ、それはそれでいいしよ」
「……借りってのは『ゼオルラの首』の調査の件でだろ。だったら借りがあるのはお前だけじゃねえか」
 JBはまたうなずく。
「そうだ。だからまあ、俺ひとりでもいい、とは思ってる。そういうわけで、ここから先はお願いになる。一緒に受けてもらえねえか」
 そういってJBは頭をさげ、ダンは嘆息する。
「……まあ、おめえの大体の『気持ち』のところはわかったよ。オーケーだ。だが面倒くさそうな情勢になったら、俺は機を見てさっさとずらかるぜ。それでいいなら、付きやってやる」
 ダンはそのように言い、杯をかかげる。ずっとふたりの話を横で、興味深く聞いていたかげろうも口を開く。
「……あたしも、ダンと同意見ってことで」
 かげろうも軽く手を挙げて同意した。
「おうよ、それでいい。ありがとうよ。なに、俺だって最後までねばる気はねえよ。面倒になったらトンズラするさ」
 JBは笑って礼を言う。
「スヤァ……」
 ふと、横を見るとトーラはすでに寝ていた。
「おいおい、こいつは……。そんな格好で寝るやつがあるかよ。せっかく一人で主体的にいろいろやるようになったと思ってきたのに」
 と、そういって自身の外套をかける。
 こうしてJB一味はジャベリを依頼を受けることになり、リンジャハル遺跡の調査に向かったのであった。

 リンジャハル遺跡も近づいてきたところで、かげろうが問う。
「そんで、そろそろリンジャハル遺跡につくけど、まだあたしらは何もしなくていいんだよね?」
「おう、まずはな。キャンプの設営でもしててくれ。依頼を再確認すると、クライアント……ジャベリのおっさんからの依頼条項のひとつめ、一週間のリンジャハル遺跡調査。これは俺が主体でやる。なにか必要なことがあったら俺が指示をだすから、そのとおり動いてくれよ」
「ヌフフ、楽ちん」
 無表情でなぜかダブルピースのトーラに、心配しなくてもすぐにこき使ってやるから、とJBは言う。
 さらに、しばらく歩いてた一行だったが、不意にトーラがJBにそっと顔をよせてささやく。
「……ついてきてるよ」
「わかってる」
 ぴくりとも表情を動かさずにJBはこたえる。
「本当に来たねえ」
 かげろうが、そうは言いつつも全く驚いていない様子で、自分の刀の研ぎ具合などを再確認している。
 このパーティは、バトルマスターかげろうが剣気を、魔法使いダンが魔力を、レンジャーJBが自然の罠や危険な動物を、盗賊トーラが人工の罠や人間の不自然な動きを検知でき、あらゆる障害を早期に発見し、さらにその脅威の度合いまで推しはかることができた。
 JBはかげろうに問う。
「どうみるよ?用心棒さん」
 ここでJBが問うているのは敵の強さだ。この戦闘狂の女エルフに聞くことと言ったらそれだ。
 かげろうはひそひそと、軽い調子でこたえる。
「JBも大体わかってるんだろうけどさあ。……数は一〇人。アストルティアの冒険者二パーティ風に擬装しているけど実態はエテーネ王国軍の十人隊だね。王国軍団兵六、軍属の錬金術師三、指揮官の十人隊長。キィンベルで確認した典型的な王国軍の部隊だ。手練だとは思うよ。……今のエテーネ王国軍の中ではね」
 言外に、あたしらには敵すべくもない、との含みを匂わせつつ、かげろうは続ける。
「錬金術師三の戦闘における能力は未知数だ。錬金術師は一般的に、僧侶、魔法使い、賢者、どうぐ使いあたりのどれかの素養を持つものが多いとは聞くが、魔法的な能力は私にはわからないから、ダンにでも聞きな」
 あくびをしながら、かげろうはこたえる。そのしぐさが、すでにものたりぬと言わんばかりだ。
「噂に聞いた、かつての王弟パドレや、その守護者・剣豪ファラス……ならなぁ」
 かげろうは新しい土地に着くと、その地域の軍隊や猛者を調べることを趣味としていた。その成果である過去のエテーネ王国にいたらしい伝説級の猛者たちの名前をあげて、かげろうはぼやく。
「軍隊でっていうならせめて、エテーネ王国軍の背骨ともいわれる、百人隊センチュリアくらいもってきて欲しいもんだねぇ。筆頭百人隊長のレセミナちゃんあたりいないかな」
 JBはニヤリと、かげろうの軽口に軽口でこたえる。
「おいおい、いにしえの『剣聖ガーニハンの百人斬り』の伝説にでも並ぼうとするつもりかよ。それに筆頭百人隊長クラスがかんでいるとなると、いよいよ面倒くさい話になってくるから、それも勘弁してくれ」
 それに、かげろうは不敵に笑ってこたえる。
「ふふふ。まぁこのご時世に大量殺人犯になるつもりはないよ。……で、どうするつもりなんだいボス?」
 JBは、あごをさすりながらこたえる。
「まあ、ぶっ倒すわけにもいかねぇが。俺らがちゃんと働くかどうかの様子見、とかの穏当な理由だったらいいんだけどなあ。まぁ、予想通りだな。三〇〇万ゴールドの高額な依頼だ。なんかしらの裏はあると思ってたよ。ジャベリのおっさん、何が狙いかな?」
「そういやぁ肝心なことを聞いてなかったがよ、ジャベリの人物像ってどんな感じなんだ」
 ダンが帽子をなおしながら問う。
「……冷静沈着な、なかなかの傑物のようにも見えた。少なくとも悪党にゃ見えなかったが」
 会った時のことを思い返しながら、JBはこたえる。
「まあ仮に、おめえの危惧が国の内部での抗争かなんかだとして、正義と正義のぶつかり合いにしかならんわな。ま、正義だろうが悪だろうが、俺らみたいな外様の雇われはいずれ無惨に切り捨ててられるのは変わりねえが」
 ダンは皮肉げにいう。
「多分」
 そこに、トーラがJBとダンの話に口をはさむ。
「正義だと信じてる人の方が、どんな非道なことでもやってのけるよ」
 かつて自身が所属していた、暗殺組織の長でも思い起こしているのかもしれない。
 ダンとJBは、それを聞いて
「ちがいねえ」
「たしかにな」
 と首肯した。
「……あたしはさぁ、なんとなく読めてきたよ」
 そこでかげろうが、ふふんと得意げにつぶやく。JBが振り返って問う。
「ほう、姐さん。聞こうじゃないか」
「これってさあ。地上げ、じゃないかなぁと思ってるんだけど」
 とかげろうは言った。ほーう、とJBは考える。
「なるほど。ヒストリカ博士に居座ってもらってはこまる、リンジャハル地域は無人。そういうことにしておきたいってことか。……確かにそう考えれば理屈はとおるな。姐さん、鋭いじゃないか」
 そうかもしれないと納得する。
「うちの実家の剣術道場でもよくあったんでね。身を持ち崩した剣客のなれのはてとして、ヤクザな地上げ屋や借金取りになってしまう、なんてことがさ。そういうのをカミハルムイの町人から頼まれて、成敗したもんだよ」
 かげろうはかつての経験談を語る。
「おし、その方向性で考えてみるか。とすると俺らがつつがなくヒストリカ博士をキィンベルにご招待したら、留守にしてる間にさっきの十人隊の連中がここの博士の拠点をきれいさっぱり片付ける……って感じかね。もしかしたら、おれらにその罪をなすりつけたりすることまで考えてるかもしれん。さて、どうしたもんか……。まあとりあえずは、ご当人に会ってからか」

 そうしてJB一味がうしろを気にしつつも、リンジャの塔を登っていくと、はたして塔四階にヒストリカその人はいた。
 ゆかに四つん這いの状態で、固まってうなだれている。
(……その体勢はヒザを悪くしますよぉ、博士)
 などと、JB一味が部屋の入口のかげから生暖かくヒストリカ博士の奇行をうかがっていると、ヒストリカ博士は突然ムクリと起き上がり、クワっと目を見開いて叫びはじめる。
「スウウウウウランプッ!!」
 ヒストリカ博士は頭をかきむしり、決死の形相でさけぶ。
「何をしたらいいかわからない!!前の論文にまだ書いていない武器として、リンジャーラのブリリアントな手記はあるにはあるのだが、どうせあのクソアス◎ール野郎に古代人が書いた事の証明がうんたらと嫌味をいわれるに違いない!ブゥラザーにあんな大見得をきってしまったのに年単位でなにもできていない!……ああ、最近会いに来てくれないマイフレン……、あなたは今どこにいるのか……。こんな私を導いてくれ…‥」
 最終的にはそのようにロマンチックな表情になりながら手をかかげ、あらぬ方向を見つめていた。
 ウオッホン、とJBが存在をしめすかのように咳をして、ヒストリカにかたりかける。
「あ~マイフレンじゃあなくてすまんが……、あんたが、ヒストリカ博士で間違いないか?」
 後ろでダンがボソボソと「こんな変人がふたりもいてたまるかよ」などといって、かげろうに足を踏まれている。
「ふぁっつ!!!???」
 ひとに見られてはいけないところを見られてしまい、片足をあげて硬直するヒストリカ。
 そこに少年がヒストリカのかげからあらわれて、固まっているヒストリカのかわりに声をかける。
「冒険者さん?」
「そうだ。少年、お前は?」
「ぼくはクロニコ。そこの学者先生の助手みたいなもんかな」
 そういって、その少年は無愛想な表情ながら訪問してきた冒険者たちに挨拶をした。
 
 JB一味は、ヒストリカとクロニコに経緯を説明する。ヒストリカは腕を組んでつっけんどんにいう。
「エテーネ王国が五〇〇〇年の時を超えて復活した?また、数ヶ月前にきた謎の兵士たちのドッキリの続きか?どこの誰の差し金かしらないが、ずいぶんと暇とお金があるじゃないか。こんな辺境の若手学者をいじめるためにそこまで労力をつかうとは。そんなやつらはドッグフードになって食われてしまえ!」
 そのようにヒストリカ博士がたけだけしくいうが、さっきの四つん這いからの奇行を見てしまった一同からすると微笑ましい。チワワが吠えているようである。
「叫んでるところ見られちゃったしねぇ」
 半目でクロニコがかすかに笑う。
「やめろおお、恥ずか死ぬううう」
 顔をおおって下を向く。その様子を、ニヤニヤとかげろうが見つめる。どうやらかげろうのお眼鏡にかなって、ヒストリカも彼女の中のお気に入り女子フォルダに入ったようだ。
 JBは、想定したとおりのヒストリカの否定的な反応を聞いてニヤリと笑い、ごそごそと自分のカバンをあさる。
「そういうと思ってよ。いろいろと持ってきたぜ。まあ、見てくれよ」
 そういってJBが広げたのはエテーネ王国キィンベルを撮影した写真群であった。
 ヒストリカはそれら手にとって、目を見開く。
「こ、これは!リンジャハルでも出土した錬金釜!わたしが超古代エテーネ式錬金釜と命名した……」
「ほら、これも」
 次々と写真を見せていく。
「こ、これは!リンジャハルとの貿易で主要交易品とされていた茶葉!そしてそれを利用した『紅茶の文化』の写真……」
「ほらほら」
「こ、これは!大陸から出土して偽書だとされているエテーネ王国関連の古文書には多数記載がある、錬金術の宗匠ユマテルが作りあげ、中央広場にあるとされる、エテーネ王国の象徴。巨大なオブジェ『永久時環』!?」
「あとこれ」
 もう使われなくなった指針書をキィンベル市民有志からもらってきたものだ。実物を見せてパカッと開ける。
 ヒストリカはそれをひったくるようにとって、パラパラと中の文面を食い入るように見る。
「こ、こ、これは、まさか、もしや、エテーネ王国国民を導いたとされる『時の指針書』か!?」
 得意げにJBはうなずく。
「ただ、これはもう使われてないそうだ。現女王?王女?のメレアーデ姫が時見による国の運営は禁忌としたらしい。なんでかはわからんけどな。まあ俺たちはそのエテーネ王国の人たちから、あんた、ヒストリカ博士を招待してほしいという依頼をうけて来たんだ」
 ヒストリカは自分が詳細に調査した、エテーネ王国の文化文物がこのようにみずみずしく眼の前に提示されているのを見て、興奮の極致にいた。しかし、自分の理性がストップをかける。
「ヒストリカ イズ エキサイト!……いやいや、まてまて、ウェイトウェイト。おちつけ~、私。五〇〇〇年前の王国が復活?そんなことありえるわけがない……。写真はトリックに違いない。私が騙しやすそうだから、ホイホイと着いていってキッドナップされて実家に身代金を要求しにいくんだ、そうに違いない……。そんなことになったらブラザーにまたどんな罵倒の言葉をあびせられるか……!」
「いってきなよ、ヒストリカ」
 クロニコは無表情でいう。
「イエス、クロニコ!やっぱり騙されてるよね。こんな話あるわけない……って、えええええええ?」
 まさか、このしっかりした少年のお許しが出るとは思わなかったヒストリカは、思わずクロニコを二度見する。
「最近スランプだって言ってたじゃないか。この話が本当であるにせよ、そうでないにせよ、少し外の世界で羽根をのばしてもいいんじゃないかな?」
 クロニコ少年はそのように、たんたんと語る。
「……う、いやでも」
 ヒストリカはちらちらと、熟練の冒険者然としたJB一味をみる。
(これは、こわがられてる……かねぇ)
 JBは苦笑する。どのように見ても、ひとくせもふたくせもありそうなJB一味。対して、いかにも人見知りの癖をかかえていそうなヒストリカ博士。ホイホイと着いていくのには抵抗があるようであった。
 だが、ヒストリカ博士は見せてもらった写真群のなかから一枚の写真を発見する。
「これは……!」
 『盟友』ほか、JBを含め計八名の『王者』とともに『真・災厄の王』と戦っている写真であった。JBが『真・災厄の王』のアギトにはさみこまれて、危機一髪という絵面だ。JBが「あー、あんときの」といって写真をしまおうとするが、ヒストリカがとめる。
「あ、あなたたちはマイベストフレンの知り合いなのか!」
「ん、ああこいつか?最近は会えてないけどよ。ちまたで言われる盟友の盟友フレンドってやつだよ、俺らは。なんだよ、さっき言ってた『マイフレン』ってのは『盟友』のことかよ。ったく、あいつはどこにでも顔をだすねえ」
 といってJBはニヤリとする。ヒストリカはそれを聞いて、途端にしおらしくなり、顔をあからめつつ
「……それなら、ぜひ、連れていってください。マイフレンの友達なら悪い人のはずがない……」
 などといい、ヒストリカはJB一味に同行してキィンベルに行くことになったのであった。
((((……ちょろい!))))
 JB一味は全員が、悪い顔でそのように思った。

 JBは、リンジャハル遺跡調査の合間にクロニコを塔の外縁部に呼び出した。
「お前に言っておかないといけないことがあるんだけどよ。ヒストリカ博士には話すと、ややこしくなりそうだからお前だけに話しとく」
 クロニコは塔の縁から、外の様子を見ながらいう。
「外で様子をうかがってる、2つの冒険者パーティらしき集団のこと?」
「……なんだよ、察しがいいじゃねえか」
 JBは、その少年の利発さを感心しつつも、少し気味悪く思いながらつづける。
「おれらが博士と一緒にキィンベルに向かったら、もしかしたらあの冒険者たちは塔に乗り込んできて、ヒストリカ博士の拠点を破壊したり、お前にもなんかしらの接触をしてくるかもしれん、と思ってる」
「うん」
 なんの感慨もなさそうに少年はうなずく。
「だから、念のためにかげろう姐さんをボディガードとして置いておこうと思う」
 クロニコはそれには直接こたえずに、いう。
「あの人達は……多分、あとからもっと大勢の仲間を連れてきたりするんじゃない?」
「まあ、可能性としてはあるかもな」
「かげろうさんも、もちろん心強いんだけどさ。たぶんあの人達、理不尽な、ちょっと怖い目にあった方がもう来なくなると思うんだ」
(……?)
 この少年が何を言いたいのか、見定めるように眉をしかめる。
「JBさんはさ、無限回廊ってトラップ知ってるかな?先に進んでるつもりになってるけど、実は同じ箇所をぐるぐるまわって進んでるってやつなんだけど」
 JBは首をふってこたえる。
「伝説に伝えられし冒険譚では聞くことはある。だが実際にアストルティアでは見たことはないな」
「それが、実はこのリンジャの塔にはあるんだ」
 JBはおどろく。
「まじかよ!?ていうかこの四層もそうだが、この塔は外に出るとこがあるじゃねえか。一体、どことどこが繋がって無限ループになるっていうんだ?」
「この第四階層から第五階層へいくところだよ。本来ならそうなるんだけど、五層側でしかけを操作すると四層から一層……、つまりこのリンジャの塔の入り口にもどるんだ」
(でかいニードルマンがでたりしたとこだっけか)
 そのようにJBは思いおこし、クロニコに質問する。
「もしかして、その一層から外に出ようとすると……?」
「四層側にもどるよ。僕が解除しないと、外には出られない。たぶん昔に、戦争で攻められた時とかに使ったんじゃないかな」
「そりゃ、……地味にえげつない罠だな。ハマったら永久に出られずに餓死するんじゃねえか?」
「そうかもね。でも、そこまで頑張った人はいないよ。大抵は二、三日くらいで三階から飛びおりて、帰ってく。そういう目に遭った人で、もう一回登ろうってひとはほとんどいないかな」
「いままでに何度も利用してるのか」
「うん、あぶなそうな人が来たときにはね。僕とヒストリカ、それに下のシスターさんと一緒に五層まで行ってやり過ごすんだ。だから、残ってもらわなくても大丈夫だよ」
 JBはちょっと自虐的な笑みを浮かべて尋ねる。
「……俺たちには、しかけようとは思わなかったのかい?」
 クロニコは薄く笑ってこたえた。
「JBさんたちは平気さ。……それよりも、ヒストリカのこと、キィンベルで頼むよ。あんな人だからさ。はしゃぎすぎて怪我でもしたりしないか心配だ。ヒストリカにとっては研究対象であり、あこがれのエテーネ王国だ。……もしかして、いい出会いがありそうならフォローしてあげてよ」
 JBは顔をしかめて言う。
「なんだそりゃ。お前は占い師かなんかかよ」
 ま、そのようなものかな、とクロニコははぐらかすように言った。
 
 そういったやり取りがあり、その後JBたちはリンジャハル遺跡を規定どおり調査しおわって、ヒストリカ博士を連れてキィンベルに帰還することになった。
 出立するときには、JBは塔の方を見上げ、フン、と軽く鼻をならした。
『助手のようなもの』『占い師のようなもの』ねぇ。……いいよ、のせられてやるよ、クロニコ少年。そのかわりエテーネ王国軍、しっかりさばけよ)
 そうして、JBは踵をかえした。

【小説】奇跡の代償は 5章『赤い賢者と緑の合成屋』


奇跡の代償は 5章『赤い賢者と緑の合成屋』

■概要
Version4のアフターストーリー。第5話。
舞台はV5.0終頃のエテーネ王国首都キィンベル。
主人公は魔界で行方不明扱い。4000字程度

■5章『赤い賢者と緑の合成屋』のおもな登場人物
ルシェンダ:賢者組織『叡智の冠』のリーダー
リーネ:ヴェリナードの合成屋。秘密結社『世界の均衡者』リーダー

 長旅を終えて、馬車から降り立った賢者ルシェンダを待ち構えるように、後ろから声がかけられた。
「はあい、お久しぶり~。長旅ご苦労さま」
 軽い呼びかけに、ルシェンダはムッと顔をわずかにしかめて呼ばれた方をふりむく。
「……お前か」
 ニヤニヤとした笑みを浮かべながら、その女、合成屋リーネはルシェンダの方へ軽やかに歩み寄ってくる。
 横に並んだリーネを、ルシェンダは歩きつつ目だけでそちらの方を見やり、内心おどろきつつ口を開く。
「なんのつもりだ。お前も私と会うのは避けていたはずだ。秘密結社『世界の均衡者』頭目リーネどの?」
 リーネはそれを受けて立ち止まり、キィンベルだからか完璧な『エテーネのあいさつ』を披露して嫌味たらしく云う。
「それは恐れ入りますわ。秘密結社『叡智の冠』頭目ルシェンダどの。ほまれ高き、千年の『叡智の冠』。万年の『六聖陣』。新組織としては、それらご先輩方に並び称されるように精進いたしますわ」
 軽妙な口調でリーネは返す。暗に同じ穴のももんじゃだろ、と言われているようだ。
(これだ。こいつには昔から口で勝てる気がしない)
 ルシェンダは閉口する。反対にリーネは相好を崩してルシェンダに語りかける。
「そう露骨にイヤな顔しなさんなって」
 ルシェンダはリーネをジロリと見返していう。
「お前が裏でやっていることは、私は容認できない。会えば私は糾弾せざるをえない。……なぜキィンベルに来たのだ」
「久しぶりに旧交を温めに……なんてね。相変わらずムスっとしちゃってさぁ」
 肘でルシェンダをつつき、あっはっはっは、と笑うリーネ。
 今、こんな風に軽々しく彼女にからんでくる人間はいない。王侯貴族も、将軍や大臣、伝説の勇者に到るまで『叡智の冠』筆頭である彼女には礼を尽くす。
「ふ、ふ、ふ……」
 ルシェンダは俯いて目を伏せる。位人臣をきわめたルシェンダへの不遜な態度に怒っている……わけではなかった。
 ルシェンダはそのあけっぴろげな軽口に懐かしさを感じていた。はるかな昔、このようにリーネと気軽につるんでいた時代を思い出したのだった。
 リーネが何のつもりで、いまさら袂をわかったルシェンダと会いに来たのかは分からないが、まあよい、とルシェンダは思い少し乗ってやることにした。話しているうちにリーネの狙いもわかってくる事だろう。
「まあいい、聞こう。テロ行為の相談ならごめんだぞ」
 リーネはフフンと笑ってかえす。
「平和を願うこの『均衡者』にそんなジョークをいえるのは、世界広しといえどもあんたくらいね」
「変わらないな、お前は。そしておかしなものだ。お前のようなひょうひょうとした女が、『世界の均衡者』などとうそぶき、神代のアイテムを集めて回り、封印しているなどとな。聞いたぞ。今もナドラガンドにも続々と冒険者が増えているのは、ナルビアの街に気球組合ができて、飛竜などに乗れぬ一般の冒険者でも気軽に奈落の門に到達できるようになったからだとも。気球組合には謎の人物から巨額の資金が供与されたそうじゃないか?冒険者で賑わった聖都エジャルナや、神官を派遣しているダーマ神殿からはたいそう感謝されたそうな」
「あら~、いいことね~。手に入れた古いアイテムは、エジャルナで謎の人物が主催するオークションが開催されているから、そちらで捌いてもらうと嬉しいわね♪」
 とぼけた口調で、しらじらしくリーネはかえす。ルシェンダはさらにいう。
「他にもこんな話も聞いた。かの高名な防具コレクター、ジグロウと最近契約を結んで、近頃発掘されたゼルメア遺跡の探索に乗り出したそうじゃないか」
 リーネは驚いたそぶりをして、持っていた扇を口元に当ててフフフと笑いをこぼす。
「あらぁ、さすが、早いわね。あそこは防具だけでなくヤバいもの……神代の危険なチカラがある。ジグロウとは利害が一致してね。彼は防具にしか興味がないし、私は神代のアイテムにしか興味がない。私が魔除けの札や姿隠しの聖水を提供する代わりにそれらしきものを私のところへ持ってきてもらう、そういう契約なのよ。あ、ついでに『眠りのギッショ』とも契約を結んでいるわよ」
「ほう、身の丈にあわないダンジョンに潜るが、昏倒したあとになぜか何食わぬ顔でお宝をもって帰ってくる事で有名な、あの謎のあらくれ『眠りのギッショ』とも……」
 ルシェンダが大真面目でギッショについて語る内容が面白すぎて、わははは、とリーネは爆笑する。
「いや、たしかにそうなんだけど、あらためて聞いてみるとめちゃくちゃ情けないわね」
 少しのあいだそうやって笑ったあと、リーネは「はぁ、笑い疲れた」といって目を軽く拭った。
 ルシェンダはゼルメアの関係者といえば出さない訳にはいかないと思い、『彼女』についても語る。
「……ゼルメアに関しては、世界宿屋協会のロクサーヌ殿も動いているそうだが。知らぬ仲でもあるまいし、連携をとればどうだ」
 それを聞いてリーネは腕を組んで、フンと鼻を鳴らす。そしてその仮の姿、身分をあざ笑うかのようにいう。
「揺り籠からの古神、宿屋女神ロクサーヌか。アレがあそこにあると気づいてるのはあの女神とあたし位のものね。別にあいつは嫌いじゃないけどさ。あたし以外のやつにアレを任すのも不安なのよね」
 ルシェンダは、リーネの言葉の奥を読みとる。
(女神ルティアナ様の創生のチカラ、か。リーネ、いや『世界の均衡者』からすると最高レベルの危険度というわけか)
「向こうも同じように思っているだろうなあ」
 ルシェンダは皮肉げに唇を歪めていう。
 ま、違いないわねと肩をすくめるリーネ。ふたり、ひとしきり笑いあい、わずかな沈黙がながれた後。
 流し目をちらりとルシェンダに向けながら、リーネはぼそりという。
「……『賢者の冠』『終末の繭事変についての最終報告書』読ませてもらったわ。……だいぶエテーネ王国に温情的じゃない?」
 ルシェンダはぴくりと片眉をあげる。
(さて、そろそろ本題に近づいてきたか?)
 ルシェンダは心を少し仕事モードに切り替えて、まずは牽制のような問いを口に出す。
「なんでお前がそれを読んでいる。……もしやチリ殿か?」
 王族や将軍大臣クラスにしか知り得ないはずの極秘文書を、たんなる一富豪であるリーネがなぜ知っているのか。
『世界の均衡者』構成員ではないものの、協力関係にあるとルシェンダの耳に伝わっている、ドルワーム王国王女にして怪盗ポイックリンでもある、チリからのルートなのか、と。
「あんないい娘に、そんな後ろぐらい事させないわよ。ルートに関しては……」
 口元に人差し指をあてて、企業秘密よ、というリーネ。
 いい娘が怪盗とは?と思わないでもなかったがそれには突っこまずに、ルシェンダは出どころについて考える。
(……まあ、普通にヴェリナードか)
 『世界の均衡者』の本拠地である大国ヴェリナードには、王立研究所や魔法戦士団にも構成員がまぎれこんでいると聞く。推測にすぎぬが、どうせ教えてはくれぬのだろうし、考えてもわからぬ事については仮の解をおいてひとまずよしとした。ルシェンダはリーネの問いに答える。
「出どころはまあいい。報告書に書いた通りだ。その重大な過去についてはもちろん看過できぬものはあったが、現在のエテーネ王国は『王国代表』メレアーデ姫主導のもと、時見や時渡りのチカラと訣別して、現アストルティアに溶け込もうとしてくれている。そのような姿勢を見せてくれている以上、我々の同盟国家として受け入れることは当然のことだ」
 それに対してリーネは懐疑的なまなざしをむける。
「さてさて。すこおし政治的な状況にとらわれて急ぎすぎじゃないかしら、ルシェンダ殿?『盟友』殿がいなくなって焦る気持ちはわかるけどさぁ」
 リーネは、私もお得意様の顔を最近見てなくて寂しいよ、と冗談とも本気とも取れるような表情で肩をすくめながら云って、言葉を続ける。
「百歩譲って今はいいとして、エテーネ王族がやらかした時見の乱用によって時の邪神ともいうべき怪物を生み出し、世界を滅ぼす一歩手前までいった事象を、もう少し重く見るべきじゃないの。現在のトップが少々融和的だからといって、その子々孫々に至るまでそうだと言えるのかしら?……報告書にもあったわよね。時の放浪者キュレクスは建国者レトリウスの見識を認め、時見のチカラを分け与えた。しかし子孫たち……十五代王様のギリウスだっけ?……が暴走してキュレクスを封じ、時見の箱を作り、それがキュロノスとなり今回の事件を引き起こしたと。もう時見の異界生命体はいないとはいえ、時見の王族はのこっている。今後も似たようなことが起こらないといえるのかな。少なくともさぁ……」
 リーネは立ち止まって上を見上げる。
 二人であるきながら、いつのまにか王都キィンベルの中央広場まで来ていた。
 そこには巨大な球体が鎮座している。
 それを眺めるリーネの両眼が精査するようにあやしく光り始め、そしてまがまがしきものを見るように、リーネは目をすがめた。
 ルシェンダに向き直って、目の前の巨大な球体を手で指し示しながら、リーネはいう。
「落とし前として、コレは滅ぼしておくべきじゃないかしら?」
 市民にはキィンベル最大のランドマークとして親しまれている、それは。
(……永久時環、か)
 エテーネ王国初期の錬金技術の粋を極め、錬金術の始祖とも言われる宗匠ユマテルが造りあげた奇跡の建造物。
 おそらくはキュレクスの助力もあって作り上げたのであろうそれは、時渡りのチカラを貯めつづけ、いざという時にエテーネ王家の者は時見のカギを利用して発動し、強力な時渡りのチカラ、すなわち時変えのチカラを発動できる。さらに、究極的には運命改変ともいうべき『因果律操作』までが、前提条件がそろえば可能となる。
(なるほどな、強力な時渡りのチカラを溜めに溜めた時見の箱キュロノスは、最終的に『時元神』をなのったという。確かに、創造神ルティアナの創生のチカラにも比肩する巨大なチカラといえる。かつては冥王や大魔王すらも、どこからかの情報かはわからぬが、時渡りのチカラをおそれて『盟友』の故郷エテーネの村を滅ぼしたとも聞く。
「……お前は、どうするつもりなんだ」
 ルシェンダの問いかけに、リーネはこたえる。
「まあ、明日の皆さんの出方次第かなぁ。特にメレアーデ姫の」
 そのように答え、その後は沈黙がおりた。
(……)
 黙ったまま、ユマテル通りを一町ほど二人は歩いた。
 ルシェンダは、ふいに軽くリーネの肩をつかもうとするが、リーネはひょい、と避けて少し遠ざかる。
「ウデがにぶったんじゃないの?私のような一介のスーパースターにかわされるなんてさ」
 ルシェンダはバツが悪くそのつかもうとした手をそのままにして、本当にしたかった問いをリーネに云う。
「……なあ、六〇年前に、なにがあった?」
 リーネはそのルシェンダの問いには答えずに、クックッと笑いを噛み殺しながらいう。
「……会ったらさ。言おうと思ってたんだけどさあ、なぁにあれ?マダム・フェリシアですって?あいっかわらず、なんというか、ムッツリよね、あんたってばさ。笑っちゃったよ。あのお店の子たちに、昔のあんたのバンカラな写真を見せてあげたいわね」
 そういってリーネは向こうにかけていく。
「バーイ、また明日」
 手をふって、軽やかに去っていった。
 ルシェンダは、つかもうとした手のひらを見つめて
「……やっぱりテロ行為の相談だったじゃないか」
 と、ひとりつぶやいたのだった。

【小説】奇跡の代償は 4章『エテーネ王国小評議会』


奇跡の代償は 4章『エテーネ王国小評議会』

■概要
Version4のアフターストーリー。第4話。
舞台はV5.0終頃のエテーネ王国首都キィンベル。
主人公は魔界で行方不明扱い。2万字程度

■『エテーネ王国小評議会』のおもな登場人物
ゼフ:錬金術師。評判の良い錬金術店の店主。
コンギス:錬金術師。不老を研究する。
ワグミカ:錬金術師。前王立アルケミア所長。
マルフェ:貴族の歴史学者。
ディアンジ:貴族の錬金術師。先王クオードの側近。
ブルーノー:雑貨屋店主。
グッディ:アバンギャルドな情報屋。
モリュブ:高名な薬錬金術師メルクルの孫。
ホリス:業務用最大手錬金術店ガンダックの弟子。
シスター・クレリア:元踊り子のシスター。
モッキン:キィンベル最大の宿屋店主。
ジャベリ:エテーネ王国軍 参謀。
メレアーデ:エテーネ王国王女。王国代表。
セオドルト:エテーネ王国軍 軍団長。
ザグルフ:先王クオードの側近。ディアンジの友人。

 ゼフが重い扉を開けると、そこは宴会会場であった。
 キィンベルでも最大の宿屋に併設されている酒場は、昼間からにぎわっていた。皆グラスに片手にもち、うすい琥珀色の、シュワシュワと泡立つめずらしげな酒を中央の装置から注いでもらっている。
 ゼフはその騒ぎをながめながらその装置の横に、かつて事故死した親友のアルテオ、の師であるワグミカが酒場のテーブルの上にその小さな体を乗せて、満面の笑みで乾杯の音頭をとっているのを発見する。
「みな手にとったかの、これがワシの新作『ハイ・ボール』じゃ。試作品ゆえ無料じゃぞ。じゃん、じゃん、飲むがよい!」
 といって、酒場にいる面々によびかけている。昨今の食料事情の中、タダ酒が飲めるとあって、集まった連中は皆うれしげに杯をかかげて唱和する。
「新酒、ハイ・ボールに!かんぱーい!!」
 んぐんぐと、酒場に集まった面々はそのワグミカがつくったという新酒『ハイ・ボール』をうまそうに飲み干す。
「ぷはー、これは飲みやすいですなあ。なるほど、浮き上がる泡をボールに見立てて『ハイ・ボール』というわけですかな」
「キィンベルの麦酒とは、また違った味わいがあるわね。ちょっと甘めよねー」
「ワグミカ師がもともと作られていた蒸留酒はとても美味かったが、強すぎるのが難点であった。それを現代世界のリンクル地方産のソーダ水で割るとは、なんという着眼点。これはいけますよ!」
 口々にほめそやされて、ワグミカが机の上でふんぞり返っている。
「ふっはっはっは!そうじゃろう、そうじゃろう」
 そこにスススとゼフがワグミカに近寄っていき、耳元にささやく。
「ワグミカ師、ワグミカ師。これはなんの騒ぎです」
 んん、とワグミカは振り返ってゼフの方を見やる。
「んお?なんじゃ、ゼフの小僧か。見ての通り、新酒の品評会じゃ。お前も飲むかや?」
 ほれほれと、ワグミカの両手に持った杯の片方が勧められるが、ゼフは笑って断る。
「や、私はこれから評議会がありますゆえ」
(あなたも、のはずですが……)
 と、にこにこと笑みを浮かべながらも、ゼフが内心でそのように思っていたところ、それを見透かされたのかワグミカが口をとがらせて云う。
「なんじゃ、この『しょうがないお人は』といった視線を感じるの~、ワシが酒を飲んで小評議会に参加するのは、認められた権利じゃぞ?さすがにいつもの四〇度はある蒸留酒だとへべれけになってしまうゆえ、一応はこれでも気を使って弱い酒を用意したのじゃ。それが、このハイ・ボールである!」
 ワグミカは両手にもったグラスをバンザイのように掲げて大声をあげる。
 そしてそれを見た周りの酒飲みどもが、ワグミカが何を言っているのかもとくに理解もせずに「うおおおお」とさけんで、追随して酒杯を掲げる。
 そのさまを、やれやれと手を広げつつゼフは思う。
(なんど聞いてもすごい話だ)
 飲酒可の政策決定会合など、聞いたこともない。それだけメレアーデがワグミカを買っているということなのだろう。
 ワグミカの小評議会入りの話はすでに伝説であった。メレアーデは新体制をつくるにあたって、もともと指針書によらない生き方を貫いていた『自由人の集落』の人びとを重要視していた。しかし、過去のエテーネ王国の末期において、『自由人の集落』の主だった気骨あるメンバーは思想的指導者バクーモフをはじめとして全員大エテーネ島外に脱出し、新天地をもとめて旅立っていったという。そのため、その人びとは大エテーネ島の時渡りに巻き込まれずに現代には来てはいない。
 メレアーデとしては、あてがはずれた格好となる。残ったメンバーの中でも有力人物は前王立アルケミア所長の錬金術師ワグミカであったが、その『自由人の集落』の世捨て人の集まりの中でも、島外脱出に加わらなかったメンバーというのはさらに輪をかけて世を捨てていた人びとであった。ワグミカは酒に溺れており、口々に「人生はクソだ!生きるに値しない!!」などといい放つほどにやさぐれていた。ワグミカがここまでアルコール中毒になってしまったのは、過去のエテーネ王国において、ドミネウスが新王として即位したあとに意見の相違があり、王立アルケミア所長職を抗議の辞職したことが主因であることは間違いない。一方で、ワグミカが『自由人の集落』に転がりこんできた当初はここまでは荒んではいなかったとする村人の発言もあり、噂によるとワグミカがこの集落にやってきた後に、名声もあり研究以外にも高い見識をもつとされるワグミカをおそれたバクーモフとの対立が先鋭化してしまい(勝手にバクーモフが敵視したとも言われる)、そのような集落内における内ゲバが『どこも人の世は同じじゃ!』とワグミカの心にトドメをさした、とも言われる。
 そのような世捨て人であり、無類の王族嫌いとして知られるワグミカを、メレアーデは小評議会の評議員として迎え入れようというのだった。メレアーデはまずは単身会いにいったが、この時は家にカギがかかっており会えなかった。おそらくは居留守をつかわれたのだろう。そこでワグミカの錬金術師としての弟子であるアルテオのさらに弟子、つまり孫弟子にあたる錬金術師コンギスに説得にいかせたのだ。王立アルケミア出身のエリートで、人びとの寿命を延ばすという分野の研究をしつつ、また強力なドラゴンタイプの魔法生物を作成することのできる優秀な錬金術師であるコンギスは、この時点でメレアーデの小評議会への参加の誘いを二つ返事で承諾しており、何度か会合にも加わっている。そのコンギスがワグミカの家を訪問すると、はたしてワグミカは姿を現した。
 コンギスが、その少女のような師匠の師匠に対して、久々に会えたことの挨拶をするとワグミカは酒をひと飲みしてからゲップをし、怨念のこもった第一声をはなつ。
「……コンギスゥ。お前も、権力のイヌになりさがったようじゃのぉ。ワシと同じように王立アルケミアをやめたと聞いた時には、骨のあるヤツじゃと思うとったんじゃがの~」
 そう言って、さらにもうひと飲みする。
 コンギスは、さっとワグミカのかたわらにひかえるモーモン風の魔法生物モモンタルに目をやるが、モモンタルはすまなそうにプルプルと首(?)をふるばかりだ。昔から、ワグミカに何かをお願いするならばまずはモモンタルに話せ、というのは関係者に知れわたっている知恵であった。しかしどうやら、簡単な打開策はないようだ。コンギスは正面から切り込むことにした。ワグミカの目をしっかりと見すえていう。
「……ワグミカ師。どうか、もうすこしご自愛くださいませ。そして、その権力のイヌとやらにあなたも再びなっていただくよう、お願いさせていただく次第です」
 ワグミカはフンと鼻を鳴らして笑う。
「フフン、そんなことじゃろうと思ったわ。この前、あの小娘には『地脈の結晶』を作ってやった。それだけでは飽き足らず、そのような面倒事をもってくるとはな。やはり王族というものは頼めばなんでも物事が思い通りになると思っておる傲慢な人種じゃのぉ」
 それに対し、コンギスは反論する。
「あなたは、権力やそれを使うことをそのようにわるき事のようにおっしゃられますが、すでにキィンベルはメレアーデ王国代表のもと、新たな時代へと突入しております。メレアーデ様の時渡りのチカラで様々な過去の厄災を回避し、この新時代で一歩を踏み出しているところなのです。大陸属州をうしない、大凶作に見舞われている最中でもありますが、我々は悲観しておりません。メレアーデ様は人を見る目がおありです。……選ばれたオレがいうのは手前味噌な気がしないでもないですが。メレアーデ様の推薦で評議員に就任したものたちは皆、意外性のあるものばかりです。今まで市井に埋もれていたが、人の世がこうであれば良いのにという事を常々考えていたのだろう積もった知恵、突き進むべきときに突き進む勇気のどちらか、または両方を兼ね備えている優秀な人たちだと見えます。あなたのような、ある種、りっぱな肩書きを持つ方をメレアーデ様がここまで執心されているのは逆にめずらしいと言えましょう。そして、メレアーデ様がそのようにお考えなのであれば、あなたはこのエテーネ王国に今でも必要な人材ということなのだと思います。……あなたの弟子でもある、わが師アルテオに免じて、いまひとたびお力添えいただけませんでしょうか?」
 コンギスは、そこまで一息に言いきって、ワグミカの様子をうかがう。
 ワグミカは「ほう」と言い、わずかに、まぶしきものでも見るかのように手をかざす。かつての若かりし自分の姿でもかさねていたのかもしれない。
「あの世間知らずの小娘を、ずいぶんと買いかぶっとるようじゃのう。知っとるじゃろうが、ワシは王族が嫌いじゃ。あの者たちは市井の事などは考えられず、時に魅入られておった者たちじゃ。そして、それに群がる貴族どもも同罪じゃった。ワシは時見によって無理筋なことを王立アルケミアに依頼してくる王族や、その意を受けた貴族たちをみてきた。ドミネウスのことだけではないぞ、ルザイオスの治世からそうであった。ワシの堪忍袋の尾が切れたのがドミネウスの時だった、というだけじゃ。国のため、大義のため、といいつつ結局そのツケは市民たちにまわっておった。なるほど当時のエテーネ王国は、国としては発展しておったかもしれん。だがそこには、指針書という王だかもっと得体のしれない何かだかに判断され導かれる時見の装置、それとは別に王がおこなう時見による『国の繁栄』という森ばかりを見て木を見ぬ判断、その王の判断を自分たちの都合よく解釈する貴族たち。そういったものたちによって、必要のないものと思われて無惨に切り捨てられた、名もなき人々の失意の人生の上になりたっておったともいえる。たしかに、メレアーデの小娘は『時見の鍵』を慰霊碑に封印し、時見に頼らないことを誓ったと伝えきくが、はたしてその決意がどれほどのものなのかわからぬ。そして、これまで時見に頼り切りであった民草も、はたして自分の意思を重んじつつ、かつ自由をはきちがえずにしっかりとこの現代世界で歩んでいくことができるのか、それもわからぬ。しかし、ワシには分の悪い賭けに思えるがのぉ」
 ワグミカの、酒に酔っているとも思えぬしっかりとした忌憚のない意見を聞き、コンギスはこれは見込みがあると思ったのか、さらに切り込んでいく。
「つまり、受けてはくださらぬとおっしゃる?そうして、ここで世捨て人として高みの見物を決め込むと、そういうわけですか。その、時に魅入られたもの達の時代がおわり、真に日の目を見るべき人々の時代となったかもしれない今となっても、あなたは何の挑戦もせず、失われたキャリアを嘆き、ここで酒の飲むだけの日々で終わるというわけですか。『分の悪い賭け』結構じゃないですか。せっかく、王なり貴族なり指針書なりに掣肘されない時代となったのです。自分の思う正しきことを押し通せる時代に。まずは、挑戦してもよいのではありませんかな」
 コンギスの、師匠の師匠とも思わぬ挑戦的な物言い。それを聞いたワグミカは、その無礼をとがめるでもなく、面白がって笑う。
「わっはっはっは!いうではないか。アルテオのやつもとんがっておったが、キサマもなかなかのものじゃな。しかし、ワシもこの十年ほどか、第三八代の王立アルケミア所長として時代の変革が起こりそうなたびに、キサマのいうようなことを何度も挑戦してきたと自信をもって言える。そのたびに打ちひしがれてきたのじゃ。はたして今回もそうでないとどうしていえるじゃろうかの?」
 コンギスは、ワグミカのかさねてきたその歴史を否定することはできない。ただ今回は違うのだろう、とみずからの直感をうったえるのみだ。
「……そこは、メレアーデ様やオレを信じていただくほかはありませんな」
 ふむ、とワグミカはうなずく。
「なるほど、なるほど。まあそうじゃ、今回こそは違うかもしれん。やってみんことにはな。ワシも自分がもつ、こうしたほうが民草のため、もう少しよくなるのでは、といった方策もないではないし、それが現実になったならば、嬉しいことではある。しかし、ワシも浮世を離れてひさしい。ではひとつ、ワシが小評議会に参加する条件をメレアーデ王国代表殿におつたえいただきたい」
 ワグミカのいう、その条件とは。
『小評議会で酒を飲んでいいこと』
であった。
(なめてんのか?)
 コンギスの第一印象はそれであった。ワグミカもどうじゃ、と言わんばかりにニヤニヤと笑っている。
(やるつもりはない、か)
 コンギスは瞑目し、フゥとため息をついた。そうして、挨拶を手みじかにすませたあとにワグミカの元を辞したのだった。
 コンギスはキィンベルにもどり、とにもかくにも提示された条件をメレアーデに伝えることにした。
 しかし、報告した時のメレアーデの反応は意外なものであった。
「あら、そんなことでいいの?」
 メレアーデはいつものアルカイク・スマイルをうかべながら、そう言ってのけたのであった。コンギスはおどろく。
「ワグミカ師の方としては、ていよく断ったつもりだと思いますけどね。さすがに、飲酒しながら国のゆく末を決めるのはオレもどうかと思いますよ」
 んー、と人差し指をあごに当てながら、メレアーデは考えている。
「……コンギスさんは、酔っていないときのワグミカさんを見たことがあるかしら?」
「それはもちろん、かつての王立アルケミアでよく。生真面目でやさしく、忍耐があり、通すところは通す。そのようなしっかりしたお方です。……まあ酒が入っている時の状態を見ると、ためこんだ物があったのかもしれませんが」
「では、どちらのワグミカさんが、頼もしく感じるかしら」
 そのようにメレアーデは問いかけ、うっ……とコンギスは詰まる。少し考えたのちに、片手で頭をかきつつこたえる。
「……まあ、酔っている時の方が『強い』とは思いますよ。飲みすぎてなければ頭のキレも鈍っているわけではなさそうだし。その『強さ』が小評議会で必要なものかどうかはオレにはわかりませんが」
 メレアーデはフフフと、笑う。コンギスが『強い』と表現したのがおかしかったようだ。
「そうよね。ワグミカさんに『地脈の結晶』を作ってもらった時に私も見たし、その後……というか前というか。島ごと時渡りの準備するために過去に戻った時、私は黒猫の姿であちこちをうろつきまわっていたのだけれど、その時にも、私は素面のワグミカさんを見ていたのよね」
 それは、部下の錬金術師たちや、上司であるドミネウス王の板挟みにあって苦悩していたワグミカの姿だったという。
「ワグミカさんに関しては、すこし飲んでるくらいの方がちょうどいいんじゃないかしらね」
 そう言ってメレアーデは笑う。
「……なるほど?」
(すごい事をかんがえるな、この人は)
 コンギスも呆れ半分で笑った。

 そして数日後、コンギスはメレアーデの回答をもってワグミカ宅を再訪した。
 メレアーデとコンギスあわせて通算三度目の来訪となる。
 ワグミカは、前と同じく大きなソファにもたれ、みずからついだ酒をあおっている。
「お前も面倒な仕事を押しつけられたものよのぉ。お前ほどの錬金術師が、メレアーデとワシの間のおつかいか。権力のイヌとはこのようにつまらん、益のない仕事を押しつけられる事だとはおもわんか?
 ……それで?小娘はなんといっておったかの、怒っておったか?それとも『酒を飲める』以外の新しい条件を提示してきたかの。言っておくがワシはこれで結構金持ちじゃからの、金銭では動かんぞ」

 それに対し、コンギスは少々得意げにいいはなつ。
「よい、とのことです」
「……は?なんというた」
 ワグミカはおもわず聞き返す。
「メレアーデ様は、ワグミカ師が酒をお飲みになって小評議会に参加されるのを容認されるとのお考えです。弱めのお酒をご持参くださいとのことでした」
 そして、コンギスはメレアーデが言っていた理由までもつたえる。無論、メレアーデがそのようにして、とコンギスに言ったのだ。
 ワグミカはそれを最後まで聞くと、立ち上がって怒る。
「ふ、ふ、ふ、ふざけおって!ようするに素面のワシが頼りないから酒を飲んで参加せよということではないか!
 あの小娘め、よう言うたわ!……その『小評議会』とやらは、行政をつかさどる『王国代表』と対抗組織にあたるとも聞く。よかろう、ワシがあれこれと指図してやるわ!」

 となりのモモンタルがどうどう、といさめる。
「ご主人、急に怒ると血圧があがるんだモン!気をつけるんだモーン!」
 ワグミカはモモンタルの用意した水を飲んでひと息つくと、コンギスに云う。
「ぷはー、クソが!……おい、コンギス。条件がもうひとつできた。ワシは無礼な王族にはあいとうはない!小評議会の評議員というのは、王国代表と会わずにすむことはできるか!」
 ふうむ、とコンギスはくちひげに手をあてる。
「……まぁ、特に規定はありませんが。基本的には別々に動くものですので、議場も離れておりますし、まとめ役の者以外は会わなくても良いとは思いますがね」
「よーし、ワシはメレアーデには会わんぞ!あくまで民草のため、そしてコンギス、お前の顔に免じてじゃ。それでよいなら受けてやる」
「わかりました、そのように王国代表にお伝えしましょう」
 コンギスには、あのメレアーデが当然そのような条件程度はのむ事はわかっていた。以前までの王族であったなら、そのような侮辱的な態度をとる人間など排除するにちがいなかったが、メレアーデは自身に対しての怒りなど、蚊にさされたほども感じていないようであった。むしろ、誘導して焚きつけたようにもコンギスには思える。
 以来、ワグミカは評議員コンギスの推薦というかたちで小評議会に加わることとなったのであった。そして、それから数ヶ月たつが、いまだにワグミカはメレアーデに会ってはいないままである。

 ゼフが方々から聞いた、そのようなワグミカ伝説を思い返していると、酒場にその当事者のひとりであったコンギスがあらわれた。
「おや、おふたりとも。お早いことですな」
 そういって挨拶して近寄る。ゼフと同じように、コンギスもワグミカから『ハイ・ボール』の酒杯をすすめられるが
「お酒を飲んで小評議会に参加できるのは、ワグミカ師のみの特権ですゆえ」
 と苦笑して断る。
 そして酒飲みどもと適当にさわいでいるワグミカは放っておいて、コンギスはゼフに話しかける。
「……アルテオ師ゆかりの三人、しかもアルケミアの本流から一時は追いおとされた我々が、このように一堂に会して、物事を決める立場になるとは、不思議なことですな、ゼフ師」
 ゼフも笑ってかえす。
「はは、ゼフ師はこそばゆいからやめてください。しかし、そうだね。君はこういった権力に興味のない、もっと一匹狼タイプかと思っていましたが」
 コンギスは肩をすくめてこたえる。
「小評議会を構成するメンバーのせいか、権力という意識はまったくないですがね。まあ、今のところ週一、二回程度の会合というところで別にオレの研究の時間も大きくとられているわけでもないし、この激動のご時世ですからね。もしオレのチカラでお役に立てるというのなら、できることをしたいというだけです。それに、五年後に王国代表が任期をむかえた時に、この小評議会も解散されてお役御免となり、その時にはエテーネ王国中から選ばれた一〇〇名からなる大評議会、略して議会とも言われているようですが、それが国家のいしずえの機関となるように聞きます。オレたちはそれまでの緊急避難的な会合でしょう。……あなたこそ、かつて王立アルケミアをお辞めになられたときに、そういったものとは訣別したとわが師からはお聞きしたのですが」
「うん、そのつもりだったんだけどねえ。不思議なことです。……メレアーデ様にからめとられて」
「ああ、わかります。なにかよくわからん話術をもってますよね、あの御方。この職のことを説明されたときにどう言われました?」
「よく覚えています。あの御方は『町内会をちょっと大きくしたようなものの、その役員みたいなものね』とおっしゃられました。それを聞いて、それくらいなら受けてもよいか、と思ってしまったのです」
 コンギスも思い出してニヤリとする。
「オレも同じですよ。よくもまあ、王族の方からそんな日常卑賤な言葉が出てきたものです」
「黒猫のお姿で、キィンベル中を歩き回られていたときに学ばれたのでしょう」
 ワグミカをのぞく評議員全員が勧誘のときに聞いた話で、メレアーデは現代から見て五〇〇〇年前のエテーネ王国末期、ドミネウス王が統治していた数カ月間において、大エテーネ島の時渡りの準備をするかたわら、元々は王族の世間知らずな令嬢にすぎなかったメレアーデは、黒猫に変化してキィンベルの様子をうかがいつつ、時渡り後のその後の目指すべき国の姿を思い描いていた。そして、そのための有為の人材を探していたのだという。
 確かにしっぽに赤いリボンをつけた、キィンベル中を闊歩するかわいらしい黒猫をゼフも見たことがあるし、当時、仕入れや客先に行ってきた帰りの中央広場で世間話をした際にも、その黒猫のことが話題になっていたのを覚えている。便せん屋のイトクリなどは、その人気の黒猫を『小さな王都の案内人』としてキィンベルのご当地便せんにまでしたという。その黒猫がじつはメレアーデだったというのだ。
 そのようにゼフとコンギスが話していると、ワグミカも戻ってきていた。するとコンギスは、突然ふところからコップを取りだしてワグミカに近づいていくと、頭をさげ、なにやらおねがいをし始めた。
「ワグミカ師、アレをおねがいします」
 ワグミカはツーンとそっぽをむく。
「いやじゃ、もう四度目じゃぞ!」
「……どういう話です?」
 ゼフが何の話かと口を出す。ワグミカは、コンギスを指さしてわめく。
「こやつが不老の研究と称して、ワシのヨダレを何度もほしがっとるのじゃ!変態じゃ!」
 ひげづらのコンギスが、採取用のコップをもって少女然としたワグミカにせまっている。
 ゼフは咳ばらいをして云う。
「……コンギス君、その、あまりにも見た目がよろしくないので、ここではやめてください」
 ゼフにたしなめられて、コンギスはしぶしぶコップをテーブルにおきながら、不思議がって云う。
「しかし、ワグミカ師はあれだけ不摂生な生活をしておられるのに、まったく老いの兆候も見られない。以前に通り一遍の健康診断をしたところ、あろうことか健康的ですらあられる。いったいどんな秘訣があるのですか?」
 ふーむ、とワグミカは考えるが、ニヤリと笑っていう。
「やはり、酒かのぉ?酒は百薬の長というしな」
 予想通りすぎる答えに、コンギスは失望して首をふる。
「……オレの調査結果では、飲酒は健康にとって百害あって一利なしとすでに結論が出ております」
 ワグミカはそこで、なにかを思いついたらしく、ゼフの方をニマニマと見ながら云う。
「コンギスよ、ワシにばかり目をむけておるが、お前の目の前の男も相当に若作りじゃぞぉ?お前の師、アルテオの親友で、たしか四〇前後のはずじゃろうよ」
 ムムッ、とコンギスはゼフの方を目を細めて見つめる。確かに、コンギス自身が老け顔のせいもあるが、三〇を超えたばかりのコンギスよりも若々しく感じる。その熱い視線にゼフは少々たじろいで一歩さがる。
「ふぅーむ?なるほど、たしかに?……ゼフさんも、ここはエテーネ王国の医療、錬金術の発展のため、少しお願いしてもよろしいですかな」
 といって、コンギスは再びコップをもち、妙な迫力でゼフにせまる。うしろでゲラゲラと笑っているワグミカ。
「う……。い、いやまあ、唾くらいなら」
 観念して、ゼフはズイっと迫りくるコップに恥ずかしげに唾を入れる。
 その後、酒場のすみの方にて目を伏せてナフキンで口を拭うゼフにワグミカが話しかける。
「ふはは、唾採取仲間じゃなぁ。どうじゃ、なんか気恥ずかしいじゃろ」
 カッカ、とワグミカは笑う。
「コンギス君の表情が真剣すぎて怖い……」
 そう感想を述べたあと、ゼフはワグミカの耳に、口を寄せてヒソヒソとささやく。
「……ワグミカ師。あなたのお体の秘密は、お若い頃に長期に渡って『テンスの花』の研究をされていたからだとアルテオから聞いたことがありますが?」
 ワグミカはハッとおどろいた顔をしてゼフの方を向く。
「なんじゃ、あのおしゃべりなやつめ。他言無用だといっておったのに。……まあコンギスに伝わっておらんようじゃからよいか」
「コンギス君にはお伝えしないのですか?答えがあるのに黙っているでのは、酷ではないですか」
 ワグミカは困ったような顔をして、かぶりをふる。
「……この体に助けられたこともあるがな、基本的に人間は定命で死ぬのがよいとワシは思うとるよ。ワシのこの判断は、科学者・錬金術師としてあまりほめられたことではないのかもしれんがの。『テンスの花』のチカラは神話の領域に属することじゃと思うておる。コンギスの今やっていることは『医療』の観点からのアプローチ。ゼフ、お前もその分野じゃったな。その方について調べておる方が人類のやくにたつことじゃろうよ。それを続けていけば、多くの子供が幼いうちに死ぬ事もなくなるじゃろうし、今は不治の病とされている病気も治るようになるかもしらん。五〇年は無理でも、二〇年、三〇年くらいは人の寿命ものびるかもしれん。希少すぎる『テンスの花』について調べることに注力して、限られた数の人びとの寿命を半永久にするより、よほど価値があることじゃろうて」
 そういって、またぐびぐびと、手に持った酒をあおる。

 そこに、他の小評議会のメンバーが続々と、口々に雑談をしながら入ってきた。
「やあやあ、錬金術師の方々はおはやいですなぁ」
 雑貨屋店主のブルーノー。
「くんくん、アバンギャルドな酒の香りがするぜぇ!」
 アバンギャルドな情報屋グッディ。
「私は暇になったので、もう少し会合の回数が増えてもいいんですけどねぇ」
 過去世界にて単身エルトナ大陸からキィンベルにやってきた、伝説の便せん屋イトクリ。
「やっと、ここ五〇〇〇年の歴史について、現代世界にて知られているところは概ね把握できました。突合せねばならない事実は山とありますが……」
 貴族の歴史学者マルフェ。
「これが大凶作解決の糸口になればよいんだけど……」
 エテーネ王国最高の薬錬金術師メルクル……の孫のモリュブ。
「お師匠はいけるといっていたよ。大丈夫、大エテーネ島の土壌にも合うはずだ」
 業務用最大手錬金術店ガンダック……の弟子のホリス。
「王宮事件消失からすでにずいぶん時間がたち、生存者の捜索も難しくなってきた。もう打ち切るべきなのかしら、センシア……」
 元踊り子のシスター・クレリア。
「さて、みなさんお揃いですか。では地下会堂へいきますかね!……おや、おひとり足りないような……?」
 キィンベル最大の宿屋店主モッキン。
 モッキンがきょろきょろとしていると、そこに残った最後のメンバー、先王クオードの側近である錬金術師のディアンジが駆け足で入ってきた。
「やあ、皆さん遅くなりました!」
 はぁはぁ、と息を切らせ、満面の笑顔のディアンジ。その手には大量の資料を抱えている。
 既に来ていたワグミカ、ゼフ、コンギスの三人の錬金術師を含め、小評議会を構成する評議員総勢十二名がそろった。
「あぶないですから、どいてくださいね~」
 モッキンが、中央のテーブル群をどかし、評議員や酒飲みたちに酒場ホールの中央をあけるようにいう。
 そうして、宿屋モッキンが手に持ったボタンを押すとガコン、ガコンとそのホールの中央部が階段状になっていき、なんと、地下への通路ができあがった。
「よーし、行くかの。戻ったら二次会じゃな!」
 ワグミカが酒杯を持ちながら酒飲みたちに宣言し、先陣をきる。
 酒場の陽気な酒飲みたちに手をふられて見送られつつ、評議員の面々は皆、勝手知ったるもので、続々とその階段を降りて地下にむかう。
 この宿屋兼酒場の地下の空間は、そもそもモッキンがいずれ自分の宿屋を浮島化したいという大いなる野望のために、将来的に浮力設備を設置するために作られたものであった。しかし、かなりの有力貴族でも浮島を所有するのは相当な金銭的余裕がないと難しく、キィンベルでも最大の宿屋店主であるモッキンをもってしても、道なかばであり、その空間は長い間カラであった。
 その空間に円卓をおき、小評議会の会場としたものであった。元は無骨な空間だっただろうそこは、キィンベルの一流宿屋だけあって、雰囲気のある部屋に仕上がっていた。それは、くしくもこの現代世界での賢者組織『叡智の冠』がグランゼドーラ王城の地下にかまえている円卓と雰囲気はよく似ていた。
 評議員メンバーはおのおの着座し、議長であるディアンジが開会の宣言をする。
「では、これより第七回小評議会をはじめます!」
 拍手が評議員からおこったあと、早速本日の議題が配られる。
 最初の議題は、トピックとしてなんといっても明日行われる現代世界の諸国家との条約締結の話であった。
 情報屋のグッディが集めてきた情報を語る。
「現代世界の諸国家の代表たちは本日、アラハギーロ王国からの大船でエテーネ王国領の外港につき、馬車で先ほどキィンベルに到着したようだぜ!各国の代表者として、グランゼドーラの勇者姫アンルシア、アラハギーロのミラン王子、ガートラントのグロスナー王、グレンのバグド王、ヴェリナードのオーディス王子、カミハルムイのニコロイ王、メギストリスのラグアス王子、ドルワームのラミザ王子がそれぞれ参加されるぜ。この現代世界での国際事情をまだそこまで把握していない評議員諸君もいるかもしれないが、アバンギャルドなメンバーだということは保証するぜ!」
 ディアンジはメレアーデがこの式典への意気込みを知っていたので、いよいよかと嬉しがる。
「ほうほう、ついにこの時がきましたね。……しかし、アラハギーロからですか。グランゼドーラからではないんですねぇ」
 ディアンジの素朴な疑問に対し、グッディはその質問に『いいね!』をして長い補足をする。
「議長、よい質問です!俺サマの調査によると、グランゼドーラ王国は歴史的に外海を重んじているようで、外海に面する王都に巨大な帆船をいくつか抱え、また民間の帆船も多数あるらしいぜ。しかしここ数年は外海は魔瘴によって他の五大陸とは隔絶され、航路をしめせる力をもつ最大の帆船グランドタイタス号以外は魔瘴の霧を突破できず、交易的には苦境にあるようだぜ。内海については、グランゼドーラ王国の勢力圏であるメルサンディ穀倉帯があるが、内海に面した漁村がいくつかある程度で大きな港はない。一方のアラハギーロ王国はレンダーシア内海を重要視しているようで巨大なガレー船兼帆船をいくつもかかえるぜ。これは、レンダーシア内海にかつて巣食っていたタチの悪い海賊を討伐した名残りだと言われているらしい。そういうわけで、諸王たちはグランゼドーラからは陸路でアラハギーロへ、そこからはアラハギーロの大船でやってきたってわけだ」
 そして、グッディは『現代世界・風説書』とアバンギャルドな書体で書かれている表紙のパンフレットを配ってまわり「詳しくはこちらをごらんくださいだぜ!」といって着席する。
 一同はそれを閲覧しつつ、ふむふむとうなずき、口々に感想をのべる。
「メルサンディの村には僕とホリスが行ってきたよ。確かに海際は漁村しかなかったけど、グランゼドーラ王国はエテーネ王国との貿易をめざして、早急に内海に面した港町をつくる計画もあるって聞いた。さすがに今回の話にはまにあわなかったようだけど。メルサンディでの成果は後で話すよ」
 とモリュブ。
「……しかし、なんともご苦労なことじゃな。現代のいのちしらずの冒険者どもはルーラストーンとやらで気軽に飛んでくるようじゃが、王族ともなるとそういう訳にもいかんのかの。あまり聞いたことはないが、空の事故とかあったら死ぬじゃろうしなぁ」
 とワグミカ。
「私事ですが、私はルーラストーンも大陸横断鉄道もグランドタイタス号のような大船もない時代にエルトナからキィンベルまで来たので、それはそれは大変でしたよ。まぁ魔瘴の霧はありませんでしたがね……」
 とイトクリ。
 そして、明日の式典に出席する評議員のメンバーを決める段では、皆このような滅多にない晴れの舞台に興味津々であり、おおむね出席するような流れであったが、案の定ワグミカは「ワシはメレアーデとは会わぬ!」といって意地をはって欠席することになった。
 次の議題は、国にとってもっとも重大事である大凶作への対策の話であった。これはゼフの店とならぶキィンベルの超人気錬金術店に所属する若手の錬金術師のモリュブとホリスが立ちあがる。まずは、もってきた黄金色の麦を評議員の前のテーブルに置く。
 まずはガンダック錬金術店の弟子ホリスが口を開く。
「お手もとのみずみずしい黄金色の小麦は、私とモリュブで視察に行ったメルサンディ地方でとれた小麦になります。みてのとおり非常に高品質の小麦となっております。なんと、通常流通している『ふわふわ小麦』よりも一粒から取れる小麦の数は倍以上あるという驚異的な生産効率をほこります。私達はメレアーデ様のご紹介で、グランゼドーラ王国の勇者姫アンルシア様に便宜をはかっていただき、この会合も二回ほど休ませていただいて、メルサンディ村にてこの小麦の調査をしていました。そしてメルサンディ穀倉帯と、現代におけるエテーネ王国は緯度やエレメントの力なども概ね一緒で、同じ気候帯に属することが判明しています。エテーネ王国領における今年の麦の収穫は壊滅的でしたが、来期はこの小麦と、メルサンディの土、そしてわが師匠ガンダックの開発した新環境にあわせた肥料によって、まずはエテーネ王国でも育つことを確認したいと思っております。つつがなく行けば、再来年にはかなりのところまで食料事情は改善されるかもしれません!」
 評議会メンバーからは「おおおおお!」と感嘆の声があがる。
「もしうまく行けば、おふたりはメレアーデ様につぐ、救国の英雄になりますね。そうなったら私が歴史の教科書にのせますよ!」
 と歴史学者マルフェ。
「しかし、あの未開のメルサンディ大森林が、世界最大の大穀倉地帯になっているとはね。先人……か未来人か、どう言っていいかわからぬが、とんでもない努力があったのだろうねえ」
 と雑貨屋のブルーノー。
「この小麦がグランゼドーラの国力の源ってわけか。それを譲ってくれるとはさすがは現代の勇者。アバンギャルドだぜ」
 と情報屋グッディ。
 そして今後については、ホリスとモリュブを中心に王国の役人と協力して、王国内の小麦農家に対し新方式で栽培する推奨する流れが取りまとめられ、王国代表に『提案』する流れとなったのだった。
 その後も、王国軍提出による大エテーネ島再開拓案、王立アルケミアやエテーネ王立学院に代表される知識の府を再興させる、浮島技術の復活はどうするか、エテーネ王宮の行方不明者捜索の打ち切りについて、などが話し合われた。
 ある程度時間もたち、そろそろ会も終盤と思われた頃、小評議会議長でもあるディアンジが、
「少し、見てもらいたいものがあります」
 といって笑顔で立ち上がり、錬金術で複写された分厚い資料をくばった。

 タイトルには『軍民一体による海洋都市リンジャハルの再興』とあった。

 ディアンジのその説明がひと通り終えると、小評議会の空気は称賛一色であった。
「ディアンジさん、これはすごいですね!しかも目の付け所がすばらしい。現在空白地帯であり、大エテーネ島からも比較的近いリンジャハル地帯への植民とは!」
 と宿屋モッキン。
「これは壮大な計画ですなぁ、しかもよくいき届いている。王国軍だけではなく我々民衆もくわわっての一大壮挙となりそうですな」
 と錬金術師コンギス。
「こちらも、うまくいけば王国の食料事情の解決に寄与しますね。ホリスさんモリュブさんの案と並列で進めていけば、どちらかがうまく行けばいいし、両方うまくいけばさらに相乗効果も期待できます」
 とシスター・クレリア。
 そのように、この降ってわいた大プロジェクトについてさめやらぬ興奮の声がきこえる。
 しかし、ゼフは口は開かぬものの腕を組んで、内心腑におちぬものを感じていた。
(別にどこがどう、ということはないが。……この小評議会メンバーは若いメンバーも多く、素直で、まっすぐに国を良くしていこうというやる気と実行力にみちあふれている。しかしその分、からめ手には弱いのではないだろうか)
 かつて王立アルケミアで栄達をもとめ、国中から集められたエリートたちがしのぎを削って、生き馬の目を抜くような厳しい世界で若い頃を過ごしてきたゼフは漠然とそのように思い、このうますぎる話にすこし警戒感をもった。
 そこに、その厳しい錬金術世界の頂点に君臨していた存在であるワグミカが、ふぅむと不思議がって聞く。
「ディアンジよ、おまえ、こんなに勤勉じゃったかのぉ」
 ディアンジは頭をかいて、照れながらいう。
「えへへ、いろいろと手伝ってはもらってますよぉ」
「まぁ軍民一体というからには、王国軍に協力者がいるのはわかるがの……」
 もともとディアンジは王国軍を勢力基盤とする先王クオードの直臣なのだ。ディアンジ自身は軍属ではないが、知己も多いだろうことは想像にかたくない。
 ワグミカはこのプロジェクトについていくつか質問するが、ディアンジはそれについてよどみなく答える。誰かに手伝ってもらっているにせよ、ディアンジ自身もこの計画に賭けるものがあるのだろう。
 その後もパラパラと資料のページをめくりつつ、ウウムとワグミカはうなっていたが、目を伏せて資料を置く。
「……まあよいわ、ワシがとやかくいうところでもあるまい。メレアーデの小娘が判断することだろうて」
 そのようにいい、つづけて王国代表に提出する『提案』の中にこの議題をくわえるかの無記名投票がおこなわれ、賛成一〇、反対二の賛成多数で可決されたのだった。
 そうして今回の小評議会も、つつがなく終わりをむかえた。この後は解散となり、議長であるディアンジと、回り持ちで今回の副議長役をやっているゼフがメレアーデに今回話し合われた『提案』群をまとめて持っていくことになっていた。

 酒場のホールに戻ると、ちょいちょい、とワグミカがゼフとディアンジを手招きする。
「ワグミカ師、なんでしょう?」
「おまえたち、これからメレアーデのところにいくのじゃろ?あの小娘に手みやげじゃ。渡しておいてくれ」
 そういって、特徴的な丸い瓶につめられた琥珀色の酒を見せる。
「これは?」
『ウイスキー』という。いつもワシがつくっておる蒸留酒じゃ。さっきの『ハイ・ボール』の割る前のものじゃな」
 ゼフがそれを聞いてニヤリと笑う。
「ほう、古代語で『命の水』ですか。これは、大きくでましたね」
「言うたろ、酒は百薬の長だとな。嫌なことも忘れる、そしてうまい。完璧な嗜好品じゃ」
「ワグミカ先生は天邪鬼ですよぅ。メレアーデ様にあって直接おわたししてくださいよぅ。なんなら明日の式典にきて、おわたしすればよかったじゃないですか」
 ディアンジが困り顔で云い、それに対しワグミカはフンと鼻を鳴らす。
「式典なんぞ、興味ないわい。この現代世界の偉そげな王族どもが集まっとるんじゃろ。……これは、ただのささやかな慰労の品じゃよ。最近の『王国代表』殿はようやっとる。この酒はの、そのまま飲んでも、氷をいれてのんでもうまいが、強めじゃからな。初心者へのオススメは寝る前にお湯で割って飲むやつじゃな!よく眠れてよいぞぉ」
「われらが王国代表を、アルコール中毒の道にいざなうのはやめていただきたいものですが」
 ゼフも苦笑しながらも、そのけしからん飲料水をうけとり、メレアーデに渡すことを約束する。
 ワグミカは少し考えて、てれくさそうにしながら、さらに伝言をふたりに頼む。
「ワシはあの小娘に結構感心しておるのじゃ。すぐに、貴族なり我々なりにものごとを投げ出すのではなかろうか、と思うておった。しかし、そうではなかった。どこでどういう経験をつんだのかしらぬが、あの年端もいかぬ小娘が立派に、この難しい時代の国の代表を今のところじゃがつとめあげ、新たな仕組みまで構築しようとしておる。これは、わが自慢の酒のひとつでもふるまってねぎらうべきじゃろうよ。……そうじゃな、もうひとつ言っておこう。今日や、明日の式典などでワシはのこのこと小娘に会いに行ったりはせんがの。小娘がなにか錬金術で困ったことができたら出向いてやらんこともないぞ。その時は使いをよこすがよい」
 ディアンジとゼフは顔を見合わせて笑い、意固地なワグミカが少しなりともメレアーデに対してわだかまりがとけはじめていることを、わがことのように喜んだ。

 王国代表であるメレアーデに今日の結果を報告するために、ディアンジとゼフは資料をもって王国軍司令部に入った。内部では本部詰めの兵士たちが練兵していたり、会議をしていたりとせわしない。それらの兵士たちとは別に、所在なさげに二階でたむろしている一団もおり、こちらに気づくとチラリと見ているようだ。
 貴族たちであった。王宮消失時に、その場に居あわせずにいたおかげでからくも助かったものたちや、当主が行方不明のまま家督をついだ次男三男といったものたちである。エテーネ王宮という拠点をうしない、残された公的な建物でもっとも権威ある、この王国軍司令部を間借りしているような状態であった。
(……)
 かつて、王立アルケミアの廊下を肩で風を切るように歩いていたゼフにはこの感覚には覚えがあった。
 嫉妬だ。
 ゼフの若い頃には、王立アルケミアで「あんな若造が」「どうやってうまく取り入ったんだ」「役に立たぬ研究さ」などといった怨嗟の声を、表から裏からを問わず耳にしたものだった。
 しかし、くさっても貴族。いま、二階から見おろすその者たちは、エテーネ紳士然としてにこやかに微笑んでおり、表面上はそのような感情を表に出してはいないようにみえる。しかし、王立アルケミア時代を経験したゼフには、そのわずかな、もれつたわってくるものがわかる。彼ら貴族は本来我々が受けるべき栄誉を、どこのものとも知れぬ馬の骨たちに奪われていると内心で感じているのだ。
(やっかいだな。やはり受けるのではなかったかもしれない)
 と、嫉妬という感情の根深さを知るゼフは、小評議会のメンバーになったことを後悔した。
 ゼフはちらりととなりのディアンジに目をやる。ディアンジは過去世界においてローヌ地方総督の息子であり、貴族階級出身であるからか、それとも生来の性格ゆえか、まったく気になっていないようであった。
 その一団から、ひとりの男が出てきてこちらに歩み寄ってくる。その人物、ジャベリ参謀はにこやかに手をあげて挨拶をする。
「やあやあ、これはディアンジ殿、ゼフ殿。ごきげんよう。それとも『参議』殿と役職でお呼びするべきかな」
 ディアンジは笑って挨拶をかえす。
「おお、ジャベリさん。まだいらっしゃったんですね。参議なんてガラじゃないですよぅ。今まで通りでお願いします」
 ゼフもニコリと笑いつつ、黙って会釈する。
「そろそろ、おいとまするところでしたがね」
 ははは、と笑って、例によってルーラストーンを取りだしてディアンジに自慢する。
『ワトスの懐刀』、か)
 その異名を知るゼフは、以前より思っていた危惧を思い起こす。
(……よもや、聞いていない、だろうな)
 ゼフが若い頃、野望に邁進していたゼフを打ち砕き、王立アルケミアを辞することになったその事件。それは、若きゼフはおのれの未熟さにより、とある少女を救えなかった、というどこにでもあるような話かもしれぬ。そして時の大臣ワトスによって、ひそかに、温情をもってその少女は半ばであったが救われた。当時のゼフができぬことをワトス大臣はやってくれたのだ。
 その少女の名はベルマといった。ことと次第によっては『ベルマ王女』と呼ばれていただろう存在、ドミネウスの落とし胤にしてメレアーデの姉。
 ワトス大臣は王宮消失とともに、おそらくは死んでしまった。彼女がそういう存在だったことを知るものは、キィンベルにはゼフと彼女の従者たちしかいない、はずであった。
(考えても栓のないことだが……もし、ジャベリがワトスから聞いていたとしたら、なにをたくらむやら知れたものではない)
 内心でゼフがそう思っていたところ、ディアンジがジャベリに話す。
「ジャベリさん、リンジャハルの件、小評議会で大好評でしたよ!これからメレアーデ様に上奏しにいくところです」
「おお、そうですか!それはよかった。首尾はまた聞かせてくださいね」
 などという会話が耳に入り、ゼフは目を丸くしておどろく。
(なんと、あの提案はジャベリの画策だったのか。これはいよいよ、きな臭くなってきたかもしれない)
 ゼフがジャベリをそれほどに警戒するのは、かつての経験からくるゼフの貴族や高級将校に対する偏見というものであったかもしれないが、その直感は結果として間違ったものではなかった。
 ジャベリと別れ、軍団長室に入るとメレアーデが出迎えた。いつもメレアーデ執務中は外にでているセオドルトも、本日はかたわらに控えていた。
 まずはワグミカからの献上品(もしくは、ねぎらいの品)であるワグミカ謹製の蒸留酒をわたす。ゼフが、ワグミカから聞いたそのお酒の名前、由来や飲み方などを軽く説明する。メレアーデは
「まあ、これは嬉しいわね!」
 とよろこんで、それを受けとって大事そうにしまう。
「ワグミカ師は本当にお酒がお好きですね。布教活動かなんなのかわかりませんが、我々も一本ずつ押しつけられました」
 ゼフとディアンジはふところのかばんから、それぞれ同じ丸い瓶をとりだして苦笑する。
 そのように、前座として場を和ませるやりとりが終わったあと、本題に入る。
「さて、本日の小評議会の『提案』群をお持ちしました!」
 どーん、と今日まとめられた資料を執務机の前に置く。
「いつもありがとう、ディアンジ。どんな話があるのか楽しみだわ」
 メレアーデはいつものように微笑み、ディアンジがひとつずつ説明していくのを聞く。
 小評議会の議長に就任したばかりの頃は、たどたどしかったディアンジの説明も、七回目にもなればそれなりに堂にいったものになってきていた。細かいところはゼフも補足をいれながら話は進む。
 新しい小麦の導入の話ではメレアーデも大いによろこんで
「ぜひ、進めていきましょう。役人への手配はまかせておいて」
 そういって、小評議会の提案通り法令をつくり、全面的におしすすめていくことを約束した。
 最後の『提案』項目になり、資料をながめていたメレアーデの笑みがこおりついた。そして黙々とページをめくっていく。
「…………」
「いかがでしょう!余剰の王国軍の有効活用。食料問題解決。無人の廃墟再整備。一石三鳥ですよぅ」
 ディアンジが笑顔で語る。セオドルトがなにやらどこかで聞いたフレーズだな、などと思っていると無言でメレアーデから資料を渡される。メレアーデの表情からは、いつもの笑みがはがれ落ちて無表情であった。
「こ、これは!」
 セオドルトは目をむいた。今朝方ジャベリと話し合ったばかりの例の第一案ではないか。いや、すこし違った。読み進めていくと、ジャベリ案では王国軍の屯田兵としての駐屯であったが、ディアンジ案はさらに民間人主体となり、王国軍に対してはそのサポート依頼する、という内容になっており、小評議会でも賛成多数で可決されている。つまり……
(民意、というわけか)
 ジャベリがしかけてきたであろう揺さぶりに、セオドルトは戦慄する。このような話が王国軍内であったことはメレアーデにも伝えている。この裏にはジャベリがいることはメレアーデにもわかっているだろう。しかし、よりにもよって先王クオードの臣下として、メレアーデも最も信頼している人物のひとりであるディアンジを懐柔し、このように島外進出の尖兵として、けしかけてくるとは。
 すこしの間、メレアーデは瞑目して額をおさえていた。ディアンジがその二人の様子をけげんに思い、
「ど、どうかなさいましたか……?」
 と首をかしげ、心配そうにかわるがわる二人を見やっていると、メレアーデはいつもの笑みを取り戻して、話しはじめる。
「……ごめんなさい。この件は、もう少し熟慮したほうがいいと思うわ。エテーネ王国も難しい時期だけれど、安易に島外進出は避けるべきだと私は思うの」
 それを聞き、ディアンジは悄然とうなだれる。そこまでメレアーデが島外進出を忌避しているとは思っていなかったのだ。
「良い案だと思ったんですがねぇ。メレアーデさまがそうおっしゃられるなら、そのようにいたします……」
 そこで、ゼフが一歩前にでて実務的なことを聞く。
「具体的には、この『提案』の今後はどうなりますか?」
 この数カ月間、このように真っ向から否定された『提案』はなかったはずだ。保留されているものとして『メレアーデ様女王即位のお願い』という嘆願めいた『提案』はあったが、これは具体的な政策というものではなかったし、メレアーデも『考えておく』というあいまいな発言をし、一部では五年後の『王国代表』任期切れ後に女王即位するとの噂の根拠ともなっている。
「そうね。今日は『提案』について説明をうけたという段階だから……、後ほど正式に『王国代表』として吟味したあとに『拒否権』を発動し、理由を文書にして『小評議会』に差し戻すことになるわね。そこで再度『小評議会』内で話し合ってもらうことになるわ。そこでの結論いかんによっては『王国代表』を召喚して公開討論会を開くことができる。さらにその結論によって、小評議会内で議論が深まり、どうしても押し通したいようであれば『国民投票』を実施することもできるわ」
 おおごとになってしまった、とディアンジは蒼白になる。メレアーデはつとめてやわらかく、ディアンジに聞く。
「ねえ、ディアンジ。これはあなたの『提案』だということだけれど、この『提案』にかけるあなたの思いを聞かせて。なぜ、この計画を推進したいと思ったのかしら」
 そのようにメレアーデはディアンジに真意を問うた。誰々からの入れ知恵があったのか、などということはいまさら聞かない。これは、すでに小評議会をとおってきた民意なのだ。メレアーデに思い当たる節はなかったが、強いていえばディアンジにとってふるさとであるローヌ地方を再取得したいという思いなどが、もしかしてあるのか、などと考えていた。
 ディアンジは困り顔でみずからの考えを話す。
「わたしはただ……、クオード様ならばこのような計画を実行なされるのだろう、と思ったのです」
(あっ)
 なるほど……と、メレアーデとセオドルトは同時に得心した。ジャベリがディアンジの心のスキをついたのはそこか、と。
 メレアーデは首をふってディアンジをたしなめる。
「……ディアンジ、クオードはもういないわ。たしかにあの子が考えそうなことではあるし、統率力のあるクオードならばうまく集団を指揮して島外での活動をこなしたかもしれない。でも、少しでも間違ったら紛争の火種になる計画だわ。レンダーシア内海が『エテーネの海』と呼ばれていた時代とは違うのよ」
 ディアンジは平身低頭して自分の短慮をあやまる。
「申し訳ありませんでした。持ち帰って、小評議会で再検討しますよぅ」
 でも、とディアンジはボソリとつけ加えた。
「……『クオード様はもういない』なんて、すこし冷たいのですよぅ」
 と。メレアーデは一瞬だけ固まったが、すぐに、何も聞かなかったかのように動き出し、いつものメレアーデにもどってその会については解散となった。

 夜も更けたころ。
 酒場ではワグミカが二次会と称したどんちゃん騒ぎも終わったあとのようで、静まり返っていた。酒場のマスター、ギャラスがカウンターの中で皿洗いをしている。そのホールのすみの方のテーブルにてディアンジとザグルフが、ディアンジの好物にして郷土料理であるローヌ風焼肉をつまみ、哀愁をただよわせつつ、ふたりで飲んでいた。
「お、お前が悪いよ。メ、メレアーデさまに、ななんてことをいうんだ」
 ザグルフは、ディアンジを率直に非難した。ディアンジはうつむいて手で顔をおおいながら話す。
「後悔してますよぅ……あんなに頑張ってるメレアーデ様に対して、ご無礼なことを言ってしまったぁ」
「も、もう、ジジャベリ参謀とかかわるのは、よ、よせ。お、お前が、ああのような頭のキキキレすぎる人に関わって、よ、よいことなどないぞ。い、いいようにつつ使われる、だけだ」
「でも、そんなことを言ったら、メレアーデ様だってそうじゃないですかぁ」
「ば、馬鹿をいえ。おお同じ頭のよいひとといっても、メ、メレアーデ様ほど、せせ正道なひとはお、おられない。僕らはメ、メレアーデ様にししたがっておけば、よよよいんだ」
(……)
 ふたりの間で沈黙がおりる。ザグルフは酒杯をちびちびと飲みすすめ、ディアンジはぐりぐりと、フォークで肉をいじっている。
 そうして、ディアンジはなにかを言うか言うまいか迷っているように、もぞもぞとしていた。ザグルフはいう。
「な、なにか言いたそうにしてる、じゃじゃあないか。い、いってみろよ」
 ディアンジはフォークを置いて、ザグルフを見つめ、意を決していった。
「……ねえ、ザグルフ。メレアーデ様は、なんとなく私たちに隠し事をなさっておられるように思うんだよぅ。わからないけど、おそらくクオード様のことで……」
 ザグルフはおどろいて、ディアンジをしげしげとみつめて思う。
(なんと、この察しの悪い人間が気がついたというのか。あのメレアーデ様の、鉄の微笑を突破して。やはりクオード様のことになると嗅覚も高まるものなのだろうか)
 鋭敏な感性をもつザグルフは、それには気づいていた。もちろん秘密のこまかい内容などはわからないが。
 ザグルフは笑って、カラになっているディアンジの杯に酒をつぐ。
「そ、そ、そうかもししれないな。……そ、そういえばだが、お、お前は、クオード様が王として活躍されていたころ、メレアーデ様がごご帰還なされ、ぼ、僕たちに会いに、き来てくれたときのことを、お、覚えているか?」
 ディアンジはつがれた酒をちびりと口をつけつつ、なんの話だと思いつつもこたえる。
「うん、覚えていますよぉ。もう会えないかと思っていたのでびっくりしました。あれは本当に嬉しかったですよぅ」
「そ、その時に、クオード様のふ、雰囲気が変わられたという話にななって、ぼ、僕が『どこか遠くに感じる。心に何かをひ……秘めてるような』と言った。お、お前はそれに対し、ななんと答えた?」
 急に言われ、んんん~とディアンジは腕組みをしてその時のことを思い出そうとする。ザグルフほどの驚異的な記憶力持ち合わせていないディアンジだったが、たっぷり三〇秒程うなったのちに、なんとか思い出す。
「……思い出しました。そうですよぅ。私は『そりゃあ オトナなんですからねぇ。私たちにだって話せないことのひとつやふたつ、あるんじゃないですかぁ』と言ったのです」
 そう言ってディアンジはハッとして顔を上げる。ザグルフはうなずく。
「そ、そういうことだ。お、同じだよ、メレアーデ様だって。も、もうどこに出しても恥ずかしくないほどのり立派な、じょじょ女王のか貫禄があられる。ク、クオード様と、おふたりのあいだで、な、なにかあったのかもしれない。あ、あれほど仲の良かった、ああの、おおふたりにき、き、亀裂をいれるほどのななにかが。ぼ、僕の気づいたクオード様の、か、影のようなものになな何か原因があるのかもしれない。だ、だが、それはきょ姉弟のことだ。わ、我々がとやかくいう、こことではない。メ、メレアーデ様がク、クオード様のことで、ぼぼ僕たちにい言えないことが、ああるのだとしたら、は、墓まで持っていってもらえばいい。僕たちは、ク、クオード様をうしなった。そそれは、お前がそれを苦にしてやせ細ったように、い、生きる目標をな、なくすほどの喪失だった。だ、だが、我々は、い、一番ではない。い、一番クオード様をうしなって、か、か悲しんだのは、メ、メレアーデ様だ。そ、そこはゆ、ゆずってさしあげろ。……そ、そして、のの残された姉君メレアーデ様も、クククオード様にお、劣らず素晴らしい方なんだ。こ、こんなことは、ふ、普通はない。わ、我々はメレアーデ様をし、信じてつ、ついていこう。ぼ、僕がこのようなことで、まま、間違いを言ったことが、今までにああったか?」
 ザグルフはどもりながら必死に言葉をつむぎ出す。
 それを聞いて、ディアンジはさめざめと泣き出した。そして、顔をそででぬぐって立ち上がると、反対側のザグルフの席の方にまわり、ザグルフの手を強くにぎって礼をいう。
「すまない、ザグルフ。私の迷いを晴らしてくれて。そうだ。当たり前のことだ。我々はクオード様の姉君、クオード様を誰より愛したメレアーデ様をしっかりとささえていくべきだったんだ。お前を信じるよぅ。そして、ザグルフ……。お願いだ。私を、てつだってくれ。わ、私のいたらないところを、おぎなってくれ」
 ザグルフは、しょうがないなぁというようにディアンジの肩をポンポンと叩く。
「こ、これでも、ぼ、僕は忙しいんだぞ、グググッディ評議員や、ママルフェ評議員の調査を一緒に、ここなしていたんだ。だ、だが、わかったよ。お、お前は、脇があまいからな。こ、ここれからはぼ、僕がフォフォフォローしてやる。ぼ、僕はこここんなだからな。お、表舞台にはたたてない。ク、クオード様がむ、む昔に言っておられた。ぼ、僕らはふふ二人で一人前なんだとな」
 このようにして、ザグルフはディアンジの専属秘書となったのであった。

 ゼフは、自宅で今日起こった出来事を日記にまとめていた。
 リンカからは夕食のときに、
「どうかしたのゼフさん。……なんか、難しい顔しちゃってさ」
 と言われてしまった。つい日中あったことを思い返して、気もそぞろになってしまっていたようだ。
 その時は、なんでもないですよ、といって笑ってごまかして、そそくさと自室に引っ込んだのだった。
(……心配させてしまったかな)
 などと考えていると、もやもやと幼馴染みの剣士の顔が浮かんできて、若い頃に言われたことを思い出してきた。
 その剣士は腕を組んで、したり顔で語ったものだ。
(お前はさ、難しく考えすぎなんだよ)
 ゼフは幼馴染みにその時言い返した言葉を、ふたたび小声で言いはなった。
「馬鹿野郎。世の中は難しくできているんだ」
 と。
(……ファラス。……アルテオ。相談したい時に、お前たちはいつもいないんだよな)
 ゼフはその日、ワグミカからもらった蒸留酒をお湯割りにして飲んだ。

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