アストルチアの謎

ドラクエ10の設定、物語について語る、予定

【小説】奇跡の代償は 4章『エテーネ王国小評議会』


奇跡の代償は 4章『エテーネ王国小評議会』

■概要
Version4のアフターストーリー。第4話。
舞台はV5.0終頃のエテーネ王国首都キィンベル。
主人公は魔界で行方不明扱い。2万字程度

■『エテーネ王国小評議会』のおもな登場人物
ゼフ:錬金術師。評判の良い錬金術店の店主。
コンギス:錬金術師。不老を研究する。
ワグミカ:錬金術師。前王立アルケミア所長。
マルフェ:貴族の歴史学者。
ディアンジ:貴族の錬金術師。先王クオードの側近。
ブルーノー:雑貨屋店主。
グッディ:アバンギャルドな情報屋。
モリュブ:高名な薬錬金術師メルクルの孫。
ホリス:業務用最大手錬金術店ガンダックの弟子。
シスター・クレリア:元踊り子のシスター。
モッキン:キィンベル最大の宿屋店主。
ジャベリ:エテーネ王国軍 参謀。
メレアーデ:エテーネ王国王女。王国代表。
セオドルト:エテーネ王国軍 軍団長。
ザグルフ:先王クオードの側近。ディアンジの友人。

 ゼフが重い扉を開けると、そこは宴会会場であった。
 キィンベルでも最大の宿屋に併設されている酒場は、昼間からにぎわっていた。皆グラスに片手にもち、うすい琥珀色の、シュワシュワと泡立つめずらしげな酒を中央の装置から注いでもらっている。
 ゼフはその騒ぎをながめながらその装置の横に、かつて事故死した親友のアルテオ、の師であるワグミカが酒場のテーブルの上にその小さな体を乗せて、満面の笑みで乾杯の音頭をとっているのを発見する。
「みな手にとったかの、これがワシの新作『ハイ・ボール』じゃ。試作品ゆえ無料じゃぞ。じゃん、じゃん、飲むがよい!」
 といって、酒場にいる面々によびかけている。昨今の食料事情の中、タダ酒が飲めるとあって、集まった連中は皆うれしげに杯をかかげて唱和する。
「新酒、ハイ・ボールに!かんぱーい!!」
 んぐんぐと、酒場に集まった面々はそのワグミカがつくったという新酒『ハイ・ボール』をうまそうに飲み干す。
「ぷはー、これは飲みやすいですなあ。なるほど、浮き上がる泡をボールに見立てて『ハイ・ボール』というわけですかな」
「キィンベルの麦酒とは、また違った味わいがあるわね。ちょっと甘めよねー」
「ワグミカ師がもともと作られていた蒸留酒はとても美味かったが、強すぎるのが難点であった。それを現代世界のリンクル地方産のソーダ水で割るとは、なんという着眼点。これはいけますよ!」
 口々にほめそやされて、ワグミカが机の上でふんぞり返っている。
「ふっはっはっは!そうじゃろう、そうじゃろう」
 そこにスススとゼフがワグミカに近寄っていき、耳元にささやく。
「ワグミカ師、ワグミカ師。これはなんの騒ぎです」
 んん、とワグミカは振り返ってゼフの方を見やる。
「んお?なんじゃ、ゼフの小僧か。見ての通り、新酒の品評会じゃ。お前も飲むかや?」
 ほれほれと、ワグミカの両手に持った杯の片方が勧められるが、ゼフは笑って断る。
「や、私はこれから評議会がありますゆえ」
(あなたも、のはずですが……)
 と、にこにこと笑みを浮かべながらも、ゼフが内心でそのように思っていたところ、それを見透かされたのかワグミカが口をとがらせて云う。
「なんじゃ、この『しょうがないお人は』といった視線を感じるの~、ワシが酒を飲んで小評議会に参加するのは、認められた権利じゃぞ?さすがにいつもの四〇度はある蒸留酒だとへべれけになってしまうゆえ、一応はこれでも気を使って弱い酒を用意したのじゃ。それが、このハイ・ボールである!」
 ワグミカは両手にもったグラスをバンザイのように掲げて大声をあげる。
 そしてそれを見た周りの酒飲みどもが、ワグミカが何を言っているのかもとくに理解もせずに「うおおおお」とさけんで、追随して酒杯を掲げる。
 そのさまを、やれやれと手を広げつつゼフは思う。
(なんど聞いてもすごい話だ)
 飲酒可の政策決定会合など、聞いたこともない。それだけメレアーデがワグミカを買っているということなのだろう。
 ワグミカの小評議会入りの話はすでに伝説であった。メレアーデは新体制をつくるにあたって、もともと指針書によらない生き方を貫いていた『自由人の集落』の人びとを重要視していた。しかし、過去のエテーネ王国の末期において、『自由人の集落』の主だった気骨あるメンバーは思想的指導者バクーモフをはじめとして全員大エテーネ島外に脱出し、新天地をもとめて旅立っていったという。そのため、その人びとは大エテーネ島の時渡りに巻き込まれずに現代には来てはいない。
 メレアーデとしては、あてがはずれた格好となる。残ったメンバーの中でも有力人物は前王立アルケミア所長の錬金術師ワグミカであったが、その『自由人の集落』の世捨て人の集まりの中でも、島外脱出に加わらなかったメンバーというのはさらに輪をかけて世を捨てていた人びとであった。ワグミカは酒に溺れており、口々に「人生はクソだ!生きるに値しない!!」などといい放つほどにやさぐれていた。ワグミカがここまでアルコール中毒になってしまったのは、過去のエテーネ王国において、ドミネウスが新王として即位したあとに意見の相違があり、王立アルケミア所長職を抗議の辞職したことが主因であることは間違いない。一方で、ワグミカが『自由人の集落』に転がりこんできた当初はここまでは荒んではいなかったとする村人の発言もあり、噂によるとワグミカがこの集落にやってきた後に、名声もあり研究以外にも高い見識をもつとされるワグミカをおそれたバクーモフとの対立が先鋭化してしまい(勝手にバクーモフが敵視したとも言われる)、そのような集落内における内ゲバが『どこも人の世は同じじゃ!』とワグミカの心にトドメをさした、とも言われる。
 そのような世捨て人であり、無類の王族嫌いとして知られるワグミカを、メレアーデは小評議会の評議員として迎え入れようというのだった。メレアーデはまずは単身会いにいったが、この時は家にカギがかかっており会えなかった。おそらくは居留守をつかわれたのだろう。そこでワグミカの錬金術師としての弟子であるアルテオのさらに弟子、つまり孫弟子にあたる錬金術師コンギスに説得にいかせたのだ。王立アルケミア出身のエリートで、人びとの寿命を延ばすという分野の研究をしつつ、また強力なドラゴンタイプの魔法生物を作成することのできる優秀な錬金術師であるコンギスは、この時点でメレアーデの小評議会への参加の誘いを二つ返事で承諾しており、何度か会合にも加わっている。そのコンギスがワグミカの家を訪問すると、はたしてワグミカは姿を現した。
 コンギスが、その少女のような師匠の師匠に対して、久々に会えたことの挨拶をするとワグミカは酒をひと飲みしてからゲップをし、怨念のこもった第一声をはなつ。
「……コンギスゥ。お前も、権力のイヌになりさがったようじゃのぉ。ワシと同じように王立アルケミアをやめたと聞いた時には、骨のあるヤツじゃと思うとったんじゃがの~」
 そう言って、さらにもうひと飲みする。
 コンギスは、さっとワグミカのかたわらにひかえるモーモン風の魔法生物モモンタルに目をやるが、モモンタルはすまなそうにプルプルと首(?)をふるばかりだ。昔から、ワグミカに何かをお願いするならばまずはモモンタルに話せ、というのは関係者に知れわたっている知恵であった。しかしどうやら、簡単な打開策はないようだ。コンギスは正面から切り込むことにした。ワグミカの目をしっかりと見すえていう。
「……ワグミカ師。どうか、もうすこしご自愛くださいませ。そして、その権力のイヌとやらにあなたも再びなっていただくよう、お願いさせていただく次第です」
 ワグミカはフンと鼻を鳴らして笑う。
「フフン、そんなことじゃろうと思ったわ。この前、あの小娘には『地脈の結晶』を作ってやった。それだけでは飽き足らず、そのような面倒事をもってくるとはな。やはり王族というものは頼めばなんでも物事が思い通りになると思っておる傲慢な人種じゃのぉ」
 それに対し、コンギスは反論する。
「あなたは、権力やそれを使うことをそのようにわるき事のようにおっしゃられますが、すでにキィンベルはメレアーデ王国代表のもと、新たな時代へと突入しております。メレアーデ様の時渡りのチカラで様々な過去の厄災を回避し、この新時代で一歩を踏み出しているところなのです。大陸属州をうしない、大凶作に見舞われている最中でもありますが、我々は悲観しておりません。メレアーデ様は人を見る目がおありです。……選ばれたオレがいうのは手前味噌な気がしないでもないですが。メレアーデ様の推薦で評議員に就任したものたちは皆、意外性のあるものばかりです。今まで市井に埋もれていたが、人の世がこうであれば良いのにという事を常々考えていたのだろう積もった知恵、突き進むべきときに突き進む勇気のどちらか、または両方を兼ね備えている優秀な人たちだと見えます。あなたのような、ある種、りっぱな肩書きを持つ方をメレアーデ様がここまで執心されているのは逆にめずらしいと言えましょう。そして、メレアーデ様がそのようにお考えなのであれば、あなたはこのエテーネ王国に今でも必要な人材ということなのだと思います。……あなたの弟子でもある、わが師アルテオに免じて、いまひとたびお力添えいただけませんでしょうか?」
 コンギスは、そこまで一息に言いきって、ワグミカの様子をうかがう。
 ワグミカは「ほう」と言い、わずかに、まぶしきものでも見るかのように手をかざす。かつての若かりし自分の姿でもかさねていたのかもしれない。
「あの世間知らずの小娘を、ずいぶんと買いかぶっとるようじゃのう。知っとるじゃろうが、ワシは王族が嫌いじゃ。あの者たちは市井の事などは考えられず、時に魅入られておった者たちじゃ。そして、それに群がる貴族どもも同罪じゃった。ワシは時見によって無理筋なことを王立アルケミアに依頼してくる王族や、その意を受けた貴族たちをみてきた。ドミネウスのことだけではないぞ、ルザイオスの治世からそうであった。ワシの堪忍袋の尾が切れたのがドミネウスの時だった、というだけじゃ。国のため、大義のため、といいつつ結局そのツケは市民たちにまわっておった。なるほど当時のエテーネ王国は、国としては発展しておったかもしれん。だがそこには、指針書という王だかもっと得体のしれない何かだかに判断され導かれる時見の装置、それとは別に王がおこなう時見による『国の繁栄』という森ばかりを見て木を見ぬ判断、その王の判断を自分たちの都合よく解釈する貴族たち。そういったものたちによって、必要のないものと思われて無惨に切り捨てられた、名もなき人々の失意の人生の上になりたっておったともいえる。たしかに、メレアーデの小娘は『時見の鍵』を慰霊碑に封印し、時見に頼らないことを誓ったと伝えきくが、はたしてその決意がどれほどのものなのかわからぬ。そして、これまで時見に頼り切りであった民草も、はたして自分の意思を重んじつつ、かつ自由をはきちがえずにしっかりとこの現代世界で歩んでいくことができるのか、それもわからぬ。しかし、ワシには分の悪い賭けに思えるがのぉ」
 ワグミカの、酒に酔っているとも思えぬしっかりとした忌憚のない意見を聞き、コンギスはこれは見込みがあると思ったのか、さらに切り込んでいく。
「つまり、受けてはくださらぬとおっしゃる?そうして、ここで世捨て人として高みの見物を決め込むと、そういうわけですか。その、時に魅入られたもの達の時代がおわり、真に日の目を見るべき人々の時代となったかもしれない今となっても、あなたは何の挑戦もせず、失われたキャリアを嘆き、ここで酒の飲むだけの日々で終わるというわけですか。『分の悪い賭け』結構じゃないですか。せっかく、王なり貴族なり指針書なりに掣肘されない時代となったのです。自分の思う正しきことを押し通せる時代に。まずは、挑戦してもよいのではありませんかな」
 コンギスの、師匠の師匠とも思わぬ挑戦的な物言い。それを聞いたワグミカは、その無礼をとがめるでもなく、面白がって笑う。
「わっはっはっは!いうではないか。アルテオのやつもとんがっておったが、キサマもなかなかのものじゃな。しかし、ワシもこの十年ほどか、第三八代の王立アルケミア所長として時代の変革が起こりそうなたびに、キサマのいうようなことを何度も挑戦してきたと自信をもって言える。そのたびに打ちひしがれてきたのじゃ。はたして今回もそうでないとどうしていえるじゃろうかの?」
 コンギスは、ワグミカのかさねてきたその歴史を否定することはできない。ただ今回は違うのだろう、とみずからの直感をうったえるのみだ。
「……そこは、メレアーデ様やオレを信じていただくほかはありませんな」
 ふむ、とワグミカはうなずく。
「なるほど、なるほど。まあそうじゃ、今回こそは違うかもしれん。やってみんことにはな。ワシも自分がもつ、こうしたほうが民草のため、もう少しよくなるのでは、といった方策もないではないし、それが現実になったならば、嬉しいことではある。しかし、ワシも浮世を離れてひさしい。ではひとつ、ワシが小評議会に参加する条件をメレアーデ王国代表殿におつたえいただきたい」
 ワグミカのいう、その条件とは。
『小評議会で酒を飲んでいいこと』
であった。
(なめてんのか?)
 コンギスの第一印象はそれであった。ワグミカもどうじゃ、と言わんばかりにニヤニヤと笑っている。
(やるつもりはない、か)
 コンギスは瞑目し、フゥとため息をついた。そうして、挨拶を手みじかにすませたあとにワグミカの元を辞したのだった。
 コンギスはキィンベルにもどり、とにもかくにも提示された条件をメレアーデに伝えることにした。
 しかし、報告した時のメレアーデの反応は意外なものであった。
「あら、そんなことでいいの?」
 メレアーデはいつものアルカイク・スマイルをうかべながら、そう言ってのけたのであった。コンギスはおどろく。
「ワグミカ師の方としては、ていよく断ったつもりだと思いますけどね。さすがに、飲酒しながら国のゆく末を決めるのはオレもどうかと思いますよ」
 んー、と人差し指をあごに当てながら、メレアーデは考えている。
「……コンギスさんは、酔っていないときのワグミカさんを見たことがあるかしら?」
「それはもちろん、かつての王立アルケミアでよく。生真面目でやさしく、忍耐があり、通すところは通す。そのようなしっかりしたお方です。……まあ酒が入っている時の状態を見ると、ためこんだ物があったのかもしれませんが」
「では、どちらのワグミカさんが、頼もしく感じるかしら」
 そのようにメレアーデは問いかけ、うっ……とコンギスは詰まる。少し考えたのちに、片手で頭をかきつつこたえる。
「……まあ、酔っている時の方が『強い』とは思いますよ。飲みすぎてなければ頭のキレも鈍っているわけではなさそうだし。その『強さ』が小評議会で必要なものかどうかはオレにはわかりませんが」
 メレアーデはフフフと、笑う。コンギスが『強い』と表現したのがおかしかったようだ。
「そうよね。ワグミカさんに『地脈の結晶』を作ってもらった時に私も見たし、その後……というか前というか。島ごと時渡りの準備するために過去に戻った時、私は黒猫の姿であちこちをうろつきまわっていたのだけれど、その時にも、私は素面のワグミカさんを見ていたのよね」
 それは、部下の錬金術師たちや、上司であるドミネウス王の板挟みにあって苦悩していたワグミカの姿だったという。
「ワグミカさんに関しては、すこし飲んでるくらいの方がちょうどいいんじゃないかしらね」
 そう言ってメレアーデは笑う。
「……なるほど?」
(すごい事をかんがえるな、この人は)
 コンギスも呆れ半分で笑った。

 そして数日後、コンギスはメレアーデの回答をもってワグミカ宅を再訪した。
 メレアーデとコンギスあわせて通算三度目の来訪となる。
 ワグミカは、前と同じく大きなソファにもたれ、みずからついだ酒をあおっている。
「お前も面倒な仕事を押しつけられたものよのぉ。お前ほどの錬金術師が、メレアーデとワシの間のおつかいか。権力のイヌとはこのようにつまらん、益のない仕事を押しつけられる事だとはおもわんか?
 ……それで?小娘はなんといっておったかの、怒っておったか?それとも『酒を飲める』以外の新しい条件を提示してきたかの。言っておくがワシはこれで結構金持ちじゃからの、金銭では動かんぞ」

 それに対し、コンギスは少々得意げにいいはなつ。
「よい、とのことです」
「……は?なんというた」
 ワグミカはおもわず聞き返す。
「メレアーデ様は、ワグミカ師が酒をお飲みになって小評議会に参加されるのを容認されるとのお考えです。弱めのお酒をご持参くださいとのことでした」
 そして、コンギスはメレアーデが言っていた理由までもつたえる。無論、メレアーデがそのようにして、とコンギスに言ったのだ。
 ワグミカはそれを最後まで聞くと、立ち上がって怒る。
「ふ、ふ、ふ、ふざけおって!ようするに素面のワシが頼りないから酒を飲んで参加せよということではないか!
 あの小娘め、よう言うたわ!……その『小評議会』とやらは、行政をつかさどる『王国代表』と対抗組織にあたるとも聞く。よかろう、ワシがあれこれと指図してやるわ!」

 となりのモモンタルがどうどう、といさめる。
「ご主人、急に怒ると血圧があがるんだモン!気をつけるんだモーン!」
 ワグミカはモモンタルの用意した水を飲んでひと息つくと、コンギスに云う。
「ぷはー、クソが!……おい、コンギス。条件がもうひとつできた。ワシは無礼な王族にはあいとうはない!小評議会の評議員というのは、王国代表と会わずにすむことはできるか!」
 ふうむ、とコンギスはくちひげに手をあてる。
「……まぁ、特に規定はありませんが。基本的には別々に動くものですので、議場も離れておりますし、まとめ役の者以外は会わなくても良いとは思いますがね」
「よーし、ワシはメレアーデには会わんぞ!あくまで民草のため、そしてコンギス、お前の顔に免じてじゃ。それでよいなら受けてやる」
「わかりました、そのように王国代表にお伝えしましょう」
 コンギスには、あのメレアーデが当然そのような条件程度はのむ事はわかっていた。以前までの王族であったなら、そのような侮辱的な態度をとる人間など排除するにちがいなかったが、メレアーデは自身に対しての怒りなど、蚊にさされたほども感じていないようであった。むしろ、誘導して焚きつけたようにもコンギスには思える。
 以来、ワグミカは評議員コンギスの推薦というかたちで小評議会に加わることとなったのであった。そして、それから数ヶ月たつが、いまだにワグミカはメレアーデに会ってはいないままである。

 ゼフが方々から聞いた、そのようなワグミカ伝説を思い返していると、酒場にその当事者のひとりであったコンギスがあらわれた。
「おや、おふたりとも。お早いことですな」
 そういって挨拶して近寄る。ゼフと同じように、コンギスもワグミカから『ハイ・ボール』の酒杯をすすめられるが
「お酒を飲んで小評議会に参加できるのは、ワグミカ師のみの特権ですゆえ」
 と苦笑して断る。
 そして酒飲みどもと適当にさわいでいるワグミカは放っておいて、コンギスはゼフに話しかける。
「……アルテオ師ゆかりの三人、しかもアルケミアの本流から一時は追いおとされた我々が、このように一堂に会して、物事を決める立場になるとは、不思議なことですな、ゼフ師」
 ゼフも笑ってかえす。
「はは、ゼフ師はこそばゆいからやめてください。しかし、そうだね。君はこういった権力に興味のない、もっと一匹狼タイプかと思っていましたが」
 コンギスは肩をすくめてこたえる。
「小評議会を構成するメンバーのせいか、権力という意識はまったくないですがね。まあ、今のところ週一、二回程度の会合というところで別にオレの研究の時間も大きくとられているわけでもないし、この激動のご時世ですからね。もしオレのチカラでお役に立てるというのなら、できることをしたいというだけです。それに、五年後に王国代表が任期をむかえた時に、この小評議会も解散されてお役御免となり、その時にはエテーネ王国中から選ばれた一〇〇名からなる大評議会、略して議会とも言われているようですが、それが国家のいしずえの機関となるように聞きます。オレたちはそれまでの緊急避難的な会合でしょう。……あなたこそ、かつて王立アルケミアをお辞めになられたときに、そういったものとは訣別したとわが師からはお聞きしたのですが」
「うん、そのつもりだったんだけどねえ。不思議なことです。……メレアーデ様にからめとられて」
「ああ、わかります。なにかよくわからん話術をもってますよね、あの御方。この職のことを説明されたときにどう言われました?」
「よく覚えています。あの御方は『町内会をちょっと大きくしたようなものの、その役員みたいなものね』とおっしゃられました。それを聞いて、それくらいなら受けてもよいか、と思ってしまったのです」
 コンギスも思い出してニヤリとする。
「オレも同じですよ。よくもまあ、王族の方からそんな日常卑賤な言葉が出てきたものです」
「黒猫のお姿で、キィンベル中を歩き回られていたときに学ばれたのでしょう」
 ワグミカをのぞく評議員全員が勧誘のときに聞いた話で、メレアーデは現代から見て五〇〇〇年前のエテーネ王国末期、ドミネウス王が統治していた数カ月間において、大エテーネ島の時渡りの準備をするかたわら、元々は王族の世間知らずな令嬢にすぎなかったメレアーデは、黒猫に変化してキィンベルの様子をうかがいつつ、時渡り後のその後の目指すべき国の姿を思い描いていた。そして、そのための有為の人材を探していたのだという。
 確かにしっぽに赤いリボンをつけた、キィンベル中を闊歩するかわいらしい黒猫をゼフも見たことがあるし、当時、仕入れや客先に行ってきた帰りの中央広場で世間話をした際にも、その黒猫のことが話題になっていたのを覚えている。便せん屋のイトクリなどは、その人気の黒猫を『小さな王都の案内人』としてキィンベルのご当地便せんにまでしたという。その黒猫がじつはメレアーデだったというのだ。
 そのようにゼフとコンギスが話していると、ワグミカも戻ってきていた。するとコンギスは、突然ふところからコップを取りだしてワグミカに近づいていくと、頭をさげ、なにやらおねがいをし始めた。
「ワグミカ師、アレをおねがいします」
 ワグミカはツーンとそっぽをむく。
「いやじゃ、もう四度目じゃぞ!」
「……どういう話です?」
 ゼフが何の話かと口を出す。ワグミカは、コンギスを指さしてわめく。
「こやつが不老の研究と称して、ワシのヨダレを何度もほしがっとるのじゃ!変態じゃ!」
 ひげづらのコンギスが、採取用のコップをもって少女然としたワグミカにせまっている。
 ゼフは咳ばらいをして云う。
「……コンギス君、その、あまりにも見た目がよろしくないので、ここではやめてください」
 ゼフにたしなめられて、コンギスはしぶしぶコップをテーブルにおきながら、不思議がって云う。
「しかし、ワグミカ師はあれだけ不摂生な生活をしておられるのに、まったく老いの兆候も見られない。以前に通り一遍の健康診断をしたところ、あろうことか健康的ですらあられる。いったいどんな秘訣があるのですか?」
 ふーむ、とワグミカは考えるが、ニヤリと笑っていう。
「やはり、酒かのぉ?酒は百薬の長というしな」
 予想通りすぎる答えに、コンギスは失望して首をふる。
「……オレの調査結果では、飲酒は健康にとって百害あって一利なしとすでに結論が出ております」
 ワグミカはそこで、なにかを思いついたらしく、ゼフの方をニマニマと見ながら云う。
「コンギスよ、ワシにばかり目をむけておるが、お前の目の前の男も相当に若作りじゃぞぉ?お前の師、アルテオの親友で、たしか四〇前後のはずじゃろうよ」
 ムムッ、とコンギスはゼフの方を目を細めて見つめる。確かに、コンギス自身が老け顔のせいもあるが、三〇を超えたばかりのコンギスよりも若々しく感じる。その熱い視線にゼフは少々たじろいで一歩さがる。
「ふぅーむ?なるほど、たしかに?……ゼフさんも、ここはエテーネ王国の医療、錬金術の発展のため、少しお願いしてもよろしいですかな」
 といって、コンギスは再びコップをもち、妙な迫力でゼフにせまる。うしろでゲラゲラと笑っているワグミカ。
「う……。い、いやまあ、唾くらいなら」
 観念して、ゼフはズイっと迫りくるコップに恥ずかしげに唾を入れる。
 その後、酒場のすみの方にて目を伏せてナフキンで口を拭うゼフにワグミカが話しかける。
「ふはは、唾採取仲間じゃなぁ。どうじゃ、なんか気恥ずかしいじゃろ」
 カッカ、とワグミカは笑う。
「コンギス君の表情が真剣すぎて怖い……」
 そう感想を述べたあと、ゼフはワグミカの耳に、口を寄せてヒソヒソとささやく。
「……ワグミカ師。あなたのお体の秘密は、お若い頃に長期に渡って『テンスの花』の研究をされていたからだとアルテオから聞いたことがありますが?」
 ワグミカはハッとおどろいた顔をしてゼフの方を向く。
「なんじゃ、あのおしゃべりなやつめ。他言無用だといっておったのに。……まあコンギスに伝わっておらんようじゃからよいか」
「コンギス君にはお伝えしないのですか?答えがあるのに黙っているでのは、酷ではないですか」
 ワグミカは困ったような顔をして、かぶりをふる。
「……この体に助けられたこともあるがな、基本的に人間は定命で死ぬのがよいとワシは思うとるよ。ワシのこの判断は、科学者・錬金術師としてあまりほめられたことではないのかもしれんがの。『テンスの花』のチカラは神話の領域に属することじゃと思うておる。コンギスの今やっていることは『医療』の観点からのアプローチ。ゼフ、お前もその分野じゃったな。その方について調べておる方が人類のやくにたつことじゃろうよ。それを続けていけば、多くの子供が幼いうちに死ぬ事もなくなるじゃろうし、今は不治の病とされている病気も治るようになるかもしらん。五〇年は無理でも、二〇年、三〇年くらいは人の寿命ものびるかもしれん。希少すぎる『テンスの花』について調べることに注力して、限られた数の人びとの寿命を半永久にするより、よほど価値があることじゃろうて」
 そういって、またぐびぐびと、手に持った酒をあおる。

 そこに、他の小評議会のメンバーが続々と、口々に雑談をしながら入ってきた。
「やあやあ、錬金術師の方々はおはやいですなぁ」
 雑貨屋店主のブルーノー。
「くんくん、アバンギャルドな酒の香りがするぜぇ!」
 アバンギャルドな情報屋グッディ。
「私は暇になったので、もう少し会合の回数が増えてもいいんですけどねぇ」
 過去世界にて単身エルトナ大陸からキィンベルにやってきた、伝説の便せん屋イトクリ。
「やっと、ここ五〇〇〇年の歴史について、現代世界にて知られているところは概ね把握できました。突合せねばならない事実は山とありますが……」
 貴族の歴史学者マルフェ。
「これが大凶作解決の糸口になればよいんだけど……」
 エテーネ王国最高の薬錬金術師メルクル……の孫のモリュブ。
「お師匠はいけるといっていたよ。大丈夫、大エテーネ島の土壌にも合うはずだ」
 業務用最大手錬金術店ガンダック……の弟子のホリス。
「王宮事件消失からすでにずいぶん時間がたち、生存者の捜索も難しくなってきた。もう打ち切るべきなのかしら、センシア……」
 元踊り子のシスター・クレリア。
「さて、みなさんお揃いですか。では地下会堂へいきますかね!……おや、おひとり足りないような……?」
 キィンベル最大の宿屋店主モッキン。
 モッキンがきょろきょろとしていると、そこに残った最後のメンバー、先王クオードの側近である錬金術師のディアンジが駆け足で入ってきた。
「やあ、皆さん遅くなりました!」
 はぁはぁ、と息を切らせ、満面の笑顔のディアンジ。その手には大量の資料を抱えている。
 既に来ていたワグミカ、ゼフ、コンギスの三人の錬金術師を含め、小評議会を構成する評議員総勢十二名がそろった。
「あぶないですから、どいてくださいね~」
 モッキンが、中央のテーブル群をどかし、評議員や酒飲みたちに酒場ホールの中央をあけるようにいう。
 そうして、宿屋モッキンが手に持ったボタンを押すとガコン、ガコンとそのホールの中央部が階段状になっていき、なんと、地下への通路ができあがった。
「よーし、行くかの。戻ったら二次会じゃな!」
 ワグミカが酒杯を持ちながら酒飲みたちに宣言し、先陣をきる。
 酒場の陽気な酒飲みたちに手をふられて見送られつつ、評議員の面々は皆、勝手知ったるもので、続々とその階段を降りて地下にむかう。
 この宿屋兼酒場の地下の空間は、そもそもモッキンがいずれ自分の宿屋を浮島化したいという大いなる野望のために、将来的に浮力設備を設置するために作られたものであった。しかし、かなりの有力貴族でも浮島を所有するのは相当な金銭的余裕がないと難しく、キィンベルでも最大の宿屋店主であるモッキンをもってしても、道なかばであり、その空間は長い間カラであった。
 その空間に円卓をおき、小評議会の会場としたものであった。元は無骨な空間だっただろうそこは、キィンベルの一流宿屋だけあって、雰囲気のある部屋に仕上がっていた。それは、くしくもこの現代世界での賢者組織『叡智の冠』がグランゼドーラ王城の地下にかまえている円卓と雰囲気はよく似ていた。
 評議員メンバーはおのおの着座し、議長であるディアンジが開会の宣言をする。
「では、これより第七回小評議会をはじめます!」
 拍手が評議員からおこったあと、早速本日の議題が配られる。
 最初の議題は、トピックとしてなんといっても明日行われる現代世界の諸国家との条約締結の話であった。
 情報屋のグッディが集めてきた情報を語る。
「現代世界の諸国家の代表たちは本日、アラハギーロ王国からの大船でエテーネ王国領の外港につき、馬車で先ほどキィンベルに到着したようだぜ!各国の代表者として、グランゼドーラの勇者姫アンルシア、アラハギーロのミラン王子、ガートラントのグロスナー王、グレンのバグド王、ヴェリナードのオーディス王子、カミハルムイのニコロイ王、メギストリスのラグアス王子、ドルワームのラミザ王子がそれぞれ参加されるぜ。この現代世界での国際事情をまだそこまで把握していない評議員諸君もいるかもしれないが、アバンギャルドなメンバーだということは保証するぜ!」
 ディアンジはメレアーデがこの式典への意気込みを知っていたので、いよいよかと嬉しがる。
「ほうほう、ついにこの時がきましたね。……しかし、アラハギーロからですか。グランゼドーラからではないんですねぇ」
 ディアンジの素朴な疑問に対し、グッディはその質問に『いいね!』をして長い補足をする。
「議長、よい質問です!俺サマの調査によると、グランゼドーラ王国は歴史的に外海を重んじているようで、外海に面する王都に巨大な帆船をいくつか抱え、また民間の帆船も多数あるらしいぜ。しかしここ数年は外海は魔瘴によって他の五大陸とは隔絶され、航路をしめせる力をもつ最大の帆船グランドタイタス号以外は魔瘴の霧を突破できず、交易的には苦境にあるようだぜ。内海については、グランゼドーラ王国の勢力圏であるメルサンディ穀倉帯があるが、内海に面した漁村がいくつかある程度で大きな港はない。一方のアラハギーロ王国はレンダーシア内海を重要視しているようで巨大なガレー船兼帆船をいくつもかかえるぜ。これは、レンダーシア内海にかつて巣食っていたタチの悪い海賊を討伐した名残りだと言われているらしい。そういうわけで、諸王たちはグランゼドーラからは陸路でアラハギーロへ、そこからはアラハギーロの大船でやってきたってわけだ」
 そして、グッディは『現代世界・風説書』とアバンギャルドな書体で書かれている表紙のパンフレットを配ってまわり「詳しくはこちらをごらんくださいだぜ!」といって着席する。
 一同はそれを閲覧しつつ、ふむふむとうなずき、口々に感想をのべる。
「メルサンディの村には僕とホリスが行ってきたよ。確かに海際は漁村しかなかったけど、グランゼドーラ王国はエテーネ王国との貿易をめざして、早急に内海に面した港町をつくる計画もあるって聞いた。さすがに今回の話にはまにあわなかったようだけど。メルサンディでの成果は後で話すよ」
 とモリュブ。
「……しかし、なんともご苦労なことじゃな。現代のいのちしらずの冒険者どもはルーラストーンとやらで気軽に飛んでくるようじゃが、王族ともなるとそういう訳にもいかんのかの。あまり聞いたことはないが、空の事故とかあったら死ぬじゃろうしなぁ」
 とワグミカ。
「私事ですが、私はルーラストーンも大陸横断鉄道もグランドタイタス号のような大船もない時代にエルトナからキィンベルまで来たので、それはそれは大変でしたよ。まぁ魔瘴の霧はありませんでしたがね……」
 とイトクリ。
 そして、明日の式典に出席する評議員のメンバーを決める段では、皆このような滅多にない晴れの舞台に興味津々であり、おおむね出席するような流れであったが、案の定ワグミカは「ワシはメレアーデとは会わぬ!」といって意地をはって欠席することになった。
 次の議題は、国にとってもっとも重大事である大凶作への対策の話であった。これはゼフの店とならぶキィンベルの超人気錬金術店に所属する若手の錬金術師のモリュブとホリスが立ちあがる。まずは、もってきた黄金色の麦を評議員の前のテーブルに置く。
 まずはガンダック錬金術店の弟子ホリスが口を開く。
「お手もとのみずみずしい黄金色の小麦は、私とモリュブで視察に行ったメルサンディ地方でとれた小麦になります。みてのとおり非常に高品質の小麦となっております。なんと、通常流通している『ふわふわ小麦』よりも一粒から取れる小麦の数は倍以上あるという驚異的な生産効率をほこります。私達はメレアーデ様のご紹介で、グランゼドーラ王国の勇者姫アンルシア様に便宜をはかっていただき、この会合も二回ほど休ませていただいて、メルサンディ村にてこの小麦の調査をしていました。そしてメルサンディ穀倉帯と、現代におけるエテーネ王国は緯度やエレメントの力なども概ね一緒で、同じ気候帯に属することが判明しています。エテーネ王国領における今年の麦の収穫は壊滅的でしたが、来期はこの小麦と、メルサンディの土、そしてわが師匠ガンダックの開発した新環境にあわせた肥料によって、まずはエテーネ王国でも育つことを確認したいと思っております。つつがなく行けば、再来年にはかなりのところまで食料事情は改善されるかもしれません!」
 評議会メンバーからは「おおおおお!」と感嘆の声があがる。
「もしうまく行けば、おふたりはメレアーデ様につぐ、救国の英雄になりますね。そうなったら私が歴史の教科書にのせますよ!」
 と歴史学者マルフェ。
「しかし、あの未開のメルサンディ大森林が、世界最大の大穀倉地帯になっているとはね。先人……か未来人か、どう言っていいかわからぬが、とんでもない努力があったのだろうねえ」
 と雑貨屋のブルーノー。
「この小麦がグランゼドーラの国力の源ってわけか。それを譲ってくれるとはさすがは現代の勇者。アバンギャルドだぜ」
 と情報屋グッディ。
 そして今後については、ホリスとモリュブを中心に王国の役人と協力して、王国内の小麦農家に対し新方式で栽培する推奨する流れが取りまとめられ、王国代表に『提案』する流れとなったのだった。
 その後も、王国軍提出による大エテーネ島再開拓案、王立アルケミアやエテーネ王立学院に代表される知識の府を再興させる、浮島技術の復活はどうするか、エテーネ王宮の行方不明者捜索の打ち切りについて、などが話し合われた。
 ある程度時間もたち、そろそろ会も終盤と思われた頃、小評議会議長でもあるディアンジが、
「少し、見てもらいたいものがあります」
 といって笑顔で立ち上がり、錬金術で複写された分厚い資料をくばった。

 タイトルには『軍民一体による海洋都市リンジャハルの再興』とあった。

 ディアンジのその説明がひと通り終えると、小評議会の空気は称賛一色であった。
「ディアンジさん、これはすごいですね!しかも目の付け所がすばらしい。現在空白地帯であり、大エテーネ島からも比較的近いリンジャハル地帯への植民とは!」
 と宿屋モッキン。
「これは壮大な計画ですなぁ、しかもよくいき届いている。王国軍だけではなく我々民衆もくわわっての一大壮挙となりそうですな」
 と錬金術師コンギス。
「こちらも、うまくいけば王国の食料事情の解決に寄与しますね。ホリスさんモリュブさんの案と並列で進めていけば、どちらかがうまく行けばいいし、両方うまくいけばさらに相乗効果も期待できます」
 とシスター・クレリア。
 そのように、この降ってわいた大プロジェクトについてさめやらぬ興奮の声がきこえる。
 しかし、ゼフは口は開かぬものの腕を組んで、内心腑におちぬものを感じていた。
(別にどこがどう、ということはないが。……この小評議会メンバーは若いメンバーも多く、素直で、まっすぐに国を良くしていこうというやる気と実行力にみちあふれている。しかしその分、からめ手には弱いのではないだろうか)
 かつて王立アルケミアで栄達をもとめ、国中から集められたエリートたちがしのぎを削って、生き馬の目を抜くような厳しい世界で若い頃を過ごしてきたゼフは漠然とそのように思い、このうますぎる話にすこし警戒感をもった。
 そこに、その厳しい錬金術世界の頂点に君臨していた存在であるワグミカが、ふぅむと不思議がって聞く。
「ディアンジよ、おまえ、こんなに勤勉じゃったかのぉ」
 ディアンジは頭をかいて、照れながらいう。
「えへへ、いろいろと手伝ってはもらってますよぉ」
「まぁ軍民一体というからには、王国軍に協力者がいるのはわかるがの……」
 もともとディアンジは王国軍を勢力基盤とする先王クオードの直臣なのだ。ディアンジ自身は軍属ではないが、知己も多いだろうことは想像にかたくない。
 ワグミカはこのプロジェクトについていくつか質問するが、ディアンジはそれについてよどみなく答える。誰かに手伝ってもらっているにせよ、ディアンジ自身もこの計画に賭けるものがあるのだろう。
 その後もパラパラと資料のページをめくりつつ、ウウムとワグミカはうなっていたが、目を伏せて資料を置く。
「……まあよいわ、ワシがとやかくいうところでもあるまい。メレアーデの小娘が判断することだろうて」
 そのようにいい、つづけて王国代表に提出する『提案』の中にこの議題をくわえるかの無記名投票がおこなわれ、賛成一〇、反対二の賛成多数で可決されたのだった。
 そうして今回の小評議会も、つつがなく終わりをむかえた。この後は解散となり、議長であるディアンジと、回り持ちで今回の副議長役をやっているゼフがメレアーデに今回話し合われた『提案』群をまとめて持っていくことになっていた。

 酒場のホールに戻ると、ちょいちょい、とワグミカがゼフとディアンジを手招きする。
「ワグミカ師、なんでしょう?」
「おまえたち、これからメレアーデのところにいくのじゃろ?あの小娘に手みやげじゃ。渡しておいてくれ」
 そういって、特徴的な丸い瓶につめられた琥珀色の酒を見せる。
「これは?」
『ウイスキー』という。いつもワシがつくっておる蒸留酒じゃ。さっきの『ハイ・ボール』の割る前のものじゃな」
 ゼフがそれを聞いてニヤリと笑う。
「ほう、古代語で『命の水』ですか。これは、大きくでましたね」
「言うたろ、酒は百薬の長だとな。嫌なことも忘れる、そしてうまい。完璧な嗜好品じゃ」
「ワグミカ先生は天邪鬼ですよぅ。メレアーデ様にあって直接おわたししてくださいよぅ。なんなら明日の式典にきて、おわたしすればよかったじゃないですか」
 ディアンジが困り顔で云い、それに対しワグミカはフンと鼻を鳴らす。
「式典なんぞ、興味ないわい。この現代世界の偉そげな王族どもが集まっとるんじゃろ。……これは、ただのささやかな慰労の品じゃよ。最近の『王国代表』殿はようやっとる。この酒はの、そのまま飲んでも、氷をいれてのんでもうまいが、強めじゃからな。初心者へのオススメは寝る前にお湯で割って飲むやつじゃな!よく眠れてよいぞぉ」
「われらが王国代表を、アルコール中毒の道にいざなうのはやめていただきたいものですが」
 ゼフも苦笑しながらも、そのけしからん飲料水をうけとり、メレアーデに渡すことを約束する。
 ワグミカは少し考えて、てれくさそうにしながら、さらに伝言をふたりに頼む。
「ワシはあの小娘に結構感心しておるのじゃ。すぐに、貴族なり我々なりにものごとを投げ出すのではなかろうか、と思うておった。しかし、そうではなかった。どこでどういう経験をつんだのかしらぬが、あの年端もいかぬ小娘が立派に、この難しい時代の国の代表を今のところじゃがつとめあげ、新たな仕組みまで構築しようとしておる。これは、わが自慢の酒のひとつでもふるまってねぎらうべきじゃろうよ。……そうじゃな、もうひとつ言っておこう。今日や、明日の式典などでワシはのこのこと小娘に会いに行ったりはせんがの。小娘がなにか錬金術で困ったことができたら出向いてやらんこともないぞ。その時は使いをよこすがよい」
 ディアンジとゼフは顔を見合わせて笑い、意固地なワグミカが少しなりともメレアーデに対してわだかまりがとけはじめていることを、わがことのように喜んだ。

 王国代表であるメレアーデに今日の結果を報告するために、ディアンジとゼフは資料をもって王国軍司令部に入った。内部では本部詰めの兵士たちが練兵していたり、会議をしていたりとせわしない。それらの兵士たちとは別に、所在なさげに二階でたむろしている一団もおり、こちらに気づくとチラリと見ているようだ。
 貴族たちであった。王宮消失時に、その場に居あわせずにいたおかげでからくも助かったものたちや、当主が行方不明のまま家督をついだ次男三男といったものたちである。エテーネ王宮という拠点をうしない、残された公的な建物でもっとも権威ある、この王国軍司令部を間借りしているような状態であった。
(……)
 かつて、王立アルケミアの廊下を肩で風を切るように歩いていたゼフにはこの感覚には覚えがあった。
 嫉妬だ。
 ゼフの若い頃には、王立アルケミアで「あんな若造が」「どうやってうまく取り入ったんだ」「役に立たぬ研究さ」などといった怨嗟の声を、表から裏からを問わず耳にしたものだった。
 しかし、くさっても貴族。いま、二階から見おろすその者たちは、エテーネ紳士然としてにこやかに微笑んでおり、表面上はそのような感情を表に出してはいないようにみえる。しかし、王立アルケミア時代を経験したゼフには、そのわずかな、もれつたわってくるものがわかる。彼ら貴族は本来我々が受けるべき栄誉を、どこのものとも知れぬ馬の骨たちに奪われていると内心で感じているのだ。
(やっかいだな。やはり受けるのではなかったかもしれない)
 と、嫉妬という感情の根深さを知るゼフは、小評議会のメンバーになったことを後悔した。
 ゼフはちらりととなりのディアンジに目をやる。ディアンジは過去世界においてローヌ地方総督の息子であり、貴族階級出身であるからか、それとも生来の性格ゆえか、まったく気になっていないようであった。
 その一団から、ひとりの男が出てきてこちらに歩み寄ってくる。その人物、ジャベリ参謀はにこやかに手をあげて挨拶をする。
「やあやあ、これはディアンジ殿、ゼフ殿。ごきげんよう。それとも『参議』殿と役職でお呼びするべきかな」
 ディアンジは笑って挨拶をかえす。
「おお、ジャベリさん。まだいらっしゃったんですね。参議なんてガラじゃないですよぅ。今まで通りでお願いします」
 ゼフもニコリと笑いつつ、黙って会釈する。
「そろそろ、おいとまするところでしたがね」
 ははは、と笑って、例によってルーラストーンを取りだしてディアンジに自慢する。
『ワトスの懐刀』、か)
 その異名を知るゼフは、以前より思っていた危惧を思い起こす。
(……よもや、聞いていない、だろうな)
 ゼフが若い頃、野望に邁進していたゼフを打ち砕き、王立アルケミアを辞することになったその事件。それは、若きゼフはおのれの未熟さにより、とある少女を救えなかった、というどこにでもあるような話かもしれぬ。そして時の大臣ワトスによって、ひそかに、温情をもってその少女は半ばであったが救われた。当時のゼフができぬことをワトス大臣はやってくれたのだ。
 その少女の名はベルマといった。ことと次第によっては『ベルマ王女』と呼ばれていただろう存在、ドミネウスの落とし胤にしてメレアーデの姉。
 ワトス大臣は王宮消失とともに、おそらくは死んでしまった。彼女がそういう存在だったことを知るものは、キィンベルにはゼフと彼女の従者たちしかいない、はずであった。
(考えても栓のないことだが……もし、ジャベリがワトスから聞いていたとしたら、なにをたくらむやら知れたものではない)
 内心でゼフがそう思っていたところ、ディアンジがジャベリに話す。
「ジャベリさん、リンジャハルの件、小評議会で大好評でしたよ!これからメレアーデ様に上奏しにいくところです」
「おお、そうですか!それはよかった。首尾はまた聞かせてくださいね」
 などという会話が耳に入り、ゼフは目を丸くしておどろく。
(なんと、あの提案はジャベリの画策だったのか。これはいよいよ、きな臭くなってきたかもしれない)
 ゼフがジャベリをそれほどに警戒するのは、かつての経験からくるゼフの貴族や高級将校に対する偏見というものであったかもしれないが、その直感は結果として間違ったものではなかった。
 ジャベリと別れ、軍団長室に入るとメレアーデが出迎えた。いつもメレアーデ執務中は外にでているセオドルトも、本日はかたわらに控えていた。
 まずはワグミカからの献上品(もしくは、ねぎらいの品)であるワグミカ謹製の蒸留酒をわたす。ゼフが、ワグミカから聞いたそのお酒の名前、由来や飲み方などを軽く説明する。メレアーデは
「まあ、これは嬉しいわね!」
 とよろこんで、それを受けとって大事そうにしまう。
「ワグミカ師は本当にお酒がお好きですね。布教活動かなんなのかわかりませんが、我々も一本ずつ押しつけられました」
 ゼフとディアンジはふところのかばんから、それぞれ同じ丸い瓶をとりだして苦笑する。
 そのように、前座として場を和ませるやりとりが終わったあと、本題に入る。
「さて、本日の小評議会の『提案』群をお持ちしました!」
 どーん、と今日まとめられた資料を執務机の前に置く。
「いつもありがとう、ディアンジ。どんな話があるのか楽しみだわ」
 メレアーデはいつものように微笑み、ディアンジがひとつずつ説明していくのを聞く。
 小評議会の議長に就任したばかりの頃は、たどたどしかったディアンジの説明も、七回目にもなればそれなりに堂にいったものになってきていた。細かいところはゼフも補足をいれながら話は進む。
 新しい小麦の導入の話ではメレアーデも大いによろこんで
「ぜひ、進めていきましょう。役人への手配はまかせておいて」
 そういって、小評議会の提案通り法令をつくり、全面的におしすすめていくことを約束した。
 最後の『提案』項目になり、資料をながめていたメレアーデの笑みがこおりついた。そして黙々とページをめくっていく。
「…………」
「いかがでしょう!余剰の王国軍の有効活用。食料問題解決。無人の廃墟再整備。一石三鳥ですよぅ」
 ディアンジが笑顔で語る。セオドルトがなにやらどこかで聞いたフレーズだな、などと思っていると無言でメレアーデから資料を渡される。メレアーデの表情からは、いつもの笑みがはがれ落ちて無表情であった。
「こ、これは!」
 セオドルトは目をむいた。今朝方ジャベリと話し合ったばかりの例の第一案ではないか。いや、すこし違った。読み進めていくと、ジャベリ案では王国軍の屯田兵としての駐屯であったが、ディアンジ案はさらに民間人主体となり、王国軍に対してはそのサポート依頼する、という内容になっており、小評議会でも賛成多数で可決されている。つまり……
(民意、というわけか)
 ジャベリがしかけてきたであろう揺さぶりに、セオドルトは戦慄する。このような話が王国軍内であったことはメレアーデにも伝えている。この裏にはジャベリがいることはメレアーデにもわかっているだろう。しかし、よりにもよって先王クオードの臣下として、メレアーデも最も信頼している人物のひとりであるディアンジを懐柔し、このように島外進出の尖兵として、けしかけてくるとは。
 すこしの間、メレアーデは瞑目して額をおさえていた。ディアンジがその二人の様子をけげんに思い、
「ど、どうかなさいましたか……?」
 と首をかしげ、心配そうにかわるがわる二人を見やっていると、メレアーデはいつもの笑みを取り戻して、話しはじめる。
「……ごめんなさい。この件は、もう少し熟慮したほうがいいと思うわ。エテーネ王国も難しい時期だけれど、安易に島外進出は避けるべきだと私は思うの」
 それを聞き、ディアンジは悄然とうなだれる。そこまでメレアーデが島外進出を忌避しているとは思っていなかったのだ。
「良い案だと思ったんですがねぇ。メレアーデさまがそうおっしゃられるなら、そのようにいたします……」
 そこで、ゼフが一歩前にでて実務的なことを聞く。
「具体的には、この『提案』の今後はどうなりますか?」
 この数カ月間、このように真っ向から否定された『提案』はなかったはずだ。保留されているものとして『メレアーデ様女王即位のお願い』という嘆願めいた『提案』はあったが、これは具体的な政策というものではなかったし、メレアーデも『考えておく』というあいまいな発言をし、一部では五年後の『王国代表』任期切れ後に女王即位するとの噂の根拠ともなっている。
「そうね。今日は『提案』について説明をうけたという段階だから……、後ほど正式に『王国代表』として吟味したあとに『拒否権』を発動し、理由を文書にして『小評議会』に差し戻すことになるわね。そこで再度『小評議会』内で話し合ってもらうことになるわ。そこでの結論いかんによっては『王国代表』を召喚して公開討論会を開くことができる。さらにその結論によって、小評議会内で議論が深まり、どうしても押し通したいようであれば『国民投票』を実施することもできるわ」
 おおごとになってしまった、とディアンジは蒼白になる。メレアーデはつとめてやわらかく、ディアンジに聞く。
「ねえ、ディアンジ。これはあなたの『提案』だということだけれど、この『提案』にかけるあなたの思いを聞かせて。なぜ、この計画を推進したいと思ったのかしら」
 そのようにメレアーデはディアンジに真意を問うた。誰々からの入れ知恵があったのか、などということはいまさら聞かない。これは、すでに小評議会をとおってきた民意なのだ。メレアーデに思い当たる節はなかったが、強いていえばディアンジにとってふるさとであるローヌ地方を再取得したいという思いなどが、もしかしてあるのか、などと考えていた。
 ディアンジは困り顔でみずからの考えを話す。
「わたしはただ……、クオード様ならばこのような計画を実行なされるのだろう、と思ったのです」
(あっ)
 なるほど……と、メレアーデとセオドルトは同時に得心した。ジャベリがディアンジの心のスキをついたのはそこか、と。
 メレアーデは首をふってディアンジをたしなめる。
「……ディアンジ、クオードはもういないわ。たしかにあの子が考えそうなことではあるし、統率力のあるクオードならばうまく集団を指揮して島外での活動をこなしたかもしれない。でも、少しでも間違ったら紛争の火種になる計画だわ。レンダーシア内海が『エテーネの海』と呼ばれていた時代とは違うのよ」
 ディアンジは平身低頭して自分の短慮をあやまる。
「申し訳ありませんでした。持ち帰って、小評議会で再検討しますよぅ」
 でも、とディアンジはボソリとつけ加えた。
「……『クオード様はもういない』なんて、すこし冷たいのですよぅ」
 と。メレアーデは一瞬だけ固まったが、すぐに、何も聞かなかったかのように動き出し、いつものメレアーデにもどってその会については解散となった。

 夜も更けたころ。
 酒場ではワグミカが二次会と称したどんちゃん騒ぎも終わったあとのようで、静まり返っていた。酒場のマスター、ギャラスがカウンターの中で皿洗いをしている。そのホールのすみの方のテーブルにてディアンジとザグルフが、ディアンジの好物にして郷土料理であるローヌ風焼肉をつまみ、哀愁をただよわせつつ、ふたりで飲んでいた。
「お、お前が悪いよ。メ、メレアーデさまに、ななんてことをいうんだ」
 ザグルフは、ディアンジを率直に非難した。ディアンジはうつむいて手で顔をおおいながら話す。
「後悔してますよぅ……あんなに頑張ってるメレアーデ様に対して、ご無礼なことを言ってしまったぁ」
「も、もう、ジジャベリ参謀とかかわるのは、よ、よせ。お、お前が、ああのような頭のキキキレすぎる人に関わって、よ、よいことなどないぞ。い、いいようにつつ使われる、だけだ」
「でも、そんなことを言ったら、メレアーデ様だってそうじゃないですかぁ」
「ば、馬鹿をいえ。おお同じ頭のよいひとといっても、メ、メレアーデ様ほど、せせ正道なひとはお、おられない。僕らはメ、メレアーデ様にししたがっておけば、よよよいんだ」
(……)
 ふたりの間で沈黙がおりる。ザグルフは酒杯をちびちびと飲みすすめ、ディアンジはぐりぐりと、フォークで肉をいじっている。
 そうして、ディアンジはなにかを言うか言うまいか迷っているように、もぞもぞとしていた。ザグルフはいう。
「な、なにか言いたそうにしてる、じゃじゃあないか。い、いってみろよ」
 ディアンジはフォークを置いて、ザグルフを見つめ、意を決していった。
「……ねえ、ザグルフ。メレアーデ様は、なんとなく私たちに隠し事をなさっておられるように思うんだよぅ。わからないけど、おそらくクオード様のことで……」
 ザグルフはおどろいて、ディアンジをしげしげとみつめて思う。
(なんと、この察しの悪い人間が気がついたというのか。あのメレアーデ様の、鉄の微笑を突破して。やはりクオード様のことになると嗅覚も高まるものなのだろうか)
 鋭敏な感性をもつザグルフは、それには気づいていた。もちろん秘密のこまかい内容などはわからないが。
 ザグルフは笑って、カラになっているディアンジの杯に酒をつぐ。
「そ、そ、そうかもししれないな。……そ、そういえばだが、お、お前は、クオード様が王として活躍されていたころ、メレアーデ様がごご帰還なされ、ぼ、僕たちに会いに、き来てくれたときのことを、お、覚えているか?」
 ディアンジはつがれた酒をちびりと口をつけつつ、なんの話だと思いつつもこたえる。
「うん、覚えていますよぉ。もう会えないかと思っていたのでびっくりしました。あれは本当に嬉しかったですよぅ」
「そ、その時に、クオード様のふ、雰囲気が変わられたという話にななって、ぼ、僕が『どこか遠くに感じる。心に何かをひ……秘めてるような』と言った。お、お前はそれに対し、ななんと答えた?」
 急に言われ、んんん~とディアンジは腕組みをしてその時のことを思い出そうとする。ザグルフほどの驚異的な記憶力持ち合わせていないディアンジだったが、たっぷり三〇秒程うなったのちに、なんとか思い出す。
「……思い出しました。そうですよぅ。私は『そりゃあ オトナなんですからねぇ。私たちにだって話せないことのひとつやふたつ、あるんじゃないですかぁ』と言ったのです」
 そう言ってディアンジはハッとして顔を上げる。ザグルフはうなずく。
「そ、そういうことだ。お、同じだよ、メレアーデ様だって。も、もうどこに出しても恥ずかしくないほどのり立派な、じょじょ女王のか貫禄があられる。ク、クオード様と、おふたりのあいだで、な、なにかあったのかもしれない。あ、あれほど仲の良かった、ああの、おおふたりにき、き、亀裂をいれるほどのななにかが。ぼ、僕の気づいたクオード様の、か、影のようなものになな何か原因があるのかもしれない。だ、だが、それはきょ姉弟のことだ。わ、我々がとやかくいう、こことではない。メ、メレアーデ様がク、クオード様のことで、ぼぼ僕たちにい言えないことが、ああるのだとしたら、は、墓まで持っていってもらえばいい。僕たちは、ク、クオード様をうしなった。そそれは、お前がそれを苦にしてやせ細ったように、い、生きる目標をな、なくすほどの喪失だった。だ、だが、我々は、い、一番ではない。い、一番クオード様をうしなって、か、か悲しんだのは、メ、メレアーデ様だ。そ、そこはゆ、ゆずってさしあげろ。……そ、そして、のの残された姉君メレアーデ様も、クククオード様にお、劣らず素晴らしい方なんだ。こ、こんなことは、ふ、普通はない。わ、我々はメレアーデ様をし、信じてつ、ついていこう。ぼ、僕がこのようなことで、まま、間違いを言ったことが、今までにああったか?」
 ザグルフはどもりながら必死に言葉をつむぎ出す。
 それを聞いて、ディアンジはさめざめと泣き出した。そして、顔をそででぬぐって立ち上がると、反対側のザグルフの席の方にまわり、ザグルフの手を強くにぎって礼をいう。
「すまない、ザグルフ。私の迷いを晴らしてくれて。そうだ。当たり前のことだ。我々はクオード様の姉君、クオード様を誰より愛したメレアーデ様をしっかりとささえていくべきだったんだ。お前を信じるよぅ。そして、ザグルフ……。お願いだ。私を、てつだってくれ。わ、私のいたらないところを、おぎなってくれ」
 ザグルフは、しょうがないなぁというようにディアンジの肩をポンポンと叩く。
「こ、これでも、ぼ、僕は忙しいんだぞ、グググッディ評議員や、ママルフェ評議員の調査を一緒に、ここなしていたんだ。だ、だが、わかったよ。お、お前は、脇があまいからな。こ、ここれからはぼ、僕がフォフォフォローしてやる。ぼ、僕はこここんなだからな。お、表舞台にはたたてない。ク、クオード様がむ、む昔に言っておられた。ぼ、僕らはふふ二人で一人前なんだとな」
 このようにして、ザグルフはディアンジの専属秘書となったのであった。

 ゼフは、自宅で今日起こった出来事を日記にまとめていた。
 リンカからは夕食のときに、
「どうかしたのゼフさん。……なんか、難しい顔しちゃってさ」
 と言われてしまった。つい日中あったことを思い返して、気もそぞろになってしまっていたようだ。
 その時は、なんでもないですよ、といって笑ってごまかして、そそくさと自室に引っ込んだのだった。
(……心配させてしまったかな)
 などと考えていると、もやもやと幼馴染みの剣士の顔が浮かんできて、若い頃に言われたことを思い出してきた。
 その剣士は腕を組んで、したり顔で語ったものだ。
(お前はさ、難しく考えすぎなんだよ)
 ゼフは幼馴染みにその時言い返した言葉を、ふたたび小声で言いはなった。
「馬鹿野郎。世の中は難しくできているんだ」
 と。
(……ファラス。……アルテオ。相談したい時に、お前たちはいつもいないんだよな)
 ゼフはその日、ワグミカからもらった蒸留酒をお湯割りにして飲んだ。

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