アストルチアの謎

ドラクエ10の設定、物語について語る、予定

【小説】奇跡の代償は 2章『その男、ジャベリ参謀』


奇跡の代償は 2章『その男、ジャベリ参謀』

■概要
Version4のアフターストーリー。
V5.0終ごろ。主人公は魔界で行方不明扱い。1万3000字程度

■2章『その男、ジャベリ参謀』のおもな登場人物
ジャベリ:エテーネ王国貴族。王国軍参謀。
ローベル:エテーネ王国軍 辺境部隊隊長。
レセミナ:エテーネ王国軍 近衛部隊筆頭百人隊長。
セオドルト:エテーネ王国軍 王国軍団長。
シスター・サレーマ:辺境軍に派遣されているシスター

 ジャベリ参謀は優秀な男であった。キィンベルの貴族階級の出身であり、幼いころから聡明さをみせていた彼は、両親の期待を一身にうけて大過なく少年期を過ごした。長じては『時の指針書』の記載にしたがい、現在は失われてしまった数ある浮島大学のひとつであり、その中でも最難関とされていたエテーネ王立学院に堂々進学した。ここでもまた、戦争学・政治学をトップクラスの成績で修め、両親の、いや『指針書』の期待にこたえたといっていい。
 エテーネ貴族が成人して、つつがなく学業を修めたのちは、錬金術師、学者、または政治家(王の側近)などになる例が多かったが、同じく『時の指針書』の勧めで王国軍の幹部候補生としての進路に進むのがよいとされ、そのとおりに王国軍幹部として志願した。
 王国軍では、作戦の計画立案をする部署に配された。懊悩王ルザイオスの数十年にわたるながい治世の末期であった若手時代は、当時の王国軍団長であった第二王子パドレの覚えもめでたく(大学の先輩後輩でもあった)、地道に研鑽を積んだ。
 消失王ドミネウス時代の一年にも満たぬみじかい治世では、ジャベリは将来を約束された押しも押されもせぬ軍幹部中堅として活躍していた。特にルザイオス時代から長らく宰相のイスにあったワトス大臣からの深い信頼をえており『ワトスの懐刀』とかげでいわれるまでになっていた。
 リンジャハルの大災害でパドレが行方不明になったあとは、王太子クオードが若くして軍団長に就任することになったが、当初ジャベリの同僚たちは『指針書』からの「新軍団長のクオードを輔けよ」の指示はあれど、さすがにあまりにも若年の王太子の能力をいぶかしんでいた。しかしジャベリはいち早くクオードの天才を見抜き、率先してクオードの補助を買ってでたのだ。これは『指針書』の指示にしたがった、ということもあるが、ジャベリの直感のようなものであった。
 一躍クオードの名が一般に知れわたるのは、大陸属州の大反乱を見事に鎮圧してのけたことであった。
 これは、圧倒的な武力と統率力を誇っていた前軍団長パドレがいなくなったあとに、海の物とも山の物ともつかぬ、若すぎる王太子がその役を継いだことがエテーネの支配に不満があった大陸属州のいくつかの有力都市で好機とみなされ、いっせいに蜂起するという大事件であった。その鎮圧にはすくなくとも数年はかかるだろうと予想されていたのだが、クオードがみごとな作戦指揮で次々と敵勢力を各個撃破していき、半年もたたぬうちに終戦をむかえてキィンベルに帰還したのだ。エテーネ王国の宮廷人たちはおどろき、歴代エテーネ王の中でも武名のとどろく、勇壮王バレニオスか鉄血王レドニグスの生まれ変わりだとはやしたてた。時渡りの能力が低い王太子をあまりよくはいわない父王ドミネウスさえもこれには、
「……あらごとの才能はあるようだな」
 と、その功績を認めざるをえなかったという。ジャベリは参謀として、その作戦立案をよくささえた。これによりクオードからの信頼をえたのだった。
 『時の指針書』が国の発展を見すえ、人の持つ潜在能力を幾重もの未来の結果から見抜き、効率よく適材適所に配置する時代。その典型的な成果がジャベリのような存在であった。
 また、効率的でムダがないことを好むジャベリ自身も、そのような自分の人生に当時は満足していた。
(指針書より最適解を得て、迷いなく道をすすむ。これぞ、先進的な国のシステムというものだ)
 と。過去のエテーネ王国で、その時は疑問に思うこともなく、そう考えていた。

 彼はいま、バントリユの辺境警備隊詰所で寝起きしている。
 早朝、まだ日の出前。暗闇の中のそのそと起きて、エテーネ王国特有の高度な錬金術を利用した温水装置に向かう。温水装置でゆっくりと自慢の銀色のヒゲをととのえ、頭をあらい、湯浴みをする。
(ふう)
 ひとしきりさっぱりして帰路につく。彼は自身が辺境警備隊の兵士たちにとっては雲の上の上司で、ある意味で「お客さん」である事をわきまえていた。この辺境警備隊に温水装置は一箇所しかない。兵士たちで混雑する時間をさけ、皆が気をつかわないように朝一番に起きて温水装置を使っているのだ。
 彼は王国軍参謀本部所属の生え抜きのエリートでありながら、王宮消失事件でとばされてしまったこの僻地を気にいり、ここで晴耕雨読の生活を送りながら、用があれば王都に戻って王国軍再編成のための計画について練っていた。
 まだ薄暗い道を歩いていたところ、こちらも早起きのローベルがジャベリに声をかけてきた。ローベルはこの辺境軍団の隊長であり、王都のセオドルト軍団長とも親しい間柄だ。
「ジャベリ参謀、今日もお早いですね」
 お互い、手をあげて軽く挨拶をする。
「ははは、今日はセオドルト軍団長に呼ばれて、今後の軍務計画について詰めの調整だよ。きれいにしておかないとね」
 ジャベリは整えたヒゲを撫で、笑顔でそれに応える。ローベルはそれを聞いて不思議そうにたずねる。
「王都に住めば良いのではないのですか?我々兵士たちの中にも辺境ぐらしはあきあきして、王都詰めへの配置変えを熱望しているものが多いというのに」
 あなたなら可能でしょう、との嫌味もなくはないが、このような僻地にわざわざ一緒に住み続ける高級将校には物珍しさとともに共感も抱いているようだった。
「田園生活というものに実は適正があったのかもしれないね。それに王都以外で最大の駐屯部隊がいるここで、軍務計画を練るのには、実はうってつけでね。なにせ実際の現場でどこに苦労しているのかとか、なにが必要だったのか、などの状況がわかるのだからね」
 なるほどそういうものか、とローベルは得心する。
「……これもあるしね」
 ジャベリは緑色の宝石めいた石を取り出して、ローベルに渡す。ローベルはその石を丹念にさわったり見たりして、ムムと少し考えていたが、やがて噂に聞くアレかと思い至って、おどろきの声をあげる。
「もしや、これがルーラストーンですか!?我々エテーネ王国の錬金技術の系統ではない、数少ないこの時代の強力なアイテム。手に入れていたのですか!」
 ローベルは、しげしげとその輝く石をながめる。
「新しもの好きでね。現代の冒険者たちはそこそこ持っているようなので、大金をはたいてひとつ譲ってもらったのだ」
 よいだろう、と茶目っ気と自慢をまぜたような表情で言い、ルーラストーンをローベルから返してもらった。
「では、キィンベルに向かうために少し準備があるので、これで失礼するよ、ローベル殿」
「あいつに……おっと、軍団長どのによろしくお伝えください」
 そういってジャベリはローベルと別れ、一旦は自室に戻って自らのよそおいを整えた。
(さて……、いよいよ、だな)
 身支度がすべて終わり、最後にジャベリは少しの間、目をとじて自身が整えた準備を考えて、ぬかりがないことを頭の中で確認する。
(よし、いくか)
 そして、ルーラストーンを手にとり発動させる。体が浮き上がった後、風の結界のようなものをまとって超速で空を翔けぬけ、ものの十数分でキィンベル南門の前に降りたつ。
(便利なものだな、ルーラストーンというものは。このようなものは、我々の時代にはなかった。ルーラストーンも教会が管理する力場は必要なようだが、出発場所と到着場所の両方に巨大な装置が必要な、転送装置よりはかなり手軽だな。
 しかし、転送装置の方がよい点もある。そもそもの目的でもあるが、軍隊を一気に送りこめる点……などはな。そこはルーラストーンよりも適しているかな)

 などと軍の参謀らしい観点で、ルーラストーンと転送装置について比較する。
 ルーラストーンのおかげもあって、セオドルトとの約束より二時間も早く王国軍司令部に着いたジャベリは、王国軍の練兵の様子などを見ながらもぶらぶらとしていたが、休憩室にいた、セオドルトの副官格である筆頭百人隊長プリマ・センチュリオンのレセミナを見かけ、お茶をしながら世間話をした。しゃれた中年男であるジャベリは『イケおじ』と言われており、女性受けも良かった。
 レセミナは、むくれていた。
「セオドルト様、今日もメレアーデ様と会議なんですよ、最近多くて」
 レセミナはハァ……とため息をつく。
(レセミナ嬢は、わかりやすいなぁ)
 恋煩いのレセミナを眺めつつ、ジャベリは紅茶を優雅に飲む。そしてニヤリと笑みを浮かべながら、レセミナに顔を近づけてひそひそと小声でささやく。
「ははあ、レセミナ嬢は最近ちらちらと聞く、実はメレアーデ様の想いびとが、セオドルト軍団長なのではないか、との噂を気にしているのかね?」
 
 ぶぱー!

 レセミナは飲んでいた紅茶をおもわず吹き出す。なんとか横を向いたのでジャベリにはかからなかった。わかりやすい動揺を見せながら、レセミナはあわてて自分のこぼした紅茶を拭きながら、小声で叫ぶ。
「ななな、何を言い出すのです……!ケホッケホッ」
 むせているレセミナを笑いながら、片手を口にあて、ジャベリはさらに小声でささやく。
「ははは、いろいろと聞くよ。いくら異形獣禍以降の功労者とはいえ、わざわざ王族でも貴族でもないセオドルト殿を、これまで連続して王族が就いていた軍団長にとりたてたのは、なにか思惑があってのことだとね。……例えば、いま人気以外に後ろ盾のないメレアーデ様が、セオドルト殿をとりたてて、軍事的な後ろ盾になってもらう、とかね。そして、歴史的には女王が軍事的指導者を愛人として囲うのは、めずらしいことではないよ。わが国第三三代の復讐王ネフェト様を例に出すまでもなくね。年齢的にも……十、…五ほどかな?まあ少々離れてはいるが、上流階級ではよくある話ではある。家格、年齢のつりあう男子も残っていないしなあ」
 ジャベリはさらに「時渡りができる王族の方々は、本当の年齢がわかりにくくて困る」などと言いつつ笑う。
 レセミナはそれを聞いて、うつむいて憂い顔でいう。
「セオドルト様が、そんな、まさか。……そもそも、メレアーデ様は女王に即位なされないそうではないですか」
 それを聞いて、ジャベリは内心で思う。
(そう、……そこが問題だ。メレアーデ様は女王として即位されない)
「王党派の噂では、この状態は一時の事で数年後には即位されるだろうとの楽観論もあるがね。急なことで、まだ女王として即位するには自信がないからとも」
 自分で言いつつも、ジャベリはその説を信じてはいない。
(そんな殊勝なお人なら、穏便に摂政などをたててまかせるさ。平民主体の小評議会などを組織したり、『王国代表』なる地位にみずから就いたりはすまいよ。はてさて、かの姫君はこのエテーネ王国をどこに連れてきたのか、どこへ連れていこうとしているのか?)
 レセミナとの世間話は、その後は軽い話が続いた。おもにレセミナがセオドルトのことについてのあれこれを語り、ジャベリが相槌をうったり驚いたりする、という構図であった。ひとしきり話したあと、ジャベリは時間を確認して立ちあがる。
「ではそろそろ行くよ。最近のセオドルト殿や王国軍の様子がしれて有意義な時間だった。セオドルト殿にはこれから会うから、メレアーデ様との事もあわよくば探ってきてあげる。……私はレセミナ嬢とセオドルト殿推しだよ!なかなかお似合いだと思っているからね」
 ジャベリはウィンクしつつ、調子のいい事をいう。レセミナはそんなんじゃないですよ!と否定しつつも、顔を少し赤らめてジャベリを見送った。

 王国軍司令部内。ジャベリはセオドルトの執務室の前に立つ。ノックをする前にひと呼吸おく。
(さて、セオドルト殿はどう出るかな?……少々、緊張するな)
 セオドルトは平民出身ながら、若くしてエテーネ王国副軍団長まで実力でのぼりつめ、エテーネ王宮消失後は指導者不在のエテーネ王国をまとめていた。その功が認められ、ついに王国軍トップの軍団長にまでなった努力と正義の人であった。近年では王家の者が就くことが多かった軍団長職に、王族でも貴族でもない平民兵士出身のセオドルトが就いたのは歴史的なことであったが、異形獣禍・王宮消失・巨大隕石・島ごと時渡りなどの人知を超越した大事変のかずかずの前には、人間の人事など些細なことであった。しかし、この時代に飛んできてすでに半年。余裕がでてきたのか、人のサガというべきか、のど元過ぎれば熱さを忘れ、そのような『些細な』人間の人事の思惑ついて人々はささやきあう。先程のジャベリとレセミナの話もそのようなものであったろう。
 その王国軍トップであり総指揮をとるセオドルトと、軍政も含めた作戦・行動計画をつかさどる王国軍参謀本部の生き残りであるジャベリ参謀。
 エテーネ王国軍のまごうことなきトップふたりである。これから先日ジャベリが出した今後の王国軍の運用計画についての詰めの協議をおこなわれる予定であった。
「セオドルト軍団長、ジャベリです」
 呼びかけとともに、コンコンコンコンと軍団長の執務室にノックをする。
「……入っていいぞ」
 中のセオドルトから、すこしの間のあとに返事があった。
 ジャベリは執務室に入って、すこし驚いた。
(おやおや)
 セオドルトの目の下にクマがある。思い返すと、先程の声も少し元気がなかった。派手さはないが、あらゆる仕事を手早く十全にこなすセオドルトである。この数ヶ月の激務でも、それをこなしつつ涼しい顔をしていた。先日に渡したジャベリの計画書を読み込むだけではこうはなるまい。さきほどのレセミナとした世間話をおもいだす。
(……精神的な疲れかな。まあ色恋はおいておくとしても、これはメレアーデ様とのなにか、という線はあるな)
 おもてには出さずに、そのように思う。
「セオドルト軍団長、おつかれのようですな。明日は諸外国の使節も来るというのに、大丈夫ですかな」
 ジャベリは、笑顔で語りかけながら椅子に腰かける。セオドルトも疲れた笑みを見せ、手に持った資料を挙げてこたえる。
「……貴官の大作のせいだな。じっくり読ませてもらったよ。第一案と第二案。両方ともよく練りこまれている。さすが参謀本部の俊英ジャベリの計画だな」
 まずは褒めたが、そこで少々表情をかたくしてつづける。
「……ただし、私としては第二案の本島の再開拓計画を採用するとしたい。貴官の本命案である第一案は少々意欲的すぎるかと思っている」
 実務的なセオドルトは、最初に結論から入った。
(……やはり、認められないか)
 そうではないか、とは思ってはいつつも、渾身の計画についてボツをもらった落胆は隠せない。ジャベリ参謀はあごひげに手を当てて苦い笑みをうかべつつ、セオドルトにいう。
「なるほど、第一案……リンジャハル植民計画は認められないとおっしゃる。……この案は、一に、余剰の王国軍の有効活用。二に、島外進出に成功すれば、いま我が国が直面している、最大の問題である食料問題にも見込みがある。そして三に、廃墟なのでメレアーデ様が危惧しておられる現地人との軋轢もない。一石三鳥です。規制法以前による先遣隊によれば廃墟ではあるものの、原型をとどめている状態だとか。リンジャハルと近しい文明の我々であれば有効活用できるものも発掘できるやもしれませぬ。規制法成立後も、それにそう形でこの時代の冒険者をやとって調査をおこなっております。規制法は、王国軍自身によるフリーハンドな行動計画は認めていませんが、小評議会と王国代表の承認がおりた計画には問題なく行動できるはずです。なぜなのか、理由を聞いてもよろしいかな?セオドルト軍団長」
 ジャベリは指折り説明する。それに対し、セオドルトは腕を組んで、瞑目しながら答える。
「……ジャベリ参謀、メレアーデ様はエテーネ島外への進出はまだ時期尚早とのお考えだ。そのために王国軍規制法をおつくりになられたのだ。空白地帯とはいえ、早々にレンダーシア大陸に領土を拡張する意思を見せては、国交樹立なったばかりのグランゼドーラ、アラハギーロの両国が何を思うかわからない。我々はまだこの時代において、異邦人なのだ」
 ジャベリは、想定通りのセオドルトのその返答に対して持論を述べていく。
「ふむ、しかしメレアーデ様はこの国の女王では、今はあらせられない。……そうすることもできたのに、なさらなかった。結局、今のエテーネを導いているのはあの方なので、なぜに女王に即位して親政をなさらないのか、その迂遠さはわたしにはわかりかねるものですが、ふたつわかっている事があります」
 ジャベリは指を二本たてる。セオドルトは「続けてくれ」という。
「ひとつめはメレアーデ様の今の職分は『王国代表』であられる。女王でも宰相でもない。あの方が急ごしらえで作り上げた現在の政体では、我々はこの案を軍でまとめ、直上の小評議会に提出すればよいのであって、いまのところメレアーデ様の思惑を考慮する必要はない。共和……でしたかな?重要な決め事は、ひとりの王や独裁者や、ましてや指針書ではなく、皆で知恵を出し合って決める、と。これがメレアーデ様のもとめられた今後の国のありかた。私の解釈、違いますか?」
 ふむ、とセオドルトはうなずく。
(そのとおりだ。そしてこの計画は細部まで練り込まれており、よく出来ている……。メレアーデ様が介入しなければ、小評議会も認めるかもしれぬ。これだけみれば、軍を動かすとはいえ、特に侵略というわけでもない。耳ざわりのよい計画だ。無駄飯ぐらいの兵たちを屯田兵として開拓させる。しかし……)
 セオドルトはパラパラと、先日からたんねんに目を通した、百数十頁に及ぶ計画書を指だけでめくる。
「……この計画、最終的な目的はセレドではないのか?」
 セオドルトは、ジャベリの目をちろりと覗き込んで、真意を問う。ジャベリは、そうでなくては、と言わんばかりにニヤリと笑った。
「さすがは軍団長。ちゃんと資料の裏まで汲んでおられますな。リンジャハルからはセレドの街もほど近い。食料をはじめとした交易も可能です。かわりに、わが国の優れた錬金術による文物も喜んでもらえることでしょう。また、調べたところセレドは強力な国家に庇護されていないようですな。ダーマの神官戦士たちもなかなか精強のようですが、わがエテーネ王国軍にはくらぶべくもない。よき隣人としてリンジャハルに我々がいれば、いざという時に彼らの役に立つ事もありましょうな」
 そして、そういえばディアンジ評議員の故郷もこの近くでしたな、とジャベリはつけ加える。
 よき隣人ねえ、とセオドルトは苦笑する。完全武装の屯田兵にたいして、セレドの民からもそう思ってもらえるだろうか。
「それだけかな、ジャベリ参謀。私も平民出身ながら歴史は学んでいるぞ?過去、我々エテーネ王国はそのようにして、いくつもの町村を懐柔し、また威圧し、徐々にレンダーシア大陸にも版図を広げていったのだ。この時代でもそれを繰り返そうというのか?」
 ジャベリはフムと、よくわからない、という顔をする。
「それのいったい、どこが悪いというのです?かつてレンダーシア大陸の多くの町村はエテーネ文明を受け入れてくれ、かれらも高度な文明を享受したではないですか」
エテーネの平和パックスエテーネだな。それは、我々の視点だ。しかもその過程は穏便にいくこともあれば、多くの血が流れた末にようやく受け入れられたこともあった。その賭けを今、おこなおうというのか」
 ジャベリは軽く肩をすくめる。
「ま、人の歴史とはそういうものでしょう?それに、なにも今というわけではありません。あくまで、この計画は無人のリンジャハル海岸への植民と再開拓です。しかし一〇年、二〇年たち、近隣の地域であるセレドと交流を深めた後に、そのようなことも有り得るかもしれぬ、とまあ、そういうことです。その辺りでは私もすっかり引退して、エテーネ文明がこの時代の……いや現代の、レンダーシア大陸の発展に寄与している様を、好々爺として眺めておる事になっているかもしれませんなあ」
 ははは、とジャベリは笑う。
(……タヌキめ、いや、風貌的にはキツネかな)
 ジャベリの笑顔をながめながら、そのような事を思いつつセオドルトは疑念を述べる。
「本当かな。一年、二年の間違いではないのか?この計画書によると、貴官が指揮し全軍団の三分の一を動員するのだ。それくらいで成果をあげて帰ってくるつもりなのであろう?」
 セオドルトは、ジャベリの能力を高く評価していた。貴族出身の軍幹部だったが、出自におごることもなく兵士たちとも泥臭い訓練をこなし、エテーネ政界では穏健派だったワトス大臣の懐刀としても活躍しており、クオードの軍団長時代の信頼する作戦参謀でもあった。そういえば、とセオドルトはジャベリに言う。
「……しかし、これはクオード様が考えそうな大胆な行動計画だな」
 おお、とジャベリはそれを聞いて嬉しがる。
「わかりますか。それは、これ以上ない褒め言葉ですな。私はまだ歳若いころのクオード様を作戦面からささえておりましたが、当時からあの方の才にはおよばないものを感じておりました。当時からその考えをくみとり、自分のものにしようと努力していたのです」
 ふたりともが敬愛していた上司クオードの話になり、少し空気がなごんだように思えたが、セオドルトが話をもどす。
「……さて、ではもうひとつについて聞こうか」
「もうひとつ?」
「さきほど貴官はいったではないか、わかっていることがふたつあるとな」
「そういえば、そうでしたな」
 しらじらしくもジャベリはそういって、話を続ける。
「……そうですな、少々批判めいたことになってしまいますが。ふたつめは、メレアーデ様の王国軍への締め付けが強すぎるという事です。エテーネ王宮消失後、異形獣禍のなか、クオード様がお戻りになられるまで、王国が集団として秩序を守ってこられたのは王国軍のおかげでした。……役立たずだった私より、取りまとめていたあなたの方がその自負はおありでしょう。にも関わらず、その功労者であるはずの王国軍は、いま規制法などで大きく権能を奪われている。……いや、私にもわかりますよ?現世界の国際事情を考えて、過去での私たちの旧領を、王国軍が闊歩してはまずいというのは。しかし、その状況下でもなにかしら我々のやりたいこと、やれる事を主張してもよいのではないのでしょうか」
「それで、この第一案というわけか」
「そうです。我々は軍組織の一員な訳ですから。我々の武功を、権利を、もっと認めていただかなければ王国内部でも軋轢をうみましょう。いまは、亡国の危機を回避できた功がメレアーデさまにあり、救国の王女として圧倒的な人気であるから皆従っているだけのことです。このまま女王にもならずに権威の後ろ盾のないまま、数年もたてば軍はおさえきれなくなるでしょう」
 ジャベリの言いたいことはわかる。正論だ。そうかもしれない。
 しかし、とセオドルトは思う。『そうではないかもしれない』状況だとしても、この男はそのように持っていくのだろう、とも。
 先程のリンジャハル植民計画にしても、セレド征服という裏の意図があった。この男には参謀らしい、ひとつの事にいくつもの目的を持たせ、それを理によって順番に実現させていく能力がある。そして、他の者が気がついた時には、思い描いたとおりの状態の一歩手前になっているのだ。それは無論、彼の職分としては正しいことではあるのだが。
「そうかな。それは貴官の希望的観測ではないか?」
「……私としては、軍団長には『王国代表』に取り込まれずに、もう少しいろいろと軍トップとして主張して頂きたいのですがね」
 どうやら物別れに終わりそうだとわかり、ジャベリは笑みをくずさないままに嫌味をいう。
 今日、ジャベリは正直にセオドルトにいろいろと語ってくれた。この慎重な男がここまで話したのは同じ優秀な軍人として、同志をもとめての値踏みだったのかもしれない、とセオドルトは思う。
 しかしセオドルトは、半年間メレアーデをささえてきた。そのなかで、既にメレアーデがジャベリのような王国軍からの観点などにとらわれず、大きな視点でこの世界を見て、そして王国の新たな体制を構築しようとしているさまを見てきており、その思想に私淑もしている。島外進出はメレアーデの考えにはない。自分の役目は軍トップとして、いまジャベリがいったような、軍隊としてある意味当然持ちうる野望をおさえる事だろう。ジャベリの同志になることはできなかった。それがジャベリの言う『王国代表に取り込まれ』る事ではあるのだろうが……。
 さりとて、ジャベリを排除することももちろんしたくはない。意見が合わないからといって有能な人材を片っ端から辞めさせるほど今のエテーネ王国に余裕もないし、そのような独裁的な志向はメレアーデが目指す国家像ともかけ離れている。
「なるほど。貴官のノドは……」
(動かないほうが平和だったかもしれないな)
 とセオドルトは思ったが、いくぶん穏当な表現にあらためて、エテーネ紳士らしい笑顔でいう。
「……すっかり治ったようで、なによりだ」
 その後は細かな実務的な調整がおこなわれた。小評議会に提出する軍の行動計画案は、第二案の大エテーネ島再開拓案にきまった。

 夕刻前、ジャベリは一連の仕事を終えて、ルーラストーンで辺境警備隊詰所に戻ってきた。
(さて、忙しくなるぞ)
 そう思いながら、自身の住居に大股で向かう。
 途中、詰所に派遣されているシスター・サレーマと挨拶をかわした。ジャベリとは学院時代の古くからつきあいがあったそのシスターは、つと振り返って笑顔で言う。
「あら、ジャベリさん。なにか良いことがありましたか?」
 ジャベリも立ちどまり、向きなおって言う。
「これはサレーマ殿。ははは、軍の仕事でダメ出しをされて、悄然としているところですよ。……そのように見えましたかな?」
「ええ、とても。充実したお顔をされてました。そういうことなら、よほど今のお仕事がたのしいのでしょうね」
 そういって別れる。
 ジャベリは仮テントのような粗末な自分の住居にもどり、ふところの使いこんだメモを取りだして、今日あったことで重要だと思うことを書き記していく。
 自分の提案した本命案が棄却されたにも関わらず、ジャベリの表情はあかるい。
(……たのしい、か。顔に出ていたか?)
 メモにつらつらと書きながら、ジャベリの笑みは深まっていく。すこし、狂気めいたほどに。
(そうだとも。今、私はとてもたのしい!……『時の指針書』のない人生がこれほどまでにすばらしいものだとは。もともと、王国軍ではクオード様の意向や、モンスター戦など指針書に書いていない突発的な判断が求められることもあり、一般社会よりは『指針書』の比重は低かったもののやはり大方針においては『指針書』の存在は大きかった。皆、このように動けばいいとわかっているのは楽だし、私もその例外ではなかった。……しかし、それはなんとつまらない事だっただろうか。今、わかっていない未来の中で、ものごとを考えて実行していき、うごかしていくのがとてつもなく楽しい。これが、自由!メレアーデ様にそこは感謝だな、この充実感をもたらしてくれた事に感謝いたします。……思えば私が過去に、強大なチカラをもつパドレ様の部下だった時よりも、脆弱な基盤しかなかった初期のクオード様を率先しておたすけした理由も、同じようなものだったかもしれぬ)
 しかし今は、その時よりもくらべものにならないほど、気持ちが充実している。
(今、私は生まれてはじめて夢というものを得たのかもしれない。そう、この先の見えぬ未来世界のなかで、私はエテーネ王国に尽くすのだ。そして、私とエテーネ王国の力で再びこの大陸に確固たる地歩を築く、そのような夢を。私はおさない頃、エテーネ王国の歴史をワクワクしながら読みすすめていったものだ。レトリウスの毒竜ガズダハム討伐、キィンベルの建設、転送装置や浮島の開発、レンダーシア大陸への植民といった数々のをうち出していった。それらはことごとく図に当たり、エテーネ王国はレンダーシアの覇権国家として確固たる地位を築いていった。その歴史を読み、小さい私は祖国の快進撃に心踊らせたものであった。長じて、それらが時見のチカラによるものも多かったと知った時は少し落胆した。エテーネ国民は王家の時見の力は当たり前のものだととらえているが、当時の私はそれはズルいなと思ったものだ。しかしいま、今度はそのようなズルをせずに、独力でそれを再びなすことができる歴史的状況が私の眼前にはあるのだ。……これは、魅力的にすぎる)
 そして、ジャベリがひそかに仮想敵にすえたメレアーデのことに思いをめぐらす。
(さて、メレアーデ様がどうやら優秀な政治家であることは認めよう。あの本気かわからない、ゆるい雰囲気にだまされてはならない。この半年であなたが成しとげたことは生半なことではない。もし、あなたが女王として即位なさり、その政治能力をいかんなく発揮されて力強くこの国を引っ張っていっていただければ……そう、クオード様のような施政をおこなっていれば、私もメレアーデ様をささえたことでしょう。だが、あなたはエテーネ王国の民の事を、本当に考えているのか疑問に感じる時がある。人の良い……いや、八方美人というべきメレアーデ様はグランゼドーラやアラハギーロとの関係性にきゅうきゅうとし、この時代の人々がどう感じるかのみに気を取られているように感じる。我々には、この時代にはない高度な文明とチカラがあるというのに。……そしてメレアーデ様、あなたは次代の指導者を民衆から選び、国家の行く末も民衆の選択にゆだねようとされているようだ。それもよろしかろう。おもしろい試みではある。しかし。で、あれば!その民衆の選択が、メレアーデさまの思い描くものでなく、私と同じものでも文句は言いますまいな?私も民のひとりなのですから。五年後にはメレアーデ様ご自身が定めた『王国代表』の任期が切れる。あるものはそこでメレアーデ様が女王として即位されるのだというし、またあるものは『選挙』なるものが行われてあらたな『王国代表』が選ばれるともいう)
 ジャベリはすこし思う。もし今日セオドルトに提出した第一案が受け入れられていれば。そして三年程度で島外進出の功労者としてジャベリが脚光をあびることになったとしたら、そこでみずからが『王国代表』の候補者として名乗りをあげることも可能だったのではないだろうか。しかし、すぐに苦笑しつつ首をふる。
(いや……私のガラではないな)
 参謀という自身のこれまでの生き方を思いおこし、分不相応なその考えを打ち消して、メモをパラパラとめくる。それは他人に見られる事をおそれてか、読めるもののすくない古代語で書かれており、さらに過去にクオードと決めていた暗号方式によって、わかるものはジャベリの他には亡きクオードしかいない。
 最近加えられたその項目群は『勇者』『大砲』『大陸横断鉄道』『リンジャハル遺跡』『ルーラストーン』『この時代の冒険者』『この時代の諸国家』『セレドの町』『賢者の冠』『盟友』『魔界』『大魔王』『災厄の王』『小エテーネ島』『奈落の門』『ナドラガンド』などなど、多岐にわたった。
(……適当な『みこし』は、いずれ見つけねばな)
 メモをひととおり眺めたあとでふところにしまい、ジャベリは立ちあがって自分の仮住まいを出て行った。

 日の入り後、ローベルが日課である魔物討伐の任務を終えて警備隊詰め所の二階に戻ってくると、ジャベリ参謀はいつものようにイスに座り、現代のアストルティアの本を数冊そばに積んで、携行型の灯りをつけて読みこんでいた。
(……勤勉なお方だ)
 ローベルは、ジャベリの読書量に舌を巻く。立ち位置は異なるが、すこし前までのローベルの上司であった、威圧的かつ思いつきで物事を進めていくラゴウ隊長とつい比較してしまう。ジャベリの様子をながめ、やっぱり組織をひっぱるリーダーというものは、かくあるべしだよな、などとローベルは思ってしまう。
「おや、おかえりなさい。ローベル殿。首尾はいかがだったかな」
 読んでいた本から顔をあげて、ローベルをねぎらう。
「まあまあ、といったところですかね。軍属の錬金術師が定員割れしているので回復手段が少々こころもとなく、早めにもどってきて後は練兵の時間にあてていました。マッドファルコンの顔は当分見たくはないですなあ。……まあ明日も行くのですが」
 ローベルは、はっはっは、と笑いながら隊長席にすわる。
 ジャベリは、ふむふむとうなずき、そのローベルの話を聞きおわったあとに思案顔で提案する。
「……これまでも私は、あなたたちのモンスター討伐に週一回程度で同席してお手伝いしていたが、よければ明後日からは毎日、私も本格的に参戦するよ。これでも王立学院時代には錬金術師の複合コース……当世風に言うと賢者に相当する過程かな?の訓練も受けていてね。お役に立てることだろう」
 それを聞いて、ロベールはおおいに喜ぶ。
「おおお、それは願ったりですな!回復呪文の使い手はいつでも不足しておりますゆえ。あなたのような軍幹部についていただくのも恐縮なことですが」
 なにやらお願いしてしまったみたいで申し訳ないですなぁ、とローベルは笑う。
「ははは、現場のみなさんにおくれをとらぬよう、頑張りたいところだ」
 ジャベリは人の良さそうな笑みを浮かべながら請けあう。
 その笑顔の下で思う。
(練度の高い辺境軍団の掌握は、謀叛のイロハ……だな。セオドルトと親友といわれるローベルも懐柔しておきたい。……治世の能臣、乱世の何とやら、とは、どこの大陸の格言だったか?)
 そして、ふと何かをひらめいたようで、ジャベリはメモを取り出す。
(そういえば、ワトス大臣から昔聞いた、おもしろい話があったな。……これは使えるかもしれないぞ)
 その最終項目にサラサラと書きくわえる。誰にもわからない言葉で。

『ベルマ女王の可能性?』

 と。

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