アストルチアの謎

ドラクエ10の設定、物語について語る、予定

【小説】奇跡の代償は 序章 + 1章『ひとりのチェス』


奇跡の代償は 序章 + 1章『ひとりのチェス』

■概要
Version4のアフターストーリー。
序章はv4.4とv4.5終ごろ。2000字程度
1章はV5.0終ごろ。主人公は魔界で行方不明扱い。1万2000字程度

■序章のおもな登場人物

謎の猫:???

謎の少女:???


■1章『ひとりのチェス』のおもな登場人物
メレアーデ:エテーネ王国王女。王国代表。
ハーミィ:パドレア邸のメイド。
ポーラ:パドレア邸のメイド。


 プクランド大陸にも謎の巨大な繭が出現し、世界を震撼させていた、ある日。
新エテーネの村にあったメレアーデの猫屋敷から、いっぴきの猫が逃げだした。
 その猫は走りながら、ニヤニヤといやらしげな笑みを浮かべつつ、人の言葉でつぶやいた。
『面白いモノが見られたな~♪』
 と。そして、どこへともしれず走りさっていったのだった。

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 また、人しれず忍び寄っていた過去からの魔の手。世界を滅ぼすはずであった巨悪が滅びた、その日。
 少女の意識は昏い夜の海のようなその世界で、ひっそりと目覚めた。あたりは水のようなもので満たされており、その上を少女はゆらゆらと、たゆたっていた。

 どこまでも広がるくろぐろしい世界に、チカチカと輝く光。
(夜、……空?)
 ふたしかな、めざめてすぐのようなまどろんだ意識の中で、まず目に入った景色をおぼろげに彼女はそのように思った。
 しかし、あおむけにプカプカと浮いた状態で時間をかけてぼんやりとその『夜空』をながめていると、それは違った。
 それまで輝く流れ星かのように思えたそれは、とほうもなく巨大な暗室の壁面を流れる光の流れであることがわかってきた。
「ここは……?」
 身体にすこし力を入れると、ふわっと水上に体が浮きあがった。
(あたし、飛んでる……)
 おどろいて、少し空中をふらふらとさまようが、じきにその力を自然に制御することができるようになり、そっと水面の上に降りたつように浮かびなおした。そして、手をかざして辺りをゆっくりとあたりを見渡す。

 昏い海に、薄緑の空。それをわずかに照らす、空の壁を行き交う光流。
そこは寒々しい世界のようにも思えた。しかし、少女はふしぎと安堵感を覚えていた。
(なんとなくだけど、母親の胎内ってこんな感じなのかもね?……でも、)
 頭をふって彼女は遥かな記憶をよびさます。
「あたしが、起きる時が来るとはねえ……」
 呆れたように笑って、そうつぶやく。感慨ぶかげに、起きたての頭で思考をめぐらす。
(そうか、あたしは、起きたのか。そうか……あたしが)
 改めて思う。永遠ともいえる過去に決意をもって意識をなくし、ある種の装置として存在することになって以来、ふたたび起きることなどあり得るはずがないと思っていた。原理上はそのような可能性もあったとはいえ、こうやって実際に起こると、にわかには信じられなかった。
 だが彼女は現実に意識を取りもどし、めざめた。
 自分のこぶしを見て、閉じたり開けたりして感触を確かめ、目を見ひらいておどろく。
(チカラが、満ちあふれている……!?)
 少女の身体に、否、この空間に、これまでに一度も感じたことのない不思議なチカラが溢れかえっていた。
(……わかっている)
 そうとなれば、やらねばならぬ事がある。彼女は手を掲げ、敢然と緑空のような壁を見上げた。
「世界を、救わないとね!」
 やるべきことはわかっている。そのようにできているのだ。いまだ、世界は滅びに向かっている。彼女は果たされなかったはずの使命を胸に、決意を固めた。


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「メレアーデ様、こちらです~。『あの部屋』も、埃ひとつ落ちてないですよぉ!」
 朝早く。パドレア邸のメイド、ハーミィがぱたぱたと廊下を走り、メレアーデを『あの部屋』へと先導していく。
 ハーミィは元々メレアーデが暮らしていた屋敷、ドミネウス邸で働いていた事でメレアーデとも旧知であり、生来の気安い性格もあって、おそれげもなく王族のメレアーデに話しかける。メレアーデもほんわかとしたゆるい性格で知られる。「あら、あら」とその態度をとがめることもなく、早足のハーミィの後を笑顔でついていき、最近のメイドたちの労をねぎらう。
「悪いわね、明日の準備でいそがしいところに。どうしても、今日来たかったの」
「とんでもない!以前はあんなにいっぱい通ってらしたのに、最近来てなかったですもんねぇ、あたすっ……じゃなくってぇ。私たちに遠慮しておられるんじゃないかって、メイド長のウリムが言ってましたよぉ」
 昨日までのパドレア邸は、あわただしかった。
 メレアーデの叔母にあたる女主人マローネと、その世話をするメイドたちが生活するパドレア邸は、元来ひっそりとした静かな生活を送っていたのだが、明日に開催されるエテーネ王国と六種族諸王国との友好条約締結の調印式および、その祝賀会が行われる場として、ここパドレア邸が急遽選ばれたのだった。いまは準備もあらかた終わり、嵐の前のナギのような、緊張感のある静けさにつつまれていた。
 ハーミィの足が止まり、振り返る。
「はい、ご存知だとは思いますが……こちらでっす!ごゆっくりどうぞぉ」
 ばばーん、と身ぶりをしながら、ハーミィの緊張感のない声が終点をつげる。つきあたりの扉をハーミィが開けて、メレアーデはゆっくりと入る。
(ひさしぶりね)
 メレアーデは何週間ぶりに入ったその部屋を見渡した。
(……クオード)
 そこは、かつてのドミネウス邸、クオードの部屋そっくりにつくられていた。立派な本棚には帝王学の本が並べられており、壁には王族用のサーベルが吊り下げられている。部屋の真ん中には、優美なエテーネ風のイスと机、その上にはひとめで最高級品だとわかる大理石製のチェス盤があり、金と銀の陣営にわかれたチェスの駒がのっている。
「ありがとう、いつもきれいね。ここに来ると、昔を思い出すわ……」
 ここは、もともとはメイドたちが激務のメレアーデにもたまにはゆっくり休んでもらおうと、また昔の思い出の場所を懐かしんでもらおうと、パドレア邸の一室に過去にメレアーデの過ごした実家であるドミネウス邸の普通の一室を模してつくったのが、この部屋であった。部屋のハウジングはドミネウス邸からいたメイドたち、ヒュラナ、サリーダ、レモア、ポーラ、ハーミィが中心になって作った。最初にお披露目がおこなわれた時、メレアーデもおおいに驚き、楽しんでくれたようだったので、メイドたちも作った甲斐があったと喜び合った。
「……せっかくだから、『完璧』にしたいわね」
 しかしその時、部屋を見渡してメレアーデはそうつぶやいたのだった。そして、さまざまな品を事細かにメイドたちに言いつけた。『完璧』とはなにか、メイドたちもその時は、ドミネウス邸に住んでいた本人だけが感じうるこだわりがあるのだろう、と思っただけであった。しかし、全ての品が届いた後にメレアーデが再来訪し、ひとりで部屋のハウジングをしなおした。その仕上げた結果を見て、メイドたちは『完璧』を思い知った。ポーラとハーミィは顔を見合わせた。
(これって……)
(クオード様の部屋だぁ……)
 ここまでに『完璧』に仕上げたメレアーデの心情を思い、ふたりはなんとも言えぬ気持ちになった。メレアーデは、彼女らの気持ちを知ってか知らずか、完成した部屋を眺め、にこにこと微笑んでいた。
 以来、たびたびメレアーデはこの部屋をおとずれ、こもることがあった。特に、大事なことを決める前には。メイドたちはクオードの霊と話して様々な重要事を決めているのだ と、まことしやかにささやきあった。
 最後にメレアーデがここに来た時は、慰霊碑の完成を国民に大々的に周知し、同時に先王クオードの死を公表した催しの直前だった。メレアーデは、そこで集まった大勢の国民の前で、先の事変で亡くなった人を悼みつつも、この新世界で前を向いて生きて行きましょうと、そういう演説をした。そして最後に亡きクオードには『閃光王』の諡号がおくられた。あつまったエテーネ国民は泣き、嗚咽し、英明果断だった先王をしのんだ。その時のメレアーデは凛として涙ひとつ見せなかった。ハーミィもそのことはよく覚えている。
 しかし、そのメレアーデ自身がクオードの死に深く囚われている。
(そんなに割り切れるわけ、ないわよねぇ)
 目を伏せてハーミィは思う。マローネもメイドたちも、仕方のない事と思っている。メレアーデとクオードは、仲むつまじい、それは仲の良い姉弟であった。
 ときには、気のすむまで追憶のクオードと話すが良いと。前に進めるようになるまで、この部屋に籠もれば良いと。この屋敷の住人たちはみな思っている。この部屋こそがメレアーデの涙なのだろう。
 ハーミィは満足げなメレアーデを見て安堵する。
「では、何かあったらお呼びくださいねぇ。……あの、あたすっじゃなくて、私なんかが言うことじゃないかもしれませんけどぉ、……元気、出してくださいね!」
 キィンベルでのメレアーデは、いつも活力に満ちて朗らかであった。しかし『あの部屋』に案内する時のメレアーデは、わずかに憂いを帯びているようにハーミィには思えた。
(なんだか、お眉毛が……八の字に下がってるのよねぇ。そうそう、普段は勝ち気につり上がっているのに!)
 ハーミィはメレアーデの細かな表情の違いに気づく。
「あら、ありがとう。ハーミィから気づかいの言葉なんてね」
 メレアーデはそれを聞いて、ふふっと茶化すように笑う。
 そうして、少し寂しげに笑うその姿は。
(……未亡人みたい、でっす)
 さすがのハーミィも、その言葉はのみこんで、扉をしめた。

 メレアーデは、いつもこの部屋にきた時にするように、カチ、カチ、と手際よくチェスの駒を並べ始めた。あいている対面の席の前には、クオードとメレアーデが使っていたエテーネルキューブが、おまもりのように置かれている。このエテーネルキューブは、メレアーデの髪の色を戻し、時渡りのチカラを少し回復させた。その時に不思議なチカラでクオードの最後の言葉を伝えたのだ。
『どうかエテーネ王国を……新しい未来へ導いてくれ……』と。
 以来、メレアーデはこのエテーネルキューブをクオードの形見のように、時にはクオード自身のようにあつかっている。少しだけそのエテーネルキューブに目を走らせたあと、たんたんと、いつもしているように、ひとりで詰めチェスをはじめた。
(あの子は……昔はチェスは弱かったわね。大きくなったクオードと、一度は対局したかったものだけれど)
 はるか昔は、よくムキになった少年クオードと何度も対戦したものだった。メレアーデからみると『弱い』との評だが、少年クオードにとっては酷な評価というべきであったろう。当時のクオードは幼さの残る十代半ばであったにも関わらず、周りのチェスをたしなむ大人たちと比較しても決して弱くはなかった。持ち前の負けず嫌いな性格でぐんぐんと上達し、勝てるまでしつこくメレアーデと対局したものだったが、メレアーデはけっして手加減などはせず、ここぞという時には必ず勝ち、フフフッとゆるい笑みを浮かべていたものだった。要はメレアーデが強すぎたのであった。
(いよいよ、明日よ。クオード)
 メレアーデはチェスのコマを進めながら、唱える。
 かつて言った大事な言葉を、くりかえす。
 この時代に、国とともにやってきた時に、亡き弟に誓った言葉を。
『クオード……誓うわ。あなたが命をかけて守り抜いたエテーネ王国がこの時代の人々に受け入れてもらえるよう 尽くす……と』
 その一歩を、あした踏み出す。
 儀式のような一人チェスをしつつ、メレアーデはこれまでのこと、そしてこれからのことに思いをはせた。
 
 静かなその部屋で、メレアーデは思い起こす。時の神ともいうべき存在になりおおせた、『時見の箱』キュロノス。そのキュロノスがいざなうはずであったアストルティアの完全なる破滅。さらには歴代エテーネ王による、時見を利用した歴史改変を繰り返した反動のため、強固に定まっていたエテーネ王国の滅亡。のがれるすべはないとも思えた、それらの救いなき結末に対してメレアーデはあらがった。
 心強い協力者もいた。エテーネ王国時代から見て五〇〇〇年後の未来である、この現代の『勇者の盟友』が時渡りでやってきたのだ。メレアーデの時代にも伝説的な存在として語り継がれていた『勇者アシュレイと盟友レオーネ』の伝承。とくに『勇者』『盟友』と同種族である人間には、その伝説はよく知れ渡っている。
 メレアーデは当時その人物が、ほまれ高き現代の『盟友』その人であることを知らなかったが、その『盟友』と共に『時見の箱』キュロノスの、人智を、時をも超えた計略に対して対峙することになったのであった。そしてさまざまな紆余曲折を経て、ついには大エテーネ島ごと現代に時渡りをするという離れ業で乗り越えたのだった。人の身にあまると言っていい大逆転、奇跡の勝利をメレアーデは手にしたのだ。
 そうしてようように五〇〇〇年の時を超えてやってきた、この新時代でメレアーデを待っていたのは、安息の日々ではなく事細かな政治だった。エテーネ王国の人々にとって、どことも知れないこの世界をわずかなりとも知り、時の指針書もなくなったエテーネ国民を導ける、確かなイメージをもっていたのはメレアーデだけであった。異形獣禍を指針書ではなく自分たちの意思で乗り越え、当初は『自由』に湧き立ったエテーネ国民だったが、それを有効活用するのは意外と難しく、また野放図に放置するとはてしない混乱を招く。そういうことに人々が気づいたのはすぐであった。天性のカリスマ性と卓越した指導力を兼ね備えていた先王クオードはすでに亡く、それより前の時代の、すなわち短き消失王ドミネウス時代、長き懊悩王ルザイオス時代を担ってきた一線級のエリート層―――時の指針書や王を第一としつつも、エテーネ王国の屋台骨をしっかりと支えていた、ワトス大臣をはじめとする貴族階級の指導者たちも、エテーネ王宮消滅と共にもごっそりいなくなった今、メレアーデは残された王族として、にわか政治家として、様々なことを決定した。せざるをえなかった、といってよい。
 機能しなくなっていた『時の指針書』システムの正式な廃止通知。王国憲法第三章にあった、指針順守の責務「国民は 与えられた指針にもとづきこれを順守すべく行動すること」の項目をまずは削除。かわりに、指針書に縛られない大エテーネ島における国民の自由権利を仮規定。時見・指針書の力に依った、強大な王権の一時停止。かわりに諸問題の審議をおこなう、王国小評議会の設置と評議員メンバーの選定。メレアーデ自身は、第四六代賢明王オレーリア以来の女王となることが当然だと思われたし期待もされていたが、頑としてそれを拒んだ。かわりに『王国代表』というあたらしき立場を創設し、その権限・期間を明文化した上でそれに就いた。評議員メンバーには最初の仕事として、指針書・王室ありきとなっている現憲法の抜本的改正が指示された。また、過去では領土であったレンダーシア大陸への許可のない移動の禁止、特に王国軍の行動には大きな制約が加えられた。
 そして、いま直面している最大の問題は、大エテーネ島で顕在化しつつある食料問題であった。五〇〇〇年の間にあった気候や海流の変動のため、いくぶん温暖化していたことが原因となり、今年の大エテーネ島における農作物の収穫が壊滅的である事がわかってきた。また、そもそものエテーネ王国の豊かさはかつて支配していたレンダーシア大陸の広大な属州からの膨大な租税や、同盟国家リンジャハルとの交易によっていたが、その両方ともがいまや期待できぬ。対策として、この時代でメレアーデが個人的に知己をえていた勇者姫アンルシアや賢者ルシェンダとの関係をいかし、現代の大国グランゼドーラと国交を結び食糧の緊急輸入をおこなった。
 その後に時を置かずして問題となったのは、あるエテーネ貴族がまだこの世界が五〇〇〇年後の未来の時代だと把握する前に、所有していた大陸領土の様子をひそかに確認しようとしたところ、その土地は現代ではアラハギーロ王国領の土地であったため、それを起因とする争いが勃発しそうになった事である。メレアーデは事態を把握すると同時にすかさずそれに介入し、エテーネ貴族側にはキィンベルにひくように命じた。アラハギーロ王国とは、この件を逆に奇貨として国交を樹立する事に成功した。こうして、エテーネ王国はレンダーシアの近隣諸国家とひとまずの関係を得たのだった。これらの政策を、この数ヶ月に矢継ぎばやにおこない、なんとか軌道に乗せた。
 これが、友人がメレアーデを訪ねた時に、メレアーデがさらりと笑って言ってのける『みんなの不満や要望を聞き取ること』の正体であった。

 以上のような、これまでの数ヶ月せわしなく対応した内外大小の政治的問題の数々は、過去の時代であらわれた大災害ともいうべき国難にくらべ、地味ではあったが一歩まちがえれば国家滅亡にも至る危険な時期だった。否、それはまだ続いているのかもしれぬ。
 このような状況について、メレアーデにはひとつの懸念、いや、あまり考えないようにしていた怖れともいうべきものが心中にあった。それは、
(エテーネ王国は『歴史の修正力』による滅びの運命をほんとうに免れた、のだろうか)
ということであった。
 今も続く大飢饉と、それによる深刻な食糧問題。対応策として膨大な援助めいた輸入を受け続けている。その件から端を発する、残された貴族層の、このままではグランゼドーラの属国になってしまうのではないか、またアラハギーロ王国との交渉にしても弱腰に過ぎたのではないか、とのひそやかな不満。彼らは五〇〇〇年後の世界を数カ月間見わたし、どうやら錬金術が後退した世界だということがわかってきている。そのような、わずかに残った見識のある貴族層にとっては、メレアーデの態度は、現代の諸国家に必要以上に譲っているようにも見えている。
 メレアーデは思う。これらは普通に起こりえる、一般的な政治の問題か?それとも『歴史の修正力』がカタチを変えて、いまだに襲いかかってきているのではないのか?
 そうした怖れは、メレアーデの心の奥底に常にあった。

『永い時を超えた時渡りをへると、その対象がもっていた因果からは解放される』
 メレアーデは過去のマデ島で時を操る異界生命体キュレクスから、精神に直接的に時渡りの知識の一部を、わずかではあるが転送された。その時に得た時渡りの基本的な知識のひとつであり、メレアーデが大エテーネ島を時渡りさせるという空前絶後の偉業を敢行した、理論面での論拠でもあった。
 それによると、たとえば人がひとり一年後に時渡りして、その世界で新たな人生を歩もうとしても、もともとの運命とは切り離されることはまれだという。一〇年後ならば多少は弱まるとされる。しかし仮に隠れて生きていたとしても、やはりひょんな事から規定の運命に引き戻される事が多い。
 では一〇〇年後、一〇〇〇年後では?誰も自分を知るものがいない世界で生きるその者は『時のまれびと』となり、自らの規定された人生と切り離された新たな運命を得ることができるという。そして、本来自身がなしとげるはずだった事績は、たいていは別の誰かが代わりになし、歴史は大きく変わることもなく続く。
 人間一人の場合ならそうだ。しかし、国が丸ごと時渡りした場合、『歴史の修正力』を緩和するための歳月として、果たして五〇〇〇年という歳月は十分だと誰が自信を持って言えるだろうか。
 他にも、時渡りには謎が多い。例えば、メレアーデは『エテーネ王国がこの時代の人々に受け入れてもらえるよう尽くす』と決めてはいるが、はたしてエテーネ王国がこの現代でなしたことは反映されるのか。
『時渡りしたものが時代に影響を与えるには、さらに強大な時渡りのチカラを要する』
 という法則も、メレアーデはキュレクスから得ている。『時のまれびと』が時渡り後の世界において新たな運命をえた場合、そこで生涯を終えるとして、過去なり未来なりの新時代に影響を与え続けられるかどうかは、その者が時渡り後の世界で実際になした事とは別に『時渡りのチカラ』の大小に左右されるという。いかにその人間が英雄的な偉業や歴史的な発見をなしとげようと、いやむしろ、それだからこそ『歴史の修正力』との戦いになり、『時渡りのチカラ』が少なければ、その者が来ても来なくても似たような歴史をたどる事になるという。『時渡り』でチカラを消費してしまったばっかりに、過去や未来へ行ったのちにそこで事象を変えたはずなのに、『時変え』のチカラが足りずに結局同じことになる、という事例は数多くあった、とキュレクスから得た知識の中にはある。
 歴史を変えるには大量の『時渡りのチカラ』が必要になるのだ。その究極は、キュルルが行った『因果律操作』であり、時見の箱キュロノスが行った結果をすべて「なかったこと」にするという神のわざをも超える奇跡的事象であった。『時見』『時渡り』のチカラは『時変え』のチカラにつながり、究極的には運命改変にまで行き着く強大なチカラなのだ。
 結局、エテーネ王国がこの新世界でどのように存在していくか。存続はできたとしても、この世界に良きにつけ悪しきにつけ、影響をあたえる事はできないのか、はキュレクスの知識のさわりの部分を得ただけのメレアーデにはわからない。大エテーネ島をまるごと時渡りさせる準備段階のときには、黒猫チャコルと王族メレアーデのふたつの姿を利用して動き回り、エテーネ王宮のすべての禁書を熟読したが、そのような問に対する答えはなかった。しかし、メレアーデはエテーネ王国の国民が、過去で悲惨な末路をたどらずに、今現在この世界で新たな生き方を得られていることだけでも満足していた。
 時見の箱キュロノスの妨害がなく、メレアーデがキュレクスの知識すべてを得ていたとしても、はたして解はあったのかどうか。
(われながら、無茶をしたものだわ)
 メレアーデは自分のことながら、その無謀に呆れ半分で笑う。そもそもは時獄の迷宮において自身の未来の行動を見ることによって、その時にうけた啓示のような直感を信じ、大エテーネ島ごと時渡りをおこなうことになるわけだが、これについても卵が先かニワトリが先かに類する話になる。キュレクスやキュルルがいれば明快な答えをもっているのかもしれないが……
 メレアーデは、答えのないことについて考えても仕方がないというように、かぶりを振った。
(情けないわね、クオードに笑われちゃうわ)
 過去のエテーネで、自分は言ったではないか。
『たとえ回避したそばから次の滅びが襲ってきたとしても、私達は黙って滅びを受け入れる訳にはいかない』と。
(考えても仕方のないことを考えるのはやめて、あしたの事を考えましょう。明日あしたにして、未来あしたのことを)
 メレアーデ念願のともいうべき大きな政治的目標、成果が翌日にせまっていたのだった。

 エテーネ王国と、六種族主要八王国。すなわちグランゼドーラ、アラハギーロ、ガートラント、グレン、ヴェリナード、カミハルムイ、メギストリス、そしてドルワーム。
 その諸王国の代表が翌日にエテーネ王国の王都キィンベルに一堂に会し、彼ら彼女らと友誼を結び、正式に人の往来を認め、交易をおこない、そしてアストルティア国際社会の一員として世界全土を揺るがすような諸問題に対して一致団結して対決する……。
 そうした包括的な盟約を締結することとなっていた。すでに八王国間では同様の盟約が古くから結ばれており、これまでも『災厄の王』に対抗するための六王会議や、大魔王討伐達成の際にひらかれた六種族の祭典などで協調して動いている。
 グランゼドーラ王国の勇者姫アンルシアと賢者ルシェンダの後押しもあり、その輪に九カ国目の新しいメンバーとして加わるという事になる。エテーネ王国は初めてこの時代の国々の代表者を賓客として迎え入れ、国際社会にデビューするのだ。
 元来、そのような華やかな外交の場としてあったエテーネ王宮をうしなった今、使えそうな公的な施設として残されていたのは王国軍司令部だったが、司令部はそのような雅びな式典を行うのにはあまり適していなかった。首都キィンベルの地上側のかなめの施設として、外見は優美ではあったが、内部は武骨で多くの兵士たちが詰めるの実用的なつくりの建物。強力な錬金術で強化された武具に身を固めた軍人たち。軍隊を送り込むことも可能な転送装置。それらは過去において、レンダーシア大陸の大半を属州として、中央本島から力強く支配していた源泉であった。そういうものを現代の諸王たちが見て、ことによってはエテーネが武断的な国家であり、そういったチカラを見せつけているのだと、誤解されるかもしれぬ。考えすぎかもしれないが、政治とはそういう側面もなくはない。クオードならば、あるいは意図的にそういう面を強調したかもしれなかったが、メレアーデとしてはそういった武張った面は強調したくはなかった。
 前回の小評議会からの提案では、式典の会場についても項目にあった。そこで武張った王国軍司令部に代わる適切な場として、王族の住居としてはつつましやかな方ではあったが、エテーネ貴族文化の粋をあつめた優雅な邸宅であるパドレア邸で開催すればどうか、との提案があり『王国代表』であるメレアーデも快諾。開催の運びとなったのであった。

(あなたも、ここで良かった、そう思うかしら)
 メレアーデは空席のクオード、ものいわぬエテーネルキューブに問いかける。
 ドミネウス邸もエテーネ王宮もなくなった今、メレアーデとクオードにとって、このパドレア邸こそがもっとも縁のある場所であった。
 いや、優しき叔父夫婦、頼もしき従者と過ごしたこの館こそ、姉弟の魂の故郷であったかもしれぬ。
(……これで良かった、そう思うかしら)
 再び、答えのない問いを問いかける。
 エテーネ王国は現代の諸王国に対し、借りを負っていた。各国の上空に現れた『終末の繭』事件である。
最終的に世界の破滅を引き起こすはずであったこの大事件について、つまびらかに経緯を記した報告書が、賢者組織『叡智の冠』を通じて世界の首脳には渡っている。それは、『盟友』やメレアーデが包み隠さずに賢者ルシェンダに語った内容がまとめられているものだ。それによると、五〇〇〇年前のエテーネ王国の歴代王族が王国にとって都合の良い未来を選択するために度々行なってきた時見を効率よくおこなうために作り出した『時見の箱』が元凶であり、この世界の滅亡までが考えられたという重大きわまる事件であった。しかしその上で、千年を超えて世界の安寧をつかさどる『叡智の冠』は最大限、現在のエテーネ王国を擁護した。そもそもは先々王ドミネウスまでの罪であり、諸悪の根源である『時見の箱』も滅び、残された王族にして『王国代表』であるメレアーデも『時見の鍵』を封印して時見に頼らない意思を示した。諸王国重臣の中には、メレアーデ時代は良いとしても将来的に再び同じような惨禍が起こらないとも限らないのではないか、とみるむきもあったが、結局のところ『叡智の冠』とエテーネ王国、すなわちメレアーデの思惑が合致して、早期に今回の式典が開催される運びとなった。
 『叡智の冠』としてはエテーネ王国の過去の『終末の繭』騒動についての問題など、そうそうに手打ちにしてしまい、先進的な錬金技術と強力な軍隊をもつエテーネ王国を六種族サイドのたのもしき新勢力として迎えいれたい思いがあったのだ。
 その背景には、いまだ魔族たちがアストルティアをあきらめておらず、つい先日も大軍でもってオーグリード大陸の盾島を急襲してきたばかりだという事があった。邪悪な魔族たちの首魁、この世の悪の象徴ともいえる大魔王が討伐された後も、そのような活発な侵略行動をおこなう魔軍に『叡智の冠』は危機感をつのらせていた。さらには、これまで八面六臂の活躍で諸問題の解決に尽力していた『盟友』が盾島の会戦以降、行方不明になってしまったという。死亡説を含め、さまざまな憶測が冒険者を中心に世間ではささやかれている。一番突拍子もない噂にいたっては、魔界で血の契約をうけて魔王の下僕となりはててしまっている、などという説などもあり『叡智の冠』は世の中の無責任な流言飛語に頭を悩ませている。今後の世界の行方はにわかに混沌としはじめてきた。
 パドレア邸での首脳会談は、各国首脳たちも『叡智の冠』も、情報を共有し、結束をかためるまたとない機会として期待されているのだ。
(あの人にも、明日は来てもらいたかったのだけど、残念だわ)
 メレアーデは『盟友』が死んだとはみじんも思っていない。メレアーデのねがいに応じて、キュロノスを倒してくれたのだ。
(……死ぬはずがないわ。私が航界船に乗り込んで眠りについたけど、あの人がキュロノスを倒さなければ全ては無駄になっていた。そして、大エテーネ島とともに五〇〇〇年の旅路を終えた私を、あの人は出迎えてくれた……)
 目を閉じて、航界船の扉がひらかれたあの時のうちふるえる感動を思い出す。
(あの人は今もどこかで、無辜の市民の、それとも練達の冒険者の、あるいは偉大な王様の、こまりごとを叶えているのでしょう。……巻き込まれ体質なのよね)
 そして、メレアーデは大事な事をおもいだす。
(そうだわ、……私も、むこうも落ちついてきて、私に会いにきてくれた時に相談しなきゃ!……あの人のおとうさん、パドレ叔父さまの事。多分、救えるはず。私たちのやり残した最後の心残り……)
 キュロノスとの戦いの過程で時の牢獄にとらえられてしまった、パドレを救出する……。メレアーデが激務のかたわらで、ひとり調べていた研究、調査のことを思い起こす。まだまだ未知数ではあったが、メレアーデの直感では、いけると感じている。
 でも、まずは目の前の事だ。メレアーデはフフっと笑ってたちあがる。
(さあて、あの人はあの人の、私は私の戦いをする、ということね。……あしたこそが私の決戦の日だわ。準備しないとね。まずは、今日のお昼にはセオドルトとの話し合い……か。あの件、承知してくれるといいのだけれど)
 メレアーデは、来た時よりもいくぶんか晴れやかな笑みを浮かべ、エテーネルキューブを手にとってその部屋を出ていった。

「……どうでした?」
 ハーミィがメイド達の控え室に戻ると、メイド仲間のポーラが出迎えて、ハーミィに声をかけてきた。
「どうって、……いつも通り、お元気そうだったわ。よくお笑いになって」
「そっか。ご無理してないと良いのだけれど」
 ポーラが自身の黒縁メガネをなおしながら、思案げに話す。
「なにか、気になる事でもぉ?」
 当初、少し寂しげだったメレアーデの事を思い、ハーミィはポーラにたずねる。
「像のこと……」
ポーラはつぶやくように言った。
「像?」
 それだけではわからない、とハーミィは首をかしげる。
「前回こられた時の直前だったかしら、『あの部屋』に皆で出しあって買ったクオード様の全身像を改めてかざったじゃない。追加サプライズみたいな感じで」
 ポーラはいう。王国復興政策の一環として大々的に売られているクオードとメレアーデの像。それぞれ一つ一〇万ゴールドもするが、救国の英雄としての市民に絶大な人気を誇る二人の像は、富裕層を中心に飛ぶように売れていると聞く。
「ああ、そういえばそうでしたねぇ。でも、お部屋にはなかったけど……」
 ハーミィの天然ぶりにポーラは頭をかかえる。
「そうか、あなたは前回担当じゃありませんでしたね。先に言っておけば良かった。メレアーデ様に、もしかして像がおいやだったのか聞いてほしかったのだけれど」
「……どういう事?」
 ハーミィは、やっぱりわからない、とばかりに顔をしかめる。
「前回、メレアーデ様が来られた時にお披露目して、その時は喜んでいらっしゃったようなのですが……、メレアーデ様が帰られた後に、クオード様の像がなくなっていたのです。で、その像は倉庫部屋にしまわれていました」
 ほええ、とハーミィは目を丸くして驚く。
「それって……」
 ポーラはうなずいて続ける。
「もしや、メレアーデ様ご自身がおいやで、前回来られた時にご自身で倉庫にしまわれたのではないかと思って。
 ほら、死んだ想い人を忘れられなくてそっくりな魔法生物をつくったけれど、心が通わせられなくて、むしろ嫌になってしまう……、そんなおとぎ話がありましたよね。それに、メレアーデ様はあの小さな箱にたいして、クオード様に見立てて語りかけるような事をされているとも聞きます。もしも、そういう感じならクオード様の像を『あの部屋』にもどすのもはばかられるじゃないですか」

「なるほど。……って、いやいや!もしあたしが聞いていたとしてもそんな重たい話、あたしからは聞けませんよぉ」
 ハーミィはふむふむとうなずいていたが、自分がもしかしたらひとり重荷を背負わされそうだったことに気づいて、両手をぶんぶんと振って否定する。
「……まあそうですね、ひとりに丸投げは悪いわね」
 そのようにポーラも思いなおし、その後もふたりでその件について話した。
 結局のところ今度タイミングがあったらメレアーデの真意についてみんなで聞いてみよう、ということになったのであった。


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