アストルチアの謎

ドラクエ10の設定、物語について語る、予定

【小説】奇跡の代償は 3章『五〇年後の未来に』


奇跡の代償は 3章『五〇年後の未来に』

■概要
Version4のアフターストーリー。第3話。
舞台はV5.0終頃のエテーネ王国首都キィンベル。
主人公は魔界で行方不明扱い。1万字程度

■3章『五〇年後の未来に』のおもな登場人物
メレアーデ:エテーネ王国王女。王国代表。
セオドルト:エテーネ王国軍 軍団長。

 セオドルトは、ゆっくりと目を覚ました。
(……いかん、眠っていたか?)
 昨晩は、ほとんど眠れていなかった。いや、あの日からほぼ寝られていない、といった方が正しかっただろう。
 先ほどまでのジャベリとの長い打ち合わせが終わったあと、おそい昼食をとってその後に少々うつらうつらしていたが、いつの間にか軍団長室の執務机の上で突っ伏して寝ていたようだ。
 レセミナやジャベリ、また他の軍団兵がその様子を見たとしたら、まことにめずらしい光景だと驚愕したことだろう。どれだけ苦しい状況でも不満顔ひとつみせずに粛々と仕事をこなすセオドルトは、まったくそういうスキを見せない、王国軍の理想を体現した不屈の軍団兵というべき男であった。
(メレアーデさまの、あの贈物……いや呪物というべきアレのせいだな)
 まだ、ねむい頭でそのようにうらめしく思い、もぞもぞと頭をゆっくりとあげて前を見やる。
「あら、おきたのね」
 あろうことか、執務机の対面。さきほどまでジャベリ参謀が座っていた席には、セオドルトが起きるのを待っていたように、しずかに本を読んでいるメレアーデがいた。メレアーデはセオドルトが起きたのに気づくと、読んでいた本をたたんで、にこにこと微笑む。
「……ッ!」
 セオドルトは、一瞬で目が覚めて、飛びずさって敬礼をする。
「こ、これはお見苦しいところを」
 メレアーデは笑いながら、立ち上がって言う。
「ごめんなさいね、約束の十分前だけど、ノックしても音沙汰がないものだから勝手に入っちゃったわ。
……起こすのも悪いと思って、そのままにして紅茶でもいれてたの。めずらしい事もあるものねえ、セオドルト?」

「はっ、失礼いたしました」
 メレアーデは読んでいた本を本棚にしまい、紅茶を蒸らしていたティーポットがちょうどよくなったのを見て、二人分そそぐ。
「……そんなに、かたくならなくてもいいのよ。ここは元々、軍団長執務室。あなたのお部屋よ。そして私は『女王』でもなんでもない。周りは認めてくれないけれど、『王女』としての権威も本当はいらない。誰からも、ただのひとりの人間として接してほしいと常々おもっているのに」
 セオドルトは直立不動のまま言う。
「僭越ながら、そうはまいりますまい。仮にですが『王族』ではないとされても、メレアーデ様は『王国代表』であられます。『王国代表』はエテーネ王国軍の最高指揮権をお持ちです。いわば、私の上司にあたるお方なのは間違いありません。仮にですが、もし私が部下の兵士の現場に行ったとして、休憩時間でもないのに寝ていたとしたら私は叱責することでしょう。それと同じことです」
 ふむ、と、あごに手を当てて、メレアーデは少し考える。
「なるほど、まあ、そういうものかもね。……人間社会というのはどこまでいっても堅苦しいものねえ」
 メレアーデはそう言って、肩をすくめつつ手を広げる。
「にしても、おかしな話。私はなにも気にしていないのに、怒られたがってるみたい」
 そう笑って、紅茶をどうぞ、とセオドルトの前に出してマイペースに再び座る。
「あなたも座ったら?」
「……はっ。では失礼して」
 セオドルトはおずおずと座る。王族の前で着座。さらにはお茶をついでもらう。以前のエテーネ王宮などでは考えられない事であり、セオドルトには未だに抵抗感がある。しかし、メレアーデはそのような王家に対しての儀礼的な風習を全廃させ、誰に対しても積極的に対等な位置取りやふるまいをするようにしており、遠慮しても聞かないのはわかっていた。淹れたての紅茶を飲みながら、メレアーデはころころと笑う。
「居眠りするセオドルトなんて、初めてみたわ。まあ人の十倍は働くというセオドルト軍団長ですものね、たまにはそういう日があってもいいのかもしれない、と私は思うけれど」
 セオドルトは、申し訳程度に紅茶を口につけ、うらみがましい目でメレアーデを見つめながら言う。
「……意地のわるいことをおっしゃられますな、メレアーデ様。私の苦悩は日々の仕事のことなどではなく、これによるものだと、あなたさまにはおわかりでしょうに」
 セオドルトは執務机の引き出しから、それを引っ張り出して、机の上にいささか強く置く。出てきたのは『記憶の赤結晶』だ。映像を記録できる媒体であり、エテーネ王国が誇る錬金術の産物のひとつである。メレアーデはつい先日、これをセオドルトに対して、異形獣禍に加え、ここ半年間の功による勲章や褒章の品に混ぜて、ひそかに渡したものである。
 それは、今はセオドルトのみにしか起動できないように権限が設定されており、手紙も添えられていた。
 メレアーデは先日の勲章授与式のときに、皆の前で次のように言った。
「セオドルト軍団長。この半年間いっしょに仕事をしてきて、王国軍のトップとしてとても信頼のおける人物だと痛感しました。あなたの曲がったことをよしとしない実直さ、は何物にもかえがたい。その人柄を見込んで、これらを授けます」
 と。
 ゴシップ好きや口さがないもの達は、あとからセオドルトに軽口を言った。「褒賞品の中にメレアーデ様からセオドルト殿への『恋文』でも混じっていませんでしたか」などと。そして、セオドルトは自宅にて品々を開封した時に、はたして手紙と赤結晶を発見した。
 しかし、そんな浮ついたものでないことは、なんとなく察していた。
(そのような他愛もないものなら、どれだけ良かったか)
 セオドルトはそのように思い返す。
「これは、とても私の手にはおえません。お返しさせていただきます。お手紙も、読んだ後に燃やすべきかとは思いましたが、まだ日が浅いこともあり、一緒に返却させていただきます」
 セオドルトは、その赤結晶と手紙を遠慮がちにメレアーデのほうに押しやる。手紙は数ページに渡ってつらつらと説明文のようなものが書かれているようであったが、最初の一枚目には委任状のようなかたちで、大きく次のように書かれていた。
 
『王国軍団長セオドルト殿、もしくはセオドルト殿がこの赤結晶を託した方。私、メレアーデがこの映像を公開できずに何らかの事情で死亡した場合、時を見て私の代わりにエテーネ王国全国民へ対して、この映像を公開するようにお願いいたします。』

と。

 もらった日の夜、この赤結晶の映像をセオドルトは見た。手紙を先に読んでいたので、こころして見た。
 映像はメレアーデが、第一五代遷都王ギリウスから始まるエテーネ王室と『時見の箱』の関係について語り、それが最終的にはエテーネ王国の滅亡、そしてアストルティアの破滅までをも引き起こしかけたことを淡々と語っていた。ようは人の手に負えぬものに手を出してしまったエテーネ王家への追求であり、エテーネの王政に引導を渡すたぐいのものであった。
 また、近々の権力をもった王族であるドミネウス、クオード、そしてメレアーデ自身の個別の罪状についても、その映像の中のメレアーデは言及していた。
 ドミネウスは、予見した滅びを回避するために、異形獣を利用して市民から精神力をあつめ、時見の力へと変換して決定的な滅びの回避を得ようと試みて異形獣禍を引き起こしたこと。
 クオードは、時渡り後の時代からエテーネ王国に戻るための素材を集めるため、当時のドワーフの大国ウルベア帝国で立身出世をしたあとに立場を悪用して大戦争を起こしたこと。
 メレアーデ自身は、王宮消失の未来を知りつつも王国全体の滅びを救うことを優先して、身近な人々しか助けられなかったこと。また、これまで王室の罪を知りつつも秘匿してきたこと。
 そういった事があった事を、その映像の中のメレアーデは語る。
 すべてに共通するのは大を救うために小を犠牲にしてきたことだと、そのメレアーデは言う。また、時見や時渡りで未来を見てしまったがゆえに、大きな厄災をかわすために自然とそのような思考に至ってしまうのだとも。そして次のように続ける。
「もしかしたら、指導者にはそのような何かを犠牲にして大きなことをなすことが必要だと、言ってくれる人がいるかもしれません。しかし、それが本当だとしても、その選択は皆で納得のいく形で行われるべきものだと、私は思います。この映像が公開された年代がいつになるかは、今の私にはわかりませんが、順当にいけば五〇年後ということろでしょうか。私の考えた通りにエテーネ王国が運営されているとすれば、皆さんが皆さん自身の見識でもって、みんなで物事を決め、未来を切り拓いていくことは当たり前の事になっているでしょう。しかし、もしかしたら『時の指針書』の時代を懐かしみ、エテーネ王室を復活させて時見のチカラを持つ者によってまた導いてもらおう、そういう思いをもった人たちが今後あらわれるかもしれません。私はそれに待ったをかけたい。時見は人間にはあつかうことの難しい、過ぎたチカラなのです。また時見によっていっときは救われたとしても、それを重ねていくといつしかその歪みが国を、世界を滅ぼすチカラともなるのです。これを肝に銘じてください。国の政治とは難しいもの。百年、二百年と続くとしたら、危機も苦難もあるでしょう。しかし、そんなときでも時見にたよらず、皆の智恵を集めて危機を乗り切っていくことを私は願います」
 秘匿された事実の告白と、罪の懺悔。そして今後、エテーネ王家は政治のトップとして君臨するべきではないという強い意思。そういったことがこの映像ではあらわされていた。
 それを、メレアーデが公表できずに死んでしまった場合には、代わりにセオドルトが公表せよということであった。セオドルトはうめくように言う。
「なぜ、私なのです。私はエテーネ王国をすばらしき国だと思い、愛し、護ってきました。その私に対して、王国の死亡宣告をせよとおっしゃられるのですか」
 メレアーデはそれを聞いて、申し訳なさそうに目を伏せる。
「ごめんなさい。それと、このことで最近のあなたに心労をかけてしまったこともあらためて謝るわ。でも、そんな誠実なあなただからこそ頼みたいとも思っている。あなたの護りたいとおもったこの国の人々、文化は変わらないはずよ。エテーネ王家が役目を終えていなくなるだけ。その最期を、これまで王国を愛し、護り抜いてきたあなたに看取ってほしい。そういうことよ。実をいうと、このお役目をおねがいするのは、あなたか、マローネ叔母様か迷ったの。私はできれば王室以外の人がいいと思ったし、この半年間のあなたの働きぶりや心根を見て、信頼にたる人であることを再確認したの。勲章授与のときに言った言葉はそのとおりのことよ。それに、安心して。これは、あくまで私がなにかで早くして死んだ時の保険よ。本来は機を見て、私自身が公表するはずのもの。本当はこのような重大事だからこそ隠蔽はせずに、すぐにでも公表したいと思っているのだけど、今公表したら異形獣禍や王宮消失で死んだ人が身内にいる人などは、王室への怒りで暴動になり、場合によっては私は殺されてしまうかもしれない。エテーネ王国が、現代で軌道に乗っているとはいいがたい今はまだ、私はそうなってしまうわけにはいかないわ。……それに、クオードに対する追求は、悲しむ人もいるしね。指針書がなくても、王様がいなくても、五〇〇〇年後の未来の世界でも、しっかりとみんなで物事を決められるようになる、それまでの間、私がやむなく指導者業をやらせてもらっているけど、本当は私が就くべき話ではないのよ。とはいえ島ごと時渡りして危機は去ったから、あとはし~らない勝手に決めてね、とすべて放り出して猫屋敷にひっこむのも無責任な話よね。難しいところなのよ」
 うーん、とメレアーデは腕を組んで悩む。
 重大すぎることを、のんきそうに言うメレアーデに向かって、セオドルトは立ち上がって激昂する。これもめずらしきことであったが、その怒りはメレアーデやクオードをおもんばかってのものであった。
「あなたさまは、どこまでみずからドロをかぶりたいのですか!祖先の悪行をその身で一身に引き受けなさるおつもりかっ!それに、まるでエテーネ王国の政治が軌道にのればご自身はどうなっても……、死んでしまってもよい、というような口ぶりではないですか!」
 セオドルトは、いくぶんか落ちついて続ける。
「……あの映像の中で、あなたや、クオード様の罪に言及するくだりは必要ですか……?クオード様も、あなたも、英雄としてそのまま祀られればよろしい!現に今でも一〇万ゴールドで復興策の一環としてあなたがたの像を売っているではないですか」
 メレアーデはセオドルトの興奮とは対照的に、おだやかに言う。
「……あれも、私の欺瞞のひとつであり、罪よ。混迷の時代である今は、私たちが英雄として祀り上げられる事によって国がまとまらせる必要がある。私もピエロになる用意があるし、クオードも許してくれるでしょう。……『自分の像をあちこちに飾らせるようになったら為政者はおしまいだ』とは誰の言葉だったかしらね?」
 メレアーデは苦笑しながら続ける。
「それに、エテーネ王家は悪者でなければならないわ。復権して、二度と時見を使って国の運営をすることなどあってはならないの。あの映像は、私の目論見では五〇年後ほどに公開する予定となっているけれど、大体国というものは五〇年から一〇〇年ほどたてば、あちこちに問題がでてきて不満もたまり、以前を懐かしむものよ。そうした人たちが王政復古を目指さないともかぎらない。そのための布石なのよ」
「あなたは、弟御のクオード様を愛しておられたはずです。ご姉弟であるあなたさまが、弟御のはるかな過去の罪など、わざわざ暴露せずともよいではないですか」
 メレアーデ自身の決心がかたいことをみてとったセオドルトは、弟クオードの名誉の方からせめることにした。しかし、メレアーデの表情はゆらがない。
「愛すればこそ、と言っておこうかしらね。……私は、クオードのその罪を赦したわ。過去のエテーネ王国で再会した当時、その大罪をせおった弟とともに、それを知りながら自分の国を救うために一緒に奔走することに決めたの。それは、私がクオードの罪を引き継ぐということでもある。それを正直に告白するということよ。そう、これは告発ではない、告白よ。後世の人びとや他国がこの事をどのように評価するかはわからないわ。でも私だけはクオードを赦す。この告白によって、クオードの名誉が損なわれ、幾千幾万の憎しみが向けられようともね」
 メレアーデはそのように自分のクオードに対する想いを語り、そして続ける。
「それに、私はこの現代世界にエテーネ王国が受け入れられるように動くことを弟に誓ったの。これらを公表することは、エテーネ王国国民に対しての懺悔でもあり、また、ある種エテーネ王国の民にも建国以来七〇〇年間時見の恩恵を受けた民として、一緒にその原罪を背負っていく存在になってもらうことでもある。そして現代世界にたいする誓いでもあるの。それは、まず全てをつまびらかに誠実に語るところからはじまるのよ」
 納得がいかずに、セオドルトはいぶかしげに問う。
「三〇〇〇年前のドワーフの大帝国で、クオード様が宰相グルヤンなにがしとして暴れ回ったという歴史を、改めて語ることが、信頼をえることにつながるというのですか?」
「誠実に、すべての真実を語ることが、よ。それに明らかにするのは新たな時代になって、世情もおちつき、過去の王室のことなど思い出話になっているはずの数十年後のことよ。……こちらは、もしかしたらクオードは許してくれないかもしれないわね。でも、私は絶対に必要なことだと思うの。だけど、そうね。手紙の方にも書いたけど、できればクオードゆかりの者、とくにディアンジやザグルフが天寿をまっとうしてから公表したいとは思ってはいるのよ。できれば、あの子の真実を知ることで悲しい思いをする人が少ないほうがいいわ」
「私だとて、クオード様ゆかりのものですぞ!」
 すこし声を荒らげてセオドルトは言うが、トーンを落として続ける。
「……まあ、それはこの際よいです。誠実なのは良いことだと思います。私も常にそうあろうとしてきました。しかし、これは……時と場合によるものです」
 セオドルトには、このような自傷行為にもひとしき告白は、メレアーデの自己満足ではないかとも思えなくもない。セオドルトは他の人間から『正義の人』だとよく言われる。自分もそうであるように律してきたつもりだ。その自分ですら引いてしまうくらいの、『行き過ぎた正義』をこのメレアーデからの提案からは感じる。
 しかしセオドルトはこの半年間、かたわらでメレアーデの政治家としての事績を見てきたが、それは数字とにらめっこし、またそれぞれの状況でケースバイケースの落としどころを求めて政治的判断をおこなう、現実主義者のものであった。自身と弟の像を臆面もなく復興政策だと称して高値で売りにだすところなどは、その真骨頂といったところだろう。本人のゆるい雰囲気によってオブラートに包まれてはいるが、もはやそれすらも自分に有利にものごとを進めるための策の一環ではないか、と思うことすらもある。だが、メレアーデの行動原理や判断の根底には『効率』などだけではなく、セオドルトの持っているような『正しさ』も随所に感じられた。そのちょうどよいバランスがゆえにセオドルトもこの半年間で、メレアーデの施政を素晴らしいものだとして感じてきたのだ。
 そのメレアーデが確信に満ち満ちて、こうすることが唯一の解であることを知っているかのように、この計画を進めようとしている。『絶対に必要』とまで言う。となれば、やはり正しいのだろうか。このような巨大な歴史の行く末についてなど、セオドルトにはわからない。
 セオドルトはハッとある疑念をいだき、おそるおそる聞く。
「……メレアーデ様、念のためにおたずねしますが、よもや時見なり時渡りなりで今後のことを知っているのではありますまいな?それがゆえに、この話も、その見た未来のために必要なことだと?」
 この現代世界に来た当初は、半分白くなっていた髪の色が完全にもどっているメレアーデのポニーテールにちらりと目を走らせながら、セオドルトは問う。
 メレアーデは口に手をあてて、めずらしく大声で笑う。
「あはッあはははッ!あははッゲホッゲホッ。……笑いすぎて、むせたわ。いや、その発想はなかったわね。なるほど、なるほど。ここまで時見を禁じておきながら、みずからは時見をつかって計画を練る、と。フ、フフフ、そこまで私の面の皮が厚くはないわよ。……これは、純粋に私の想いから出た方針よ」
 ある種、メレアーデにとっては侮辱のようにも思えるその問いに、怒ることもなく笑ってこたえる。
「はっ、これは失礼いたしました。あまりにも自信をもって、必然のようにお話されているので、つい邪推をしてしまいました」
 メレアーデはふぅ、と笑いを落ちつかせた。
(……)
 そして二人のあいだに、わずかな沈黙がおとずれたあと、メレアーデはあらためて問うた。
「……セオドルトは、やはり反対なのかしら」
「反対、といいますか……。私には、わからない、荷が勝ちすぎる話ということです」
 セオドルトはそのように言い、メレアーデは諦めたような笑みをうかべる。
「……そう、わかったわ。大変な話をおしつけようとしてごめんなさい。この話はわすれて」
 メレアーデは手紙と赤結晶を取ろうとする。そこで、ふいにセオドルトは赤結晶をメレアーデよりも手早くつかんで、口をはさんだ。
「つぎは、マローネ様にお話を持っていくおつもりですか?」
 メレアーデの手が止まる。
「そうなるわね。エテーネ王家の後始末は誰かがやらねばならない、ということよ」
「あなたの決意のほどはわかりました。私はこれが正しいことなのかどうかはわからない。が、あなたのその想いを聞き、感じ入ったところもあります。その判断を信じたいという思いも。……なので、ここは『保留』ということにさせていただけませんでしょうか。考える時間をいただきたい。もしかしたら、その時間は一〇年、二〇年という期間かもしれませんが」
 メレアーデは思わぬ答えにおどろいて、セオドルトを見やる。そしてうつむいて言う。
「……ありがとう、セオドルト。今は、それだけで十分よ。ごめんなさい」
 メレアーデはセオドルトが赤結晶をつかんでいる手の上にみずからの手をかさねた。
 この日、メレアーデはこうして条件つきながらも秘密を共有する『同志』いや、『共犯者』を得たのだった。メレアーデはひとりで抱えていたものを吐きだした安堵感からか、すこし泣きそうになって目をつむったが、涙はなぜか出なかった。

 二人は、今後のことについて少し語った。セオドルトは疑問をのべる。
「しかし、五〇年後ともなると私もおそらく寿命で死んでいることでしょう。マローネ様も私とメレアーデ様のあいだくらいで似たようなもの。仮に私なり、マローネ様なりが引き受けたとしても、結局は誰かに引き継がねばならぬのではないですか?」
「この赤結晶は、あなたの意思で起動できる対象の人間を増やすことができるようになっているわ。信ずるに足るものが出てくれば、その人に渡してほしい。重荷を残して申し訳ないけれど、第一候補としてはセオドルトが子々孫々につたえていってくれれば、とおもっていたわ」
「……そういうことであれば、あなたさまもいずれは伴侶を得て、ご結婚なされることでしょう。私はまだ『保留』の身ではありますが、あなたのお子が無事に育てば、その方に託せばよろしい」
 メレアーデは困ったように、ゆっくりとかぶりをふる。
「……私は結婚はしないわ。エテーネ王家の本流は、ここで途絶えるの」
 何事もないようにメレアーデは自身の決意を語る。セオドルトはおどろき、たしなめるように言う。
「まだ歳若い身空で、そのような事をおっしゃるのはおやめくださいませ。あなたは幸せになるべきおひとです。これは、あなたが尊い身分のかただから言っているのではありませんぞ。あなたの苦労、頑張り、その結果としての偉業。それらは個人的にもむくわれるべきだと、私は思うのです」
 メレアーデはそれを聞いて、最近はなりをひそめていた、過去のドミネウス邸に住んでいたころはしばしば見せていた、楽しいいたずらを思いついたような笑顔をみせて云う。
「フフッ……、『歳若い』ねぇ。私は時渡りを重ねてきたのよ?ながくオルセコ王国の時代で過ごしたし、古グランゼドーラ王国の時代にも立ち寄った。時獄の迷宮では時間の感覚がおぼろげで、いろんな時代の映像を永久に見ているようにも感じたし、さらに大エテーネ島ごと時渡りをする前の準備の時には万が一にも失敗が許されないから入念に準備をかさねるために、さらに過去のエテーネ王国に時渡りをしたりもしたわ。……クオードのように見た目がわかりやすく変わっていないだけで、案外、あなたと同い年くらいかもしれないわよ?」
 指折り数えながら、いたずらっぽい笑みを浮かべつつ、ふふん、と流し目でセオドルトをみやる。
 セオドルト自身も若く見られがちな方だが、出世をかさねて王国軍団長にまで上り詰めた身。三〇代なかばというところである。
「は、さんじゅ……?……いやいや、うそですよね。どう見ても、その……」
 セオドルトは不意をついたメレアーデの打ち明け話(?)に、思わずうろたえる。今日一番の狼狽ぶりだといってよい。
 絶対にちがう、と思いつつもおそるおそる聞いてしまう。
「……いったい、本当はおいくつ、なのですか?」
メレアーデは瞑目しつつ、優雅に残った紅茶を飲みほしたあとに言ってのける。
「あら、レディに歳を聞くものではないわよ?」
(どうしろっていうんだ)
 忠誠心旺盛なセオドルトも、これにはさすがに途方にくれてうなだれた。
 その後、なにやらセオドルトは思案顔だったが、おもむろに言う。
「……わかりました」
「?……なにを、わかったと言うのかしら」
「メレアーデ様は、今後ご結婚もされず、お子にその結晶を託されないとおっしゃる。そうであれば、私も同じようにいたしましょう。そも、その結晶を子々孫々引き継がせるのも酷な話。公開するにせよ、やめるにせよ、私達の代で決着をつけるといたしましょう」
 セオドルトはみずからの決意を語る。
「な、何を言い出すのよ。それは……その、あなたにも、レセミナにも悪いわね」
 セオドルトの突然の誓いを聞いて、とまどったようにメレアーデはぼそりと言う。そして、セオドルトはセオドルトでとまどっている。
「……?レセミナの名前が、なぜ突然出てくるのです?」
 セオドルトは不思議顔でそう言い、「あらあら」とメレアーデは苦笑げに肩をすくめたあと、ふむふむ、と少し考える。
「まあ……、それならば。我慢比べといきましょうか。これは、長生きしないといけないわね。コンギス評議員の、人の寿命を五〇年延ばす研究というのがものになれば良いのだけれど。……あなたは気がついたら、いつでもやめていいのよ。その、謎のしばりは」
 フフフ、とおかしそうに笑いつつメレアーデはそのように言う。
(……)
 セオドルトはメレアーデの様子をながめながら、内心でかたく決意する。
(年齢の話ではぐらかされたが。そして、結婚が幸せなどと古臭いことを言うつもりはないが。ここまでエテーネ王国のために粉骨砕身してきたこのお方が、このような、……まるで、すべてをやりとげて、いまは老後の身の振り方を考えているかのような、そんな生き方をさせてなるものか。私はエテーネ王国だけでなく、このひとの幸福のために尽くすこととしよう)
 そして、ふと、ある人物のことに思いをはせる。
(過去のエテーネ危機の時に、メレアーデさまと一緒にもどってきてくれた、あの若者はいまどうしているのか。聞いた話だと、この現代ではずいぶんと名のしれた存在であるようだが……。あの若者が今、メレアーデ様のそばにいてくれていたら、もう少しこの方のお心をやわらがせることができる気がするのに)
 そのように、その風来の若者のことを少しうらめしく思った。
 この日、セオドルトはこうしてひそかに『メレアーデの共犯者』、さらには『メレアーデの騎士』とでもいうべき存在になったのであった。

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